第一小節 - 終幕Ⅰ
アニマとリゾルートから距離を取り、俺は先ほど治療をしてくれた女性へと近付いた。
こちらに気付いた彼女は膝を付こうとする動きを見せたため、それを手で制し言葉を掛ける。
「畏まらないでください!先ほどは助かりました」
「いえ、まさかこの手でアクラルネ様のお力になれる日が来ようとは。身に余る光栄です」
緊張しているかのような面持ちで彼女はそう言った。如何にこのアルマでアクラルネという存在が神聖視されているかが伝わってくる。
「そういっても自分はただのエヒトですよ。できれば畏まらず、少しお話を聞きたくて…」
「わかりました、なんなりとお尋ねください」
「ではまず…」
そうしてレティさんに3点、質問をした。
まず確認としてネルのこと、これは先ほど聞いたことと相違ない話だった。
次に騎士団について。何個の部隊がありそのうち保守派がどのくらいいるのか。
部隊は大きく分けて7つ、アルマに9箇所ある聖域を数年変わりで受け持つそうだ。そして保守派と思われる部隊は3つ、確実に保守派とされる部隊は2つ。つまり敵対する可能性がある騎士団の部隊は7分の5に上る可能性がある。今回、ここにリゾルートさんたちの部隊が来たのは本当に運が良かったと言えるだろう。
最後にここから最寄りの聖域について。俺たちはこれから 9の聖域を巡りアルマの魔力を宿し、そしてネルの救出に行かなければならない。これは必須事項だ。
少し考えたあと、レティさんは離れた場所からこちらを見ていた別の騎士、モンテさんを呼んだ。
彼は事情を聞くなりリュックを下ろしアルマ全体を示す地図を見せてくれた。
「今我々がいるのがここ、フローラルの町から見て上に位置する場所ですな。アルマ全体で見た場合、中央神殿は言葉通りアルマの中央にあるペザンテ山の頂に位置しておりますな。その周囲を取り囲むようにして聖域は配置されており、現在の位置から最も近い場所はパカタメンテですな」
「パカタメンテ、ですか…」
「なにか難しいご事情がおありで?」
きょとんとした様子で2人はこちらを見てきた。苦々しい気持ちが顔に出ていたのだろう。
不意に逃げ出してきたパカタメンテを思い出す。隠していても仕方がない。意を決して自分の惨状をありのままに2人に伝えた。
「失念していました。確かに、エヒト様は特級犯罪者でしたね」
「もうご存じでしたか…」
「フローラルを担当する部隊はパカタメンテも兼任しますからな、パカタメンテの現在の管轄は我々ですな。ううむ、多少は庇うことも可能かもしれませんが…。問題はつい最近原初の泉付近で大陸民が大量に捕縛され、騎士団内部が大きく荒れている点ですな」
「自分が最初に倒れていたのもそこですね」
「なんと…。最寄りの聖域がそこ、原初の泉なのです」
「そうなんですか!まさか立ち寄っていたとは…」
「となると難しいですなぁ」
「そうですよね、隊長に確認してみないことには…」
「原初の泉以外で最寄りの場所はどこがありますか?」
「となるとここ、断崖の喉笛ですな」
「確かに。フローラルからと考えると最寄りはパカタメンテ原初の泉、ただ慈愛の大滝からであれば多少距離は延びますが断崖の喉笛も近いですね」
「断崖の喉笛…分かりました、連れと相談してみます。ありがとうございます」
「いえ、お力になれたのなら大変光栄ですな」
「そうです!下々の私たちにこのように接して頂いて…」
「あ、この地図、差し上げますな」
「え!?大丈夫なんですか!?」
「えぇ、構いませんよ。我々は複数持っていますし、エヒト様には特に必要になると思いますので」
「助かります、本当にありがとうございます」
「恐縮ですな。隊長には私から伝えておきますな」
そういってモンテさんはリゾルートさんの方に目をやる。そこではアニマとリゾルートさんがぎこちない様子で座って話をしていた。
「隊長のあんな顔、初めて見ましたな」
「そうですね、いつも厳格で気を張ってらして…なんだか緩い雰囲気で良いですね」
「話には聞いておりましたがまさか、アニマ殿が生きているとは思わなかったですな」
