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第三小節 - 略奪

 鳥の囀ずりが聞こえる。温かい日差しに包まれそよ風も気持ちいい。木陰に横になっていると嫌なことも忘れられる。こんなことをしていたら"僕"は怒られるだろうけど、見つからなければなんてことは…。


「随分舐めたことしてくれるわね?」


 その声にハッとなり起き上がると、そこには苛立った様子の赤毛の少女が立っていた。


「あんた、自分の分が終わったら昼寝してサボって良いと思ってるの?」

「しゃ、シャルムちゃん」

「もう今日あんたがやることは無いわ。今後もこうなら許さないわよ?」

「ごめんよ…」


 ふんっと鼻を鳴らしてシャルムは里の方へと歩いていく。


「はぁ、失敗したなぁ…」


 今日のお役目は近場だったこともありすぐ終わった。ついつい良い天気に気持ちよくなりサボってしまったのは失敗だった。

 しばらく空を見上げて気持ちを切り替え僕も帰路に着く。


 アルマの魔力を精霊たちと共に維持し守っている巫の隠れ里、アートマー。

 僕たちの基本的な役目は精霊に力を分け与えてもらい、そしてアルマ全域の魔力の流れを安定させること。

 最近はヴィリティー大陸との戦争でたくさんの人が押し寄せてきている。そのせいで各地の魔力が不安定になってしまい、僕たちは毎日あちこちで魔物を狩る日々だ。だからこそサボってはいけないがこの天気が悪い。僕は悪くない…サボっているのがバレた現実を打ち消すように考えてみても何も変わらないが。


「ただいまー…あれ!?兄ちゃん!」

「おう、ただいま」

「いつ帰ってきたの?」

「さっき戻ったばっかりだ。で、お前はサボってたんだって?」

「な、なんでそれを!」

「さっきシャルムがあちこちで言い触らしてたからなぁ。怒られるぞー?」

「なんて酷いことを…」

「サボってる方が酷いだろ!俺なんて三日ぶりに帰ってこれたってのに…」


 そう言って兄、クラールはやれやれと首を振る。


「はぁ…怒られるのは確実かなぁ…」

「そりゃそうだろ。自分で望んで巫になったってのにサボってたらな」

「それは仕方ないじゃん…」

「大好きなシャルムのためにだろ?女の尻追っかけて巫になるやつ初めて見たよ」


 かっかっかっと笑い兄さんは自室へと入っていく。

 僕が巫を目指した理由は兄さんの言う通り、シャルムと共に各地を回ることにあった。魔物との戦闘は危険が多すぎる。少しでも力になれればと、その一心で巫になることを目指した。

 僕の家族は兄のクラールだけ。父も母も数年前戦争で亡くなっている。今でも戦火は止むことがなく、"僕たちがいなければ"既にアルマは陥落しているだろう。 

 サボりを言い触らされたことに溜め息を吐いて僕も自室に戻る。明日のお役目はまだ通達がない。休みだと良いな、と思いながら目を瞑った。


---


 日が暮れた頃、玄関を叩く音で目が覚める。出てみるとシャルムが訪ねてきた。


「早く準備しなさい、行くわよ」


 開口一番これだ。もう慣れたものだが。

 すぐに身支度を整え家を出る。


「どこに行くの?」

「爺様のところよ」

「トゲ爺?なんで?」

「知らないわよ、呼ばれたんだから行くしかないじゃない」

「何の話だろ…もしかして僕がサボってたことをシャルムちゃんが言い触らしたから…!」

「黙りなさい。舌を引き千切るわよ」


 それ以上話すことはないとばかりにシャルムは口を閉ざし何も言わなかった。黙れと言われては僕も黙るしかない。

 トゲ爺様はアートマーの長。任務先を決めているのも彼だが、しかし直接個別で呼ばれるのは初めてだった。一体何の話だろうと思考をあちこちさせているうちに目的地に着く。

 扉に付けられたドアノッカーをシャルムが優しく叩き来訪を告げる。


「二人とも揃ってるな、入りなさい」


 促されるまま家の中に入り、そして案内された席へ座る。

 座ってすぐ、まず口火を切ったのはシャルムだった

 

