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サイキック&ウィザーズ ─異世界帰りだらけの教室─  作者: 真田宗治
竹美編 闇夜に霜の降りるが如く
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愛 2





 炎の海が荒れ狂う。木々が、植え込みが、草花が燃えている。一面の紅の中、僅かに開けた獣道の合間を縫うように、真っ白い髪の少女が軽やかに駆けてゆく。竹美たけみはりんごちゃんの背中を追いながら、燃える落木を飛び越える。りんごちゃんの先導は完璧だった。彼女はまるで上空から安全な道を俯瞰でもしているかのように、的確に、安全地帯セーフティエリアへの道を最短で進んでいる。だが、無傷という訳にはいかない。二人ともいくつもの火傷を負い、肌がひりつく痛みを押し殺して山道を進んでいった。

 狂ったような銃声が、前方から鳴り続けている。

 森を抜ける。

 一気に視界が広がると、草原の奥で兵舎が燃えていた。兵舎の近くからは高射砲と思しき幾筋もの弾道が空へと延び、()を攻撃している。草原には霧のように煙が立ち込めており、かなり視界が悪い。そこかしこから機械的なモーター音が聴こえている。煙の中を何十機ものドローンが飛び回っていた。

 ふいっと、一機のドローンが弧を描き、軌道を変える。ドローンは竹美の方へと向かい、一直線に加速し始める、が──。

 火薬が爆ぜる音が数回鳴り、ドローンが砕けて落ちる。銃弾を受けて落下したらしい。次の瞬間、ドッと、ドローンが自爆して烈光が迸る。土煙が飛散して視界が濁る。竹美とりんごちゃんは身を震わせて、暫し固まってしまう。どうやら、ドローンは攻撃を受けると自爆する仕組みになっているようだ。

 煙の向こう、遠く兵舎の辺りから、何者かが竹美へと手を振っていた。手にはライフルがある。彼がドローンを撃ち落とし、竹美たちを守ったらしい。


「行こう、りんごちゃん」


 竹美は呟いて、前方の人影へと駆け出した。りんごちゃんも竹美の後を追う。更にその後を、複数のドローンが追いかけてきた。前方の人影は静かに腰を下ろし、片膝の姿勢で竹美の背後へと銃口を向ける。竹美は迷わず駆け続ける。発砲光マズルフラッシュが連続して、竹美とりんごちゃんを援護する。銃弾は正確にドローンを射抜き、後方でいくつもの爆炎が上がる。が、爆炎を飛び越えて四足歩行の犬のような何かが二匹、竹美の後を追って来る。


「犬? じゃない、ロボット?」


 竹美が呟いた直後、犬型ロボットは加速して、素早くりんごちゃんへと飛び掛かる。

 キッ! と金属がきしる音と共に火花が散る。りんごちゃんは犬型ロボットの突進をギリギリ潜り、すれ違いざまに袈裟切りに両断した。竹美が預けておいた魔法の刀を使ったらしい。間髪を入れず、もう一匹の犬型ロボットが竹美の眼前に立ちはだかる。ロボットの背には銃火器らしきものが搭載されており、銃口が、機械的な音を響かせて竹美を捉える。


「わっ。不味い」


 竹美は咄嗟に地面に伏せ、近くの石ころへと手を伸ばすが……次の瞬間にバチリと火花が散り、ロボットの銃座が砕け散る。前方の人影が発砲し、竹美を救ったのだ。犬型ロボットは更に一○発以上の弾丸を浴び、倒れて動かなくなった。


「走って。きっと爆発します!」


 りんごちゃんが竹美へと手を伸ばし、竹美は大急ぎで立ち上がって走り出す。りんごちゃんの予想通り、間もなく竹美たちの背後で二つの火柱が上がる。骨を震わす爆音を構わず走り抜け、竹美は前方の人影へと駆け込んだ。


「おっと。この状況で元気だね」


 程よく鍛えられた腕が竹美を受け止めて、近くの土塁の影へと引っ張り込む。山本進一等陸尉だった。


「山本さん、大変なの、宇宙人が、その、アメリカが裏切って、UFOが──」

「分かってる。否、なに言ってるかわらないけど察しはつくよ。要は、竹美ちゃんチームが勝ったんだろ? で、それが気に食わない連中が、この演習場ごと我々を消しにかかってきた。そんなところだろうね」


