表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/31

第三小節 - 霊樹

 翌朝、目覚めた俺たちは早速聖域へと向かう。朝食は作り置きのパンを歩きながら食べた。


「それにしても聖域への入域登録、あの問題がこんなに簡単に解決できるとは思わなかったよ」


 昨夜、食事の席で聞いた話だ。聖域へ入るための手続き。俺とアニマはそもそも登録の必要がないがマルカートは別だ。どうしたらいいかをレイニンさんに確認していたのだが、本当に簡単な解決策があった。


「そうね!まさかエヒトかアニマと一緒に入れば大丈夫だなんて思わなかったわ!」

「言われみればカーテンを開けたら入れるわけだしそりゃそうだよなってなるけど、思い付きもしなかったよ」

「やっぱりあの光のカーテンって大したものではないんじゃないかしら?」

「一応権限がないと入れないんだろ?」

「でも魔物の侵入さえ完璧には防げないのよ?」

「うーん、確かに」

「どちらかと言えば監視が目的ではないでしょうか?まず入域権限を持っている人が相当限られていますし」

「それはそうだな。…あれ?そもそもルカはお姉さんが大隊長だよな?」

「…そうよ」

「それならリゾルートさんの血縁であるアニマが入れるようにルカも問題なく入れるんじゃないのか?」

「それは不可能ですね」

「無理ね」

「なんでだよ、そう言う話じゃなかったのか?」

「スーティーン家のことはアニマに聞くのが一番よ!」

「血の盟約のことですよね?スーティーン家とは何かから始まるので相当長くなりますし、今はまだお話すべきでないことも含まれるので…」

「またそれか。はぁ、わかった、仕方ないよな」

「聞き分けが良いわね!」


 そう言ってルカは俺の頭に手を伸ばすがもちろん届かない。仕方なく少し屈んでやると満足そうに頭を撫でてくる。


「血の盟約が何かは知らないけど、とりあえずルカはそのままじゃ入れないってことだな」

「でもあなたたちが居ればそれは解決したも同然なのだから何も問題ないわ!」


 そう言って鼻を鳴らして得意気なマルカートは先を行く。


「どうした?アニマ」

「いえ、なんでもないですよ」


 考え込むような様子だったがすぐにそれを正し元の調子に戻る。俺もそうだがアニマも悩みが尽きないことだろう。


「エヒト!」


 先を行っていたマルカートが慌てた様子で戻ってくる。


「どうした?」

「魔物!蹴散らすわよ!」

「魔物って…ああ、あれか」


 少し先に虫の、蜘蛛のような形をした大きな魔物がいる。


「あれくらいならアニマに焼いてもらえば…アニマ?」

「ひっ」

「…虫、嫌いなの?」


 アニマは先の魔物を見つめて足を止めている。まさかアニマにも苦手なものがあったとは…。


「ここは二人で狩るか」

「そうね!お姉ちゃんってところを見せてあげるわ!」

「で?あいつは?」

「クヒャルレングよ!特に強くもないけど、糸には気を付けたいわね」

「了解だ」


 それだけ聞いて俺は駆け出す。確かにでかい蜘蛛ってだけでも気持ちは悪いが、それでもただの魔物だ。

 接近する俺に気付いた様子のクヒャルレングはこちらに背を向ける。


「逃げる気か!?」

「違うわ!エヒト!」


 その瞬間、こちらに向けて黒い糸が放たれた。まずいと思ってもその勢いは凄まじく、回避する間もなく俺は直撃してしまう。


「全く!気を付けなさいと言ったばかりなのに!」

「こ、これやばい!全然取れないぞ!」

「そこで大人しくしていなさい、私だけで十分よ!」


 そういってマルカートはハルバードを両手に握り駆け出す。敵は未だに背を向けたまま、こちらは見えているのか微動だにしていない。


