第二小節 - 終幕Ⅱ
「ルカ、どういうつもり?」
「何のことかしら」
「シラを切っても無駄よ?アニマを探してるそうね」
「その話?それが何?」
「今すぐやめなさい」
「…なぜ私のしたいことを姉さんに指図されないといけないのかしら?」
「危険だし迷惑だからやめなさいと言っているのよ」
「私は大丈夫よ!」
「自前の武器もろくにもたない魔士のくせに?そもそも触媒もないんじゃ魔士とも呼べないし、ただ魔法が使えるだけの女の子よ、あなたは」
「うるさいわね!盗賊一人探し出すくらい私だけでもできるのよ!」
「今自分が何歳かわかってるの?18歳よ?この2年、家のことも手伝わず定職にもつかず、していることは盗賊探しの穀潰し。"自分の立場"を分かっているの?どういうつもり?」
「理由を知っているくせに…!兄さんのあの姿を見てそんなことが言えるなん…
「していることも人のせい、ね。自分というものがないじゃない」
「っ…」
「散々言ってきたわ。信念を持て、自分を持てって」
「…それがなによ」
「あなたのしていることは何も生まない非生産的で非効率的で危険も省みない無鉄砲なだけよ?その結果父さんも母さんもレイニンも、心労が増えるだけじゃない」
「そんなことない!パパもママも、兄さんだって…」
「喜んでるの?あなたが一人で突っ走っていることを。怪我して帰ってきたあなたの傷を治す母さんの気持ちを考えたことがあるの?」
「それは…」
「無いのよ。だからそんなことが言えるしできるの。自分の娘が怪我をして帰ってきて、それを目の当たりにして治癒しないといけない。それを喜ぶ母親がいるのかしらね?」
「…」
「いい?今後はもうやめなさい。私だって暇じゃないの。このまま突っ走るなら盗賊の共謀者として捕らえるわよ」
「…るさい…うるさい!!」
「…大声を出して誤魔化そうってこと?仮にも貴女は…」
「黙りなさい!この数年間、自分を責め続けた兄さんの姿を知っていてそんなことが言えるなんて、あんた最低よ!もういいわ!あんたと金輪際関わる気も義理もない!」
私はそんな言葉を吐き捨てて家を飛び出した。行く宛なんてどこにもなかったけど、でも清々した。
4つ年上の姉、デリカートはとにかく口煩かった。15歳の時には騎士団に入り、今では小隊を持っているとパパは言っていた。それもあってあんな堅物になったのかと言えばそうではない、昔からだ。
姉との確執が深くなったのは兄さんの事が理由だった。
兄が兄になったのは私が10歳、姉が14歳の時。孤児だった兄さんは姉さんの剣技に憧れ、たまに2人で特訓していたらしい。
2年後、そんな姉の後を追うように1年後輩として兄さんも騎士になった。騎士団に入った兄さんはアモールのみを拠点とする騎士の道を選んだ。
甲冑に身を包み治安維持に努める兄さんはかっこよく、毎日仕事が終わって疲れて寝ている姿でさえも誇らしさを感じた。
この時既に姉は別の町に移っており、堅物で意見を曲げない姉との喧嘩の日々も無くなり私は自由を満喫していた。
パパの仕事を見に行ってみたり、ママと家事をしてみたり、たまに町の外に出て魔法の練習をしてみたり。とにかく自分が今したいと思うことだけを毎日毎日繰り返していた。
そんな時に"あの事件"が起きた。私がそれを知ったのは事件の翌日。
朝目覚めて今日は町の外で魔法の練習でもしよう、そう思っていたらパパとママに止められた。
町の孤児院を一人で切り盛りしていた兄さんの恩人、ジューン先生が殺された。しかも犯人はまだこの町に潜伏しているかもしれないと。この時はそれだけを伝えられたと記憶している。
事件のその晩は双子星が綺麗に輝いている明るい夜。綺麗な夜空を眺めていた兄さんは不意に孤児院に向かって歩いていた。この時間ならジューン先生に会えると、当直を終えて帰宅する前に寄り道をしていたらしい。
兄さんはそこでジューン先生の亡骸に剣を突き立てる犯人と遭遇し第一発見者となった。そしてまだ家に戻っておらず事件の処理に追われているらしい。
そんな危険な人が彷徨いているかもしれないと平和な町は騒然となった。そしてジューン先生を殺した犯人への怒りの声は町を駆け抜け、二日と経たず町中に広まっていく。
