第二小節 - 巫
日が登り始めた早朝、マルカートはテントから伸びをしながら出てきた。アニマはまだ寝ているようだ。
「おはよう、早起きだな」
「おはよう!交代するから貴方も少し寝てきなさい!」
そう言ってマルカートは森の中へ行こうとする。
「どこに行くんだ?」
「そういうことをレディに尋ねたらダメね!デリカシーが足りないわ!」
「ああ、すまない…そう言うところに気が回らなくて」
「構わないわ!」
短く言葉を切りマルカートは森の中へ消えていった。
直ぐに戻る様子だったし、と俺はテントへ入る。そこには剣を脇に置いて布団を抱き締めているアニマがすやすやと寝ていた。
起こさないように気を付けて隣で横になる。目を閉じると一気に眠気に襲われ、暗闇へ沈むように俺は意識を手放した。
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眠りから目覚めさせたのは外から聞こえてきた声。アニマとマルカートが何か話をしているようだ。
徐々に意識がはっきりしていき、大きくあくびをしながらテントを出た。
「おはよう」
「おはようございます、エヒトさん」
「あら、もう少し寝ているかと思ったわ!」
「起こしてしまいましたかね?」
二人を見ると朝食の用意をしているようだ。なるほど、マルカートに早速料理を教えていたらしい。
「いや起こされた訳じゃないから大丈夫だよ。ところで、今日はルカが朝食を作ってるのか」
「そうね!光栄に思いなさい!」
「はいはい、大変光栄だよ」
「なんか雑ね!期待して待ってると良いわ!」
横で苦笑いを浮かべるアニマとは対照的に、マルカートは真剣な顔に戻って再度朝食作りを始めた。
何が出てくるか分からないが楽しみにしておこう。
しばらくして二人から声が掛かる。今日の朝食はパンに肉と野菜を挟んだものだった。
「結構簡単ね!」
「肉の味付けも良いし野菜もマッチしてて旨いな」
「アドバイスはしましたが全てマルカートが頑張ったんですよ。…うん、確かに美味しいです」
「私でもこんなに美味しいものを作れるのね…」
初めて作ったというマルカートお手製の朝食は本当に美味しかった。アニマの手伝いがあったとはいえ、あの分ならすぐに上達しそうだ。
食事を終え俺たちは片付けをし夜営地を後にする。目指すべき町はもうすぐだ。今日中には辿り着けるだろう。
「よし、出よう」
「スプレンドーレには夕方には着けそうですね」
そうして俺たちは森の中を注意しながら歩き始めた。
「そういえばスプレンドーレにルカの家があるのか?」
「カリャカリに潜入する前に引き払ったから無いわね!宿を取らないといけないわ!」
「ではそうしましょうか。一部屋であれば当日でも大丈夫かと」
「そういえば、男女で寝所を共にすることにも抵抗はないのかしら?」
「考えたこともないな」
「私は相手によりますが…信用してますし気にしないですよ」
「まぁそんなことイチイチ気にしてたら大変よね!私も順応できるように努めるわ!」
「抵抗があるなら無理しなくて良いんだぞ?取れるなら部屋を二つ取って俺だけ別でも良いし」
「夜営の時にそんなこと言ってられないじゃない!慣れるためにも安全な町中の方が良いと思うし構わないわ!」
ふんすと鼻を鳴らしてマルカートは言った。まぁ確かに、と短く返しこの話は終わる。
しばらく森を進んでいくとピタリとアニマが足を止めた。
「エヒトさん」
「ああ、いるな」
「何がいるの?」
「魔物ですね、マッシュ系です」
「なら余裕よね、やるわよ!」
「そうだな」
少し進むと姿が見えてくる。だが先日見たものとは少し異なっているようだ。
「なんか、燃えてない…?」
「メラマッシュね!いつも思ってたけどこんがり焼けて美味しそうよね!」
「…まぁ確かに美味しいですが…ひとまず火を飛ばしてくる事があるのでその点には気を付けてくださいね」
「わかった。とりあえず俺とアニマで先行するからルカはサポートを頼む」
「承知したわ!」
足に魔力を纏いアニマと共に一気に接敵する。メラマッシュは即座に体を回転させ火の玉を飛ばしてきた。
その光景を見た瞬間、また頭の中に昔の記憶が流れ込む。
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『師匠、あのマッシュ燃えていませんか』
『あれは火の魔力を纏った者だな。普通の個体に比べて攻撃力も高く火を飛ばしてくる。動きが早いわけではないから注意深く応戦しろ』
『わかりました!』
