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サイキック&ウィザーズ ─異世界帰りだらけの教室─  作者: 真田宗治
竹美編 闇夜に霜の降りるが如く
73/83

まだ見ぬ明日の邂逅 1





 時計の針は、丸一日程巻き戻る。

 カウンセラーシティから遠く離れた富士演習場の片隅で、タアン。と乾いた音が鳴り響いた。

 大谷おおたに竹美たけみは狙撃銃のターゲットスコープから目を離し、遠くへと視線をやる。


「お。また当たり。竹美ちゃん、いいセンスしてるね」


 竹美の背後から、若い自衛官が声をかける。痩せ型の優し気な顔をした男──。山本やまもとすすむである。

 山本陸尉は双眼鏡を覗き、四○○メートル先のまとを再度確認する。的には五つ銃痕が刻まれている。全て中心部近くに命中していた。


「褒めても何も出ませんよ?」


 竹美はライフルから手を離し、照れ隠し交じりにか、ちょっぴり不機嫌そうな顔をする。銃口からは薄い煙の筋が伸び、火薬の匂いが拡散されている。

 山本進の傍には、もう一人自衛官の姿があった。中年の、それなりに体格の良い男性である。その男は、竹美に様々な教練を施している教官だった。

 竹美はこの数日、ずっと戦闘教練を受けていた。武器の扱いや構造を学び、実践的な闘争術について学び、カウンセラーシティ内での心構えや制度についても学んでいる。訓練を受けた場所は、富士山の裾野に広がる演習場だった。演習場は竹美の地元近くにもあるのだが、山本陸尉の都合で、富士演習場へと送り込まれたのである。


「別にお世辞じゃないよ。短い期間でよく、これだけの距離を当てられるようになったもんだ。今日はそこそこ風も強いのに、ね」

「こんな特技、あっても嬉しくないですけど」

「まあ、そう言わないで頑張りなよ。今は依託いたく射撃しゃげきがメインだから当たりまくってるけど、午後からは三脚ナシでやって貰うから。勿論、当たらなければ試験は失格。言い訳は出来ないから集中するんだね」


 山本陸尉は竹美に言い残し、射撃場を後にする。歩むにつれて顔からは柔らかさが消え、少し厳しい顔つきとなる。足早にゆく山本陸尉の背中に、再び、竹美のライフルの発砲音が伝わった。


 ★


 山本陸尉は訓練棟を出ると、宿舎脇に駐車してある自衛隊車両に乗り込んだ。車両は大型で、後方がコンテナになっている。コンテナの中には様々な精密機器が詰まっており、山本の、移動式の研究所ラボとして機能していた。


「で、どんな感じ?」


 山本が、コンテナ内の女性自衛官に声をかける。

 女性自衛官はノートパソコンのモニターから目を逸らし、山本へと顔を向ける。女性にしてはやや精悍な、だが、すっきりとした顔立ちをしている。


「遅いですよ。山本二等陸尉」

、な。この前も昇進したって言ったよな?」

「あれ。そうでしたっけ?」


 女性自衛官は惚けた顔をして、再びノートパソコンのモニターへと顔を戻す。山本陸尉もモニターを覗き込むと、そこには、様々な折れ線グラフやバイオグラフが表示されていた。


「大谷竹美ちゃん、やっぱり普通じゃありませんね」


 女性自衛官が、ポツリと言う。


「お。竹美ちゃんについて、ここ何日かで変化でもあった?」

「ありました」

「どんな?」

「三日前の朝、私の部下がいつも通り、採血の為に竹美ちゃんに注射したんですけど、針が刺さらなかったそうです」

「え? 何それ詳しく」

「医師がどう頑張っても針が刺さらなくて、皮膚に傷をつけることもできず、何度試しても針が折れただけだったそうです。明らかに体質が変化しています。でもでも、遺伝子とか細胞、体液とかレントゲンに関しては異常が見つからないんですよね」

「成程ね。まるで品川ゲートのモンスターみたいだな」

「竹美ちゃん本人も、異変に気付いてショックを受けてるみたいですよ。人前では明るく振る舞ってますけど。昨日の夜も一人で泣いてましたから。私には精神的なケアは無理ですから、山本さんがなんとかしてくださいよね。ここ何日も、何処で何をやってたんですか?」

「いや、上から呼びつけられて色々と、ね。それより、昨日は体力測定だったんだろ。そっちに関しては?」

「それは、実際に見た方が早いですね」


 と、女性自衛官はコンピュータの画面を山本に向ける。山本は、画面に映し出された映像を目にして呼吸を止める。


「マジか。竹美ちゃん、いよいよ化物じみてきたね」


 山本陸尉は腕を組み、暫し思案する。

 画面には、竹美が演習場の敷地をひたすら走る映像や、走り幅跳びをする映像、垂直飛びをする映像等が映し出されている。

 竹美は垂直飛びで三メートル以上を飛び上がり、走り幅跳びでは一四メートルもの距離を飛び、持久走では四二・一九五キロを、五二分で走り切った。終始、記録に当たる自衛官が「嘘だろ、信じられん!」と、驚きの声を上げている。