 山本は指先で竹美の頬の土埃を拭う。山本の顔もまた、埃に塗れていた。彼の背後には二機の高射砲(八七式自走高射機関砲──通称ガンタンク)があり、UFOを目掛けて射ちまくっている。隣の土塁からは何人もの自衛隊員たちがドローンや犬型ロボットに制圧射撃をかけ、戦線を堅守していた。だが、高火力の高射砲の攻撃でさえもUFOには全く効いている気配がない。銃弾は全てバリアーに防がれており、完全に無傷である。


「そ、そう。でも、ここまでする必要があるの? あの人たちは一体何なんですか?」

「それはアレだ……まあ、竹美ちゃんにも関係がある話だからいいか。三か月前に竹美ちゃんがぶん殴ったゴブリンがいただろ? 実はあのうちの一匹を、ここの地下研究施設に隠してるんだよね。ゴブリンだけじゃない。異界から来たモンスターのうちの何匹かを捕獲して研究していたというか。敵は、どうしてもそのサンプルとデータが欲しいのさ」

「でも、これじゃ戦争じゃない! こんなのって、いくらなんでも滅茶苦茶だよ」

「それぐらいの事なのさ。異界の生物も異世界帰りの異能力者も、我々にはどうにもならない恐るべき存在だ。前代未聞の究極の兵器なんだ。敵だってそうさ。連中は俺たち以上に、病的なまでに異世界存在を恐れているからね」

「恐れるって……でも、得体が知れないのはあの人たちの方よ。赤毛のチームのは人間じゃなかった。目がトカゲみたいで。あれはいったい何?」

「ああ、それも見たのか。それはその……分からない。あ、言っとくが、奴らは正確にはアメリカ人じゃないよ。一応、書類上はアメリカ人ってことになってるけどね。説明するのが難しいな。竹美ちゃんは〝シークレット政府ガバメント〟って言葉を聞いたことは?」

「はい。それぐらいなら」

「じゃあ、イルミナティについては?」

「それは……ちょっとわからないです」

「そうか、わからないのかぁ。じゃあアレだ。連中は大昔からアメリカやヨーロッパ、世界中の政府の陰に巣くって大きな力を持っているけど、アメリカ人でもヨーロッパ人でもない。悪の秘密結社みたいなもんだ」

「はあ……悪の秘密結社、ですか。もしかして馬鹿にされてます?」


 竹美が答えた瞬間、山本がライフルを発砲する。弾丸がドローンを貫いて火花が散り、遠くで二つ、爆炎が上がる。


「山本陸尉、次が来ます!」


 山本の背後で隊員が叫ぶ。山本は頷いて「今だ、散開!」と叫ぶなり、竹美の腕を引いて走り出す。即座に自衛隊員たちも高射砲も二手に分かれ、燃える建物の陰へと転がり込むように身を潜める。

 間髪を入れず、空から緑色の光線が放たれる。光線は先程まで竹美たちがいた地点をなぞり、着弾地点からは高々と爆炎が上がる。山本陸尉が竹美に覆いかぶさり、熱風から守る。

 やがて攻撃の余韻が収まると、地面が深々と抉れて煙が上がっていた。宿舎のうちの一棟は、跡形もなく消し飛んでしまった。


「くっそ。あいつら、直接地下を叩くつもりだな!」


 山本陸尉が狼狽の声を上げる。

 竹美も悔し気に空を見上げるが、UFOは高射砲の銃撃をものともせず、バリアーを展開して空中に静止している。

 微かに、竹美の耳元で苦痛交じりの息が漏れる。竹美は金髪の少女をずっと背負っていたが、流石に、このままでいるのは危険だ。と辺りを見回すと、近くの車庫に一台の大型トレーラーが停車していた。


「その娘、まだ息があるね。君たちが助けたのか?」

「はい。放っておけなくて」

「そうか。竹美ちゃんらしい、というべきかな」


 山本陸尉は竹美と言葉を交わし、傍らの女性自衛官あんずちゃんへと視線をやって頷いた。女性自衛官も頷きを返し、素早く腰を上げる。


「こっちへ。奥にベッドがあるから、早く乗って」


 女性自衛官がトレーラーへと駆け込んで後部コンテナのドアを開く。竹美とりんごちゃんが飛び乗ると、荷台コンテナにはコンピュータや何かの計器が所狭しと設置してあった。奥に長椅子みたいなベッドもある。竹美は名も知らぬ金髪の少女をベッドに横たえて、やっと小さく溜息をひとつ。


