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第三小節 - 導き

「ネル…」


 思わず漏れたその声は頭の中をかき混ぜるように響く。しかしネルのことを考える時間は続かない。


「何者だ!!」


 立ち並んでいた騎士から大きな声が発せられ、数名がこちらへ駆けてくる。まずい、アニマの言う通り聴魔力の使い手が警戒していたようだ。

 即座に身を翻し聖域の出口へ向けて全力で走り出す。アニマは俺よりも早く、騎士の声を聞くより先に駆け出していて随分先にいる。マルカートも俺の後ろをピタリと着いてくる。


「止まれ!」


 後方から聞こえる騎士の声が穏やかな聖域に響き渡る。


「も、もうだめ、私は、置いていきなさい…!」


 息を切らしながらもなんとか俺に着いてきていたマルカートが泣き言を漏らす。しかしその希望は叶えられない。

 速度を少し落としてマルカートに並走し、小脇に抱える。


「見捨てるわけ無いだろ」

「足を引っ張ってごめんなさい…」


 謝るマルカートの声は無視した。そもそもの原因は俺が声を発してしまったことにある。謝るべきは俺の方だ。

 後方からは変わらず騎士の警告が飛んでくるがそれも無視して無心で駆けた。

 そうしてしばらくすると聖域の出口に辿り着く。先に着いていたアニマは外から光のカーテンを捲り待っていた。


「急いで!」


 アニマが開いてくれているそこを一気に駆け抜ける。まだ足は止められない。俺たちはひたすら走り続ける。

 景色は目まぐるしく流れていき徐々に知っている場所が見えてくる。盗賊のアジト跡との分かれ道だ。

 依然後方から騎士が着いてきている状態、このまま町に戻ることはできない。俺はマルカートを抱えているのとは逆の手でアジト跡方向の道を指し示す。そしてそちらへと進路を変えた。


---

 

 逃げ続けてしばらく、俺たちは昨日来た盗賊のアジト跡に着いた。ここまでは背の高い草のおかげもあり視認されずに来られた。だが昨日の時点でその草も一部が切られておりここに逃げたことは明白だ。


「来たは良いですが後がありませんよ」

「ありがとうエヒト、もう大丈夫よ」


 マルカートはそう言ってスカートを叩き言葉を続ける。


「ここでゆっくりしている時間はないわ、どうするの?」


 その通りだ。ここで時間を浪費している間に騎士は追い着いてくるだろう。どうしたら良い、どうしたら…。


 "こちらへ"


「何だって?」

「私たちは何も言ってませんよ?」

「聞き間違いか…?」


 "そのままこちらへ"


 聞き間違いではない。確実に声が聞こえる。こちらとは盗賊のアジト跡のことだろうか。


「こっちだ!」


 離れたところから騎士達が向かってくる声もする。このままここにいても捕まるだけ…それなら。


「アニマ、ごめん…中に行こう。何者かは分からないけど呼んでるんだ」

「…分かりました。背に腹は代えられません、行きましょう」

「あの、私こんなに暗いと見えないのだけど…」

「ルカは私の手を握っていてください。転ばないようにだけ気を付けて」

「ありがとうアニマ!分かったわ!」

  

 そうして俺たちは盗賊のアジト跡へと入る。中は昨日と同じで真っ暗、眼魔力が使えなければマルカート同様何も見えない暗さだ。


「とりあえず奥に進むか?」

「そうしましょう。最奥で騎士と戦うことになるかもしれませんが…」

 

 俺たちは奥へ奥へと進んでいく。

 ふと昨日トッドにやられて気を失っていた場所が見えてくる頃、なんとも言えない違和感に胸がざわめく。

 進んでいく度にその違和感の正体が分かってくる。道の先が明るいのだ。眼魔力を抑えてみても変わらず、やはり明かりが点いている。


「…明かり?」

「あ、アニマ、痛いわ」

「すみません、思わず力が入ってしまいました…」


 アニマにとってトラウマであるこの場所。ここに昨日も今日も訪れることになり、更にはいるはずのない人がいる可能性が出てきた。力が入るのも仕方ないだろう。

 後方には騎士、前方には正体不明の明かり。八方塞がりだ。

  