「霊魂還りし息吹の根源。求めたるは包蔵の魔力」


 一節一節、マルカートが詠唱を口にする度に周囲の魔力が集まっていく。淡く金に光るその魔力の圧に気圧されてかクヒャルレングはマルカートへ向けて駆け出す、が。


「怨敵滅す砂塵となり、内なる門を解き放て!ダンヘイム・トゥーリ!」


 辿り着くよりも早く、ハルバードを掲げ魔法を発動する。突如風が吹き荒れ砂塵を巻いた大きな竜巻が生まれ、それは次第に勢いを増しクヒャルレングを飲み込んだ。

 風と砂により巻き上げられ、その体躯も為す術なくボロボロに千切れていく。

 術の効果が切れた後にはもはや原型も分からない破片がそこら中に散らばっていた。


「…やりすぎちゃった!」


 マルカートはこちらを振り返り舌を出しておどけて見せる。


「ルカ…」


 後ろからアニマが声をかけてきた。さすがに咎められるだろう、これは本人も言う通りやりすぎだ。


「さすがです」

「褒めるのかよ!」

「あんな不浄な魔物、刻まれて当然です!」

「ふふん!さすが私ね!」

「やりすぎだろどう見ても!」


 周囲は円形の深い線が引かれたようになっており、千切れた草や巻き上げられた枝、クヒャルレングの体であったものが散らばっている。


「前に言ったじゃない!二人を巻き込んでしまうかもしれない、って」

「制御できないとかではなく威力の話だったんですよね。実際に見ると凄まじい魔法でした」

「どうしても私が使う魔法はこうなのよね。特に地属性の魔法は得意よ!久しぶりにぶっぱなせて気分が良いわ!」

「だからあんな大技を打ったのか?」


 受けた蜘蛛の糸をアニマに少しずつ焼いてもらいながら俺は溜め息を吐く。確かに強い、それは心強いが突然あんな大技を打たれてはたまらない。


「今度からルカの攻撃魔法は最後の砦にしよう、普段からやられたんじゃ地形まで変えかねない」

「もっと弱い魔法もあるわよ」

「それを使えよ!」


 マルカートの頬を左右に引っ張りながら叱責する。


「い、いひゃいいひゃい!」

「助かったけどな!危ないから魔法は気を付けて使ってくれ!」

「わかりみゃひた!!」


 すっと手を離すとマルカートは頬を押さえ座り込む、満面の笑みを浮かべて。


「ふふ、こんなことでも楽しいわね…私が魔法を使って怒られたのは初めてよ!」

「そんな規格外の破壊力で?」

「そうね!これまでは一人だったから怒ってくる人もいなかったし、やりたい放題させてもらっていたわ!」

「…詳しくは聞かないでおくよ」


 クヒャルレングのバラバラの死体を簡単に片付け改めて道を進み始める。昨日通った盗賊団のアジト跡へ向かうものと途中までは同じ、だから少し気は重いしトッドがまだ近くにいる可能性も捨てきれないが。

 

 三人で無駄話をしながら進むことしばらく、前方から人が歩いてくる。こんな道を軽装で…?と不思議に思っているとすれ違う前に彼らは声をかけてきた。


「聖域へ行くのかい?」

「はい」

「運が悪いね、今は入れないから」

「…どういうことかしら?」

「浄化の真っ最中のようなんだ。入域禁止の札が立てられていたよ」

「そうですか、それは困りましたね…」

「もしよかったら僕たちと一休みでもしないかい?お茶をご馳走させてもらうよ。その内騎士団の人たちも戻ってくるだろうし」

「その前に一つ確認させてちょうだい。あなたたちいつアモールを発って聖域へ行ったのかしら?」

「…なぜそんなことを?」

「私たちは朝一番でアモールを出たわ。それなのにもう折り返してきて、更にこんな早朝から騎士団が浄化を行っているなんて、そんな話を素直に信じるとでも思っているのかしら。あなたたち盗賊ね?」

