第一小節 - 疑念
「あっ、だんちょ~!おかえりなさーい」
「やっと戻ってきたんか、えらい遅かったやん」
技団タクトゥスのものであろう荷車の近くには数人の団員が座っていた。そのうちの2人がこちらへ駆けてくる。
「迷惑掛けたね」
「いえいえ~!私たちだけでも何とかなりましたので~」
「甘やかすなって言ったでしょう?しっかり叱らないとこの人はまた繰り返すんだから」
「アニマもそんなに怒らんと。無事戻ってきたんやからいいやん」
「はぁ…とりあえずそういうことにしておきます」
「で、後ろの人は誰かな~?」
さっと周囲の人を含み視線がこちらへ集まる。
「彼はエヒトくん。私と同じで無実の罪を着せられて捕まってたから一緒に出てきたのさ」
「団長は無実ではありませんよ」
「ま、まぁそこはいいじゃないか。彼は旅をしたいらしくてね。とりあえず次の町まで一緒に行くことになったんだ」
こちらに目線を送りローゼンはウィンクをした。
「みなさん、突然押し掛けてしまいすみません。しばらく厄介になります。雑用など少しでもお手伝いできればと思います。宜しくお願いします」
頭を下げると横に立っているローゼンから声が飛ぶ。
「はい、みんな拍手ね。一時とは言え僕たちの仲間になるんだから、仲良くするんだよ?」
ぱちぱちとまばらに拍手の音が聞こえる中頭を上げた。複雑そうな顔の人もいれば微笑んでいる人もおり、それぞれ異なる表情を見せていた。
「じゃあ早速だけどそろそろ出発しようか。夜にはいつもの夜営地くらいまでいけるかな」
「魔物がさほど出なければ大丈夫かと」
「みんな~行くよ~!」
「あいよ、急いで準備始めよかー」
サッと全員が動きだし荷を片付け始める。
5分ほどで準備が整い、俺たちは出発したのだった。
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見たことの無い景色、大自然の森の中を進みながら俺は横に座るローゼンに声をかける。
「ところで次の町ってどこなんだ?」
「次の町はパカタメンテから東に80キロくらい離れたフローラルって町だよ。花が綺麗な町だね」
「へぇ、楽しみだ」
「それはよかった。そうそう、行きながら眼魔力の練習は続けるんだよ?あと聴魔力も練習するかい?」
「宜しく頼むよ」
「任された!」
暇潰しになるなぁとニコニコしながら、俺に眼魔力の詳細な説明と聴魔力の練習方法を教えてくれた。
曰く、どちらも使い続けることが肝心。但し聴魔力はそれが危険になる場合もあるから気を付けるように言われた。
眼魔力は慣れればほとんど魔力消費なしに使え、視力向上、夜目、未来視、物質透過など色々と活用ができる。色んなものが見えるとはこのことかと納得した。
鍛えるにはとにかく使うこと。まずは使う意識を持たなくても使えるように慣れ、それからは意識して使うようにすると、そんな感じだった。
聴魔力は静かな環境で目を閉じ、離れた音を感じる意識を持つところから始まるらしい。向いているのは洞窟や風の少ない森の奥などとにかくそういう環境に身をおく事だそうだ。
慣れれば常に使用できるが、慣れないうちはちょっとした音が爆音に聞こえるなどの支障があるそうで、そのこともあって今は保留ということになった。
「今日の夜営地が静かな所だからそこで練習してみる?とりあえず今は眼魔力の練習を意識してくれればいいよ」
「色々ありがとう、ローゼン」
「気にしない気にしない!私たちが旅をしているのはこういう出逢いがあるからさ。君がいつか何かを返してくれればそれでいいからね」
「貸し、ってことかぁ。何を要求されるか怖いね」
肩を竦めて首を振ると、無茶振りする気なんてないさと笑って言ってくれた。
本当に良い出逢いだと思うよ。
「団長」
眼魔力の使用に集中していると横からアニマさんが声をかけてくる。
「何かあったかい?」
「前方、500mほど先に魔物です。先攻しますか?」
「んー、どうしようか…」
「そこまで強力な魔物ではないです。数は3か4、マッシュ系かと思われます」
「うぇ、マッシュ系は胞子がどうにも苦手だねぇ」
「知っています。どうしますか?」
「そうだなぁ、あ、そういえばエヒトくん。君は魔力操作が出来たけどもしかして纏魔術を扱えるのかな?」