「これから、どうなるんですか?」


 竹美はポツリと問う。女性自衛官──否、山本陸尉の助手のあんずちゃんは小さく首を振り、眼を伏せる。


「応援は期待できない。相手が悪すぎるの。あいつらには政府も逆らえないから」

「そんな! じゃあ、どうするんですか?」

「まあ、なんとかするしかないわね。心配しないで。私たち、これでも戦いのプロなのよ?」


 杏ちゃんが微笑を浮かべるやいなや、山本陸尉が杏ちゃんの背後から顔を覗かせて口を開く。


「ま、そういうことだ。なあに、心配はいらない。我々は通常の部隊とは違ってね。ちょっとした切り札があるのさ」


 と、山本陸尉は腰から拳銃を引き抜いて、竹美へと手渡した。竹美にとって、以前見覚えがある銃だった。確か、代々木体育館で山本陸尉と射撃ゲームをやった時に使ったやつで、名は──。


「スミス&ウエッソンの回転式三五七マグナム。装弾数は七発。名銃だよ。俺のお気に入りだけど竹美ちゃんに譲るよ。カウンセラーシティで必要になるだろ?」


 山本がパチリとウィンクをする。山本に呼応して、素早くあんずちゃんが荷台から飛び降りて、バタリと荷台の扉を閉めて外から鍵をかけてしまった。


「え? 山本さん? これって、そんな……嫌だ。山本さん!」

「そうですよ。一体なにをするつもりですか!」


 竹美とりんごちゃんの声が空しく響く。


「私達だけでなんとかするしかない。だから……竹美ちゃんとりんごちゃん。貴方たちだけでも逃げて。なんとかして時間を稼ぐから」


 返って来たのは杏ちゃんの声だった。

 少女達の叫びを、トレーラーの頑丈な荷台が閉じ込める。悲痛な声を背に──荷台の外、杏ちゃんが少し淋し気な顔で山本陸尉の胸をポカリとやる。


「じゃあ、私たちでなんとかしましょう。竹美ちゃんとりんごちゃんは私たちの希望。守り抜かなきゃですね」

「いいや、あんずちゃんも逃げるんだ。俺たちが時間を稼ぐ。竹美ちゃんたちを頼んだよ」

「え。何を言ってるんですか。最後くらい、私だって!」

「命令だ。最期くらい、素直に頷いて欲しいんだがね」

「でも──」

「頼む。君以外、誰がトレーラーを運転する?」


 杏ちゃんは暫し山本陸尉と睨み合い、微かに肩を震わせながら、くっと背伸びをして山本の唇を奪う。くちづけの余韻を、煙の匂いが邪魔をする。杏ちゃんは涙を一雫ひとしずくだけ置き去りに、トレーラーの運転席へと飛び乗った。

 やがてトレーラーのエンジンがかかり、杏ちゃんは出発のタイミングを計る。

 山本陸尉は厳しい面持ちで部下たちの許へと戻り、UEOを睨みつけた。


「これからお姫様たちを逃がす。高射砲組は三〇秒後に二手に分かれ、建物の陰へと移動。交互にファイア&ムーブメントを繰り返し、派手にUFOの注意を引きつけてくれ。見たところ、あのUFOは攻撃するほんの一瞬だけ電磁バリアーを解除するようだ。その隙を狙い、俺が()()で仕留める」


 山本陸尉は闘志を漲らせ、近くの戦車へと視線をやった。戦車は建物の陰にあり、UFOからは死角に位置していたので破壊を免れていたのである。


 そして、作戦が始まった。

 猛烈な発砲音が鳴り響き、トレーラーが走り出す。竹美もりんごちゃんも、外の様子が分からず沈痛な面持ちで項垂れていた。やけに揺れが激しい。道路ではない所を走っているらしい。

 どれぐらい時間が過ぎただろう。一分? 二分?

 竹美がボヤリと考えていると、急にトレーラーの揺れが収まった。予想外の異変に竹美とりんごちゃんが顔を見合わせる。やがてトレーラーの扉が開き、杏ちゃんが顔を覗かせる。


「ねえ、竹美ちゃん。山本陸尉を助けたい?」

「は、はい。助けたいです!」

「かなり危険な提案になるけど、それでも?」

「……今更何処に逃げろっていうんですか。航空戦力から逃げきれる訳がない。戦うしかない。私にだってわかりますよ」

「そう。それじゃあ……」


 杏ちゃんは覚悟を秘めた面持ちで荷台へと乗り込んで、竹美が椅子代わりに座っていた長い箱の南京錠を外す。中にあったのは、大型の狙撃銃だった。竹美が訓練で使っている、L─九六狙撃銃を一回り大きくしたような形状をしている。


