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第三小節 - 終幕Ⅲ

 暗い夜道を歩く俺たちにとても気まずい空気が流れる。といっても原因が自分にある以上、この空気を壊すべきは自分だと思うが…。

 そして聖域を出てからアモールへと向かう道中、盗賊のアジト跡方面へ分かれる道に明かりを発見する。騎士だ。


「隠れるわよ」


 マルカートの言葉で森の中へ身を隠し、体を低くして進んでいく。立っていた騎士は聴魔力の使い手では無かったようで、こちらに反応はなかった。

 無事に分かれ道を通りすぎ下り坂。そろそろ今朝捕らえた盗賊が見えてくる頃だが…しかしそこにはほどかれたロープの跡があるのみで奴らの姿は無かった。


「逃げたのか?」

「あり得なくはないですね」

「チッ、殺しておけば良かったわ」


 マルカートの辛辣な物言いに苦笑する俺と反面、アニマはうんうんと頷いている。

 しかし逃げたものは仕方ない。俺たちは改めてアモールへの道を下る。


 そして街が見えてきた頃、左方の門にこれまで無かった明かりが煌々と灯っているのが見えた。


「当然っちゃ当然よね」

「ああ、俺たちが街に戻るのを見越して待機してるな」

「…レイニンさんがいますね」


 アニマは眼魔力を使って見ているようだ。俺もそれに続いて門の方を見てみる。


「…本当だ。何か話して…俺たちの方を指差してないか?」

「…ですね」

「兄さん、何をするつもりなのかしら…」


 そう話している間にもレイニンさんはこちらに駆けてくる。


「おかえり、三人とも。随分遅かったね。迷ってたのかい?」

「それは」


 しっ、と指で示しレイニンさんは口を動かす。


 "合わせて"と。


 それに頷き話を続ける。


「そうなのよ!私としたことが道を忘れてしまって…折角アモールの周りを案内していたのに最悪の気分だわ!」

「相変わらずルカは抜けてるなぁ。まぁ無事に帰ってこれたんだ、それで良いじゃないか。ユースさんとレイヤーさんも怪我はないかい?」

「はい、大丈夫です」

「私も問題ないです」

「それは良かった。それじゃあ帰ろうか」


 レイニンさんに続いて門の方へ近付いていく。バレるのではと心臓は高鳴りっぱなしだ。


「その子達がレイニン君の言っていた妹君と新婚ご夫婦かね?」

「はい。持ち場を離れご迷惑をお掛けしてすみません」

「いや、構わないよ。すぐ近くまでは帰ってこれていたようだし、無事であるのが一番だ」


 がっはっはっと立派な髭を蓄えた騎士は笑う。そして表情を突然切り替え問うてくる。


「お三方、今日はどこへ?」

「アモールの周辺を二人に案内していたのよ!明日は聖域へ行く予定ね!」

「巡礼か。申し訳ないけどしばらく聖域には立ち入れないよ、明日も難しいだろうね」

「え!どうしてかしら!?」

「それは守秘義務があるからね、教えることはできない。お二人には申し訳ないが、不変の霊樹は後に回して別の聖域へ先に巡礼頂けないだろうか?」

「ご事情があるのでしたら仕方ないですよ、ね。あなた」

「そうです。お心遣い感謝します。…急ぐ旅ではないので大丈夫ですよ」

「これはどうもご丁寧に。ところでお三方、今日二人組の怪しい人物を見なかったかね?」

「二人組…ですか」

「ああ。聖域には今伝えた通り立ち入れないんだがそのこでとで少しね」

「聖域で何かあったのかしら?」

「侵入者の調査…おっと、これは言ってはいけないな」


 また大きく笑って騎士は誤魔化した。アニマが早急に逃げ出したことで俺とマルカートの二人だけが侵入者だと思われている様子だ。


「怪しい二人組なら見ましたよ」

「なに!?奥さんどこで!?」

「大きな剣を背負った男とひょろ長い男が聖域の方へ歩いていきましたよ」

「あぁ、なんだそいつらか。あれは木っ端の盗賊だからもう捕えているしその二人ではないな」

「そうですか…他にそんな怪しい方いましたかね?」

「俺は見てないよ」

