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サイキック&ウィザーズ ─異世界帰りだらけの教室─  作者: 真田宗治
竹美編 闇夜に霜の降りるが如く
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邂逅のスカーフ 1



 ズシリと、巨大なハサミが地面に突き刺さる。サソリ型ロボットがゆっくりと体勢を立て直し、再び前進を開始した。金属の巨体へ矢のように、一筋の紅い線が伸びる。


「お前が……竹美を泣かしたのかあああ!」


 人間を遥かに超える速度で駆ける少年に、サソリ型ロボットがガトリング砲の照準を合わせる。猛烈な弾幕が吐き出され、豪雨の如く襲い掛かる。幸人ゆきとはジグザグの残影を伴いながら銃弾を回避、鎧を掠めた弾丸が火花を散らすのも意に介さず、吠えながら突っ込んでゆく。ロボットも迎え撃ち、巨大な腕を振り上げた。

 鋼鉄の鋏が唸り、幸人を襲う。

 ドッと地面を穿つ攻撃を滑らかにかわし、幸人は瞬時に巨体の懐深くへと踏み込んでいた。

 怒りの棒が振り抜かれ、轟音が猛る!

 金属装甲を砕く攻撃が炸裂し、サソリ型ロボットの巨体がかち上げられて高々と宙を舞う。錐揉みする巨体へ飛びかかり、幸人は更に追い打ちの連撃を叩き込む。誰も眼で追えなかった。マシンガンのような音が響き渡り、火花と鉄塊がド派手に飛散しまくった。圧倒的な乱打が一拍止まる。幸人は空中で高速回転して必殺の溜めを作り……止めとばかり音速の横薙ぎを叩き込む。

 衝撃の残響が草木までもを震わせる!

 パッと、サソリ型ロボットの巨体が木っ端微塵に爆ぜ、粉々になって雨と降り注いだ。


「わあ。いつになく派手ね。あれは相当怒ってるわね」


 水色の髪の少女──明智あけちひかりが呟いて視線を上にやる。三機のUFOは既に荷電粒子砲(DEW)の充填を開始していた。赤い怪光が発射口に集束し、幸人を狙いすましている。

 幸人は空中でサソリの巨大な鋏を蹴り飛ばしながら、すぐさま軌道を変えてUFOへと突っ込んでゆく。妖精のはねが薄紅の光の軌跡を描く。幸人は空中をジグザグに飛行しながら瞬く間に距離を詰め、投げ槍のように棒を放つ。


「ダメです、UFOにはバリアーが!」


 りんごちゃんが言い終わるよりも先に、棒はUFOを貫いていた。次の瞬間、緋碧の魚が円盤形へと姿を変え、眼にも留まらぬ疾さでUFOへと放たれる。

 キ。と鉄が軋る音が響き渡り、UFOが真っ二つに切断される。操縦手と思しき人影が投げ出されるが、明智光が操る水が受け止めてたので、絶命は避けられた。

 攻撃は止まない。緋碧の円盤は鋭くカーブして、残った二機のUFOを襲う。

 キキキキキキキキキキキキキキッ!

 無数の斬影がUFOを切り裂いて、頑丈そうな機体を瞬時に細切れの金属片へと変えてしまう。あまりに速い斬鉄の摩擦で、飛散する破片の断面が赤熱していた。

 やがて草原に落下した破片から煙が上がり始め、それを明智光が水のシャワーで消火してゆく。

 長い静寂が訪れて、やっと、りんごちゃんが息を吐きだした。あれ程手強かったUFOもサソリ型ロボットも、犬型ロボットもドローンの群れも、全てが一瞬で倒されてしまった。何もかも、彼女には信じられない光景だった。


「電磁バリアーごと……切った? 戦車の主砲も効かなかったのに、どうして」


 茫然となるりんごちゃんに、光がパチリとウィンクをよこす。


「幸人が操ってるあの魚、なのよね。しかもアレで全力じゃないんだから。ホント、チート過ぎだわね」


 溜息交じりで光が言うのだが、りんごちゃんはまだ理解が追い付いていなかった。


「りんご、ちゃ……。生きて、る?」


 掠れた声に、りんごちゃんが目を落とす。竹美たけみが意識を取り戻したのだ。りんごちゃんはそっと竹美を抱き起こし、薄紅色の瞳に涙を滲ませる。


「はい。はい。生きてます。生きてますよ!」

「ごめん。なんにも見え……くて。音も聞こえ、な……。皆、生きて、る? 私たち、勝った、の? りんごちゃ……」


 竹美に問われて周囲に目をやるが、まだ、仲間の安否は分からない。戦車からはもくもくと煙が上がり続けているし、高射砲も全て大破している。トレーラーも半壊して、タイヤが空回りし続けている。