「アニマは騎士団で有名なのですか?」
「他の部隊でどう伝わっているかは知りませんが我々の中では有名ですよ。隊長の娘と言うのもありますが起こした事が事ですので…」
「やっぱりそこなんですね」
「そうです。もし断崖の喉笛に向かうのであれば、その次の聖域から近い町がアニマさんにとっては辛い場所になります」
「私は昨日アニマからその話を聞いたのですが、その、アニマが免罪されることはないんですか?」
「難しいですなぁ…個人的な怨嗟による復讐殺人が認められればアルマでの自治はできなくなりますからな。そのための我々ですな。アニマ殿の心情を思えば同情の余地はありましょうが、かといって無罪にはならないと言い切れますな」
「そう、ですか…」
「あ、でも…」
「え?」
「いえ、希望を持たせるようでアレなのですが…十数年前でしょうか、特級犯罪者となり免罪された人がいるんですよ」
「いるんですか!?」
「彼も外海からの侵略の嫌疑で、それこそパカタメンテ海岸で発見され捕縛されましたね」
「自分と同じですね」
「ええ。その時も先日のようにたくさんの外海の船と共に海岸に流れ着いて…大陸民もそこでたくさん捕まりましたよ」
「ということはその人も大陸民では?」
「間違いなくそうですな。でも免罪されましたな」
「彼は記憶を失っていたんです。恐らくアルマとの衝突の影響と思いますが…大陸民がもしアルマで我々と同じ生活をしたらアルマの魔力に適合するのか、その被検体となることを条件に解放されました」
「そんなことが…その方は今どうしているんですか?」
「現在は七騎士団の1つで隊長をしています」
「ということは、私も会う可能性があるんですね」
「そうですね。ただ彼は非常に冷酷で残虐で、正に保守派の代表的人物です。会わないことを祈りたいところです」
「そうですね…詳しいお話に地図まで頂いてありがとうございます。難しいかもしれないですが希望は持てました」
話も一区切りしお礼を伝え改めて思案する。
まず次の行き先だ。これはパカタメンテに戻るのは無しだろう。仮にリゾルートさんたちが後ろ楯になってくれたとしても騎士団は一枚岩ではない。個人個人の考え、正義がありそして外海の者は厳罰が決まっているようなものだ。その大きな壁を取り払える力はないだろうし、そうして迷惑をかけるわけにもいかない。
となると必然的に次の行き先は『断崖の喉笛』。ここから凡そ4日ほどでたどり着けるスプレンドーレの町をまずは目指し、さらに半日ほどの距離にある断崖の喉笛へ向かうことになる。次の目的地は決まった。あとはアニマに相談を…。
そう思いアニマを見ると、涙を溢しながらリゾルートさんに抱き締められていた。幼い頃離れ離れになり長年会うことができなかった二人には、当人にしか分からない感情が山ほどあることだろう。
リゾルートさんも先程までは気丈に振る舞っていたがその心情は計り知れない。
しばらく二人を見ていると視線に気付いたようで、アニマはスッとリゾルートさんから離れた。
そして少しの会話をしこちらへと駆けてきた。
「お恥ずかしいところをお見せしました…」
そう言いながら軽く頭を下げたアニマは、しかし言葉とは裏腹に晴れた空のような笑顔を見せてくれた。
「良かったよ、無事お父さんに会えて」
「はい…既にスーティーンの姓は捨てた私ではありますが、それでも父は私を娘として愛し続けてくれていました。あの時の事を謝り、犯した罪を謝り、会いに行けなかったことを謝ることができました。大切なお時間を頂いてありがとうございました」
そうやって二人で話をしていると、少し遅れてリゾルートさんもこちらへやってきた。
「お時間を頂きありがとうございました。モンテから聞きましたがアルマの地図はそのままお持ち頂いて大丈夫です」
「ありがとうございます、大変助かります」
「いえ、礼には及びません。パカタメンテの事情を考慮してまずは断崖の喉笛を目指すのがよいでしょう」
「そうしようかと思っていました」
「スプレンドーレへ向かう場合、フロンドーレ街道を通るルートとヴェーレの森を通るルートとがあります。街道は当然整備されていますので安全ですが避けた方がよいでしょう」