「大丈夫か?」

「はい。進む以外の道はありません、私は大丈夫なので」

「アニマ、私の手をしっかり握っておきなさい」

「…ありがとうございます」


 小声で短い会話を終え、俺たちは再度歩みを進める。そして昨日倒れていた十字の分かれ道へ辿り着く。明かりが点いているのは左の道。


「…どうする?」

「何者かは分からないけど行くしかないわよ。どうせどちらへ行っても行き止まりなのだから」

「それなら俺だけで行ってくる。ここで待っててくれ」

「一人で?どうしてよ」

「この先は、アニマが来てはいけない」

「…なぜですか?」

「それ、は…」

「何を知っているか知らないけど、私たちは仲間なのよ?一人だけ行かせるなんて真似…」

「ごめん、ルカ。アニマを頼む」


 そう言って俺は左の道へ駆け出した。明かりが点いているこの先にアニマが来てはいけない。なぜならそこは…。

 がらんとした空間、ここはあの惨劇が起きた場所。アニマにとって最も忘れたい記憶の眠る場所。

 しかしそこは夢で見たあの様相を微塵も感じないほどに何もない。

 あるのはただ一つ、光球。ヴェーレの森とそして昨日の夢、そこで見たあの光球が浮いている。明かりの正体もこれだ。


「…お前が俺たちを呼んだのか?」


 ふわふわと浮かんでいた光は徐々に高さを落とし、俺の横を通り抜け元来た道へと飛んでいく。何かは分からないがあの時と、ヴェーレの森で感じた時と同じ懐かしいような神々しいような、そんな感覚だ。俺は思考を止めその後を着いていく。


「エヒト、さすがに勝手が過ぎるわよ?」

「うっ、ごめん」


 また先ほどの十字路に戻ると光球はそこに留まっていた。そして俺は勝手な行動をマルカートに叱責される。

 

「はあ…まぁいいわ。それでこの光は何?あなた魔法が使えたのかしら?」

「魔法じゃない、道の先にあった明かりの正体がこれなんだ」

「…ぁ……様……すね…」


 光を眺めながらアニマはポツリと何かを呟く。

 それに応えることもなく光は突然また動き始め、次はトッドが立っていた奥の方へと進み始めた。


「エヒトさん、着いていきましょう」


 アニマの言葉に従いその光を三人で追う。

 着いていった先は行き止まり。既に騎士が内部に入ってきていてもおかしくない。やはりここまでか。

 そう思っている間にも光球は止まらず、そして壁の中へと吸い込まれていった。


「消えた…?」

「いえ、違います。この壁の先にいるんです」

「どういうことだ?見えるのか?」

「はい。ですがその話は後です。追いましょう」

「追うって言ったって壁の向こうにどうやって…」

「こういう時は私に任せなさい。…清純なる日の光よ、我の進む道を差し示せ。ライト」


 そう言ってマルカートは指先に小さな明かりを灯し壁を右に左にと確認していく。そしてその視線は壁に取り付けられた燭台を捉えて止まる。


「この燭台、明らかに他のものと作りが違う上に古いわね。多分これを…」


 ふんっと小さな声を出し燭台を握り壁を押す。しかし壁はびくともしない。


「何か方法があるはずなのよ。この燭台が関わっているのは間違いないのに…」

「在り来たりですが火を灯してみるのはどうですかね?」

「でも蝋燭なんて持ってないわよ?」

「確かにそうですね…」


 うんうんと唸り考える二人。俺は二人の会話を受け流し気になったことを試してみる。

 マルカートがしていたように燭台を握り、そして思いっきり"引っ張る"。すると壁は廃坑道に音を響かせながら動き始め、そしてその先に人二人が並べる程度の狭い通路を現した。


「……!!」


 遠くから騎士のものと思われる声が聞こえる。今の壁を動かした音で俺たちが中にいることが露呈してしまった。


「やるわね、エヒト。とにかく迷っている暇はないわ、行くわよ」

 

