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第三小節 - アモール

 翌朝、支度を済ませた俺たちは街道に戻りアモールへ向けて歩き始めた。アニマとマルカート曰く既に行程の半分は過ぎているため、遅くとも夕方には辿り着くだろうとのことだ。


「ルカがご実家に帰るのはいつぶりなんですか?」

「カリャカリに潜入する1年前だから…最後に帰ったのは2年くらい前かしら?」

「結構久しぶりじゃないか」

「そうね!父も母も兄も、みんな元気にしていると良いけど…」


 そう言ってマルカートは空を見上げる。


「あら、今日は雨が降りそうね!」

「分かるのか?」

「そりゃ分かるわよ!ね?アニマ」

「そうですね。雨が降り始めたら少し休みましょうか」


 なぜか二人は天気が読めるらしい。

 そんな話をしながらしばらく進むと少し先に魔物が見えてきた。


「見たこと無い魔物だな」

「ゴラム、ですね」

「この辺りで見かけるのは珍しいわね!まぁ余裕だと思うけど」


 ゴラムと呼ばれた魔物は岩で構成された岩石の塊だった。マルカートは余裕だと言うが。


「固そうじゃないか?」

「うーん。まぁ固いといえば固いけど私がいるのよ?ヴェーレキカダのガラスも砕けるのだからあの程度私の魔法で土みたいにしてやるわ!」

「頼りにしていますよ」

「ええ!任せなさい!」


 そんなやり取りを終え俺たちは改めて敵に向き直る。隣ではマルカートが既に詠唱を始めている。

 戦闘の始まりは突然だった。ゴラムから巨大な岩がこちらへ打ち込まれたのだ。慌ててマルカートを担ぎその攻撃を避ける。


「この距離で見つかるのか!」

「原理は分からないけどね!あいつら妙に索敵能力が高いのよ!」

「先に言っててくれ…」


 重いマルカートを下ろし俺は心を落ち着けるようにふぅと息を吐く。改めてゴラムに向き直ろうとしたところでマルカートから激が飛ぶ。


「失礼な態度ね!重いのは私じゃなくてハルバード!」

「あ、ごめん」

「きー!次そんな態度見せたら許さないわよ!」


 どうやらマルカートの乙女心を傷付けてしまったようだ。


「遊んでる場合じゃないですよ」


 隣からアニマの冷たい視線を感じる。そちらを向くことはできず俺は振り払うようにゴラムに向けて駆け出した。


「とにかく時間を作る!頼んだぞルカ!」

「言われなくても!」


 一気にゴラムへ接近し体や足へ打撃を与える。アニマも翻弄するように周囲を駆け、隙を見ては体術での攻撃を繰り出している。

 前情報の通りに固いその体は少しひび割れるものの大したダメージにはなっていない。しかしそれで良い。


「ディベンターレ・モルビド!」


 後方からマルカートが魔法を発動する声が聞こえてくる。それと同時に一気に魔力を拳に纏い叩きつける。

 先程とは異なりゴラムの体は土塊(つちくれ)のようにボロボロと崩れていった。アニマは剣に魔力を纏わせて攻撃をしかける。

 それからの決着はあっという間だった。


「お疲れ様。相変わらずルカの魔法は凄いな」

「でしょ!本当に頑張ったんだから!」

「ルカの使う魔法は特殊ですよね。攻撃魔法は使わないんですか?」

「あまり自信がないのよね。二人を巻き込んでしまいそうで」

「それは怖いな」

「使えないことはないのよ?でも今まで一人だったから…」

「これからは私たちと一緒に練習していきましょう。ルカの魔法は素晴らしいのに勿体無いです」

「そう言ってもらえると嬉しいわ!頑張るわね!」


 グッと拳を握りマルカートは微笑む。


「そういえばアニマはいつの間に相性で呼んでくれるようになったのかしら!」


 言われてみれば確かに。自然とマルカートを"ルカ"と呼んでいる。ニマニマしながらマルカートはアニマの顔を覗く。


「い、いつでも良いじゃないですか。ほら、先を急ぎますよ」


 プイッと顔を逸らしてアニマは歩き始めた。

 その後はヴァルサやベアズリーと言った魔物と何度か遭遇しつつ順調に進んでいた。

 昼を回った頃、突然空に雲がかかり始める。降ってきそうね、とマルカートが言ったすぐ後に雷が鳴り雨が降り始めた。俺たちは急いで大きな木の下に退避する。


