第二小節 - 喉笛
翌朝、朝食を取った俺たちは部屋を後にしスプレンドーレを散策することになった。マルカートは顔見知りへ挨拶をしたいとこのことで別行動だ。
「どこか時間を潰せるところあるかな?」
「そうですね…先日手に入れた魔結晶を使った触媒武具を製作してみるのはどうでしょう」
「そうだな。行ってみるか」
町の通りを歩きアニマの案内で武具屋を目指す。炭鉱の町でもあるためスプレンドーレに腕利きの職人がいるそうだ。
宿からさほど離れていない場所にその店はあった。扉を開けて中へ入ると。
「あら?二人もここに来たのね!」
「そっちこそ。何してるんだ?」
「私のハルバードを製作したのはここの親方よ!1年ぶりだし挨拶でもと思っただけよ!」
「そうだったのか」
偶然マルカートと行き先が被り、そんな話をしていると店の奥から大柄な男性が現れた。
「ん?ルカの知り合いか?」
「そうよ!さっき話してた今一緒に旅をしている二人!」
「そうかそうか!ようこそスプレンドーレへ。ここへ来たということは武具関連の話かね?」
「初めまして、俺はユースです。魔結晶を使用した触媒武具について伺いたくて…」
「ほう、魔結晶の。ちょっと見せてくれ」
親方に魔結晶を手渡すと驚いた顔をし、食い入るように眺め始めた。
これはスイッチが入ったわね、と隣でマルカートが呟く。他の魔結晶を見たことがなく比べられないが、ヴェーレキカダから獲れた魔結晶はなにか特別なのだろうか?
「その、なにか問題がありますか…?」
「ああ、いや!すまん!つい珍しく良い素材で見入ってしまった!これなら強力な触媒に加工できそうだ」
「本当ですか!良かった。ぜひお願いしたいのですが」
「そうだな…まずはどんな形で使うかから決めていこうか。使うのはあんちゃんだよな?そこの嬢ちゃんは持ってるし」
驚いた。アニマが腰に据えた剣を見ただけで触媒武具と分かるのか。職人からしたら当然なのかもしれないが。
「仰る通り私はこちらがありますので…それはユースの武具としてお使いいただきたいです」
「任せとけ!んで、どんな形で使うのが希望だ?」
「彼は体魔術で戦うわ!拳や足に付けるものになるかしらね?」
「そりゃ珍しいな。ちょっと待っててくれ」
そう言って親方は奥に引っ込み手足に装着できそうな武具を持ってくる。
「これは魔力触媒じゃない普通の武具だ。体魔術となると右手左手、あとは右足と左足だな。4部位必要になるが魔結晶は1つ。これを2つに分離はできるがあと2部位足りない。良い結晶だが4分割となると触媒にするには厳しいからな」
「となるとひとまず手か足ということですか?」
「そうなるな。手と足に1つずつでもできるがそうなるとバランスが悪くて使いにくいはずだ。おすすめは足だが…とりあえずこれを着けてみてくれ」
親方が持ってきた手甲と足甲を着けてみるとサイズは少し大きいがよく馴染む。
「やっぱそれだとちっとでけぇな。ちょっと貸してみろ」
そう言って親方は調整をしていく。すぐに俺の手足に合わせたかのように整えられ、違和感なく装着することができた。
「うんうん、サイズはこんなもんだな。さて、着けてみてどうだ?手と足、どっちがしっくりくるよ」
触媒武具はアニマとマルカートのものしか知らないが確かに良いものだろう。纒魔力を吸収しその魔力に呼応して威力や効果が上がると聞いている。
しかしヴェーレキカダの魔結晶からどんなものが作られるかは分からない。すると横で聞いていたアニマが質問をする。
「この魔結晶だとどんな武具になりますか?」
「そうだな…まずは硬化、武具自体の固さが格段に上がって破壊力が増す。あとは俺が驚いた理由でもあるが、魔力吸収とでも呼べば良いか…それだな」
「魔力吸収?聞きなれないわね!」
「そりゃそうだ、俺も初めて見たぜ。知ってるとは思うが魔結晶は魔力を吸って武具に性質変化をもたらす。ただしそれは纏魔術と同様に使用者の魔力に限られる」
「そうね!私も初めて作った時に教わったわ!」