「えっ?」
「いや、ふと思ってね。体は鍛えられてるみたいだし牢屋で事もなさげに錠を壊してたし、体術主体の纏魔術使いじゃないのかなって」
「そう、だなぁ…多分?使えるとは思うけど」
「そっか、記憶が無いんだもんね。よし、リハビリも兼ねてここはエヒトくんに任せようかな」
「本気ですか!?彼は戦闘が出来るように見えませんが」
「アニマにはそう見えるんだね。素晴らしいことだ。マッシュくらいなら余裕だと思うけどね」
「でも纏魔術の使い方なんてあまり覚えてないぞ」
「彼もこう言ってますしここは私が…」
「ストップ!言っただろう?これはリハビリも兼ねてだって。もしかしたら何かを思い出すかもしれないし、やらせてみるのが良いと思うんだよ」
「そ、れはそうですが…」
「どうかな?私たちが近くにいるから怪我しても大丈夫だからさ」
「…わかった、俺に出来るかは分からないけどやってみるよ」
「よし、決まりだ!じゃあ先行してもらえるかな?」
そこからは技団メンバーへエヒトの単独戦闘が伝えられた。
マッシュ系と聞いてまぁ余裕だろうと言った様子だ。
「団長、見えました。100m先の木の下です。数は…4ですね」
「うんうん、これなら楽勝だね。ただのマッシュだ。じゃあエヒトくん、行けるかな?」
「いつでもオッケーだ」
「よし、じゃあ頑張ってきてね」
「了解」
脚にグッと魔力を込め魔物に向かって駆け出した。
ふっと頭の中に過去の記憶が流れ込む感覚と懐かしい気持ちが湧いてくる。初めて魔力を使って戦闘したあの時…。
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『エヒト!そうではない!マッシュ系は頭部が重くそこを起点に重量のある突進や頭突き、胞子撒きをしてくる、とにかくひっくり返せと言っただろう!』
『で、ですが師匠…打撃でも十分通りましたよ?げほっげほっ』
『はぁ…いいか?カサが上にあると胞子を撒く。転ばせば頭を振れず撒けない。だから転ばすんだ。今のお前の姿を見てみろ』
『…はい、胞子まみれです…げほっ』
『言うことを聞かんからだ!もう一度だ、あそこにちょっとした群れが見えるな?あいつらで特訓だ。脚に魔力を込め一気に転ばせろ、行ってこい!』
『は、はい!』
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そうだ。マッシュ系はひっくり返せ。そして胞子が出せない状態にしてから打撃だ。
これを教えてくれたのは…。いや、今は考える時じゃない。とにかく実践あるのみだ。
駆け出した勢いを殺さず、そのままマッシュ4体の塊の中へ割り込む。高速で近付いたためまだやつらは戦闘のリズムができていないようだった。
「転脚!」
魔力を脚に纏い360度回転する足技でマッシュを転ばす。見たところローゼンが言っていたようにただのマッシュだ。
難なく転ばせたマッシュ一体一体を蹴り上げひっくり返す。
その後は一方的だった。ジタバタして起き上がれないマッシュへ一体ずつ、拳に魔力を纏い叩きつけていく。殴り続けるとマッシュ全員がポンッと小さく空気の抜けた風船のように萎んでいった。倒せたかとホッとしていると後ろから声がかかる。
「いやー!エヒトくん!やるじゃないか!」
いつの間にかすぐ後ろに立っていたローゼンが拍手をしながら横に来た。
「最初の攻撃と次の攻撃は脚、その後は拳に魔力を纏ってコンパクトに戦っていたね」
「そうだな、そうする方がいいと思った」
「転ばせるというのも最善手だったよ。あそこまで綺麗にひっくり返すのは難しい」
「そんなに素直に誉められるとこそばゆいな」
「そんなことありませんよ、鮮やかな戦闘でした」
続けてアニマも声をかけてきた。
すぐ近くでは小柄な少女が倒したマッシュからキノコを取っているのが見える。
「体魔術、見事でした。アルマでは珍しい戦い方ですね。触媒に魔力を乗せて戦ったり魔法を使用する方が圧倒的に多く一般的ですので」
「そうですね…すごくしっくり来ました。ちょっとだけ昔の事を思い出したんです」
「おっ、それはよかった!やはり戦わせて正解だったと言うわけだね。で、どんなことを?」