「ついてないな」

「まぁ降ることは分かってましたので…仕方ないですね」

「そんなに長引かないと思うわ!」


 雷が鳴る中俺たちは固まって雨が止むのを待った。

 大粒の雨が地面に降る音はそれ以外の音を掻き消し、隣で喋っている二人の会話は聞き取れない。

 少し雨足が弱まったところでアニマが唐突に問いかけてきた。


「いまルカと話していて確認したいことがあるのですが」

「なんだ?」

「エヒトさんは風の魔力を扱えるんですか?」


 そういえば話していなかった。断崖の喉笛で巨大なヴァルサと戦った時、確かに俺は風魔力を使った攻撃をしていた。


「うーん。扱える、と言って良いのか微妙なところだけど…大陸にいた時は使ってたみたいだし実際纏うことはできたからなぁ」

「それが変なのよ!」


 マルカートがアニマを挟んで俺の言葉を止める。


「変って…何が?」

「エヒトが風の魔力を纏った時、魔法を発動していなかったわよね?」

「多分?詳しくは知らないんだよ。思い出したことと感覚でしか戦えてないから」

「エヒトさんは慈愛の大滝での戦闘を覚えていますか?」

「もちろん。マハマリサルパだろ?」

「そうです。あの時私が火の魔力を剣に纏わせる時、詠唱を行い魔法を発動していたのも覚えていますか?」

「そういえばそうだな。そのために時間稼ぎもしたし覚えてるよ」

「一般的に属性系の魔力を纏うためには詠唱を行い魔法を発動させる必要があるんですよ」

「エヒトはイメージだけでそれをやってるみたいだけど、正直ヘンだわ!」

「失礼な。できたんだから仕方ないだろ」

「…一層エヒトさんの師匠がどんな人物か気になってきました」

「それが思い出せてないんだよな…とんでもなく強かったことは記憶にあるんだけど…」

「…強いとかそういう話なのかしら?世の理をねじ曲げているようで正直不気味さすら感じるわね!」


 正直すぎてびっくりだが彼女たちからしたらそうなのだろう。魔法の発動もなしに風魔力を纏って攻撃した、それを異質に思うのが普通で俺が常識知らずなだけかもしれない。


「ていうかなんでいきなりそんな話に?」

「さっきルカが攻撃魔法も使えると言っていたので何ができるか確認していたんです」

「その流れでエヒトの話になったのよ!」

「なるほどね…質問があるんだけど俺もいいか?」

「なんでしょうか?」

「今さらかもしれないけどさ、聖域を巡ってアクラルネとしての力を高めるって、なんなんだその概念は」

「…言われてみればそうですね」

「私も知らないわね!あなたたち知ってて聖域を巡礼していたんじゃないの?」

「いや、リゾルートさんに言われたからそうしてるだけなんだよ。あの時聞いておけば良かったな」


 慈愛の大滝でアクラルネとして覚醒した、と言われても俺の中では何が変わったか分かっていない。更に聖域を巡ってアクラルネとしての力を取り込むというのもいまいちピンと来ない。断崖の喉笛で何かが変わった感覚は確かにあったが…。


「もしかして…」


 ふと1つの可能性に思い至る。風属性の魔力を扱えたのは断崖の喉笛の後だ。これが無関係とは思えない。


「一人で何を考えているのかしら?その"もしかして"を言いなさいよ!」

「ああ、ごめん。口に出てたのか」

「なにか思い当たる節がおありですか?」

「…いや、辞めておこう。憶測でしかないし巡礼を続けていれば分かることだ」

「むむむ、気になるわね!」

「本人がこう言う以上仕方ないですね…そろそろ雨も上がりますよ」


 アニマの言葉通り、しばらくして雨は止み空にかかった雲の隙間から光が差し始める。


「さて、行くか」


 俺たちは再びアモールへ向けて歩き始めた。

 街が見えてきたのはそれから数時間後、既に空は暗がり始めていた。


「やっと見えたな…」

「迂回して遠回りするのが大変でしたね…」

「私のせいで迷惑かけたわね!」


 あの後も魔物との戦闘は何度かあったが問題は騎士だった。当然と言えば当然だが街道を進み続けていたところ先日のように騎士の検問隊がいた。以前のように素通りできたかもしれない、だがマルカートがそれを拒んだ。