「盗賊だって!?そんなわけないじゃないか、僕たちそんなに怪しいかなぁ」


 …信じてしまっていた。いつ取り出したのか、マルカートが背中に隠すように持っている嘘絶の天秤の秤は大きく揺れ、その言葉が嘘であることを証明する。


「匂うのよ、あなたたち」

「チッ、面倒くせえ小細工なんてするもんじゃねえって」

「仕方ないよ、油断させていた方が仕事はラクだ」


 舌打ちをした男は背中に携えていた身の丈ほどの大剣を構える。もう一人の男もどこから取り出したのか、両手に短剣を構え今にも一触即発だ。


「あるもん置いてとっとと帰りな。どうせ新婚の巡礼だろ?ガキの小遣い稼ぎに付き合って聖域に行こうなんざバカのすることだ」


 下卑た笑いを浮かべ大剣を構えた男はそう口にする。


「あら?ガキとは私のことかしら?」

「お前しかいねえだろ、ガキ」


 マルカートの怒りが背に滲んでいるように魔力がどんどん集まっていく。


「盗賊風情が…!粋がったことを後悔させてやるわ!」

「やってみろや!」


 マルカートは即座に鞄からハルバードを引き抜き男の振るった大剣を止める。いや、止めただけではない、そのまま押し返したのだ。

 小さいマルカートから放たれた想定外のパワーに面食らった様子だったが、男は再度構えを直し今度は警戒を強める。


「僕のことも忘れないでほしいね」


 すぐに右、背後にもう一人の飄々とした男が現れ、アニマの首もとに短剣を押し付ける。


「無駄な抵抗はやめなよ?大事な奥さんを喪いたくはないだろ?」


 そう言って男はニコニコと笑顔を向けてくる。


「…ルカの言う通り臭い…臭い!お前、臭いんだよ!!」


 アニマは肘をグッと折り曲げ男の腹へと打ち付ける。その勢いでアニマの首に刃が当たり血が溢れ、アニマは膝を着いた。


「お、お前バカか!自殺しやがった!」

「バがはどぢら?」


 声を出しにくそうにしているアニマはゲホッと血を吐いて立ち上がる。既に喉に付けられた傷はなくなっていた。そしてアニマはゆらりと揺れ腰に携えている剣を抜き魔力を纏う。


「ひっ、ば、化け物!」

「そんな言葉、聞き飽きてなんの感慨も湧かない!」


 アニマはふっと脱力して体を低く落としそのまま一閃、相手の右手首から先を切り落とす。


「ああああああああ!!!」

「黙れ、ケダモノ」


 そして男の脳天へと蹴りを振り下ろし意識を刈り取った。


「モウイ!?てめえやりやがったな!」

「あなたの相手は私よ!」


 マルカートは男の剣戟をハルバードの刃先で器用に受け流している。蝶のように軽々と振るわれるハルバードは日の光を受けてキラキラと美しい。血が付いていることを除けば。


「ぐっ!くそが!」


 男は反転、大剣をパッと手放し即座に森の中へと走り出す。


「エヒト!任せるわ!」

「了解!」


 足に魔力を纒い男の後を追う。纒魔術を使っていないのか?男はすぐに捕捉できる位置だ。


「はぁはぁ!しつけえな!!」

「お前らから仕掛けてきたことだろ!」


 男は身を翻し拳を振るう。大きな体格から放たれたそれが直撃したら気を失うかもしれない。が、当たらないのなら関係ない。

 振るわれた豪腕を左に躱し駆けていた勢いのまま腹部へ蹴りを叩き込む。男は呻き声を上げ膝をつき嘔吐した。


「て、てめえら…」


 それだけを口にして男は気を失った。


「さすがね!」

「俺は逃げてる相手を気絶させただけだからなぁ。二人のほうが凄かったよ、お疲れ様」

「お疲れ様です」


 謎の巨漢を引きずり二人に合流すると、もう一人の男は木にぐるぐる巻きにされ身動きが取れないようになっていた。


「で、こいつらは何なんだ?盗賊なのか?」

「十中八九盗賊ね!」

「間違いないと思います。大した盗賊団とは思えないですが」

「全然気付かなかったよ」

「エヒトは警戒心が足りないのよ!こんな場所で早朝から彷徨(うろつ)いてるやつにまともな人はいないと、まずはそこを警戒することね!」

「面目ないな」


 俺が引っ張ってきた男も木にくくりつける。


「こいつらどうする?」

「選択肢は二つですね。一つはこのまま聖域へ向かいアモールへ戻った際に騎士へ報告する。もう一つはここで今殺すことです。一度アモールへ帰ることもできますが時間が惜しいですから」

「殺す、か」


 俺の思い出した記憶の中に人を殺した経験は含まれていない。殺したことがないという確たる証拠も記憶もないが、それでもその覚悟はない。


「一つ目で行こう。先を急ぐ」

「私もそれで良いと思うわ!どうせ一人は逃げ出しても死ぬだけだもの」


 チラリとアニマが手首を切り落とした男を見ると手首の辺りを焼かれている。無理矢理血を止められたようだ。だがこのままでは助からないこともよく分かる。周囲にはそれを示すだけの血の跡が散らばっている。


「先を急ぎましょうか。こいつらが目を覚まして逃げられるのも癪です」


 アニマの一声で俺たちは再度歩き始める。無駄に時間を浪費してしまった。


 進み始めてしばらくすると分かれ道が見えてくる。昨日はここを左に曲がった。だが聖域は右方向だ。念のため地図を確認し俺たちは右の道を進む。


---

 