「竹美ちゃんは狙撃が得意だったわよね」

「はい」

「この銃はAW─五〇。世界最強の対物狙撃銃アンチ・マテリアルライフルのひとつよ。形状はL─九六狙撃銃にそっくりだけど、威力は桁違い。厚さ一センチの金属板でさえ打ち抜ける。でもでも、重すぎて反動も大きい。三脚バイ・ポッドがないから私には撃てない。撃てるとしたら竹美ちゃんだけ。言いたいことは解るわね?」

「はい。弾丸は何発ありますか?」


 竹美の顔に、決意を秘めた微笑が浮かんだ。


 ★


 一方、山本陸尉は戦車上部のハッチから顔を出し、運転士へと激を飛ばしていた。戦車はUFO下方の草原をスラローム走法で走り回り、たまに砲撃を浴びせている。が、戦車の砲弾ですらも、バリアーを貫通出来ずにいる。


「二回だぞ。二回以上は連続で撃たないようにな!」


 山本陸尉が砲撃手へと指示を飛ばす。


「はい。しかし、何故ですか?」

「二回撃つ毎に長い装填時間が必要だと思わせたいのさ。UFOのレーザー兵器は一度撃ったら三分以上は次を撃てない。攻撃には慎重になるだろう。ならばこちらの装填の隙を突いてくる筈だ。戦車が二回撃ち、UFOがバリアーを解除した瞬間に、三発目で仕留めるんだ」

「成程。やっぱり腹黒ですね。医官殿」

「おっと、棘があるねえ」


 砲撃手と言い合った直後、一◯(ヒトマル)式戦車がドリフト気味にカーブしてUFOを射線に捉える。砲撃手の瞳が極限の集中を宿し、迷いなくトリガーが引かれる。号砲猛る。主砲が二発目の砲弾を発射して派手な砲火をまき散らす。砲弾は命中。やはり少しも効いていない様子だが、砲塔はUFOを捉え続けている。UFOは素早く鋭角な動きをしながら戦車を追跡しており、DEWの発射口が戦車を捉え続けている。


「そろそろ四分だ、撃って来るぞ!」


 山本が叫ぶ。「了解!」と運転士が返し、戦車が、キレのある高速スラロームから直線的な動きへと軌道を変える。UFOに背を向けて、一目散に逃げ出す風を装った。直線で進むということは、敵から見たら的が左右に動かないことを意味する。つまり射撃の好機を与えることになるが……狙い通り、UFOは戦車の隙を見逃さず、バリアーを解除してDEWの発射口に赤い輝きを集束させる。


「今だ。撃て!」


 山本の叫びと共に主砲が唸る!

 砲弾は重い衝撃波を伴って一直線に飛び、光源へと着弾して爆ぜる。爆炎でUFOが視認不能となり、山本たちが息を呑んで結果を見守る。

 やがて煙が四散して、状況があらわになる。


「マジ、かよ」


 山本陸尉が絶望と共に吐き捨てる。彼の眼前、上空には無傷のUFOが浮かんでいた。これまで姿を見せていたUFOは陽動役の囮だったらしい。囮役が隙を演じて山本の攻撃を誘い、被弾寸前にもう一機がバリアーを展開して盾になったのだ。守られた方のUFOは既に荷電粒子砲(DEW)の発射準備を整えて、発射口を戦車へと向けている。


「ヤバい、逃げろ!」


 山本が大慌てで叫ぶ。「ま、間に合いませんよ!」と運転士がアクセルを踏み込んで戦車が走り出す。そう、間に合う筈もなかった。DEWの発射口に集まった輝きが強さを増し、ついに戦車目掛けて解き放たれ──なかった。

 乾坤けんこん一擲いってき

 DEWの発射口に鋭く銃弾が撃ち込まれて火花が散る! 次の瞬間、コンマ数秒遅れて銃声が響き渡る。UFOから金属の破片が四散する。放たれる筈だった光は四方に飛び散って、機体に小爆発を発生させる。UFOは自壊して、煙を上げながら林の向こうへと落下していった。

 一体、何が?

 山本が、銃声の発生源に視線を向けて目を凝らす。戦車から六◯◯メートル先の林の植え込みの影、大谷竹美が片膝の姿勢でしかと狙撃銃を構えていた。

 竹美は、ふぅ。と息を吐き出して、力強くコッキングレバーを引いて次弾を装填する。AW─五◯対物狙撃銃の長い銃口から紫煙が立ち上り、午後の光に溶けてゆく。

 金眼の少女は瞳に信念を滲ませて、残ったUFOへと狙いを定めた。




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