「私も!気付かなかっただけかしら?」

「ああ、いや。聖域の方面に向かっていないと遭遇してないはずだから。知らないならそれでいいんだ。遅くまでお疲れのところ呼び止めて申し訳ないね」

「構わないわ!この後はご飯を食べて湯浴びをして寝るだけだもの!」

「おぉおぉ、全部大事なことだ。それにしても、お姉さんは堅物だが妹さんは思うままに自由、聞き及んでいた通り見事に正反対だな」


 ピキッとマルカートに怒りの念が浮かんで見える。そう錯覚するくらいにマルカートは苦笑いだ。目しか笑っていない。


「バースさん、そろそろ…」

「ああ、ついつい話し込んでしまった。ではお三方、ゆっくり休めるようアクラルネ様に祈り、良い夜を」

「ええ、良い夜を」


 そうして門を抜けて俺たちは宿屋へ向かう。全身疲労でいっぱいいっぱいだ。これ以上今日は何もできない…。

 宿の部屋に着いた俺たちは揃ってそれぞれのベッドへ体を投げた。


「疲れたわ…」

「体の疲労もありますが精神的に疲れました…」


 枕に顔を埋めて話すマルカートにアニマも同意を示す。間違いない、俺も同じだ。


「エヒト、門にいた人、分かったかしら」

「ああ。あの人、騎士団の大隊長だろ」

「まぁ分かるわよね。ただの騎士には見えなかったもの」

「ですね…それも心労が増えた理由ですよ…」

「多分怪しまれてるよな、今も」

「そうね。兄さんが居なかったらもうダメだったでしょうし、アニマが早く逃げていなかったらそれでもダメだったわ」


 あの時すぐに逃げ出したアニマの判断は凄かった。これまでの逃亡生活の賜物だろう。誇れることかと言われれば疑問だが。


「で、明日からどうしましょうかね」

「次の聖域はどこなんだ?」

「教えるわけないじゃない。休むのよ。貴方も、私たちも」

「そうですよ。先ほどの話を忘れたんですか?それにエヒトさんは今日、ついさっき大ケガをしたばかりですよ?」

「いや、忘れたなんてことはないけど…知ってても良いだろ?」

「教えたら勝手に行く可能性もありますから」

「そんなことしない、って今の俺が言っても説得力がないな」

「そういうことよ」


 明日からどうするか、か。これまではネルを連れて帰ることしか考えていなかった。そもそも俺はアルマに来た当初、記憶を失っていたためにそれすら忘れていたくらいだ。

 騎士に捕まり処罰されそうになったから逃げた。逃げた先でも騎士に追われることになった。そしたらアクラルネを継承する一族の末裔だと知った。

 なぜアルマに来たかを思い出し、ネルを救い連れ帰ることを決めた。そしてアクラルネに覚醒した。

 ネルを救うには力不足、だからこそ聖域を巡ることになった。


 "貴方はなんのために生きているのかしら"


 先ほど言われたマルカートの言葉を思い出し、それは深く心に突き刺さる。俺がしたいことはなんだ。

 目を閉じてじっと考えると頭の中に浮かんできた者たち。それはアニマとマルカート。そして俺は一つの結論に至る。

 

「…明日アモールを発ちたい」

「だから…」

「違うんだ。次の聖域に行きたいからじゃない」


 マルカートの言葉を遮り否定する。

 

「なぜアモールから離れたいのですか?」

「それは…」


 言葉が詰まる。アニマに伝える勇気がでない。

 

「…俺がしたいことが決まった。それはアモールにいたらダメなことなんだ」


 口をついて出た言葉は誤魔化しでもあり本心でもあった。


「そのしたいこととやらを教えてもらえるのかしら?」

「まずネルは救う、そして一緒に帰る。これは変わらない」

「それが本来の目的ですからね」

「そしてアクラルネという存在を終わらせる。アルマを元ある姿に戻す」

「何を言っているの…?それはあの精霊の望みを叶えたいということ?」

「結果的にはそうなるけどそうじゃない。精霊のためではなくてアニマとルカ、二人に…いや、俺とネルもだな。俺たち全員に縛り付けられた運命も(しがらみ)も過去から継がれてきた意思も、全てを終わらせたい」

