表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/31

第一小節 - 温もり

本編スタートです。第一小節は毎日投稿します(10話分)。

 目が覚めるとそこは知らないベッドの上だった。

 よく見ると体の痛みはあまりなく、包帯が巻かれ綺麗な服になっている。

 横には大きな犬が控えるように眠っていた。

 体を起こすと同期するように犬も目を開けて体を起こす。

ふいに大きな声で鳴く犬。主人を呼んでいるのだろうか?


 ドタドタと足音が聞こえて扉が開く。そこには満面の笑みを浮かべた女の子がいた。


「お兄さん!目が覚めたのね!よかったぁー。ミサが見つけた時は死んじゃってるかと思ったんだから!お父さーーーん!お兄さん起きたーー!!」

「大きな声を出さなくてもわかっている。…おい、お前、名前は?」

「…俺は…俺は、エヒト。あなたは?」

「俺は町医者のザント、こっちは娘のミサとペットのターブルだ。堅苦しい言葉遣いはやめてくれよ?鳥肌立っちまう」

「…わかった。命を救われたらしい、本当にありがとう」

「まぁ礼には及ばん。で、君は原初の泉で倒れていたんだが、家は分かるか?」

「それが、記憶が曖昧なんだ…覚えているのは名前と大きな汽笛の音…。大事なことがあったはずなんだが…」

「大変な思いをしたみたいだな。俺はさっきも言ったように医者をしている。しばらくここで休むといい」

「ありがたいが支払いできるものがないんだ。申し訳ない」

「こっちが勝手に治療したんだ。気にするな。それより2日飲まず食わずで寝ていたからな。このあと食事を持ってくる。それまで休んでいてくれ」

「何から何まですまない、恩に着る」

「ミサが作るんだよー!おいしーのもってくるから待っててね」

「あぁ、ミサちゃん、ありがとう」


 俺は足元のミサを撫でながらお礼を伝える。にっこりはにかんだミサはザントの脇を走りながら部屋を出ていく。ザントも小言を言いながら後を追う。


「……ターブルはここにいていいのか?」

「わふっ!」


 言葉が分かっているかのような返事を返すターブル。再度もと居た場所で寝直すようだ。

 俺は体の力を抜いてベッドに倒れこむ。


(ここはどこなんだ。俺は何をしているんだ。あいつの元へ行かないといけないのに。…あいつって…誰だろうか…。何も分からない、どうしたらいいんだ)


 俺は目を閉じて考え込む。しかしどうしても答えは出ない。

 しばらく考え込んでいると良い匂いが部屋の外から香ってくる。

 ぐぅーーーっとお腹が大きな音を立てる。思っている以上に腹は正直なようだ。


 あり得ないくらいの爆音で腹を鳴らして10分、大量のご飯が運び込まれてきた。


「お兄さんお待たせ!ミサがこころをこめて作ったんだよ!おいしく食べてね」

「う、うん、ミサちゃん、ありがとう、いただきます」


 おいおい、久しぶりの食事なのにこんなに食えないぞ、大丈夫か…と、不安になる量に怖じ気づきながら一口食べてみる。驚くほど美味しい料理だった。

 無言でひたすら料理を口へ運んでいく。どんどん体に力が湧いてくるように錯覚するくらい美味しい。

 あっという間に食べ終えてしまった。結果は満腹だ。


「すごーーい!多めに作ったから残すかとおもった!」

「本当に美味しかったよ。ありがとね、ミサちゃん。なんだが体が温かくなって力が湧いてくる気がするよ」

「うん!この料理はお父さんに教わったのー!元気が出るんだって!夜も作ってあげるからしっかりたべてね!」

「う、うん!こんなには多くなくて良いから宜しくね」

「はーい!じゃまたくるからねー!」


 そうして食器をカートに乗せて下げていくミサ。ミサが出るのと入れ替わりにザントが入ってくる。


「よく食べたみたいだな」

「あぁ、おかげさまで。ありがとう」

「気にするな。ミサは自分の料理を食べてもらうことが嬉しいと言うからな」

「そういってもらえると助かるよ」

「少し散歩してきたらどうだ?ここはアルマいち大きな街だからな。色々なものがあると思うぞ。いまは水神祭が催されてるし回ってみると良い」

「水神祭?…そうか、丁度体を動かそうと思ってたんだ。お言葉に甘えて少し出てくるよ」

「日が沈む前には帰ってきてくれ、ミサが寝る前に」

「そうだな、夕飯の約束をしてるから間違いなく戻るよ」

「あぁ、気を付けてな」


 そうしてザントに渡された服に着替え街へと繰り出す。

 一歩、外に出ると本当に大きな街だった。あちこちで野菜や果物、肉などの食材はもちろん、魔道具や武器なども売っている。この街がどこかは知らないが、魔物の驚異があることは変わらないようだ。