「爺様、何の用件で私達は呼び出されたのでしょうか?」

「そう焦りなさんな。茶でも入れてやろう」


 トゲ爺は座ること無くお茶を入れてくれる。そしてそれを僕たちの前に置き、そして奥の自分の席へ座った。


「もう夕飯は食べたかね?」

「私は食べました」

「僕はまだ…」

「そうかそうか。なら話を早く終わらせないといかんな」


 爺様は自分の分のお茶を一口啜り、そして話し始めた。


「呼び出したのは次の任務のことじゃ」

「任務の…?わざわざトゲ爺が直接?」


 そう発した僕の足をシャルムが机の下で思いっきり踏み付ける。…痛い。


「分かりました、次はどちらでしょうか」

「相変わらず仲がよいな」

「…そうですかね…?」

「貴方は黙っていなさい」


 そのやり取りを聞いてトゲ爺は大きく笑い、また話を続ける。


「さて、本題じゃが。二人が巫になってそろそろ2年。近場での任務にはもう馴れてきた頃じゃろ。そこで次回は少し遠くへ向かってもらうことにしようと思ってな」

「大丈夫です。どちらへどのような内容で?」

「そう結論を急ぐな。まず二人には明後日ここを発ってもらいペザンテ山の山頂へ向かってもらいたい」

「彼と二人でということですか?」

「そうじゃ。不測の事態が起こっても対応できるよう二人行動じゃ、よいな?」

「…分かりました」

「分かった!」

「よし。それで任務じゃが…」


 そこからは内容の詳細が語られた。


 ペザンテ山。それは僕たちが住むアルマの中央にある大山だ。山頂は僕たち巫にとって大切な精霊の聖堂がある。今回の任務はその山頂に向かい、アルマ全域を眺めてこいとのことだった。

 普段魔物と戦っている身からするとなんとも味気の無い任務だ。ただ景色を眺めるだけ、というのだからそれも仕方ない。言ってしまえば一種の観光のようなことをしてこいと言うのだから。


「それは必要なことなのですか?」

「必要だから行かせるのじゃ。自分達が守っているアルマを知ることは大切。それにこんな機会がないと聖堂にも行かんじゃろ?」

「…爺様がそう言うなら…彼と、というのは承服したくはありませんが」

 

 そう言ってシャルムは僕を睨む。苦笑いを返すと視線を戻しお茶を一口。


「シャルムが一緒におればサボりもせんじゃろ、な?」

「それだといつもサボっているみたいじゃん」

「一度失った信用はそう簡単に取り戻せんということじゃ。今回の任務で仲直りせい」


 トゲ爺はそこで話を結んだ。その後はお茶を飲みながら少しの雑談を交わし帰路に着く。


「シャルムちゃんはこの任務、どう思う?」

「どういう意味?」

「トゲ爺はああ言ってたけど必要なのかなぁ」

「言われたことはするわ。あんたも自分の立場を考えて、足手まといにはならないでよね」

「わ、分かったよ」

「ふん」


 そう言って互いに自宅へ帰る。

 明日は遠征の用意をし明後日にはここを発たねばならない。二人だけでの任務に胸が踊らないことはないが、それ以上に迷惑をかけないよう、今以上に嫌われることがないよう気を付けようと考え床に着いた。


---


 それから4日後の夜。予定より1日早く僕たちはペザンテ山の山頂にある聖堂に着いた。ここまでの道のりで会話はあまりなく、必要な時以外は話しかけるなとまで言われてしまっていた。