「なぜですか?」
「既にエヒト様がフローラルに居ないと、そう結論付いている可能性は非常に高いです。となると可能性としては街道を使いスプレンドーレへ向かうと、私ならそう思います。大型の魔物の目撃例もあり街道整備後は人も立ち寄らないヴェーレの森は、危険な可能性も捨てきれません。裏を返せば街道がある以上そうそう人が立ち寄らないため騎士団に追われるリスクを最大限引き下げる事が可能です」
「なるほど、アドバイスありがとうございます。アニマ、それでいいかな?」
「はい、私もそれが良いと思います。実は過去に何度かヴェーレの森へ行ったことがありますが、私たちは特に魔物と遭遇したことはないので大丈夫かと」
次の目的地は決まった。行き先はスプレンドーレ、そして断崖の喉笛。
「リゾルートさん、本当にお世話になりました。今日は立て続けに戦闘があったので一晩ここで休んでから出立しようと思います」
「それがいいでしょう、無理はなさらずに。もし危険と判断した際には逃げに徹する事も大切です。引き際を見誤らず本懐を遂げることをお祈りしております。それとパカタメンテについては我々にお任せください。次に訪れるときには祭りも終わり町は落ち着いていると思います。その時には憂いなくパカタメンテに滞在できるよう尽力致します」
「よろしくお願いします」
「では我々はこれで」
綺麗な姿勢で5人は右腕を胸に当て、そして聖域の出口へと向かっていった。
「ひとまず夜営の用意をしますね。まだ日は落ちない時間ではありますが落ち着ける状態にしましょう」
アニマはそう言って滝から少し離れた場所に夜営の用意を始めた。
「俺も手伝うよ」
「ありがとうございます、では…」
そうして2人で簡素なテントを張り、以前から使われていたであろう焚き火跡に火をくべ囲んだ。
「今日は本当に色んな事があったな。正直疲れたよ」
「そうですね、エヒト様の記憶、ウルフや大蛇との戦闘、アクラルネ様としての覚醒…1日とは思えない濃さでした」
「アニマはリゾルートさんとの再開もな」
「ええ…このような形で再開するとは露ほども思っていませんでした」
「強い人だったな」
「はい、とても」
「いつもあの5人なのかな、そんな話をしてたんだ」
「恐らくそうかと思います。部隊としてなら少なく見て百人は父の元に騎士が控えているでしょうが、遠征となると少数で行動した方が動きやすいでしょうから」
「ってことは街道警備をしていたのもリゾルートさんの部隊の人なのか」
「ですね」
「…俺の恥ずかしいメイク顔も報告されるのかな…」
「あ、あれはエヒトさんとバレてないので大丈夫かと!…きっと…」
「ま、今更か。ここに来たのがリゾルートさんで本当に良かった」
「間違いないですね」
「明日からスプレンドーレに向かうけど、大体4日かかるんだよな?食料とか持つと良いけど…」
「我々2人だけですし、団長からは7日分ほど頂いているので大丈夫です。足りなければ現地調達ですね」
「俺、料理はからっきしだぞ」
「私も大きな声で得意ですとは言えませんが、人並みには料理もできますし捌けるのでご安心ください」
「頼りにしてるよ、ありがとう」
「いえ、それも私の役目なので」
他愛ない話をしていると時間も更け、次第に空は橙色から暗い青へ、そして闇へ変わっていく。上を見れば滝を囲む森の木々とその合間から星々が輝いていた。
一際大きく輝く双子星は聖域を、いやこの星を照らすように白銀に輝いている。
こんなに静かに夜空を見上げたのはいつぶりか。気付けば剣を携えたアニマは焚き火を囲む椅子に座りながら船を漕いでいた。
アニマ曰くしばらく雨は降らないそうだし冷える夜でもないが…俺は自分用に出してもらった薄手の大きな布をアニマの肩にかけ、テントの中で眠りについたのだった。
第一小節の最終話となります。
本日は幕間としまして作品内の登場人物や用語などに関する説明を付記したページを同時に掲載しております。
気になる事がございましたらぜひご一読ください。