 しかし祭りをやっている、とは言っていたが規模がすごい。恒例の祭りなのだろうか。

 仮面を着けている人、奇抜な格好の人、パレードや出店、見渡すと沢山の人が思い思いに楽しんでいるのが伝わってくる。

 覚えのない街と言うこともあって何がどこにあるかも分からないが、この空気そのものにあてられて楽しいと感じる。


(そういえばお金持ってないな…何か買ったりは難しいか)


 チラッと横目に入った綺麗な装飾品を見てふと思う。値札には共通通貨同様の記号が添えられている。つまりここは大陸のどこかだろう。なぜ海を漂っていたのか、そこは疑問だが家に帰ることはできるだろう。…家がどこか分からないのは問題だが。


 しばらく散策していると教会が見えてくる。人の波はその先を目指して動いているようだ。教会から聞こえてくる唄にふと懐かしさを感じながら人の波を抜けていく。

 そのまま教会の前を越え、綺麗な噴水のある公園の広場に出る。見世物があるようだ。


「さぁさぁみなさん!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!技団タクトゥスの剣舞だよー!」


 その舞を見ようと集まった群衆から歓声が響く。噴水を囲むように人の壁が出来上がり、一様に中央を見つめる。

 司会の男が一言発する。


「開演」


 ドンっと大きな太鼓の音が鳴り、熱を上げるように音が木霊し演奏が始まる。その熱気に群衆からは一層大きな歓声が上がる。


 突如頭上にできる影。背後から人の波を飛び越えて中央の噴水前へ駆けていく。

 それらは四方から飛び出し、剣を抜き司会の男へと飛びかかる。

 斬られる!と思ったのも束の間、飛び出した者同士が剣を打ち付け合い舞を披露する。派手な衣装に身を包み、口元を布で覆った踊り子たちは更に動きを早めていく。魔力を込めた剣同士をぶつけ合い、その衝撃で綺麗な光が宙へと霧散していく。

 魔力同士がぶつかり合い相殺される、魔力を均一にぶつけなければ成し得ない高等技術だ。この技団タクトゥスが相当レベルの高いことをやっているのだとすぐにわかる。


 曲は更に熱を帯び場を温める。

 司会をしていた男もいつの間にか装いを変え、その剣舞に混じるように魔法を放っている。まさか魔法を演出として使用するとは。どれだけ出力を下げようが危険が伴う行いだ。しかし観覧する人々はさも当然のようにその光景を楽しんでいる。

 ピタッと曲が止まる。荘厳な音楽に切り替わり歌が響く。いつの間にか居なくなった踊り子に代わり、噴水の裏からは1人の美しい女性が現れ言葉を紡いでいく。

 教会で歌われていた唄と同じだが、演奏が違うためか別物のように感じる。

 思わず聞き惚れてしまう歌声と音楽の緩急。それらは澄んだ水が体を流れ染み渡るような錯覚さえ覚えるほどだった。

 その内舞台は終了し観客から盛大な拍手が起こる。


「皆様、ご観覧ありがとうございました!明日も同じ時間にこちらでお待ちしておりまーす!」


 司会の男が仰々しく体を曲げながら一礼し、一連の舞台は終幕を迎えたのだった。


----


 もうすぐ日が落ち始めるだろう。

 先ほどの剣と魔法の演舞、そして唄を思い出しながら俺は帰路に着いた。


「おう、戻ったか」

「沢山散策してきたよ、すごかった」

「だろう?ここまでの祭りはまぁないことだからな」

「そうなのか?恒例の催しかと思ったよ」

「百数年ぶりにめでたいことがあったってんだからな。そりゃ騒がしくもなる」

「へぇ、何があったんだ?」

「そうか、そこも思い出せないのか。散歩でもしてりゃ少しは昔のことを思い出すかもって思ったんだがな」

「気を遣ってくれたのか、ありがとう」

「いや、いいんだ。それより理由を知らないとなるとちとマズイな。捕縛されかねん」

「というと?」

「まず自分がどこにいるかは分かってるか?」

「すまない、それも…」

「そうか。まずここはアルマという島、いや、大陸?船?…まぁそんな感じでな。陸地はあるが常に海上を動いてんだ。この島には歴史的な遺跡やらなんやら眠ってるからな。外海からこの島に金品を奪いにくる賊が後を絶たねぇんだってよ。ってこれは覚えてるか?」

「いや、記憶に無い…すまない」

「ほんとになにも覚えてないんだな…。まぁ、それでだ。つい数日前、お前を見つけた原初の泉の近くにある海岸、そこに賊の船が何隻も乗り上げた。まぁほとんどはボロボロだったからな。乗組員も結構な数が海岸で亡くなっていたと聞いている」