「ああ、だがこの魔結晶はそれとは違う。アルマに満たされた魔力を取り込める、と思う」
「歯切れが悪いわね!」
「そりゃそうよ。こいつ、魔結晶を採掘して掘り出した普通のものとは違うだろ」
「そんなことも分かるんですか?」
「長年触れてりゃ分かる!魔物産、しかも"テラリア"個体のものだな、こいつは」
「正解よ!大型の魔物から獲れた物ね!テラリア?かは分からないわ!」
「テラリアってのは滅多に現れない強力な魔物の事だ。基本聖域に現れるらしいんだが親父が何年も前に加工したって話を聞いたっきりだ」
「そんなに珍しいものだったとは」
「あんちゃんは運が良いな。間違いなく言えることはこいつを使えば良い魔力触媒になるぜ」
足か手か、俺の戦い方はどうだ。魔力を拳に纏って攻撃することもあるが…頻度的には足での戦闘が多かったように思う。自身の魔力以外も供給することができるのなら色々なこともできるだろう。
「…分かりました、足に使用する武具で製作を依頼できますか」
「よっしゃ!任せとけ!ただし数日かかるからな。さっきルカに聞いたが巡礼で今日町を出るんだろ?」
「そうでした、加工に時間がかかる事を失念していました」
「断崖の喉笛の次は…不変の霊樹か?となるとアモール、不変の霊樹、アモール、んで次って行く予定だよな?」
「アモールへは一度戻る必要があるんですか?」
「戻らなくても行けないわけじゃないが通り道だぞ?」
「そういうことよ!不変の霊樹に行ったあとはもう一度アモールへ寄ってから次の町へ向かうことになるわね!」
「それならアモールへ届けてやる」
「良いんですか?」
「構わねぇよ!手前で作ったもんは最後まで責任持って当然だ。今から始めて4日ってところか。アモールまではここから1日程度だから…まぁ早くて5日後には届けられるな」
「分かりました、ではそれでお願いします!」
「よし、あんちゃんに似合いの良い武具に仕上げてやる。代金はアモールで貰うから用意しといてくれ」
代金。アニマがローゼンからいくらかもらっているとは言っていたが足りるのだろうか。というかここまでの道中、お金を使用する機会は昨日の宿代以外になかった。ちらりとアニマを見ると微笑みを返すだけだ。
「いくらほどになるのかしら」
「そうだな…ざっと30000ヴィリスってとこか」
「三万!?随分高いわね!」
「アホか!むしろルカの連れだってんで加工賃は下げてるくらいだ!魔結晶の分離と武具本体のオーダーメイド、魔結晶の取り付けを2部位に対してしなきゃならねぇからな!」
「私のハルバードの倍以上するじゃない…」
「ルカのは本体がオーダーメイドじゃないからだ。魔結晶の取り付けとそれに合わせた調整くらいだっただろ?」
「私のこの剣も高価でしたよ。27000ヴィリスほどだったと記憶しています」
「オーダーメイドとなればそれだけで値が上がるんだ。とはいえルカたちなら魔物の素材でも売ってりゃ簡単だろ?」
「いくらか素材はあるんですがどこで買い取ってもらえますかね?」
「お、それならちょっと見せてみな。物によってはそっから引いとくぜ」
それを聞いてアニマはポーチからこれまでに手に入れた魔物の素材を取り出す。といっても売れそうなものはウルフやベアズリーのものくらいか。
「おいおい、こりゃいいもんがあるじゃねえか」
そう言って親方は見覚えの無い皮と牙のようなものを手に取る。
「こりゃマハマリサルパの、しかもこれも"テラリア"個体のもんだろ」
「はい、仰る通りです。先日遭遇した際に手に入れました。いかがでしょうか?」
「これを出すってのか?…他のと合わせなくとも余裕で釣りが出るな…」
「30000ヴィリス以上の値が付くということ!?」
「そりゃそうだろ!テラリア個体の素材ってのは流通しないんだ。基本騎士様くらいしか持ってないはずだからな」
「……」
「さっきの魔結晶のこともそうだが、どうやってこれを手に入れたかは聞かないでおく。ただあまり口外するなよ?」
「その方が良さそうね!」