 マルカートに手招きをされて俺たちもその道へと入る。それを確認したマルカートは壁を元に戻し、そしてまた歩き始めた。


 歩くことしばらく、マルカートが足を止め振り返る。


「ここまで来たら大丈夫ね!さすがに私たちの会話は聞こえないはずよ!」 

「聖域でのこと、ごめん。助かった」

「気にすることないわ!今後気を付ければ良いのよ!」

「そうです、仕方ありませんよ。あそこにいらしたのがネル様なのですね?」

「ああ、やっと見つけた…あれは間違いなくネルだ」


 騎士や聖職者に囲まれるようにしてネルは不変の霊樹の前に立っていた。服や髪が変わっていようと見間違えるわけがない。


「恐らくエヒトさんと同じ、アクラルネ様としての儀式を行っていたのかもしれません」

「水神の鏡心は俺が持ってるけど」

「神器、水神の鏡心は二対の耳飾りです。元々ネル様がお持ちだったか片方がアルマに残っていたか、どちらかかと」

「俺がその辺りを思い出せればな…」

「仕方ないわ!今は儀式をしていたことが分かっただけで十分よ!」

「どういうことだ?」

「まだネル様は無事ということ!アクラルネ様として何をするのか詳しくは知らないけど、恐らくネル様も各地の聖域を巡礼しているのよ!」

「…なるほど、それで不変の霊樹に来ていたのか」

「あれだけ厳重な警護を連れているのよ?そう考えて間違いないはずね!」

「エヒトさんがアクラルネ様としての力を各聖域から得るように、それはネル様にも当てはまる可能性は十分あります。今は悲観的にならず、それが分かっただけでも僥倖であったと思いましょう」

「ああ、そうだな」


 ネルを見付けることはできた。しかしその周りはたくさんの神殿関係者に囲まれ近付くこともできそうにない。連れ出すことはおろか話をすることも到底不可能だろう。アニマの言う通り、少しずつ情報が集まり近付いているのが分かっただけでも良かったと思うべきか。


「ところでここはどこに繋がっているんでしょうか」

「光の球はこの先かな」

「一休みしたいところではあるけど行くしかないわね!こんな時になんだけど、私の冒険魂に火が着いているわ!」


 マルカートは歩みを止めずどんどん先へと進んでいく。


「まるで子どものようですね」

「間違いないな」


 アニマと二人、大きく腕を振って前を歩くマルカートに苦笑しながら着いていく。

 奥へと進んでいくと次第に道はその様相を変え広がっていく。壁は相変わらずただの土壁だが。


 結構な距離を歩き下り、そしてその道は突然終わり開けた空間が姿を表す。俺たちが辿り着いたその場所はとても地下に潜ったとは思えない美しい場所だった。壁には明かりが埋められ眼下を照らし、穏やかなせせらぎの小川が流れ草花まである。


「これ、まさか…」

「ルカの思っている通り、ここは神醒歴(しんせいれき)より以前の遺跡で間違いないかと」

「遺跡…と呼ぶのも烏滸(おこ)がましいわね。こんなに形を保った場所、初めて見たわ」

「ごめん、神醒歴ってなんだ?」

「分かりやすくいうと現代のことよ!」

「…分かりやすいか?」

「簡潔ですしその通りですが…もう少し詳しくお教えします」


 そうしてアニマは教えてくれた。

 このアルマにおける時代の節目は3つ。アルマが誕生する以前、アルマ誕生から宗教戦争中期、そこからエーデル家がアクラルネとなって以降とこの3つの時代だそうだ。

 先ほど出てきた神醒歴とは"エーデル家がアクラルネとなって以降の時代"、つまり現代を指す。

 そしてこの遺跡は二人の見立てではそれより以前のもの、アクラルネが誕生するよりも前というと…。


「それなら結構古いってことだよな?綺麗だけど」

「古いなんてものじゃ無いわよ!アクラルネ様が誕生されてから465年経っているのよ!?」

「465年!?そんなにエーデル家は続いてるのか!?」

「忘れているだけかもしれないけど、あなたの家の事だし神の末裔なんだからしっかり覚えておきなさい!」

「わ、分かった。途方のない年数に驚いたよ…」


 465年、それだけの期間エーデル家はアクラルネを継承し続けて来たのか?そしてそれだけの期間、アルマを動かすだけの歯車にされてきた先祖がいるのだろうか。そんなことも知らず、そして忘れてしまっている自分に歯痒い思いが募る。