犯人の姿を目撃した兄さんは事件が起きた翌々日には家に帰ってきたが、それ以降部屋から出てこなくなってしまった。
連れてきてくれた騎士の方曰く、あまりの事に心労を思い無期限で休職させたとのことだ。事実戻ってきた兄さんの顔を見ただけの私でもそれは必要なことだとすぐに分かった。
兄さんの部屋からは呻き声や慟哭が聞こえていた。そんな兄さんを支えるため私たち家族は一丸となり、常に家に誰かが残って気を掛けられるようにしていた。
心労を少しでも減らせるようにとこの頃からママは孤児院の先生になったし、パパも仕事があるため二人は忙しく、基本的には私が付き添っていた。
そんな日々を過ごして半年ほどが経ったとき。兄さんは夕食の席を共にできるくらいに快復した。
この半年、姉は何度か帰ってきていたが兄さんに声を掛けることもなくすぐに次の任務があると仕事優先で行動していた。その事も嫌だった。
そんな姉を除いた久しぶりの団欒の時間はとても嬉しくて幸せで、思わず涙が溢れてしまったことを覚えている。
4人で家族水入らずの食事を終えた時、ポツポツと兄さんはあの事件の事を語り始めた。本来は守秘義務があり誰にも話せなかったが、既に事件の話は事実と憶測が入り交じって町中に広まっている。その真実を知ってほしいと、口火を切ったのだ。
「俺、あの時ジューン先生に会いに、仕事帰りに孤児院へ立ち寄ろうと思ったんだ。それは知ってるだろ?」
「うん」
「そこで見たんだよ、犯人を…アーちゃんを…」
ドクンと胸が鳴り苦しくなるのを感じた。孤児院での思い出を語る兄さんのエピソードにほとんど毎回のように出てきた少女、アニマ。
直接会うことは無かった。兄さんがうちに来てしばらく後、家族と連絡が取れ既に孤児院を去ったと聞いている。
そんな彼女の名前がなぜ出てくるのか。これを聞いた私は頭に疑問が浮かんでいたがパパもママは顔を伏せ、ママは涙を流し始める。
兄さんが閉じ籠っていた半年のうちにアニマがジューン先生を殺した、という話は大人たちの間では広く知られていた。特級犯罪者として手配されたのだし、この事件の後にそうなったのはアニマだけだったからだ。
そして事件の詳細と兄さんの心情を初めて耳にした。
事件の夜、アニマの言葉を嘘だと決めつけて一切取り合わず、彼女を否定した兄さんは自身を責めた。その事が枷となり心を塞ぎ込んでしまっていたのだと。
「俺は、アニマに謝らないといけない。あの時信じてやれなかったことを、謝らないといけないんだ」
涙ながらに兄さんはそう語った。なぜなら彼女はジューンによって盗賊へ売り渡されていたからだ。
これは孤児院に出入りするようになったママが証拠を見つけ、それが騎士団の中で事実として認められたことによる。
アニマは悪くなかった。いや、法に則れば悪いことをしているけど。
この話を聞き涙が止まらなくなった私は兄さんのために、そしてアニマ自身のために彼女を探し出そうと心に決めた。
姉と喧嘩の絶えない日々を支え、私の泣き場所になってくれ、一緒に遊んでくれた。小さなことがたくさん積み上がり、私は本当の兄として兄さんを愛していたから。
そしてアニマ。あまりにも彼女の人生は悲観に過ぎる。彼女を見付けたら必ず抱き締めて貴女は悪くないのよと、そう言ってあげたいと。こちらからの一方的な思いであってもそう伝えたいと心は決めたのだ。
それからは毎日を無駄に使うことは無かった。ママに連れ添って孤児院を手伝い、空き時間には魔士としての先生をしてもらった。パパや兄さんにも魔法や戦いの稽古に付き合ってもらい、戦闘のイロハを教えてもらったりもした。
行動の理由は誰にも言わなかったが、アニマを探して兄さんの希望を叶えたいと、そう決めたから。
そんな日々を過ごして1年半、16歳になった私は置き手紙を残しては盗賊狩りを行うようになった。
治癒魔法は使えず仕舞いだし戦闘の才能にはあまり恵まれなかったが、それでも相手をとことん弱体化させる魔法や自身を強化する魔法は秀でて得意だった。根拠の無い自信に突き動かされ、次第に攻撃魔法も修得し一層精力的に活動を始めた。