「師匠、と呼ぶ人から対マッシュの戦闘指南を受けていたよ。対策を思い出せたんだ」
「なるほどなるほど。エヒトくんの師匠は凄腕のようだね。あそこまで対マッシュに最適化された流れも珍しい」
「そこまで詳細に思い出せてないけど、うん。凄い人だったと思う」
「エヒトさん、もし良ければですがこの先も戦闘はされますか?」
「いいんですか?」
「えぇ。実際に一部でも記憶が戻ったのでしたら他の魔物との戦闘で思い出せるものがあるかもしれません」
「ありがとうございます!大変助かります」
「ところで君たちさ、いつまでそんな堅苦しいやり取りをする気なんだい?エヒトくんは僕には最初から気軽に話してくれたじゃないか」
「そ、それは…うまく距離間が…」
「ローゼンとアニマさんじゃ感覚が違うんだよ」
「冷たいなぁ。そういえばエヒトくんって今何歳なの?ちなみに僕は28歳」
「えっ、そんなに若かったのか?」
「おや?老けて見えるかな?」
「い、いや。年の割にこんな凄腕集団の団長なんてただただ凄いなと思って」
「はは!そうだろ、私は凄いんだよ」
「団長…とりあえず進みますよ…」
呆れたようにローゼンをジト目で睨み歩き出す。すぐ後ろには他の団員たちも着いてきていた。
アニマさんはハッとして話を続けた。
「そういえば私もちゃんと自己紹介していませんでしたね。名前はアニマ、年は17です」
「俺はエヒトです。年は同じで17歳、だったはずです、確か」
「お、それなら君たちは同い年ってことになるね。仲良くなれそうじゃないか」
「お言葉ですが、相手の事が大なり小なり詳らかになったとして仲良くなれるかは別問題ですよ」
「そうは言っても今の団内には17歳が他に3人いるわけだし?実際4人は仲が良いみたいだし?」
「お三方は女性というのも仲の良い理由ですよ…」
「あ~!いけないんだ~!アニマちゃんが男嫌い発動してる!」
脇から先ほどキノコ狩りをしていた小柄な少女がヒョコっと顔を出し声をかけてきた。出発前、少し話した子だ。
「リテ…私は男性が嫌い、ではなく初対面の男性が苦手なだけでしょ…」
「えぇ~?ほんと~?」
「からかわない!まったく…」
ひゃ~と言ってリテ、と呼ばれた少女は後ろに戻っていった。
「今の方は?」
「今の先ほど話に出ていた17歳で同い年のリテです」
「え?し、失礼ですが年下かと思いました」
「エヒトくんは正直者だね。確かにリテちゃんは小柄だからね」
「まぁ気持ちは分かりますよ。ただ本人は少し気にしてますのでそういう発言は控えて頂けると…」
「すみません、そうですよね。容姿の事をとやかく言うつもりは無かったんです」
「ていうかそろそろフランクに話したらどうなのかな?お二人」
「私はこれが普通なので。エヒトさんはお気になさらず、団長と接するような話し方で結構ですよ。敬称も不要です」
「そう、かな?わかった、ありがとう。その方が気が楽になるよ」
「ひゅーひゅー、打ち解けてきたねー」
「団長…!」
「おっと!怖い怖い。私は竜車に戻ろうかなーっと」
下手くそな、いやあえて下手くそに口笛を吹きながらローゼンは竜車に戻っていく。
「エヒトさんも戦闘までは竜車で待っていてください。無駄に歩いて体力を使うのは賢くないですから」
「ありがとう。また何かあったら呼んでほしい」
「えぇ、頼りにさせていただきますね」
戻るとローゼンは少し考えるような顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「いや、アニマのことでね。彼女が男性嫌いと言われてたのは覚えてるよね」
「さっき聞いたばかりだしもちろん覚えてるけど、それが?」
「彼女が男性を嫌うのは過去にちょっとあってね。エヒトくんとはちゃんと話せるみたいで良かったけど。なんというか、彼女が困っているときはできれば手助けしてあげてほしい」
少し真剣な目をしてローゼンは頭を下げた。
「頼まれなくてもそうさせてもらうさ。別にアニマのことを嫌ってるわけでもないし、現に世話になってるから」
「それならよかったよ、最初少し当たりが強かったからね」
「そりゃ知らないヤツで男ともなると警戒するでしょ…」
「いや、彼女めちゃくちゃ強いから」
「えっ?そうなのか?」
「そうだよ。その辺の男なんかじゃ敵わないくらいにね」