「しかし皮と牙か…牙だけでも今回の代金以上にはなるからな…よし、ひとまず今回は牙だけ買い取らせてくれ。値段に見合わない部分は今後武具の調整、整備を無償でさせてもらうってのでどうだ?」
「今回作ってもらう分を今後無償で見てもらえるということですか?」
「いや、そうじゃねぇ。あんたら夫婦の今のも今後のも、おまけでルカの分の装備も、今後調整が必要なら俺に見せてくれ。もし今後旅のお仲間が増えるなら物によっては見ても良い。たまに良い素材でも持ってきてくれや」
「随分気前が良いわね!」
「こんな良い素材を1日にいくつも出されちゃな。あんたらと懇意にしとけば俺の鍛冶人生に花が咲きそうだぜ」
そう言って本音を隠すことなく親方は大きく笑う。
俺には価格もそれに見合った特典かも分からないが…アニマ次第と言ったところか。
アニマに目配せし頷いて見せると代わりに答えてくれた。
「分かりました、その内容でお願いします」
「よし!決まりだな!俺はこれからすぐに製作に取りかかるからよ、まぁ期待してアモールで待っててくれや」
「宜しくお願いします、えーと…」
「ああ、名乗ってなかったか?フォージョンだ。呼びにくかったらルカと同じで親方とでも呼んでくれ」
「親方、宜しくお願いします」
「おう!任せときな!」
そうして手渡した素材を持ちまた店の奥へと消えていった。
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工房を後にした俺たちはそのまま聖域へと向かうことにした。マルカートの言っていた顔見知りとは親方のことだったようだ。
昨晩通った門を抜け、地図で見て上の方向へと歩いていく。昨日門で会った騎士曰く聖域の浄化はつい先日行われたようだし、慈愛の大滝のように聖域内で大きな戦闘が起こることはないはずだ。
とは言え街道に魔物が出ないかと言うとそんなわけはない。
「アニマ」
「はい、いますね。ウィンズウルフです」
「楽勝ね!」
手はず通りマルカートから強化魔法を受け俺とアニマは一気に接近する。
通常のウルフに比べると幾分か強いようだが…。
こちらに気づいたウルフ三頭は距離を取るようにバックステップで離れようとする。しかしそうはさせない。
攻撃の届く距離に入り即座にウルフの足へと蹴りを浴びせる。短い悲鳴を上げウルフは倒れ伏した。とどめを刺そうと拳に魔力を込めたところでアニマから声がかかる。
「避けてください!」
振り返りもせず横方向に飛び退くと先程居た場所をもう1匹のウルフの爪による凶刃が通り抜ける。勢いのまま即座にアニマに駆け寄った。
「助かった!」
「ウィンズウルフは早さと風属性を纒う攻撃に注意してください。私の受け持った1匹はもう事切れていますので、このまま押しきりましょう」
「了解」
短い会話を終えこちらを警戒している最後の1匹に接近する。油断はしない。魔力を足へと纒い駆け抜けた勢いのまま鼻緒へ蹴りを叩きつけ、怯んだ所をアニマが剣で斬り付ける。そのまま悲鳴もなくウルフは絶命したようだ。
最後の一匹を、と振り返ると俺たちに追い付いたマルカートがそのハルバードを高々と掲げ振り下ろすところだった。
「せいっ!」
その無邪気な声音とは裏腹に無慈悲なその一振は首と胴を両断した。
「なかなかエグいことするな…」
「仕方ないわ!これがハルバードというものよ!」
「ま、まあ何はともあれ怪我もなく終えることができましたね。処理をして進みましょうか」
アニマはお金になるであろう牙を剥ぎ取ると火魔法で亡骸を処分する。
「ルカが一人の時はどうやって魔物を処分してたんだ?」
歩きながらふと疑問に思ったことを訪ねてみる。
「基本的には火魔法で焼いてたわね」
「使えるのか」
「そりゃ基本的な魔法は使えるわよ!アニマほど火力は出ないけどね!」
「なんで俺だけ魔法を使えないんだろうな…」
「エヒトさんはアルマに来て日が浅いのでまだ魔力が馴染んでいないのかもしれませんね」
「でも眼魔術、聴魔術、纒魔術は使えるぞ?」