盗賊団の旧アジトに忍び込んだり、盗賊団に自分を偽って潜伏したり。この頃はひたすら色々な手を使ってアニマに関する情報を集めようと必死だった。怪我をすることもバレかけたこともあったが、それでも止まることはなかった。
それを2年繰り返したところで最初の話に戻る。
姉の言っていたことは否定できない。だからこそそれが悔しかった。私が本当にしたいと自分で望んでいる事を批判され、あまつさえそれが家族にとって迷惑でしかないと。それを即座に否定できなかった自分にも苛立った。
でも私は私の気持ちを裏切りたくなかった。だからこそ行動することを辞めることはない。
アモールから飛び出したあと、私はスプレンドーレに向かった。ちょっとだけ貯めていた小遣いを手にスプレンドーレの宿を借りたのだ。
この時本当はお金は足りなかったのに、世間知らずで家無しの私を理由も聞かずに宿の奥さんは迎え入れてくれた。
それから1年ほどは魔物を狩ってひたすらお金を稼ぎ続けた。そして貯めたお金で私は私の武器を手にする。
ハルバード。とにかく重い武器ではあったが一目見た時にこれだ、と直感した。私は魔法で自身の力を高めることもできるが、そもそも重かろうが関係なしにこれを振るえる。そしたらもっともっと盗賊や魔物と渡り合える。
鍛冶屋の親方、フォージョンさんはそれを聞いて触媒としてのハルバードを作ってくれた。ベースは私が一目惚れしたそれで、そこに魔結晶を馴染ませた私だけの魔力触媒だ。
ハルバードを手にしてからの私は更に苛烈さを増していった。自分の体など省みずにひたすら魔物だろうと盗賊だろうと狩っては褒賞金を稼ぎ、そしてそのほとんどを孤児院に寄付し続けた。盗賊の集めた汚い金は騎士団に寄付したが。
姉のあの言葉は私の心に棘となって深く突き刺さっている。もう二度と穀潰しなんて言わせないと、その執念に燃えていた。
それからも怪我をすることはあったが数年に1度は元気な姿は見せようと帰郷し、基本的にはスプレンドーレを拠点にして活動していた。しかし既に周辺の盗賊は狩り尽くし、アニマに繋がる証拠も何一つ手に入れられていない。
歯痒い思いと焦燥が迫る中、そのタイミングで私はカリャカリという盗賊団を思い出す。
スプレンドーレからは随分と離れた距離だったが、私は迷うことなくカリャカリの拠点に行くことを決めた。
理由は単純。姉が私を探しているという話をスプレンドーレの騎士に聞いたからだ。その騎士曰く姉の所属する隊の異動先がスプレンドーレになったそうだ。
私の容姿は年齢の割に小柄で目立つし、そんな背格好の"マルカート"を探しているときたら私しかいないだろう。逃げるようでそれはそれで嫌ではあったが会うよりはましだ、と即座にスプレンドーレから発った。
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なんとかカリャカリに潜伏して半年が経ったがそこでもアニマの情報は得られなかった。更にここのトップもその右腕に当たる者も私では到底太刀打ちできないほどの猛者で、盗賊団を潰すことは不可能だと悟った。
アニマの情報を得られない以上ここにいる理由もない。良くしてくれた治癒師もいたが結局は彼も盗賊だ、未練はない。そう決めた私はカリャカリから逃げることにした、嘘絶の天秤を盗んだ上で。
とんでもなく高級な宝を盗み仁義も通さず逃げ出した私をもちろんカリャカリが指を咥えて見ていることもなく。案の定追っ手は放たれた。
私はそれを撒くために山を登り川を渡りめちゃくちゃなルートでひたすら走り続け逃げ続けた。
とにかく所在がバレない事を祈り、なんとかスプレンドーレの近くまで戻ってきた。あとはヴェーレの森で様子を伺い、追っ手が現れなければ撒けていると判断しようと。そう思いヴェーレの森へ入った。
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「で、そこにあなたたちが現れたってことね!」
「うーん…その…」
「待ってください。私に言わせてください」
「なにかしら?」
「バカですか?」
海の波の音と風の音だけが耳に入る。