「そういえば剣舞の時、もしかして参加してた?」
「エヒトくんが見ていた時はアニマちゃん、リテちゃん、あとまだちゃんと紹介してないけど、フェローちゃんとドルチェちゃん姉妹の4人が剣舞に参加していたよ。ちなみにこの4人が君と同い年の17歳世代になるね」
「そうなのか!あの技術は凄いもんだった…。アニマが強いのは納得だよ。…ん?ってことはリテさんも?」
「そうだね、アニマちゃんほどじゃないけどリテちゃんもやり手だよ。うちの団の中では聴魔力が2番目にうまく使えるし…。あ、年も近いしリテちゃんに習ってみるかい?」
「いや、実は俺女性が得意ってわけじゃないだ。むしろちょっと苦手なくらいでうまく話せる自信がない」
「へー、意外だね。アニマちゃんとはちゃんと話せてるのに」
「そうだな、確かに。…なんか仕事相手みたいな印象が強いからかもな」
「なるほどね、それなら納得だ」
「で?」
「ん?」
「聴魔力が一番うまいのは誰なんだ?」
「愚問だねぇ!もちろん私さ!」
待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑い胸を張ってローゼンは話を続ける。
「君に眼魔力を教えたのは私だよ?つまり眼魔力も聴魔力も私が一番ってことさ!」
「え~?でもだんちょー教えるのヘタだよー」
竜車の後方からピョンと飛び乗りながらリテさんが声をかけてくる。
「り、リテちゃん。盗み聞きはだめでしょ」
「陰口はいいの~?」
「陰口なんて言ってないじゃない」
「でも~、エヒトくんはリテのコト苦手とか言ってたでしょ~?」
「か、勘違いです。女性が苦手って話をしてたんです」
「え~、リテは女性じゃないってことかな~?」
「うっ」
ずいっと一歩近寄り見上げる姿勢でリテさんはニコニコと問いかけてくる。
「はは、これは一本取られたね。そうだね、悪口ではないけどエヒトくんは女の子と話すのが苦手らしいよ」
「ふふ、ちょっとしたイタズラ~。私にも気兼ね無く話して良いよ~。アニマちゃんと同じでリテって呼んでくれていいからね~」
「じゃあ…ありがとう。そうさせてもらうよ。宜しくリテ」
「仲良くしようね~。じゃ!」
言い終わるとリテは竜車から飛び降りて後方に戻っていった。
「ふぅ。リテちゃんがいると内緒話は無理だね。ぜーんぶ筒抜けみたいだ」
「あれだけ離れた距離から俺たちの会話を聞き取れるのか…」
「言ったでしょ?リテちゃんはうちの聴魔力2番手だって」
「でも他の人も話してる様子だし…」
「それが2番手たる所さ。聴魔力は練度が上がれば自在に聞きたいことだけを聞くことも可能になる」
「まじか…信じられないな」
「例えばエヒトくんは本を読みながら人の話を聞けるかい?」
「…やろうと思えばできるんじゃないか?」
「そうだね、その通り。"やろうと思えば"多くの人はできるだろうね。眼魔力の時は見ようとしない事が大切と言ったけど、反対に聴魔力は聴こうとしないと聞こえない。雑踏の中でも一緒にいる人の話は聞こえるだろう?それは聴こうとしているからさ。雑音をカットするように無意識下でできる、これが基礎だね」
「なるほど…これは一筋縄じゃいかなさそうだ」
「さて、どうだろうか。やってみたら案外簡単かもね。アニマちゃんみたいに使えないかもしれないし」
「意外だな、アニマは使えないのか」
「あっ、これは失言だ。本人には言わないでおくれ…」
自分を抱き締めブルッと震えながらローゼンは笑顔で言った。
その剽軽な様子に反省はしてないな、と思いつつ応える。
「ここだけの話にしておくよ。とりあえず今は眼魔力と聴魔力を鍛えるかな」
「そうした方がいいね」
「団長、エヒトさん」
「おや、また魔物でも出たかな?」
「はい、魔物です。今度は700m先、ベアズリー系2体かと」
「ベアズリーか。ま、余裕でしょ。ちなみに異種系はいるかな?」
「通常種かと思われます。特に属性系特有の気配はありませんね」
「よし、なら早速エヒトくんにまたやってもらうかい?」
「1人で大丈夫でしょうか?私も少し体を動かしたいです」
「ならアニマと2人で行こうか?」
「そうだね、2人に任せようかな」
「分かりました。ではエヒトさん、行きましょうか」
すっと頷き後を着いていく。