「ごめんなさい。それはまだ──」

「もうやってるわよ?」


 と、ひかりが口を挿む。りんごちゃんが光の視線を追うと、無数の水の塊が自衛隊員たちを包み、火に巻かれていない広場へと運んでいる。山本陸尉の姿もあった。気を失っているようだが、光が平静な顔をしているので、命に別状はなさそうである。敵パイロットと思しき連中も水のロープで捕縛され、ふわふわと運ばれている。八人もいる。UFO一機に二人の操縦士が付くようなので、つまり、竹美が撃ち落としたUFOの操縦士パイロットも死んではいなかったらしい。

 ふわりと、少年が舞い降りて竹美へと眼を落す。彼は不思議そうな面持ちで、暫く黙って竹美を見つめていた。


「……このが、そうなんだね?」


 少年、否、幸人ゆきとひかりに視線を向ける。光は微笑と共に頷きを返す。幸人はじわりと腰を落とし、まじまじと竹美の顔を覗き込んだ。


「挨拶してやりなさい。ずっと逢いたかったんでしょ?」


 光に促され、幸人は指先で、恐る恐るといった調子で竹美の頬に触れる。ぷにぷに頬をつまみながら、幸人はまだ呆然とした顔をしていた。竹美はなにも見えていないらしく、不思議そうな面持ちで、虚ろな瞳を虚空へと向けている。

 やがて幸人の指先に、震える竹美の指がやわく重なった。その瞬間、幸人は「あ……」と声を詰まらせる。

 静かに肩が震えだす。

 少年の眼から滂沱ぼうだと涙が溢れ、竹美の泥だらけの頬へと落ちてゆく。戦い抜いた指先が少女の頬の泥を拭い、小柄な體をしかと抱きしめる。


「どうして、かな。思い出せない。何も思い出せないんだ。なのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。こうしなければならないって、こうするのが正解だって解るだ。これって、この気持ち……僕は」


 拭っても拭っても涙が止まらない。明智光も眼に涙を浮かべ、そっと竹美の髪を撫でる。


「あれから頑張ったのね。こんなに傷ついて。本当に、幸人に逢いたかったのね」


 光も竹美を抱きしめて、これでもかと頭を撫でつけまくる。竹美は「なあに? りんごちゃ、くすぐったい、よ」と、状況を掴めてもいない。


「その、あなた方は竹美さんのお知り合い、なのですか?」


 ふいに、りんごちゃんが問う。光と幸人は顔を見合わせてから、


「友達よ」

「恋人なんだ」


 と、泣きながら笑顔を浮かべた。


 ★


 水の鏡が空中に浮かび、幸人が腕の紋章を映す。たちまち鏡が光を放ち、小さなガラス瓶に入った魔法薬ポーションがポロポロと飛び出してくる。


「これだけあれば足りるかな?」


 言いながら、幸人が瓶の蓋を開けて竹美の頬に触れる。


「ダメよ。まだ飲ませないで。約束、忘れたわけじゃないわよね?」


 突然、りんごちゃんの背後で聞き覚えのない声がする。りんごちゃんが慌てて振り向くと、見覚えがない金髪の不良っぽい少女が、薄く怒りを滲ませた顔で立ち尽くしていた。

 いつの間に背後に? 音もせず、気配もまったくしなかった。

 焦りを浮かべるりんごちゃんを他所に、幸人は苦い表情を浮かべて拳を握る。


「……僕の恋人が見つかっても声をかけない。絶対に気付かれないように遠くから見るだけ」

「ええ。イレギュラーな状況だったから戦うことを許したけど、そのと話していいとは言ってない。まさか、真田君は約束を破る人じゃないわよね?」

「…………ああ。解ってる。約束は約束だ。ちゃんと守るよ」

「そう。じゃあ、そろそろ帰るわよ。恋人の顔を見て安心したんでしょ?」


 金髪の少女──松永まつなが久枝ひさえは幸人に冷たい視線を向けながら、気だるげに髪をかき上げる。


「ま、待って。どうしてそんな意地悪ばかり言うの? 幸人と竹美は二年以上もずっと会えずに苦しんだのよ。もう少し、もう少しだけ居させてあげて」


 明智光が久枝ひさえに立ちはだかり、抗議の声を上げる。


「そんな約束はしていない。それに、明智光。あんたがそう言うから余計に嫌になった」

「あ、あたしは関係ないでしょう」

「あるわよ。あんたのこと嫌いだって言ったわよね。さっきの戦いを見てますます嫌いになった。どうして誰も殺さなかったの? ホント、偽善者丸出しよね」

「それは……松永さんに解って貰おうとは思わない。あたしのことは悪く言ってもいい。でも、幸人と竹美に当たるのは間違っ──」

「いいんだ」


 言い合う明智光と松永久枝に幸人が割って入り、光の肩に手を置いた。


「でも、幸人」

「いいんだよ。やっと僕の恋人がどんな娘か分かったんだ。小っちゃくて、でも凄く頑張ってて、綺麗で真っすぐで。この娘が生きてる。生きていてくれた。それだけで充分さ。だいたい、あと一週間もしたらまた会えるんだ。それまで待つよ」