「俺、本当に何も知らないんだな…」

「良いのよそれは!前に私があなたを羨ましいといったのはこういうことだって、分かるかしら?」

「記憶喪失が羨ましいって、そう言ってたやつか?」

「そうよ!だって貴方はこれからこういった未知の遺跡や自分の過去、ひいてはアルマにおける沢山の歴史を辿ることができるのよ?その感動は貴方だけがこれから感じられるの、とても素敵だとは思わないかしら?」

「…そうだな。確かに俺もこの光景に胸が踊らないわけではないし。ありがとう、ルカ」

「ふん!落ち込んでなんていられないんだから!」


 マルカートなりの激励を受け気持ちを立て直すことができた。そうだ、落ち込んでいる暇はない。


「さて、話も一段落したところでこれからどうしましょうか?」

「ここから出る手立てがないか探すしかないだろうな」

「盗賊のアジト跡に戻るのは無理ね!私たちがまるで霧のように消えてしまったのだから、あそこは確実に騎士が見張っているわ!」

「ではここをまずは探索して…」


 アニマが言い切る前、またしても先ほどの光球が上からゆっくりと降りてきた。それを三人で見上げているとその光は徐々に形を変え、そして俺たちの前に着いた頃には人のような、そんな形へ変わる。


 "よくぞ戻られました"


 盗賊のアジト跡で聞こえた謎の声と同じ、あの声はこの光から発せられたもので間違いないようだ。


「ここに俺たちを導いたのはなぜだ?」

 "十四代目アクラルネがアルマから旅立って早140年 この里は更に遠い過去の遺物と成り果ててしまいました"

「回答になってないわね」

 "天より神の雷が降り注いだことを皮切りに アルマを循環していた魔力も薄れ アクラルネの神力により無理矢理維持されて来たアルマも力を失いつつあります"

「精霊…」

 "地表では姿を保つことも叶わず 私は精霊としての役目を最後まで全うできず 今はこの地下にて霊力を蓄えることでしか生き長らえることができません"

「……」

 "しかしそれももう終わりです アクラルネが戻った今こそアルマを我々が取り戻し あの頃と同じ美しい場所へ還ることができる"

「何を言っているんだ…?」

 "さぁ こちらへ"


 こちらの問いには一切答えず、光はすーっと進んでいく。


「行くしかないよな」

「…そうですね、悪意はないはずです」

「お化けでも見ているようだわ!」


 俺たちは光の後ろを着いていく。盗賊のアジト跡から抜けた時の高台から降り、里の中へ入っていくとあちらこちらに小さな光の球が浮遊していることが分かる。


「これ全部精霊?なのか?」

「恐らく…ただ先を行く先ほどの精霊に比べると些か小さいですが」


 マルカートはその光を見つめて目を輝かせている。


 "ここはアートマー 精霊の力を宿し精霊に愛された (かんなぎ)のための都"

「巫…またそれか」

 "今となっては巫も 本来の役目など関係なく この里はとうに忘れ去られてしまいました"

「本来の役目の前に巫がなんなのかすら知らないけどな」

 "ああ なんと嘆かわしいことでしょう 巫は彼の者によりその役目を奪われて久しい"


 そこまで言って光はまた静かになる。

 

「役目を奪われた?本当に何を話しているか分からない、二人は分かるか?」

「巫の事でしたら多少分かりますがそれ以外は…」

「私も同じね!」

「巫っていうのはなんなんだよ」

「…もう良いんじゃないかしら?教えても」

「ですが…」

「エヒトも受け入れられるわよ、きっと」

「…心の準備をさせてください」

「分かった、とにかく今は精霊に着いていこう」


 俺の言葉に二人は何も返さない。俺たちの歩く音だけが響き、無言で光の、精霊の後を着いていく。

 

 歩き始めてしばらく、街の真ん中と思われる場所に辿り着いた。そこには一つの像が建てられている。


 "まずは炎霊の巫よ こちらへ"

「……え?」

「やっぱりアニマは炎霊の巫なの…?」


 マルカートの視線はアニマに向けられる。それに倣いアニマを見る。

 

「私の事です」


 少しの間をもってアニマは一つ溜め息を吐き像の方へと歩み出す。


 "貴女たちをここに呼んだのは他でもない 炎霊の巫よ 母君が達せられなかった願いを 過去の巫が紡いできた運命を貴女たちで変えるのです"


 そう言って精霊は強い光を放った。

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