第74話 消えた元聖女(ルイス視点)
サザランディアはダンジョン大陸だ。
あちこちにダンジョンがある。
その中でも千年クラスのダンジョンは百年~三百年の周期でスタンピードを起こし、深く大きくなっていった。
その千年クラス大迷宮の中でも、早ければここ十年以内にスタンピードが起きると言われていたメルクーア大迷宮。
僕たちはそこを踏破した。
メルクーア大迷宮都市とサザランディア大陸最大の港町サンクレル13万人がスタンピードの恐怖から逃れたことになる。
二つの街をあげての大迷宮踏破の歓迎パレードが行われ、所属するクランがあるサンクレルはこれ以上ない賑わいを見せていた。
だけど僕は今、攻略したはずの、メルクーア大迷宮、最深層の中にいる気持ちになっている。
パレード終了後はクランハウスに報告や今後の方針のブリーフィングが長引いて、一泊して、現在居住しているあのサンクレル郊外の森の家に戻った。
ハーフフェンリルの親子と戯れるメルツちゃんと、落ち着きなくいつものようにこまごまとした家事をこなしてるアリスさんの姿がなかった。
しんとして、静かで、日が差してるのに、どこか暗く、季節は冬に近づいてるけど、今日は風も微風で、降り注ぐ陽光が暖かいはずなのに、冷えた感じがした。
ダンジョンから帰還した時の、いつも通りのこの森の家の風景――そのはずなのに。
いるべき人がいないだけで、こんなに景色が違って見えるなんて、思わなかった。
待っていれば、戻ってくる。
頭ではわかってるけれど、例えようのない不安が胸に広がる。
――違う。何かが、あった。
待っていても、ダメだと、瞬時に判断した。
サンクレルへと戻り、ハンザ工務店を訪ねた。
パレードの時、ドワーフの爺様とハンザ工務店の作業服の人間がアリスさんとメルツちゃんを囲んでいたのを見たから。
「ルイス!」
ハンザさんが僕を呼ぶ。
「メルツ、泣きやむんじゃ、ルイスがきてくれたぞ」
メルツちゃんはさんざん泣いたと思う瞼が腫れあがってる。
「ルイスせんせー」
「メルツちゃん」
僕がメルツちゃんに声をかけると、メルツちゃんは、泣きながら僕の足に抱きついてきた。
ぎゅっと抱きついてきたのは一瞬で、メルツちゃんはハンザさんに振り返る。
「ハンザおじーちゃん、メルツ、探しにいっていいよね? ルイスせんせーもどってきたから! メルツ行くから!」
メルツちゃんは狩猟の時に背に背負う弓矢を装備して、さんざん泣きはらした涙の跡が残る頬を手のひらでこする。
榛色の瞳が、意志の強さと同調するかのように光ってる。
「まてまて、ルイスに何も言わずに行くもんじゃない!」
ハンザ爺さんが引き留めようと声をかける。
僕はメルツちゃんの目線までしゃがみこんで、両肩を掴む。
「メルツちゃん……アリスさん……アリスはどこに行った?」
メルツちゃんとハンザさんがいうには、あのパレードのあと、アリスさんはとある商人の団体に呼び止められたらしい。
なんでも新造船で初航海にでるから、プリースト様の祝福をお願いしたいと言われたそうだ。
あの時、彼女は法衣服と錫杖を持っていた。
パレード終了でごった返すメインストリートの中、メルツちゃんを同行させるのは危険だとアリスさんはメルツちゃんをハンザさんに預けた。
そして港の方へ向かったという。
そして彼女は夜が更けてもメルツちゃんを引き取りに来なかった。
メルツちゃんとハンザ爺さんの証言で、アリスさんの叔父であるライオネルさんが、その夜、港へ向かったが、明け方、警備隊の制服のまま、海に浮かんでいたのを漁師に発見されて、現在治療院に運び込まれているらしい。
「ライオネルおじさん、アリスおねーさんが戻ってこないのはおかしいって、メルツも行きたかったけど、止められたの。そしたらライオネルおじさんは怪我して海で発見されたの。メルツはアリスおねーさん探しにいくの、助けるの」
腕に覚えありのライオネル氏が外傷を負って海に投げ出されたとなると、相手は手練れだ。
「僕が探してくる」
「メルツも行く! 絶対行く!」
ハンザさんにメルツちゃんを預けていた方が安全だけど、この子はいうこと聞かないだろう。この意志の強さというか……こういうところ、身に覚えありまくりというか、僕に似てる。
アリスさんが僕とメルツちゃんを親子親子というのはこういうところだろう。
「よし、わかった。行こう。ハンザさんにお願いしたい」
「なんじゃ」
「船を持つ漁師と商船を持つ商人、港にいたときに不審なことがなかったかどうか、調べてほしい」
「任せておけ」
「あと船も」
「船大工のトムズの奴に声をかけてやる。やつならサンクレルでも一等速い魔道船を用意してくれるはずじゃ」
僕は頷いて、メルツちゃんを連れて、サンクレルの港へと転移魔法を使う。
あのパレードの後だけに、港もごった返していた。
「ルイスせんせっ、こーでらいんず大陸はどっちの方向?」
メルツちゃんはそう呟く。
「アリスおねーさんは、えっと、すごいお貴族様のようじょなんでしょ?」
「らしいね」
「アリスおねーさんを取り戻したかったんだと思う」
メルツちゃんはぎゅっと僕の手を握る。
「でも、アリスおねーさんはね、メルツとずーっと一緒って言ってくれた。メルツを置いてくことはしないから、アリスおねーさんの意志じゃないよ。アリスおねーさんはここでやることたくさんある」
この子は多分いろいろと思考したんだろう。
いきなり消えたアリスさんを、絶対に信じてる。
これは彼女の意志ではないと。
その身が危険だと。
「ぜったいに、むりやりつれていかれたんだよ」
「僕もそう思うよ」
「森のおうちにやってきてたのは、アリスおねーさんが元いたおうちの、お貴族様の使いだって、ライオネルおじさんがいってた。メルツ聞いたもん。きっとその人たちだよ。ぜったいそうだよ」
僕はコーデラインズ大陸方面を見据える。
メルツちゃんは「あっ」と声を上げる。多分、今、瞳の色が変化してる。
メルツちゃんは以前、見たことがある。
僕がスキルを使ってるところを。
「せんせーの瞳、金色になった。千里眼使ってる?」
「もちろん、使ってるよ」
「やった、アリスおねーさんを、探して。メルツが助けに行くの」
「うん。二人で行こうね」
相手が誰だろうと、黙って人のものを持ってくとか、僕が許すはずがない。
もし、怪我の一つでも負ってたら、船ごと沈めてやる。