「エヒトさんは体魔術主体ですよね?」
「そうだね」
「では私も体魔術で戦いますね。混戦になる可能性もありますので」
「了解」
「では早駆けで接敵しましょう。いきますよ、3、2…」
ドンと脚に魔力を纏い同時にベアズリーがいると言う方向へアニマの少し後を駆ける。
目まぐるしく流れていく木々を横目に駆け抜け、すぐにその姿は見えた。
サイズは2mくらいだろうか?マッシュと異なりベアズリーはすぐこちらに気付く。
立ち上がり咆哮を上げ両手を開きながら威嚇している。不思議と恐怖はなかった。
「エヒトさんは左を頼みます」
距離はあと30mほど、アニマから指示が届く。
ベアズリー…アレとの戦い方は…。数瞬の間に過去の記憶がまた頭に流れ込む。
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『し、師匠。僕にベアズリーはまだ無理ですよ…』
『無理だと思うことが最も人を成長から遠ざける。私がいれば多少無理をしても大丈夫だ、怪我をしても治してやる。ベアズリーは力任せの突進、爪による切り裂き、飛び上がり体重をかけて潰しにかかってくることもある』
『どれも一発で致命傷なのですが…』
『安易に攻撃しようとするからだ。ベアズリーとの戦い方の基本は…』
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「そうだ、ターン制のバトル…」
思い出したことがポツリと小さく口から溢れる。
ターン制のバトル。ベアズリーは巨体だが動きが遅いわけではない。しかし隙の生まれる攻撃もある。特に飛び上がり前は足に力を込めるためか隙が生じる、はずだ。
「…やってみるか」
ベアズリーはもう目の前だ。先制して引く、そして隙を待つ。
「突掌底!」
肩から掌へ向けて単一方向に一気に魔力を流し、腹部に押し込む。
ベアズリーは呻き声を上げながら数歩後ろへとよろけた。押しきれるか…?
若干体制の崩れたベアズリーへ立て続けに魔力を込めた拳を叩き付けようとするがその時、寒気を感じ今度は後ろへ下がる。
先ほどまでいた場所を大きな右腕、爪による切り裂きが通り抜けた。
まさに怒り心頭といった様子でベアズリーは巨体による突進を行ってくる。直線的なその動きを左方向へステップして回避し、がら空きになった背中へ。
「堕脚!」
飛び上がり上から叩き付けるように脚を振り下ろす。
その勢いのままにベアズリーは地面へ倒れ伏した。
勝ったか?もう動かないか?構えを維持して見るも既に事切れている様子でピクリとも動かなかった。
「もう大丈夫ですよ、凄まじい一撃でしたね」
背後からアニマに声をかけられ緊張と警戒、纏っていた魔力を解く。
「ちゃんと戦えたようで良かったよ」
「ちゃんと、なんてものではありませんよ。一方的に見えました」
「思い出した通りには闘えなかったけどな」
「人は変わるものです。最初に思い付くことより、更に良い手があれば自然とそう動きますよ」
「そうだな、そんなもんだよな。少しずつ戦闘の勘が戻ってきているかもしれない」
「ええ、そのようです。では私は処理を行いますので先にお戻りください」
「1人で大丈夫か?」
「ご心配なく、慣れていますので。それに今ナイフを持っているのは私だけですからね」
「わかった、ありがとう」
「いえ、お気になさらず」
アニマに背を向け隊へ戻る道を歩く。ふと後ろを振り返るとベアズリーの死体を眺めながら何かを呟くようなアニマが見えた。
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Side アニマ
「本当に彼は記憶がないのか、疑念が尽きません」
「…ですね。触媒無しにここまで戦えるのは普通ではないです。どこかの間者である可能性は捨てきれません」
「そうは言いますが…やはり今夜、真意を確かめられないか彼を試します」
「まさか、そんなことは考えていませんよ。貴方が見定めた方でしょう?丁寧に接するつもりです、敵と分かるまでは」
「リテにも協力してもらいます。音から分かることもありますので。では私は怪しまれないようにこのまま解体を行います。今夜は熊鍋ですかね」
「…そうですね、"団長"」