『砂をかければ怯む。とにかくやってみろ。』
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砂をかければ怯む、か。飛んできた火の玉を空中に飛ぶことで避け、着地した俺は早速当たり前のように記憶をなぞる。
「せい!」
強く踏みしめ隆起させ、競り上がった地面をメラマッシュに向けて蹴り着ける。一気に土を被ったせいか動きが衰えたマッシュにそのまま接近し蹴り技を放つ。
「流連蹴撃!!」
前方へ進みながら右足、左足と立て続けに蹴りを浴びせる。反撃が来るかと内心警戒していたものの、メラマッシュは思っていたよりもあっさりと萎んでいった。
残りは…と後ろを見たところ既にアニマとマルカートが2体処理していたようだ。
「お疲れ様です」
「そっちこそ。苦戦する相手じゃなかったな」
「メラマッシュのことを知らないのに土をかけたら良いとなんで分かったのかしら!不思議ね!」
「思い出したんですか?」
事情を知るアニマの問いに頷きで応える。
「結構あやふやなんだけどな、昔修行してた時を思い出すことがあるんだよ」
「それなら極力魔物との戦闘はした方がいいわね!」
「そうですね、無理のない範囲で色々な種類の魔物と戦うのは意味があると思います」
「だな。一昨日のヴェーレキカダの時はなにも思い出さなかったからなんでも良い訳じゃなさそうだけど」
「あれは私たちでも知らないもの!大陸にはいなかったんじゃないかしら!」
「過去に戦った相手であれば思い出せるかもしれない、ってところか」
「私がいるからあっという間にケリが付いて思い出せないかもしれないけどね!」
「そうですね、マルカートが強化魔法も使えるとは驚きました」
「強化魔法?」
「魔法で相手を重くしたり柔くしたりしたように自身や味方を強化することもできるんです」
「そんなこともできるのか、すごいな」
「私にかかればこのくらいチョロいもんね!二人には力を高める魔法を使用したわ!それが私の役割だもの」
褒められたことに少し照れたようでマルカートは歩き始める。
その後はウルフやマッシュ、ベアズリーといった何度か当たったことのある魔物との戦闘を数回挟み、日が沈み始めた頃には無事に街道へ出ることができた。
遠目には町が見える。
「あれがスプレンドーレよ!」
「もうすぐだな」
「エヒトさんも外套を羽織ってくださいね」
そういって先日も使った認識阻害効果のある外套を手渡してくる。騎士と遭遇すれば確認される可能性が高いからだろう。
手渡された外套を羽織りフードを深めに被る。アニマも同様だ。
徐々にスプレンドーレの入り口、大門が見えてくる。山に囲まれたようなその町は、マルカート曰く採掘で栄えているらしい。周囲を天然の防壁により守られているようだ。
道中はいなかったが大門に到着すると案の定騎士が立っており、こちらに気付いた一人が声を掛けてくる。
「こんばんは。スプレンドーレは初めてでしょうか?」
「違うわ!私よ!」
俺たちの後ろからピョコッと顔を出したマルカートが問いに応える。
「マルカート!お前無事だったのか!?」
「余裕、では無かったけど大丈夫だったわ!」
「1年くらい見かけなかったからな。何かあったんじゃないかとみんな心配してたんだよ」
「随分長い間留守にしてしまったわ!連絡できなくて申し訳ないわね」
「この間レイニンさんがマルカートはいないかって訪ねて来てたぞ、アモールから」
「それは心配掛けたわね!ここで少し休んだらアモールに帰るから兄さんにも久し振りに会えるわ!」
「ああ、そうしてやるといいよ。…デリカートさんの所にも顔を出してやってくれよ?」
「それはお断りね!」
「はぁ…で、連れの二人は誰だ?」
「少し前に会った夫婦で、いまは聖域の巡礼をしているユースとレイヤー夫妻よ!」
「お、新婚さんか。ようこそスプレンドーレへ。今回は断崖の喉笛へ?」
「そうです、断崖の喉笛へ向かうために来ました」
「わかった、ちょっと待っててくれ」
そう言って騎士は門の中へ消えていく。
「ここで待ってたらいいのかな」
「とりあえずもう入っていて良いかしら?」
「ああ、中で待ってていいぞ」
先ほど話し込んでいた人とは別の騎士が応え、何事もなく俺たちは門の中へと通された。
中へ入ると町の全体が見えてくる。外からでは無骨な岩石に囲まれているものと思ったが、中は壁が発光し綺麗に整えられていた。町行く人も多く活気に満ちている。
「綺麗な町だ」