「……そう。でも、幸人がそう言っても、竹美の気持ちが」

「そうだね。じゃあ、こうしよう」


 幸人は腰を下ろし、静かに竹美の腕を取る。次に、これまで幸人が腕に巻いていた赤いスカーフを解き、大切に、大切に竹美の手首に巻いてゆく。以前、竹美が光へと託し、幸人へと渡されたスカーフだった。


 涙を滲ませる幸人の後頭部に、一直線に殺意の筋が伸びる。緑色の狙撃用レーザーポインタの筋は、演習場隅の林から照射されていた。

 幸人の後方五〇〇メートル、林奥の植え込みの陰に、狙撃銃を構えた米軍兵士の姿があった。特殊部隊らしき男は冷徹な眼差しでターゲットスコープを覗き、幸人の後頭部を狙い澄ましている。幸人は竹美に釘付けで、完全に無防備だった。


「今なら確実に当てられる。ただ、命中させても弾丸が通るか疑問だ。頭蓋骨と頸部の隙間、神経系を狙えばどうにかなるかもな。発砲命令を。OVER」


 男は胸元に取り付けた軍用無線に指示を仰ぐ。暫しの静寂の後、無線から〝OK GO A SHOOT〟と返事があり、狙撃手は引き金にそっと指を触れる。

〝GOOD-BY,BOY──〟

 囁きながら引き金を引き絞ってゆくと……突然、男が「ウッ」と呻き声を上げ、崩れ落ちて動かなくなってしまう。屈強な兵士は何故だか口から泡を吹いて白目を剥いており、そのまま気を失って、鼾をかき始めてしまった。

 狙撃手の背に、小さな小さな脚が舞い降りる。緑色のひらひらとした服を身につけた妖精だった。妖精は淡い紫色の髪を風に靡かせながら、腕組みをして「ふんっ!」と鼻を鳴らす。


「ふっ。カレンの未来の旦那しゃまを狙撃しようなんて愚かな野郎でしゅ。このカレンちゃんの眼が赤いうちは、何人たりとも幸人しゃまを傷つけさせはしないでしゅよ。からの…………必殺、ステルス昏倒突き炸裂でしゅ!」


 朱い瞳の妖精カレンが言い放ち、ビシッと、ヒーロー的なポーズを決める。愛玩人形ベビードールのような手には愛剣の〝昏倒の針〟がキラリと光り、木漏れ日に佇むカレンの可憐さを際立たせていた。


 ★


 幸人は竹美の腕にスカーフを巻き終えて、そっと恋人の髪を撫でた。竹美は腕に巻かれたスカーフを指でなぞりながら「りんごちゃ……、包帯してくれて、ありがとね」と微笑する。痛々しい表情が、幸人の胸を締め付ける。

 もし、このの眼が見えていたら、どんなことを言うのだろう? 傷だらけで心配だけど、普通の外傷による不具合であれば、与えた魔法薬ポーションでも完治するだろう。もし完治しなかったら徳川とくがわ家理亜いりあをダンジョンにでも放り込んで回復魔法のランクを上げさせて、癒せばいい──。と、幸人は内心に黒い思惑を巡らせる。


「じゃあ、帰るわよ」


 呼ばれて幸人が腰を上げ、久枝ひさえと肩を並べた。幸人の赤い打掛の裾を、静かに明智光が掴む。光は顔を伏せ、軽く口元を歪ませた。幸人の腕が震えていた。


「あ。僕たち、ここに来たことがバレたらちょっと不味いんだ。だから秘密にしてくれるかな? 誰にも言わないって約束してくれると嬉しいんだけど」


 肩越しに言う幸人に、りんごちゃんが「はい」と返す。

 幸人は、ありがとうを言って前へと向き直る。直後、彼の打掛の影に、小さな妖精が光の尾を引きながら飛び込んだ。


松永まつながさん、頼む」


 幸人が苦い顔で促すと、松永久枝は竹美へと視線を落とし、じわりと、指でピストルを作って銃口を向けた。不良少女は憎しみが宿る眼差しで竹美を睨みつけ……BANG! とピストルを撃つ真似をする。その瞬間、シャボンが割れるようにして、異世界帰りの三人の姿が消えてしまった。

 だだっ広い演習場の真ん中に、長い静寂と倦怠感、煙と火薬の匂いだけが残された。

 理解が追いつかないりんごちゃんの視界の先で、何故か、燃える林と兵舎にだけ局所的な豪雨が降り注ぎ、たちどころに火災を収めてゆく。やわく吹き抜ける春風の感触を、傷だらけの少女二人はいつまでも感じていた。




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