 こんなに嫌われてしまっている理由が思い当たらないこともないが…ひとまず二年ぶりの聖堂、夜に訪れるのは初めてだ。


「で、着いたは良いけど何をしたら良いのかしらね」

「とりあえず聞いてたように聖堂に入ってみる?」

「…そうね。司教様がいるはずだし」


 僕たちは真っ暗な聖堂に入るべく歩き出す。その時ふと、アートマーの方角を見ると遥か遠くのそこは全体が森になっていた。


「相変わらず、魔法で里一つを隠すって本当に凄いよね」

「空間歪曲魔法ね。爺様の家系の秘伝、だからこそ爺様は里から離れられないけど」

「昔は巫としてあちこち飛び回ってたんでしょ?」

「と聞いているわ。それよりボサッとして無いで、早く行くわよ」

「あ、ごめん」


 そうして僕たちは聖堂の裏手に向かう。正面は巡礼者向けだから僕たち巫は裏の関係者入り口を使うよう言われていた。

 裏手にあるドアをコンコンと叩き声をかける。


「司教様たち元気かな。もうお子さんも10歳だっけ」

「あんたは失礼がないように気を付けることだけ考えていなさい」

「気を付けます…」


 ドアを叩いてしばらく待つも返事は返ってこない。


「…寝てるのかな」

「あんたじゃないんだからそんなわけないでしょ。忙しいのよ、きっと」

「うーん、入っても良いのかな」

「私達は巫よ?入っていけない道理はないわ」


 そしてシャルムちゃんは取っ手に手を掛けて扉を開いた。

 聖堂の裏手から中へ入ると強烈な違和感に襲われる。


「なに、この匂い…」

「血の匂いよ。静かにしていなさい」


 小声で話し奥へと進んでいく。

 精霊の聖堂は三つの回廊から成り立っており中央の祠堂までは正面からならすぐ行ける。が、僕たちは初めて裏から入っている上に久しぶりの訪問ということもあり道がわからない。しかも案内を期待していた司祭様はいない。