「スプレンドーレは山を削り出来た炭鉱の町ですからね。壁には輝光石という石がはめられてこのように光り輝いています」
「昼間に蓄えた光を日が落ちると発する不思議な鉱石よ!幻想的で素敵よね」
そんな雑談をしていると先ほどの騎士が戻ってきた。その手には何やら機械のような物が握られている。
「お待たせ。今日は時間も遅いし明日聖域に向かうんだよな?」
「そうね!明日の朝には発ってそのままアモールへ向かう、で良いかしら?」
「ああ、そのつもりだよ」
「承知した。ひとまず断崖の喉笛へ入れるように手続きをしないといけないから、この機械に手を入れてもらっても?」
「…それは?」
「これは聖域へ立ち入る不届き者がいないかを管理するための魔具だよ。…ここに来る前に別の町ではしなかったのか?」
「あ、ああ!そうね!二人はフローラルから発ったから慈愛の大滝を一番最後に回したのよ!だから断崖の喉笛が二人の巡礼で一番目になるわね!」
「なるほどな。とりあえず手を入れさえしれくれれば良いからさ」
横のアニマは何も言わない。表情からは読み取れないが何かまずい事情があるのか、もしやこの魔具に手を入れると身元がバレる可能性があるのか。鼓動は早くなり緊張が走る。
「私も手を入れていいかしら?」
「マルカートも?着いていくのか?」
「そうね!いまは二人の護衛のような事をしているから、危険はないと思うけどその予定よ!」
「先日隊長の部隊が聖域の浄化に行ったばかりだし特に危険はないと思うが…まぁマルカートなら問題ないか、いいぞ」
そう言われたマルカートは手を機械に差し込む。機械は音もなく光を発した。ただそれだけだった。
「以前盗賊団に潜入して仮入団みたいなこともしたけど、犯罪者だと機械に弾かれるとかではないのね!」
「そんな危ないことしてたのか?うーん…まぁ手配犯にされてないし弾かれることはないけどな…ちなみに犯罪者だと機械が警告を発して…」
「あいたたたたた!!」
急にお腹を押さえてマルカートは苦しみ始める。
「お、おい!どうしたんだよマルカート!」
「お腹が…お腹が痛いわ…!す、すぐに宿にいかないと!」
「二人の登録もすぐ終わるし待てないか?」
「む、無理よ!ここでぶちまけてしまいそうだわ!二人の案内もあるしごめんなさい、急ぐわ!また明日にでも登録はするから!」
「お、おう。お大事に…じゃあお二人さん、改めてようこそスプレンドーレへ。一晩かもしれないが楽しんでいってくれ」
騎士にお礼を伝え俺たちは足早に宿へと向かう。その間誰も話をすることはなかった。
マルカートに続いて道を進み宿に着く。空いていた部屋をひとつ借りすぐに部屋へ入り荷を下ろした。
「ぷはぁ!」
詰まっていたモノを追い出すのようにマルカートが大きく息を吐いた。
「焦りましたね…」
「怖いなんてものじゃないわね!バレるかと思ったわ!」
「ルカの気転に助けられたな…」
「咄嗟にあんな嘘が出てくるなんて自分でも驚きよ!」
「あんな魔具があるなんて初めて知りました。聖域は先日の慈愛の大滝が初めてでしたので」
「原初の泉には何事もなく立ち入れたし俺を助けてくれた人も普通に入ってたけど…何が違うんだ?」
「あの時パカタメンテは水神祭をしていましたからね。聖域は解放されていましたよ」
「なるほど、だから祭りが終わる頃になってリゾルートさんたちが慈愛の大滝に来たんだな」
「ええ。その事もあって浄化に回るのが遅れたのかもしれませんね。あの巨大なマハマリサルパはそういうことかと」
「はい!話はそこまで!今日は屋根の下でゆっくり休めるわ!アニマ、早速湯浴みに行くわよ!」
「そうですね、フローラルの宿ぶりなので早く行きたいです」
「俺ももう行こうかな」
「ここの宿は男女で時間毎に変わるからエヒトはまだ先になるわね!」
「なら仕方ないな。部屋で待ってるよ」
そうして二人は宿併設の浴場へと向かった。といっても湯を浴びるだけの場所のようだが。
三日ぶりの宿。何事もなく着くことができてよかった。俺はベッドに体を預け天井を見る。
先ほどの出来事を振り返るとマルカートも断崖の喉笛へ入れるようだし、案外他の聖域へもこのまま巡礼の付き人としたら容易に立ち入れるかもしれない。油断はできないが希望はある。
明日にはスプレンドーレを発ち断崖の喉笛へ、そして次の町アモールへ向かう。ネルが自由を完全に奪われるまでどのくらいの猶予があるかはわからない。これはリゾルートさんと話した時にもそう聞いていた。
とにかく急がないといけないと、逸る気持ちをなんとか抑えて二人が戻るのを待った。