「……」

「その海岸でついに発見されたんだよ、アクラルネ様がな」

「アクラ…ルネ…」

「さすがに覚えがあるか?」

「あぁ。さっき教会と噴水広場で歌われてたよ。噴水広場のはタクトゥスって技団が演奏してたけど」

「なに!かーっ、羨ましいな。タクトゥスはこの島の各地を回りながら見世物をやってるんだが、俺、と当然ミサもまだ見たことがねえんだ。噂は聞いてたが今日が公演だったのか…」

「明日も噴水広場でやるって言ってたぞ」

「本当か!?…っとまぁその事は後で聞こう。でだ、アクラルネ様はさっき言った原初の泉近くの海岸で発見された。眩く輝いてその光の元にお倒れになっていたって話だ」

「それがめでたいってことで祭りが催されてるんだな」

「そりゃそうだ!このアルマを操れるのはアクラルネ様だけだからな。しかし外海に拐われて百余年、血が途絶えること無くこうしてお戻りになられたのは実に喜ばしい」

「記憶がないから変なことを聞いたらすまん、アルマをコントロールすることがなんでそんなに重要なんだ…?」

「…あー、それもか。そうだな。アルマってのは大陸民、まぁ俺らの先祖だな。それと海洋民、アクラルネ様の側だな。2つの民によって創られたと言われている。だが大陸民はこの船を兵器にし戦争を起こし世界を牛耳ろうとしやがった。俺の先祖でもあるがまぁ許せる話じゃない。それは海洋民も同じでな。その思いを共にした大陸民の一部と海洋民は数百年前にアルマを奪還した。それ以来大切に護ってきたってわけだ」

「それとアクラルネに何の関係があるんだ?」

「まぁここからが重要でよ。アクラルネ様はこのアルマを操縦する権限を持っているのさ。それは血に刻まれた盟約で事実上アルマを操る鍵であり神様だ。そんなアクラルネ様が百年以上前に外海の賊に拐われたのさ」

「拐われたって…一体どうやって…」

「それがわからねぇのよ。当時は大慌てだったみたいでな。アルマ中の聖地を巡礼している時に拐われたと言い伝わってる。まぁそんなわけで操縦できる正統な血筋はそこで絶たれてしまった」

「でもその正統な血筋を持つ海洋民、アクラルネが戻ってきたってわけか」

「そういうこったな。だがアクラルネ様は1人ではなく大陸民の艦隊と共に戻られている。とっくに捕縛されてはいるがその処遇は係争中だ」

「なるほどな。俺もここまで記憶がないと外海の大陸民だと思われる可能性があるってことか」

「あぁ、時期が時期だ。5日ほど前のことだし乗組員は海岸沿いで多数亡くなっていた。アルマに衝突したと言われてるから今も生き残りがいるとは思えんが、万が一エヒトも疑われて捕縛されるんじゃ可哀想だからな。今の話は幼い時から聞かされる。神話とされてるが実話でもある。しっかり覚えておくんだ。あぁ、あと外でアクラルネ様を呼び捨てにしない方がいい、誰が聞いてるかわからんからな」

「わかった、ありがとう」

「いいってことよ、困った時は助け合いだ。…もうすぐ夕飯だな。俺はミサを手伝ってくるから部屋で待っててくれ」

「何から何まですまない」


 ザントは片手をヒラヒラと舞わせながら部屋を出ていった。

 今の話、聞いたことがない。やはり記憶に問題があるんだろう。覚えていることは基礎的な魔力の使い方と基本的な生活の知識だけ。どれだけ時間がかかるかわからないが、少しずつでも思い出していかないと、そう改めて思う。

 あとは俺が海を漂い海岸から泉へ辿り着いたことは言わない方がいいだろうな。


 ターブルを撫でながら夕飯の時を待つ。借りている部屋の窓から外を見ると庭のようで、祭りの喧騒と音色が心地よく聞こえてくる。遠くの空が明るいことから夜も行われているのだろう。

 そうして外を見ていると部屋の外から小気味の良い足音が聞こえてきた。恐らくミサちゃんが呼びに来たのだろう。カーテンを閉めドアを開く。

 そこには今にもノックをしようと手を上げていたミサちゃんがポカンとこっちを見ていた。


「…お兄さん、ミサに気付くとは…やるね」

「はは、そうだね、夕飯かな?」

「そうだよー!行こ!ターブルも!」

「わんっ!」

「お兄さん今日技団タクトゥスを見たんでしょ?お話きかせてー!」

「もちろんだよ」


 そんな話をしながらリビングへ向かう。美味しいご飯に今日の祭りの話、とても楽しく温かい一時だった。…相当な量を除いては。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