 だがそれを解決する手立てが1つだけあった。血の匂いと共に聖堂内を充たす怪奇な魔力。それを追えば正体は分かるだろう。

 そうして僕たちは分からないながらも慎重に道を進む。第三回廊を抜け第二回廊に入るとより匂いと魔力は濃さを上げていく。


「あんたもう戻りなさい」

「どうして?」

「邪魔だからよ」

「いや、僕も行くよ」

「何があっても知らないわよ」

「うん、大丈夫」

「…勝手にしなさい」


 短いやり取りを終え第二回廊、第一回廊を抜ける。ここまでくると祠堂はもうすぐそこだ。高くそびえ立った塔のような、中央にある建物を登ればそこが目的地。

 感じたことの無い魔力と血の匂いは更に濃さを増していく。階段を登る足にも震えが襲ってくるほどに、それほどの魔力だ。

 階段を登り始めて中ほどを越えた時、上から滴り落ちてくるものが目に入る。

 血。ポタポタと流れる血が階段の上から流れ落ち、双子星の明かりに照らされる。


「…くそ!」


 そう言ってシャルムは階段を掛け登った。僕もそれに続いて震える足に鞭を打ち着いていく。登りきった先、そこには一人の女性が倒れていた。


「大丈夫ですか!?」


 シャルムが声を掛けるも返事はない、返事をする頭がない。彼女は既に…。


「おやぁ?こんなところにガキぃ?」

「あらあら、もしかして巫ちゃんかしら?」


 中央回廊の奥、二人の男女が声を掛けてくる。


「どうするよぉ」

「殺すしかないんじゃない?それとも解剖でもしてみる?」


 何を言っているのか分からない。頭は混乱を極め、そして冷や汗が頬を伝う。声を出したくても出せない圧力、圧倒的な格上の存在。


「私はシャルム。あんたたちは何者?」

「何者?だってさぁ」

「ふふ、見てよ震える手を必死に握って、可愛らしいわね」

「答えなさい!」

「俺たちはぁ…何て言えばいいんだぁ?」

「教えてあげるの?」

「どうせ殺すんだし良いじゃねえか」

「それもそうね。…私たちは研究者。アルマを創った者よ」

「アルマを創った…?嘘言わないで!アルマが創られて既に500年以上経っているのよ!?」

「541年、だなぁ。懐かしいもんだぁ」

「貴方たち巫ちゃんにアルマのことを任せてきたけど、アルマを正しく使えないなんて欠陥も良いとこなのよ」

「なに、を言っているの」

「もしかしてお前ぇ、巫が何のために存在しているか知らねえのかぁ?」

「知っているわよ!各地の精霊の力を借りてアルマの魔力を安定させる。そして"アルマを操縦する"ことが私たちの役割よ!」

「知ってるじゃねぇかぁ」

「でもそのアルマの操縦がちゃんとできてないのよね」

「どういうこと…」

「あぁ面倒くせぇ。お前ら巫がノロノロもたもたしてるから大陸の糞どもに奪われかけてんだろぉ?そもそも何よ?宗教戦争なんて面倒くせぇこと始めやがってよぉ」

「それはこの子たちに言っても仕方ないじゃない」


 そう言った直後、男が指先を鳴らした瞬間女の頭が弾け飛びゆっくりと体が倒れる。


「うるせぇ、俺に口答えすんな」

「酷いことするじゃない。癇癪起こしたら殺す癖、早く直しなさいよ」


 男の後ろ、双子星の明かりが当たらない暗がりからまた女が現れる。


「どうせ死なねえんだからいいだろぉ?」

「死ぬことの不快感を知らないからそんなこと言えるのよ」

「…あんたたちここで何してるのよ」

「仕事だよ仕事。面倒くせぇがお前ら巫に任せてちゃ俺たちの努力が無駄になっちまうからなぁ」

「そうね。私達が折角創ったアルマを正しく使ってくれていればねぇ」

「500年も経ちゃ覚えてるやつも減ってしょうがねぇかぁ」

「アルマの正しい使い方…?」

「ほら、やっぱりもう巫はだめね。そもそも権限を分散させたのが間違いだったのよ」

「そうだなぁ。鍵は1つにしとく方が良かったかぁ?」

「さっきからなんなのよ!あんたたちの言うこと、なにも分からない!」

「どうせ死ぬんだし良いわよ、知らなくても。巫はもはや不要な存在だわ」


 女は影に溶けるように薄れていき。


 "じゃあ私帰るから あとは任せたわよ"


 声だけが響き姿を消してしまった。


「ちっ、あいつ。面倒事放り投げやがってぇ」


 残された男は悪態を吐き溜め息をこぼす。そして雰囲気をガラリと変えこちらに向き直った。


「じゃ、そんなわけでお前らここで死んでくれよなぁ。そのうちお前らの一族もそっち行くからよぉ。寂しくはねぇからさぁ」

「…っ」

 