「…私たちの、ですか…」

「それは…」

「難しいだろうな。そもそも情報がまだまだ足りてない」

「気持ちは嬉しいわ。巫がどういうものか、知った今は余計に嬉しい。でもそんなことできるのかしら?」

「できるとは断言できない。でもできないとも断言はできないだろ?」

「随分突飛なことを言い出すものですね」


 アニマはクスクスと笑う。


「変かな?」

「変というか壮大すぎて想像が付かないわよ!そもそも巫って私たちだけではないのよ?」

「炎霊、地霊、呪霊は分かるけど他にもいるのか?」

「当たり前じゃない!水霊(すいれい)風霊(ふうれい)天霊(てんれい)…他にもたくさんの巫がいたと聞いたことがあるわ」

「多いな」

「昔はだけどね!」

「今はいないんですか?」

「私もすごく詳しいってわけじゃないけど…でもあの記憶を見る限り血筋を絶たれている可能性は高いわね」

「今どれだけ残っているか分からない、ってことか」

「そもそも昔は誰でも巫になれたのかってところも不明だし、なぜそれができなくなったかも分からないじゃない」

「確かに。いつから巫はそうなったんでしょうか」

「…例えばアクラルネが誕生した時とか?」

「そうね。それは十分あり得る仮説よ」

「そうなると俺の最終的な目的を達成するには巫の事をもっと知らないとダメってことだ」


 今の情報だけではどのようにして巫に権限を戻せばいいか分からない。俺とネルは死なず、巫を娶り子を成すこともなく、ただ権限を返し全てをあの時に戻す。その結果がどうなるかは分からないが。

 あの精霊はなんと言っていた。なにか大切なことがあるはずだ。


「精霊は手段が限られる、みたいなことを言ってましたよね?」

「言ってたわね」

「その言い方だとエーデル聖家を滅ぼす事とアクラルネ様の子を巫が産む事、それ以外にも手段があるのではないでしょうか?」

「なんでそう思うんだ?」

「もしこのどちらかしか無いのであれば"手段が限られる"なんて表現はしないと思うんです。捉え方次第ではありますが…」


 アニマの言うことも一理有る。手段が限られるということはこの二つ以外に何らかの手段があるはずだ。だがそれは本当に難しいことなのだろう。


「最も合理的で簡単なやり方がアクラルネを殺すこと、か」

「そう言ってましたね。子を産む選択肢ですとその子がアクラルネ様を継ぎかつ巫である保証はありませんし、反面9ヶ月ほどの日数を要することは確定です」

「合理性に欠けるし簡単ではないな」

「だからと言って殺すという選択肢を与えてくるのはムカついたわね」

「ルカは凄く怒ってましたもんね、私もあの話は不快でした」

「当たり前よ!」

「とりあえず、希望的な話ではあるけどそれ以外の手段を探さないといけないな」


 あまりにも物事が複雑に絡まりすぎている。これを紐解く必要はあるが頭が処理しきれる量を越えている。

 アクラルネ、巫、この二つの存在に何が起きたのか。それを探らなくてはいけない。そしてその解決策が見つかればネルを救うことにも繋がるはずだ。


「知恵熱が出そうだ…今日はもう考えるのは辞めよう」

「そうね。というかお腹が空いたわ…」

「どこかお店が開いてますかね?」

「遅くまでやってるお店はあるわよ!…アニマはお酒禁止ね」

「うっ、分かりました」

「よし、じゃあ行くか」


 俺たちはマルカートの案内で店に向かい夕食を取った。そして宿に戻り湯を浴び、あとは寝るだけとなる。


「二人とも今日はありがとう、たくさん助けられた」


 ベッドに腰掛け二人に礼を伝える。


「仲間なんだからそんなこと気にする必要ないわ!」

「ええ。私たちがエヒトさんに頼ることもありますし」

「これからも俺ができることはなんでも頼ってくれ。俺も二人を頼りにさせてもらうよ」

「お姉さんに任せなさい!さ、そろそろ寝るわよ!」

「おやすみなさい」

「おやすみ!」


 そう言って二人は明かりを消して床についた。俺も寝なくてはと目をつむる。

 目を閉じてしばらく、色々な記憶が頭の中を駆け回り寝ることができない。少しずつ眠れない苛立ちが募り、外の空気でも吸おうと音を立てないよう静かに部屋を出た。


 外に出て宿屋の庭。昼間は洗濯物が干されていたその庭にはベンチがある。そこに腰掛けて空を眺める。

 じっと双子星を眺めている間も頭の中にはネルのこと。記憶を失い神殿に囚われ、そしてアクラルネとして"教育"されている。なぜ一人で聖域にいたかは分からないが…聖域を巡るため騎士団と共に行動しているのだろう。聖域は魔物が出ない限りどこよりも安全だ。