しばらく経って戻ってきたマルカートは何やら考え込むような顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「…アニマってヴェーレキカダとの戦いでガラス傷を負ってたわよね…?」
「そうだな、俺もほら。腕に細かい傷があるぞ」
「全然傷がなかったのよ」
そこまで聞いてマルカートはそう言えば知らなかったな、と得心した。アニマは怪我の大小に関わらず自己治癒すると以前聞いたことを思い出す。
「アニマに聞いてみたらどうだ?」
「そうね!もうすぐ戻ってくるでしょうから聞いてみるわ!」
アニマに比べてマルカートは小柄だし髪も短い。というかアニマが長いだけだが。その事もあって長引いているのだろうと結論付けた。
マルカートと他愛ない話をしているとアニマは戻ってきた。早速マルカートは先ほどの疑問を投げ掛ける。
「ああ、私の体質ですね。怪我をしても徐々に回復して消えていくんですよ」
「そんなことあるのかしら…?」
「俺も最初は驚いたけど目の前にその実例がいるからなぁ」
「…私も先日までは疑問でしたよ、なぜか分かりませんでしたから」
「ということはリゾルートさんに理由を聞いたのか?」
「はい、納得はできていませんが理解はしました」
「どういうことか教えてもらえるのかしら?」
「できればあまり広めたい話ではないですね…」
「なら良いわ!無理に聞くことでもないもの!」
「そうだな。アニマのタイミングで教えてくれよ」
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
仕方ないと言いつつ思案顔のままのマルカートは一つ、ぽつりと呟く。
"まるで炎霊の巫ね"
また聞きなれない言葉だ。しかしこの話題に突っ込むのも如何なものか。アニマにもマルカートにも、もちろん俺にも話せない事なんていくらでもあるだろう。
それぞれの事情がありながらも今は仲間として行動しているのだ。重大なことであれば本人から教えてくれるはずだ。
重大なこと…と、その時ふと昨日アニマに起きた異変を思い出す。
「そういえばヴェーレの森出口の夜営地で起きたこと、アニマにもう話したのか?」
「あら!すっかり忘れてたわ!」
「何のことです?」
「深夜、貴女が突然光を発して呻いていたのよ!とても苦しそうにしていたわ!」
「なるほど?」
「よく分からないよな。俺が詳しく説明するよ」
俺は昨夜の出来事を詳細に話した。ヴェーレの森から感じた異質で巨大な魔力、浮いていた謎の光、そしてその光に触れると消えてしまい、夜営地に戻るとアニマが光り苦しんでいたと聞いたことだ。
「とまぁそんなことがあってさ」
「……」
一連の話を聞いて今度はアニマが思考に溺れていく。あの出来事はなんだったのか、悪いことではないと信じたいが。
「…恐らく"これも"私の血筋のせいでしょうね。心配することではないのでご安心ください」
「本当に大丈夫なのよね?どこも悪くないのよね?」
「ええ、大丈夫です。ご心配をお掛けしてすみません」
「アニマがそう言うなら…またいつか教えてくれよ」
「そうですね。必要となればお伝えします」
本人がそう言う以上問い詰めても何も得られないだろう。俺はベッドから起き上がり着替えを手に取る。
「とりあえず話はここまでだな。俺も湯を浴びてくるから戻ったら食事を取って今日は休もう」
「そうね!お腹が空いたから早く行ってもらえると助かるわ!」
「はいはい、じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
湯を浴びていると心が落ち着く。疲れと汚れは流れ落ち、頭の中は無駄な思考が消えクリアになっていく。
…アニマには血筋のことで大事な秘密があるのだろう。今考えればおかしいと思うことはあった。例えばローゼンはなぜわざわざ盗賊のアジトに向かいアニマを助けた?偶然で片付くことなのだろうか、とか。
本人に聞こうにも話す気はなさそうだしな、とそこまでで悩むことは辞めた。またいつか教えてくれるだろうと。
部屋に戻り俺たちは宿併設の食事処で夕飯を食べた。誰が聞いているかも分からないため必要最低限に会話は留める。マルカートは宿屋の人と顔見知りのようで話し込んでいたが。
食事を終えたあとはすぐに眠った。久しぶりの宿、緊張はありながらもゆっくり休めそうだ。明日にはスプレンドーレを発ち断崖の喉笛へ向かう。
事件など起きるなよと心の中で念じながら、夜は更けていくのだった。