 先ほどまでから一変し濃密で重厚な魔力が解き放たれる。それは絡まるようにして僕たちを包み膝をつかせる。


「残念だったなぁ。来たのが今日じゃなきゃまだしばらくは生き残れたかもしれねぇのによぉ」

「ああああああああ」


 気合いだけ、それだけだ。このままでは二人とも殺される。僕はありたっけの力を足に込めて魔力を纏い、シャルムを無理矢理抱えて塔から飛び降りた。


「何してるのよ!離しなさい!」

「離さない!絶対に!」


 腕から逃げようとするシャルムをしっかり抱き止める。


「どこに行くんだぁ?面倒くせぇから大人しく死ねよなぁ」


 すぐ目の前に男が現れる。その言葉を無視して僕は正面の通路をまっすぐ通り聖堂からの脱出を図る。

 右に左にと男の声が響く。しかしそれは不快感を孕んだものではない、獲物を追い詰めて遊ぶかのようだ。だがもうそれも終わり、すぐ目の前には正面の扉が見えている。

 僕は扉に着くなり思いっきり蹴り飛ばし力ずくで開いた。外は双子星の明かりしかない。それを頼りにひたすら走り続ける。

 森を掛け崖を飛び、とにかく里へ里へと逃げ続ける。あそこに帰ればたくさんの同胞がいる。僕たちより強い人もたくさん。それなら対抗できる方法があるはずだ。

 そう信じて僕は、僕たちは里へ向けて駆け続けた。


---


 里、だったものに着いた頃には既に日付が変わり、2日が経っていた。その間シャルムを降ろして二人でとにかく里を目指して走り続け、たまに水を飲む以外のことはしなかった。それだけ急いだ、急いだのに。


 里の人々の屍が至るところに散乱し、生きている人は見えない。


「父、様…?か、母様…?」


 フラリフラリと覚束無い足取りでシャルムが進む。その先には頭部が無く手を繋いだ二人の遺体だけが転がっていた。

 交戦したと思われる痕跡はあるが里は間違いなく壊滅している。呆然としていた頭にスイッチが入り一つの思いに至る。


「に、兄さん…!」


 僕は兄を探すべく自宅へと走り出した。既に丸二日、ほとんど全てを走り続け足は重い。しかしそうも言っていられない。家の扉を引っ張り声をかけるも兄からの返事はない。家中を探しても兄の姿はどこにもなかった。

 殺されてしまったのか、逃げ延びたのか。兄がどこにも見えないことに焦りが募る。


「シャルムちゃん…」


 不意に置いてきた彼女を思い出し、僕は里の中央にある像を目指す。そこには慟哭を上げ地面を乱暴に殴る彼女がいた。


「シャルムちゃん!」

「離して!離してよ!」


 それを止めようとする僕を突き飛ばし、彼女は両親の亡骸にすがり付く。


「どうして、なんでこんな…」

「遅かったなぁお前らぁ」


 不意に聞き覚えのあるあの男の声が聞こえてくる。


「帰ってこねぇかと思って眠っちまったよぉ」


 ふあとあくびをしながら男はこちらへ歩いてくる。


「…がやったの」

「あん?」

「あんたがこれをやったのかって聞いているのよ!」

「あー?俺以外に誰がいんだよぉ」

「ぼ、僕たちはここまで真っ直ぐ走ってきたんだ。なんで僕たちより先に…」

「種を明かせば簡単なことだなぁ。というか、お前ら巫のくせにゲートの事も知らねぇのかよぉ」

「…ゲート…?」

「トゥウィンズゲート、転移装置のことだぁ。わざわざ走るなんて面倒なこと、するわけねぇだろぉ」


 男は僕たちを追うことを面倒くさがり、聞き覚えもないその転移装置とやらを使って里に先回りしていたのだ。そしてこの惨劇を起こした。


「なんで…なんで殺したのよ…」

「はぁ?上で話しただろぉ?巫はもういらねぇんだよ。血脈絶たねぇとまた増えんだろぉ?」


 ドクンと胸が鳴る。"巫はいらない"?そうしたらどうなると思っている。アルマはどうなると思っているのか。


「巫がいなくなれば、それこそアルマは…」

「子細問題ねぇなぁ。巫の代わりを創るだけのことだぁ」

「代わり!?そんなものないわよ!」

「だから創るって言ってんだろぉ。そのために面倒くせぇあんな山の上まで行ったんだからよぉ」


 男は頭を搔きながらそんなことを言う。僕たち巫が担ってきたアルマの魔力を整える役目も、アルマを操縦する権限も、全てを奪ってその代わりを生み出すと、そう言っているんだ。