 一番の問題は記憶喪失だ。俺のように過去と重なる事で記憶が戻るのか、それも分からない。一人深い溜め息が出てしまう。


「おや?ユースさんかい?」


 ふと背後から声を掛けられる。突然の問いにビクッとなり振り替えるとそこには宿屋の女将さんがいた。


「あ、女将さん。こんばんは」

「はいこんばんは。どうしたんだい?こんな夜更けに」

「それがどうにも眠れなくて…」

「主人がベッドを雑に整えやがったのかねぇ…後でとっちめてやらないと」

「いえいえ!そういうわけでは…」

「冗談さ。顔に書いてあるよ、何か悩んでるみたいだね」

「…はい」

「あたしはしがない宿屋の女将。レイヤー夫人やルカちゃんにも打ち明けにくい悩みもあるだろうし。あたしで良ければ話してみなよ。無関係な相手だからこそ言えることもある」


 そう言って女将さんは対面のベンチに腰掛ける。


「…女将さんは自分の望みが遠く叶わないかもしれないと、挫折しそうになった時、心が折れそうな時どうしますか?」

「挫折、ねぇ。あたしは大した経験も無いけど、落ち込んだ時は主人にうまい飯を食わせてもらってたね」

「食べ物ですか」

「そう、美味しいものを食べて酒を飲む!そしてあっつい温泉に入る!そしたら辛いことなんて忘れられるからね」

「はは、確かにそれは最高の気分でしょうね」

「そうだろう?ユースさんの悩みは深く難しいことかもしれないからね。あたしの対処法が役立つかは分からないけど、そんな暗い顔してちゃレイヤー夫人も不安になるよ」

「そんなに暗い顔してますかね?」

「最初通った時お化けと見紛うくらいにはね!」

「…自分も美味しいご飯を食べてお酒を飲んで温かいお湯を浴びて、そういう時間が必要なのかもしれませんね」


 自由の無いネルの事を思うと気が引けてしまうが、立ち止まることが必要だと二人は教えてくれた。いや、女将さんもか。


「湯浴びじゃなくて温泉だよ、温泉」


 女将さんは俺の言葉に引っ掛かったようだ。


「温泉?」

「そ、温泉。聖域の巡礼をしてるんだったら次の町は温泉郷スラジェに行くんだろう?知らなかったかい?」

「まだ聞いてなかったですね」

「あら、そうかい。是非楽しんでおいで。そしてゆっくり心を落ち着かせる時間を取るといいさ」

「ですね、そうします」

「あたしの親がやってる宿があるから手紙出してあげるよ。良くしてくれるはずだ」

「何から何まですみません、ありがとうございます」

「若いもんが気にすること無いよ!レイヤー夫人とルカと三人でゆっくりしてきな!じゃ、あたしはそろそろ寝るから。扉はちゃんと閉めといてね」

「分かりました、おやすみなさい」

「はい、おやすみ」


 そう言って女将さんは戻っていった。

 温泉郷スラジェ。聖域へ行くのは中断となったが保養地としてありかもしれない。二人には反対されるだろうか…?

 

 話が逸れてしまい言えていないがアモールから離れたいのには理由があった。アニマのことだ。

 この数日、アニマは強いストレスを常に感じている。それはアマービレ邸、盗賊のアジト跡、アートマー、聖域と各所で見受けられた。まともに寛いでいたのは初日にお酒を飲んだ時くらいだろう。むしろそれすらも不安を拭うための行動だったかもしれない。

 やはりこのアモールはアニマにとって辛い記憶が残りすぎている。盗賊のアジト跡で見た記憶のことはまだ伝えられていないが、あれを見た後にアモールで静養しようとは言えない。

 やむを得ずではあるが、アニマを2度も盗賊のアジト跡へ行かせてしまったことも巫の過去の追体験をしたことも、それらはただ俯瞰していた俺でも辛いものがあった。当事者のアニマの心にどれだけ負荷がかかったかは想像に難くない。


 深呼吸をしてベンチから立ち上がり部屋へと足を進める。まず明日は親方から触媒武具を受け取り、そしてできるだけ早くアモールを出たい、そう伝えようと決めた。

 部屋の扉を静かに開けると二人はすーすーと寝息を立てている。この安寧の時間が長く続けば良いのに、と思ってしまう。でも俺は進むしかない。

 自分のベッドで横になり改めて目を閉じる。

 背中、腕、脚。全身が静かに底へ落ちていく感覚が襲ってくる。そして意識は消え眠りに落ちるのだった。

本日(2024/10/30)20:00に間奏Ⅱを投稿致します。

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