 可能性ではあるが兄のレイニンがその中にいるかもしれないし、そうなるとアニマのことも不安だがマルカートは確実に止められる。

 同行している俺たちの事までその場で説明しなければならなくなり、その結果正体が露呈するかもしれないという問題に行き当たった。

 検問自体を避けるべく俺たちは街道脇の森の中へ踏み入り、どんどん森の中を進んで大きく迂回してアモールへ向かうことになってしまった。その結果がこの日暮れの時間というわけだ。


「迷惑なんて思ってないから気にしなくていいよ。無事にたどり着けたし森に詳しいルカがいてむしろ助かった」


 アモール付近の森はマルカート曰く庭のようなものらしく、事実足を止めることなくここまで来ることができた。


「今日はヘトヘトになったわね!早速宿に…」


 アモールの門へ向かいスプレンドーレ同様門兵の元へ向かっていたときだ。先程まで3人で並んで歩いていたマルカートが俺の背中にサッと隠れ押し黙った。アニマを見ても俺と同じでよく分かっていない様子だ。足を止め俺はマルカートに声をかける。

 

「どうした?」

「あの門兵、兄さんだわ…」


 なんてことだ。迂回して避けた騎士の中にレイニンはおらず、街に着いた最後の最後で出会うことになってしまった。

 アニマもその言葉を聞いてどうしたものかと思案顔だ。


「入り口はここしかないのか?」

「他にもあるけど…街の外周を回る必要があるわよ…?」

「いいよ、その方が安全なんだろ?」

「そうしてくれると助かるわ」


 もうすぐ休める、と思ったのも束の間。改めて俺たちは別の門へ向けて歩き始めた。全てうまくいくわけはないがついてないな、と思いながら。

 外周を回ることしばらく。ようやく門が見えてきた。今度は先ほどと違いマルカートも何も言わない。

 門兵の元へ近付くとその人は例に漏れず確認をしてくる。


「こんばんは。アモールは初めてですか?」

「いいえ!初めてではないわ!」


 ドンとマルカートは騎士の前に腕を組んで立った。


「ルカちゃんじゃないか!俺だよ、グリレ!覚えてるか!?」

「もちろん覚えているわ!何年ぶりかしら!…更けたわね」

「ははは、もう50を越えたおじさんだからなぁ。ルカちゃんが今帰ってきてよかった、ファンナートも喜ぶぞ」

「あら?彼女は結婚して引っ越したと聞いていたけど?」

「今は出産のために帰郷してるんだ!時間があれば会いに来てくれよ」

「そう、ね。時間が取れたらもちろん伺うわ!で」

「あ、仕事しないとな。お連れの二人は?」

「ユースとレイヤー夫妻よ!巡礼のために旅をしているの!」

「新婚さんか。ちょっと待っててくれ」

「聖域へ立ち入るための登録のことかしら?」

「それだよそれ。中に機械を取りに行かないといけないんだ」

「今日は遅いし良いわよ!また必要になったら声をかけさせてもらうし、何かあれば兄さんに聞いてみるわ!」

「それもそうだな。ルカちゃんも早く家族に会いたいだろうし。…じゃあ改めてお二人さん、ようこそ酒の街アモールへ。楽しんでいってくれよ!」


 そうして門を潜り俺たちは宿へと直行した。変わらず一部屋だけを借り荷物を下ろす。


「ルカは家族の所に行くのか?」

「そうしたいのは山々だけど…二人は急いでいるでしょう?私の個人的な用事は後回しで良いから、まずはあなたたちのことを優先したいわね!」

「ルカ、昨日も言いましたが自分をもっと大事にしてください。それにエヒトさんの触媒が届くのにまだ4日はかかりますので。どちらにしてもアモールで数日足が止まるんですよ」

「確かにそうだったわね!…それなら家族に会いに行っても良いかしら…?」

「行ってこいよ、基本俺たちは宿にいるし」

「二人ともありがとう!行ってくるわ!」


 マルカートはそう言い残して部屋から出ていった。さて、この後はどうしようか。そう考えているとアニマが口を開く。


「とりあえず食事に行きますか?」

「そうだな。お腹空いたよ」


 早速宿を後にし店に向かう。もちろん外套は深めに被って。

 今日は宿併設の食事処ではなく街の中にある店だった。なんでもアニマの大好きな料理があるのだとか。

 珍しく上機嫌のアニマは店に着くなりオーダーする。運ばれてきたのは多様な魚料理だった。


「ここの料理はお酒にとても合って美味しいらしいですよ」


 とはアニマ談。そういえば移動中は肉がメインで魚は食べていなかった事を思い出す。大陸にいた頃は食べていただろうけど…。

 料理もお酒もとにかくうまい。辛みの効いた焼き魚や煮た魚、刺身など多様な料理1つ1つが絶品だ。そもそも"酒の街"と言われている通りにお酒も美味しい。重すぎず軽すぎず、喉を通る清涼感は食事の油分を溶かしていくように流れていく。