「で、お前らで最後ってわけだなぁ。もう鬼ごっこは終わりで良いのかぁ?」


 男はにやにやと笑みを浮かべている。しかしもう、もう既に僕たちの足は動かない。それだけの疲労が溜まっている。


「…逃げて、シャルムちゃん」

「どういうことよ、あんたはどうするのよ」

「僕が時間を稼ぐ。どうせ大したことはできないから、少しでも時間を稼ぐから、すぐに逃げて」

「お?少年が相手してくれんのかぁ?」

「だめよ!逃げるなら、一緒に行きましょうよ!一緒に生きてくれるって約束したじゃない…」

「シャルム!今すぐに逃げるんだよ!僕のことは置いていけ!」


 びくりと肩を震わせてシャルムは顔を上げる。その顔からは絶望と悲哀が伝わってくる。

 本当はこんなこと言いたくない、僕だって今すぐにでも逃げ出したいしシャルムちゃんと共にいたい。でもそれはだめだ。彼女を守るために巫になったのだから。


「どうせ二人とも殺すんだからどっちでも良いけどよぉ…男が維持ぃ張ってんだから格好つけさせてやったらどうだぁ?お嬢ちゃん」

「早く行けよ!邪魔なんだよ!」


 シャルムの腕を引いて立ち上がらせ、背中を思いっきり突き飛ばす。よろよろとなりながらシャルムは駆け出した。こちらを振り向くな、そのまま逃げてくれと念じて。


「いやぁ泣ける、泣けるぜぇ。どうせ逃げたって死ぬだけなんだけどなぁ」

「…黙れ。お前は僕が相手をする」

「はぁ?てめぇみてぇなガキに何ができんだよぉ」

「僕は弱い、凄く弱いよ。力だって魔法だって、シャルムちゃんに勝てた試しがないんだ」

「だったら…」

「だけど巫に成れたのには理由がある」


 目を見開いて男を凝視する。


「お前ニはこレ以上何も奪ワセナい」

「きっもちワりぃナぁ!なんだそれェ!…んン…?」


 今僕は相手にどう映っているのだろうか。これはトゲ爺しか知らない、僕が巫になることができた理由の一つだ。

 僕が精霊と契約した時、初めて魔法を行使した時、精霊は僕に言った。


 "君には 君だけの大事な指名が巡ってくる"


 きっとこれはこの時のための力だ。何千何万とこのアルマに存在する精霊には数多の種類が存在する。僕が契約したのは(まじない)の精霊。だから僕は"呪霊(じゅれい)の巫"と呼ばれている。

 シャルムのように火の精霊を纏いたちどころに傷を癒すこともできず、兄のように地の精霊を纏って豪腕を振るうこともできない。本当はそんなかっこよくて強い巫に憧れた。でも僕はそれには選ばれなかった。

 自分が戦う力を得られなかったことに酷く落ち込んだこともある。でも僕にしかできない戦い方もある。


「お前ニ僕を写ス。彼女は殺さセなイ」

「なるほどなァ。気持ちのわりィ精霊力ヲ感じルぜェ…」


 僕が手にした能力は特異的だ。目で見た相手に自分の意識を転写する。それにより動きを縛ることができる。だが。


「バカだなァお前ェ。俺が呪霊の巫ヲ知らネェと思っテんのかァ?」

「…っ」

「欠点、アるよナァ。どウすんだァ?」

「…僕ハ死んだっテ構わナイ…」


 男は憎々しげに僕を睨む。意識を転写すると何が起きるのか。それは僕の思ったこと以外は何も行動できなくなること。僕が相手を見ている限り、相手は動くことができない。逆に僕が攻撃に転じれば相手も攻撃してくる。

 一対一においては便利とも呼べないし他にも重い欠点はある。これだけ強力な力だ、当然と言えば当然。


「コノままお前ごと自死スる」

「あアあアア!?」

「アの女の人ハ言ってた。"死んだことが無い"ッテ。お前死ンダら死ぬんだロ」

「あいツ…余計な知恵与エやがッテェ…!!」


 僕はそっと胸に手を当てる。死ぬことは勿論怖い。でもそれ以上に怖いこともある。アートマーは恐らくもう駄目だ、隠れ里だったため人知れず消えていき復興は望めない。

 だがそれがなんだ。巫というものが失われこの世から消える訳じゃない。シャルムがまだ生きているんだ。いつか彼女も愛する人を見つけて子を成し、そしていずれはアルマを取り返してくれる。

