クローン社会③
カーラとレイが家に着いたのは、昼下がりだった。カーラが今日の授業の内容をレイに復習してくれた。少し一息ついて、レイがテレビをつけると、昨日始まった暴動の映像が流れていた。機動部隊が、パネルを掲げる人々を押し返したり、催涙弾を投げる様子が確認された。レイが、映像に夢中になっていると、インターホンがなった。立ち上がったカーラは来客が来るのを知っていた様子で、ドアホンには目もくれず、扉を開けた。
「来てくれてありがとう」
「いいのいいの。私、子供好きだし」
そこには、カーラと同年代に見える、ショートの赤みがかった茶髪に、童顔の女性が立っていた。
「その子が例のレイ君ね」
カーラの後ろにいたレイを見ながら、ギャグのつもりかよく分からない声色で確認を取った。その女性は、そのまま家に入りこんで、玄関前に立っていたレイのもとに、屈みこみ、笑顔で挨拶をした。
「あたし、カーラお姉さんの友達のマナって言いまーす。カーラが仕事の時は、あたしがレイ君の面倒を見るから、これからよろしくね」
「うん! よろしく!」
溌剌と答えるレイを見て、マナは嬉しくなった。
「元気でよろしい」
そう言いながら、マナはレイの頭を強く撫でた。その様子を見て、カーラは静かに微笑んだ。
リビングに通されたマナは、頻繁に通っているのだろうか、勝手に食器棚を開け、三人分の飲み物を用意する。
「レイ君は何飲む?」
「オレンジジュース」
「りょーかい」
マナが飲み物を用意している傍ら、カーラは勉強で散らかっていたリビングの机を片付けていた。
三人がテーブルにつき、レイがオレンジジュース、残り二人が紅茶に手をつけ始めると、マナが口を開いた。
「しかし、驚いたわ。あんたがこんな面倒ごとを抱え込むなんて」
「ええ、自分でも驚きよ」
こちらを見つめるレイに気付いたカーラは、
「もう全て話しているの。安心して。この娘、頭のねじは緩いけど、口は堅いから」
と、言った。マナは表情を変えずに、レイの方へ向いた。
「そうよ安心して。こんな口の悪いおばさんに育てられるんじゃ、気の毒だから、私がきちんとあなたを立派な男にしてみせます」
「うん! そういえば二人はいくつなの?」
二人は顔を見合わせ、マナが悪戯な顔で、
「いくつに見えるかゲームやる?」
と、尋ねた。
「嫌よ、それこそババ臭い」
カーラはレイに向き直った。
「私が22で、この娘が23。高校の同級生よ」
マナがレイに顔を近づけた。
「レイ君は8歳だったよね。ってことは小学校2年生だね」
「今日、初めて学校に行ってきたの」
「そうなんだ、どうだった? 楽しかった?」
突如、二人の手が止まり、雰囲気が変わったことを、マナは感じ取った。恐る恐る事情を尋ねると、カーラが説明を始めた。
マナは、口を挟まず、静かに話を聞いていたが、話が終わると、一気に感情を吐露した。
「じょんなのあんまりだよ~」
泣きながら、同情してくれるマナにレイは驚いた。
「この子はただでさえ、不幸なのに、周りも冷たいだなんて。教師も教師よ。きちんと新入生の面倒は見なくちゃ!」
自分のためにこんなに怒ってくれる人がいるのを知って、レイは胸が熱くなった。
「少なくても外国人なのは誤解なんだから、先生に事情を説明してもらおうよ」
マナからの視線を受けた、カーラは、
「一応、電話では伝えたから、明日話してくれると思うわ」
と、返した。それでもマナのむかっ腹は収まる様子は無く、紅茶をがぶ飲みする。
「どうして外国人は馬鹿にされるの?」
レイは、テーブルの向かいに座っていたカーラに尋ねた。
「戦争中というのも、あるけど、海外じゃこの国ほど、優性思想が広まってないから、自分達より劣った種族という風に偏見を持つの。平均IQが上がっているなどの話もあるけど、ほとんど変わらないし、単なる国民統合への誇大広告という解釈が一般的よ」
レイの隣でマナが鼻を鳴らした。
「第一、最近の子供にそんな差別感情が広まってるのが信じられない!外国人だから何、勉強ができないから何って話よ。そもそも本人は何もしてないくせに、何で虎の威を借りて、他人を見下せるのかしら」
マナの怒りの振動でカップの中で揺れ動く紅茶は、彼女の熱で沸騰しているように見えた。