 楽しい食事の時間はあっという間に過ぎていった。


 食事を終え宿に戻るなりアニマはベッドに倒れ込み語り始める。


「エヒトさん、私の話を聞いてくれますか?」

「どうした?」

「私、アモールが嫌いなんです」

「まぁ、だろうな」

「でも、料理は別。懐かしくも感じるし美味しくも感じて」

「今日の夕飯もすごく美味かったよ」

「あのお店は団長の行きつけなんです」

「へえ、ローゼンの。初めて会った時もそうだったけどローゼンって酒好きなのか?飲みすぎたとか言ってたし」

「そんなわけないけど、魔力吸収だよ!とか変な理由を付けて飲み歩くくらいには好きなのかなと」

「ローゼン"らしい"な」

「ね。私はお酒なんて飲んで良い立場ではないけど…どうしてもここに来るとあの事ばかり考えてしまって…」

「…仕方ないよ、それは。あんまり思い詰めるなよ?」

「ありがとうございます。そろそろ湯浴びでもして寝ようかなぁ…ここは浴場が男女別々なのでエヒトさんも好きな時に」


 ふあと大きくあくびをしてアニマは起き上がり部屋を出ていった。結構酔ってるみたいだ。しっかり者のアニマにしては珍しい。

 俺も湯浴びに行くか、と立ち上がったところで扉がノックされた。返事をしたところ部屋に入ってきたのはマルカートだ。家族と無事に会えたのだろうか。


「おかえり、早かったな」

「戻ったわ!父と母にはちゃんと会えたわよ!」

「それは良かった。どんな話をしてきたんだ?」

「二人の事よ!ユースとレイヤーって夫婦の聖域巡礼に同行している、と話してきたわ!」

「まぁ一人娘が今何してるかって気にならないわけないもんな」

「そうね!兄にはまだ会えてないけど、また機会はあるのだし今日は休もうかしら」

「俺は湯浴びして戻ったら寝ようかな」

「それもそうね!今日は雨を浴びて気持ち悪いし私も…アニマはもう行ったの?」

「ああ、ついさっきな」


 急がないと!とマルカートは着替えを用意してバタバタと部屋を出ていく。俺も行くかと改めて立ち上がり部屋を後にする。

 

 さっぱりして部屋に戻ったところ既に二人は戻っており、マルカートが何やら疲れた顔をして寝息を立てるアニマに膝枕をしていた。


「何かあったのか?」

「この子、今日初めてお酒を飲んだらしいのよ」

「それは知らなかったな」

「私は嗜む程度にしか飲まないから酔ったことは無いのだけど、アニマは完全に出来上がってるわね」


 そう言いながらマルカートは頭を撫でる。


「さっき部屋で話してた時も雰囲気が違ったし酔ってるのかなとは思ったけど…」

「アニマに飲ませる時は注意しないとダメね。この子、姿を隠そうともせず浴場から出ようとしていたのよ」

「まじ?」

「大まじよ。自分の立場を忘れてお酒に溺れたい日もあるのでしょうけど…前にも言ったように赤毛の海洋民は珍しいの、それは隠さないと特にアモールでは危険ね」

「ルカが連れ添ってくれて助かったよ」

「なんてことないわ!私は末っ子だから妹ができたみたいで嬉しいもの」


 アニマの頬を突きながらマルカートは微笑む。どちらかと言えばマルカートの方が妹に見えるが…それは黙っていよう。


「そろそろ寝るか?」

「そうね、良い時間だし寝ようかしら」

「えーっと…アニマは?」

「離してくれそうもないし今日は一緒に寝るわ」

「そうか、じゃあ俺はこっちを使うよ」


 間に1つ挟んで入り口側のベッドに寝そべる。おやすみなさい、とマルカートからの声に返事をし俺は目を閉じた。

 明日か明後日か。アモールの聖域はもうすぐだ。断崖の喉笛での儀式によって風魔力を操れるようになった可能性がある。俺はそう考えていた。

 次の不変の霊樹では何が起こるか、そんなことを考えながら俺は眠りに落ちたのだった。

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