 こいつらが何者かは依然として分からない。仮にアルマを創ったのが本当だとして、だからと言って僕たちに害を成す理由には何もならない。


「サよウなら、シャルム、みんナ」


 僕は小さく言葉を呟いて意識を切り替える。自身の心臓へ向けて魔法を放ち自害する、そう思う。そして詠唱を紡ぐ。

 頭にはシャルム、兄さん、トゲ爺、両親、里のみんなの笑顔が記憶として流れてくる。

 

 "僕は死んでも構わない、だから君の傍にいさせてくれ"

 

 巫になった日にシャルムに放ったこの言葉は彼女を激昂させた。二度と死んでも良いというなと彼女は怒った。それ以降僕を突き放すようにしていた。

 でも僕は知っている。シャルムは僕に巫を辞して欲しかったことを。だから辛く当たっていたんだって、分かっていた。

 でも辞めていなくて良かった。こうして僕の命で彼女を救うことができるのだから…。


「あら?貴方死ぬの?」


 不意に先日聞いた女の声が聞こえる。薄れ始めた意識を戻し視線を上げると、倒れた男の傍らにあの女が立っていた。


「僕ちゃんやるわね。この人を殺したのは君が初めてよ」


 ゲホッと血を吐く。胸には穴が空いており既に両者が助からないことは明白だ。


「うーん、でも惜しいわね。君みたいに優しい性格なら私も楽できるのに…」


 女はウンウンと悩んでいるようだ。だがもう終わる。僕も彼も命の灯火はもう消えるのだから。


「そうだ!良いことを思い付いたわ」


 そう言って女は男を引き摺ってくる。そして僕の隣へ無造作に投げ捨てた。


「貴方の中身を移してしまいましょうか!」

「てめぇ……何言ってやがんだぁ」

「あら?まだ喋れたのね」

「答えろやぁ…どういうつもりだぁ…」

「言ったままよ。何回も貴方には殺されたけど、いい加減うんざりしているの。だからこの子の記憶を消して貴方に意識だけを移すわ」

「そんなこと、して、なんになんだぁ?」

「ただ貴方を治すのも癪だもの、どうせこのままだと死ぬんだし活用しても良いでしょ?」


 男は血を吐くのみで返事をしない。僕も会話は耳に入ってきているが思考が回らない。


「…返事なしってことは同意ってことで良いわね!」


 楽しげな声を出して女は僕と男の頭に手を乗せた。


「それじゃあ実験が成功したらまた会いましょうね、"僕ちゃん"」


---


「なんだァ、何がどうなってんだァこりゃァよォ」

「おはよう。自分は分かる?」

「僕?僕は俺だなァ」

「まだ混乱しているのかしら。もしかして失敗しちゃった?」

「なんの話だァ?」

「自分の名前は分かる?」

「…俺は…」

「うーん。覚えてないなら仕方ないわね。あいつの名前にするのも嫌だし、元の君の名前で呼んでおけばいっか…よし!行きましょうか」


 知らない女は持っていた紙の束を仕舞い僕の手を引く。胡散臭い人だがどこか懐かしい。頭は痛いし胸には穴が空いたように何か大切なことを失っている。だが何も分からない。


「そうだ、この里は他から見えないように隠さないといけないわね」


 そう言って女性は魔法を行使する。一気に小高い山のようなもので俺たちがいた場所は包み込まれていく。

 そしてまた歩き出した女に手を引かれ端の方、そこで立ち止まり魔法を唱え始めた。すると目の前の壁が開いていき通路になる。


「さぁ、行きましょうか」


 笑顔の女に再度手を引かれて俺は外に出た。もう何も分からなくていいや、面倒くせェし。そして外に出て眩しい日の光に包まれ僕は目を閉じた。


「これからよろしくね、トッド君」

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