「けど、本当に偉いわ。レイ君は、それでもめげずに、復習をして、明日も学校にいくんでしょう。あなたみたいな人がこの社会には必要なの」
レイは、ジュースを飲んで、落ち着き払っていた。
「ありがとう、でもカーラが勇気づけてくれなかったら、僕はそんな気分になれなかったよ。カーラ、ありがとう」
レイの方を向かずに、紅茶を飲みながら頬を赤らめるカーラを見て、マナは興味がそそられた。
「なになに? あんた何て言ったの?」
「いいでしょ、別に……」
「ちょっとちょっと、ゆくゆくはあんたから親権を奪うつもりなんだから、教えなさいよ」
「尚更ダメよ」
「えーそこを何とか──」
「ダメ」
そこからも雑談がしばらく続き、途中から皆でレイの復習を手伝った。そこか後は、皆でゲームをしたり、夕食を作ったりと、楽しい午後を過ごした。8時近くになると、マナが帰りの支度を始めた。
「じゃあ、今日はありがとう。レイ君の事が知れて良かったよ」
「僕もマナの事が知れてよかったよ。これからよろしくね、マナ」
その無垢な笑顔にマナは心を打たれた。
「じゃあね、カーラ」
「うん、ありがとう、マナ」
扉を離れ、しばらく先の廊下から、マナが手を振る。
「レイ君、また来るからね~」
廊下中に響き渡る大声で、別れをするマナを、二人は笑顔で見つめ、静かに扉を閉じた。
「何だか、一緒にいるだけで、元気になれる人だね」
「ええ、そうね」
「あの人みたいに、誰かを元気づけられる人になりたい」
「なれるわ、あなたはまだ空っぽのビン。どんなものでも、自分がいいと思ったら詰め込んでいきなさい」
二人はその後、明日の予習をした後に、静かに床についた。
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翌朝、レイはいつも通り、早起きをした。しかし、今日はいつもはしない部屋掃除や朝食作りを、彼の親代わりが起きる前に、行った。いつもの時間通り、寝室から寝ぼけた顔で起きてきたカーラはその光景に目を疑った。机は裏まで掃除され、食卓には、レイと初めて作った朝ごはんがそのまま並んでいた。
「おはよう、カーラ。朝ご飯出来てるから、早く顔を洗ってきて」
「レイ……」
カーラは再度あたりを見回した。
「これじゃ、どっちが親かわからないわ」
すれ違いざまに、カーラはレイの頭を撫で、
「頑張ってね」
と、小さく言った。
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一人で学校に向かうレイに不安の二文字は無かった。既に噂が広まっているのか、レイを見て、小声で話す声が聞こえてきた。レイはそんな彼らを見向きもせずに、肩で風を切りながら校門を通る。教室に入ったレイに全員が一斉に注目したが、レイは怯まずに大きな声で、
「おはよう!」
と、挨拶をした。返事は返ってこなかったが、自分の席近くに行くと、少女の声が聞こえてきた。
「おはよう」
その声の先には、黄色い瞳でこちらを見つめるエルナの姿があった。彼女は昨日空席だったレイの隣に座り、肘をつきながらこちらを観察するように眺めていた。
「何してるの!? こんなとこで?」
「それはこっちのセリフよ。何であんたが私のクラスに当たり前のように通ってるの」
「昨日から、転校したんだよ」
「そう……」
レイはどうして、昨日休んだのか尋ねようとしたが、彼女が目線を逸らし、あまり話したがらない様子だったので、話題を変えた。
「あの服、着てくれてるんだ」
エルナの全身を見回した後、レイが笑顔で指摘した。
「次の季節じゃ着れないから、仕方なく着てるだけよ」
筋の通らない言い訳をする、エルナを見て、レイは静かに微笑んだ。
「似合ってるよ」
「うるさい」
そんなやり取りをしていると、昨日レイに直接悪口を言いに来た男子グループが近寄ってきた。
「お前ら知り合いだったのか。やっぱ、外国で出会ったのか?」
その発言に、エルナは眉を顰める。
「何言ってるの?この子はれっきとしたこの国の国民よ」
「でも、昨日こいつが自分で──」
エルナは立ち上がり、レイを指さした。
「このとぼけた顔と、骨格を見なさい。あなた達は自分たちの民族を見分けることも出来ないくせに、他民族をバカにするの?」
言葉に詰まった少年は、矛先をずらそうと口を開く。