マルカートからは少し遅れて反応が返ってきた。
「バカ、ね。そうね、否定しないわ。私は本当にバカなのよ」
想定外の反応に面食らっていると、マルカートは涙を溢しながら言葉を紡いでいく。
「あなたの言う通りね。死ぬほど怖い思いもしたし痛い思いもしたわ。それでも辞められなかったのは、こんなことを始めたのは、振り替えってみると姉への反抗心だったのかしらね。もちろん兄のことも理由の一つよ。でも全て自分が張った勝手な意地のせいだったんだと、今は思っているわ」
「ルカは本当にバカです。バカですが、そんなあなただから私たちはあなたを仲間と呼ぶんです」
マルカートに釣られるようにしてアニマも涙をこぼす。
自身の過去を憂い胸を痛めていたマルカートに、今アニマの心はどう向いているのか。
「何度だって言います。ルカはバカですが私はあなたを嫌いになれません。あなたは自分の勝手な意地と言いましたが、それがなんですか?」
「…」
嗚咽を漏らしながらマルカートはアニマの声に耳を傾ける。
「張った意地、それこそがあなただけの信念なんです。姉に何を言われたとか、そんなこと気にしなくて良いんです。あなたは自分を愛することを忘れた大バカ者ですが、真っ直ぐに誰かのために動くこと、誰かを想うことができる。それは簡単ではありません。だから私はそんなあなたが大好きなんです」
「しつ、失礼ね!バカバカって、言いすぎなのよ…」
二人は互いを抱き締め合い涙を溢す。夕陽が橙色に海面を燃やし、二人の影を伸ばしてゆく。
今はそっとしておいてあげようと、俺は二人から距離を取り釣られた涙を外套で隠し森の中へ歩き始めた。
「あなたがユースさんでお間違いないですか?」
不意に森の木の裏から声がかかる。さっと頭を戦闘体勢に切り替えそちらを見ると。
「ああ、失礼しました。私はデリカート、あのバカの姉です」
「…なんのご用ですか?」
「私はルカと話がしたく探していたのですが、しかしここまで拗れてしまってはそれももう難しいでしょう」
「盗み聞きですか」
「申し訳ありません。何分3年ぶりに再開できたためどうしても一目見たく…」
「…」
「ですが、それも叶いましたので私はこれで失礼します」
「…彼女は信念を持っています、それも固く強い信念を」
俺は自分の立場を忘れデリカートさんの目を見据えてそう言葉を吐いた。
「はい。私も先程の話を聞いて考えを改めました。もし良ければそのことをルカにお伝えください」
「お断りします。あなたから直接伝えてください」
「…部下を待たせているためこの場は失礼します、では」
そう言ってデリカートさんは街道方面へ消えていった。
ルカは正直者だ。自分の思ったこと、したいこと、包み隠すこと無く言葉にし相手に伝えることができる。
それはデリカートさんと正反対だと、そう思った。彼女の心根を推し量ることはできない。しかし自分の思いを素直に言葉にできないのはマルカートと相性が悪いことに頷ける。
少し森をブラついたあと元の場所に戻ると既に夜営の支度が済ませてあった。
「今日はここで休みましょう。風が気持ちのいい良い場所です」
「そうね!心が洗われるようだわ!」
先程の泣き顔はもう鳴りを潜め、二人はいつもの調子に戻っていた。
「手伝えなくてごめん、ありがとう」
「いえ、お気になさらず。今夜はルカの大好物を食べましょう」
「いいの!?なら初日に食べたウルフ肉が良いわ!」
そんな他愛ない話をしていると夜は更けていく。
想定が正しければ断崖の喉笛で新しい力を得た。それはこれから行く聖域でも得られるかもしれない。もっとあの時リゾルートさんに詳しく聞いておけばと思わないこともないが。
目の前のアニマとマルカートを見ているとそんな悩みも忘れられる。心の内をさらけ出したマルカートと俺たちの絆は一層深まった。アニマが信用しているのが何よりの証だろう。
まだまだお互いを知らずぎこちなさはあっても、それでも旅を共にする心強い仲間だ。二人に恩を返せるように、そんなことを考え明るい双子星に照らされながら俺は眠りについたのだった。
本日(2024/10/20)20:00に間奏Ⅱを投稿致します。