「そろそろ入り口が見えてくるわよ!」


 途中何度か魔物との戦闘を挟み日が高くなってきた頃、マルカートがそう言ってすぐ目の前に更に深い森が見え始める。俺たちはそこを目指して進んでいく。


「無事霊樹(れいじゅ)の森に着いたわね!ここに聖域、不変の霊樹があるわ!」

「よし、行こう」


 森の中へ入ると懐かしい感覚に襲われる。周囲の木々は優しい風に揺らめき森の中を木漏れ日が照らしている。


「空気が澄んでいて落ち着くな、ここは」

「そうですね。慈愛の大滝を思い出します」


 俺が感じた懐かしさはそれか。確かにアニマの言う通り、ここは慈愛の大滝と似た優しい空気を感じる。


「慈愛の大滝、私は行ったことがないから羨ましいわ!みんなで行きましょうよ!」

「そうだな、全てに片がついたらその時はみんなで行こう」


 そんな話をしながら森の中を進んでいく。道は綺麗に整えられており歩くのは容易い。

 森に入ってしばらくすると見覚えのある光景が見えてくる。例に漏れず光のカーテンだ。しかしこれまでと異なる点が一つ、カーテンの脇には立て看板が置かれている。


「なにかしら?」

「"封鎖中 神殿関係者以外の入域を禁ず"。これって…」

「あの盗賊たちが言っていたことは本当だったんでしょうか?」

「うーん、入れないとなるとなぁ…」

「…これ本当なのかしら?」

「というと?」

「兄さんに聞いたけど聖域の浄化は少し先の予定らしいのよ。だから今回は鉢合わせしないと安心していたのよね…」

「レイニンさんの記憶違いか不測の事態に陥って急遽浄化に来たか、もしくはそれ以外ってところか」

「…行ってみるしかないですね。私たちは入域登録を誰もしていないので入ったところでその痕跡も残らないはずです」

「そうだな、ここで足踏みしていても仕方ない。行こう」


 そうして俺たちは中へと入る。先に俺、そしてアニマが入って…ふと振り替えるとマルカートがいない。


「あれ?ルカは?」

「あっ、失念していました」


 光のカーテンの場所へ戻ると空中を触るようにしてこちらを睨むマルカートがいた。どうやら触れることもできず入ってこられないらしい。仕方なく俺たちも一度聖域を出る。


「ごめんごめん、忘れてた」

「何でこんな時に二人の息は合うのかしら?置いていかれるかと思ったわ!」

「看板に気を取られて忘れていました。中に入ってからは極力会話を控えましょう。騎士がいるなら斥候の、聴魔力の使い手がいてもおかしくありません」


 アニマのその言葉を聞き小さく頷きを返す。そしてカーテンをずらして先にマルカートを通らせ、その後に続き俺とアニマも中へ入る。

 レイニンさんに聞いていた話は本当だったようだ。血の盟約を刻まれている者であれば同行者も共に入れる、と。

 そもそも入域の登録事態が厳しく審査されるらしく、スプレンドーレの時はマルカートだから簡潔に済んだだけだ。その事からも不届き者の侵入は厳格に制限されていることが分かる。

 

 先を歩く俺に続きマルカート、アニマと縦に並んで極力足音を立てないように進んでいく。しばらく歩くと目の前には巨大な樹が見え、その幹を広く伸ばし俺たちに影を懸ける。

 不意に後ろのマルカートから肩を優しく叩かれ振り返るとその樹を指差して頷いている。つまりあれが、あの場所が聖域の本所、霊樹。

 歩を進めていくごとにその巨大さは常軌を逸していることが分かる。100年や200年といったものではない。もっと長い間そこに存在しているであろうその樹は、青々とした緑の葉を揺らしながら光を降らせている。その余りにも美しい光景に天を仰ぎ見とれていると、アニマが体を低くしながら横へ来てこちらに目配せをしてくる。先ほどのマルカートのように先を指差しながら。

 その方向を見ると騎士が複数名、まるで何かを守るかのように立ち並んでいる。見慣れない服装の者も数名いるが…。

 ここからでは木の陰になってしまい上手く全体を見ることができない。俺は見つからないよう姿勢を落としてゆっくりと前へ進み、その先を眼魔力で覗く。

 そして心臓は一気に破裂するかのように鼓動を早め息も苦しくなり頭は真っ白に…いや、一つのことしか考えることができなくなっていく。


 ネル。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