「……そうだよな。俺たちはそんな気色の悪い黄色い目を持ち合わせていないもんな」
エルナにとっては、聞き飽きた発言だったのか、静かに席に座り直した。
「昨日は大忙しだったんじゃないか。あちこちで移民による暴動が起きて。お前もあの中にいたのか?聞いたぜ、テレビには映ってないが、機動隊員が暴行を加えたりして、何人も亡くなっているって話じゃないか。お前を一人で育ててくれたお父さんもその中にいたりしてな……」
エルナはそれを聞くと、その少年を強く睨みつけ、口を開こうとしたら、隣で先に大声を発した者がいた。
「いい加減にしろ!」
教室にいた全員が彼に注目した。
「どうして他人を下に見るの?どうして肩書でしかその人を見ないの?僕はあまり人生経験がないけど、この世には色んな人がいることを知っている。同じ遺伝子を持っている人でさえ、その人特有の感性や、正義がある。それなら、なぜ民族なんていうより曖昧なもので人を判断できるの?それに僕たちは、たかだか8歳。自分の親、或いは自分のクローンの偉業を鼻にかけ、あたかも自分たちが同じくらい偉いと思っている。本当に滑稽だよ。他人の足を引っ張る暇があるなら、自分個人が何をしたいのかを考えてよ!」
教室が静まり返る。誰も彼に反論しようとする人間はいなかった。
すると、チャイムが鳴り、それぞれが席に着き始めた。レイも自分の席に座り、ホッと一息をつく。隣では、エルナが俯いたまま、ボソッと小声で呟いた。
「ありがとう……」
「僕はただ自分を貫いただけだよ」
それを聞いたエルナは小さく笑みを浮かべた。
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予鈴が鳴り、間もなくして平林教諭が入ってきた。教壇に立ち、前置きも無く、話を始めた。
「えー皆さん、最近デモ関係で物騒なことが増えているので、十分注意してください。それと、昨日転校してきたレイ君が外国から来たなどという噂が立っておりますが──」
「先生!」
レイが手を挙げて、平林の話を遮る。
「それ、もう大丈夫です」
横にいたエルナがレイを睨む。
「どうして……」
「いや、しかし……」
と、平林は食い下がった。
「心配ないです」
笑顔で返すレイに押された平林は、理解はしてないが納得した様子で、
「……ということで以上です」
と、話を締めくくった。
そのまま、平林は一限目の算数の授業に入った。予習をしていたため、序盤は余裕でついていけた。中盤になると、徐々に離されていったが、レイは何とか必死に食らいついた。ある時、生徒たちは練習問題をいくつか与えられ、それぞれで解くように指示された。平林は教室中を見回りし、苦戦を強いられてる生徒には、解答のヒントを示していた。彼はレイの下へもやってきて、レイの書いていたタブレット内のノートを一瞥するや、何も言わずに教壇へ戻った。そして、解答時間終了の合図をし、スクリーンを指さしながらレイに尋ねた。
「レイ、この問題解けるか?」
「はい!」
レイは自信満々に席を立った。そして、自分の解答を探そうとページを漁ったが、一向に見つからなかった。焦りでどんどん、視界が狭まっていくレイの肘に指で、つんつんと突かれた感触がした。隣を見ると、エルナがもう一つの指で自分の解答を指さしていた。レイはそれを見て、解法を思い出し、前を向き直して、元気に答えた。
「②の表から2組と3組の合計が56人なので、全体で84人になります」
「正解だ。よくやった」
ロボットのような平林が少し笑ったような気がした。そして、教室中が昨日とは違う、穏やかな空気で満ちてるのをレイは肌で感じた。
授業後、レイはエルナにお礼を言った。
「さっきはありがとう、ノートを見せてくれて」
「ちょっとしたお礼よ。気にしないで」
冷たく答えるエルナであったが、その心の温かさをレイは感じていた。
「あなた、勉強が苦手みたいね」
「うん、とっても」
「分からないとこがあったら、いつでも聞きなさい。良かったわね、クラス一優秀な私が隣の席で」
そう言いながら、彼女は体操着を持って、更衣室へ向かった。
「うん、ありがとう」
聞こえたのか、聞こえてないのか、彼女が遠くで小さく頷いたような気がした。開け放たれた窓からは、次の季節の到来を告げるような、熱い風が入ってきた。