「それらは本人の持つ魔力とアルマの魔力が混ざり合っていれば使えますので、魔法とは性質が大きく異なりますから」
「ややこしいな」
「私も詳しくは知らないわ!」
「エヒトさんは習ったその日に眼魔術も聴魔術も使えましたし、団長と似て感覚派なのかもしれませんね」
正直に魔法を使ってみたいという思いはあるがどうにもならなそうだ。先日夜分、アニマに少し習ったが使うことはできなかった。こればかりは気長に待つか…使えない可能性もあるが。
自分は聴魔術を使えないのに、と恨み言を呟きながらも一日で修得したことに驚くマルカートに苦笑しつつ道を進む。
道中は風属性を纏ったベアズリー種や同じく風属性を纏ったゲッコー種との戦闘があった。特段苦戦は無かったもののベアズリーに一撃入れられてしまい、その戦闘が終わって休憩となった。
「怪我はどうですか?」
「痛むけどなんとかなってるよ。ルカが治癒石を持ってて助かったな」
「あなた達が持っていないことに驚きよ!これまでどうしていたのかしら!」
「怪我する場面は…あったにはあったけどなんとかなってたからなぁ」
「そうですね」
「お粗末なものね!死んだら元も子もないというのに!」
マルカートの指摘は至極真っ当だ。怪我や毒などを受けた際の回復手段が限られている今、下手に怪我をするわけにはいかない。
ひとまずの休息を終え俺たちは断崖の喉笛へ向けて再度歩き始める。
「ルカは治癒魔法は使えないんだな」
「あんなもの勉強してたら頭がおかしくなるわ!自分に使うだけならできたかもしれないけど、人を治すなんて想像からできないわね!」
「できれば道中治癒魔法を使える方を仲間に引き込みたいですね」
「間違いないな。タクトゥスの時はどうしてたんだ?」
「団長とフェローチェさんとレジェロさんが治癒魔法を使えましたね」
「3人もいたんだな」
「人数が人数ですから、それだけ適正のある方もいるということです」
「アニマがタクトゥスにいたことは聞いていたけど歌姫の名前が飛び出すと驚くわね!」
「レジェロのことか。凄い歌声だからな」
「凄いなんてものじゃないわ!過去2度公演を見させて頂いたけど、あの歌声には心が洗われるようでこう、凄かったわ!」
「やっぱり凄いじゃないか」
「言葉で言い表せない事もあるのよ!…アニマは楽器をしていたのかしら?」
「私ですか?私は踊り子でしたよ」
「えっ!!!」
これまでに聞いたことの無い声がマルカートから飛び出し足が止まる。
「もももも、もしかして、踊り子4姉妹の…?」
「そうですね、世間からはそのように呼ばれていました」
「なんてこと!私はあのタクトゥスの踊り子様とお話していたなんて…!」
そう言いながらマルカートの瞳から涙が伝い落ちる。なにやらスイッチが入ってしまったようだ。
「ああ、まさか覆われたヴェールの下にアニマがいたなんて…早く気付いていれば盗賊狩りなんてしなくて済んだのかしら…」
そこかよ、と突っ込む衝動を抑え受け流す。
「私たちは素顔を見られるわけにはいきませんし…」
「それもそうね!特にアニマは、ね…」
マルカートの言葉に誰も返事はできない。
アニマは特に、"特級犯罪者なのだから"と。そんなことを言えるわけがないのだから。
少し湿っぽくなった所でマルカートが道の先を指し示す。
「ほら、あそこ。下り坂になっている分かれ道が見えるかしら?」
「ああ、あるな」
「あそこを下れば断崖の喉笛に着くわね!」
「意外と早かったですね。すぐそこですし先を急ぎましょうか」
俺たちは眼下に迫る断崖の喉笛へ向けて足を早める。目的地はもうまもなくだ。
坂を下ったところは砂浜になっており、そこから左を向くと目的地は目に入った。
「あれが、断崖の喉笛…」
海崖の巨大な裂け目、そここそが断崖の喉笛だ。
「歩いてすぐね!聖域の中がどうなってるかは知らないから本所まではまだかかるかもしれないけど!」
「…行くか」
俺たちは聖域、断崖の喉笛へ向けて再度歩き始めた。美しい笛の音が海崖の裂け目に流れ込んだ風により運ばれてくる、その場所へ。