「これだけじゃないですよ? 竹美ちゃんの握力は二○八キロ。短距離走では、六秒一の記録を出してます」

「六秒一? はっや! それって五〇メートル走の記録か?」

「いいえ。百メートルです」

「……マジか。ナーロッパ帰還者の身体能力に匹敵するじゃないか」

「だとしたら、筋力強化、高速移動スキル、共にランクEといったところですね」

「興味深い。全く、興味深いね」


 山本は目を爛々と輝かせ、いくつもの資料に目を通す。その表情には、薄く狂気の気配さえ、漂っていた。


 ★


 一方その頃、竹美は遠距離射撃の訓練を終えて、教官の講義に耳を傾けていた。

 四○○メートル離れた的には、七つの穴が空いている。その全てを、竹美が命中させたのだ。


「やっぱり、君は狙撃に向いてるね。カウンセラーシティには強力な能力者が大勢いて、相応に危険な場所でもあるそうだ。もしも戦わざるを得ない状況に陥った場合、極力、距離を取って戦う方が賢明だろう」


 教官が、何かメモを取りながら言う。


「はあ。でも、異世界帰りの人たちは物凄いんでしょ。私の腕前が通用するのかどうか、怪しいですよ?」


 竹美は不安を浮かべる。


「何を言ってるんだ。この強風の中、観測手もなしで四○○メートルの距離を連続で命中させられるんだ。君の感覚と視力は異常だよ。筋肉の振れも極めて小さい。狙撃手向きだ」

「はあ……。だと、良いんですけど」

「で、いくつか撃ってみた感じ、どのライフルが一番使いやすかった?」


 竹美は問われ、暫し思案する。


「これです。とても精度が高いし、すっきりした形で扱いやすいです。ゴテゴテと、無駄な物もついていませんし」


 と、竹美は、現在担いでいるライフルに目をやった。その銃は、L─九六狙撃銃。英国軍が正式採用しており、名銃とされる。


「ふうん。じゃあ、君のお供はエルクロで決まりだな」

「お供?」

「カウンセラーシティでは武装が許可されている。場合によっては決闘やクエスト、自衛の為に戦う事もあるだろう。銃の手入れには気を遣うんだね」


 自衛の為に戦う──。

 その言葉を聞いて、竹美には幾許かの不安が過る。可能なら、戦いなんかしたくはない。でも、カウンセラーシティは何が起こってもおかしくない場所だとされる。だが、どうしても戦わなければならない時、果たして、このライフルが役に立つのか。


「でも、カウンセラーシティの人はモンスターを相手に戦うことがあるんですよね? 私、実際にでっかい蜘蛛と戦ったことがあるんですけど、自衛隊の突撃銃アサルトライフルはあまり効きませんでしたよ」

「成程。八九式では火力不足だったのか。一応、その狙撃銃の方が威力は優れているのだが、それでも不安かな?」

「……はい。一○メートルぐらいの大蜘蛛を相手に八九式を何発か撃ち込んでも、倒せませんでしたから。それより大きなモンスターに出会った場合、この銃じゃどうにもならないと思います」

「ふうむ。解った。では、上と相談してみよう」


 言いながら、教官はペンを走らせる。竹美はそれを尻目に挨拶を済ませ、ライフルを返却して、射撃場を後にした。


 ★


 蛇口からからぬるい水が吐き出され、竹美の手へと注ぐ。竹美は手を洗いながら、袖の匂いを嗅いだ。

 ──火薬の匂いは嫌い。

 心中に呟いて、石鹸に手を伸ばす。

 本当ならば、戦闘訓練なんて受けたくはなかった。カウンセラーシティのルールや、異能たちに関する資料にも興味はない。毎日受けている身体測定や体力のテストだって、面倒で仕方がない。出来るなら、ずっと絵でも描いていたい。

 それでも竹美は、この道を選んだ。

 幸人ゆきとに逢いたい。

 ただそれだけの気持ちが竹美を奮い立たせ、前に進ませている。その為なら、どんな障害だって乗り越えられる気がしていた。


 竹美は午前中の教練を終えて、一人、食堂へと向かった。

 一時間の昼食と休み時間を挟んだら、午後からは遠距離射撃のテストが始まる。竹美の場合、そのテストをクリアーしなければ次のステップには進めないらしい。

 食堂で、食事を受け取って席に着くと、山本陸尉がやって来て、竹美に声をかけた。


「お。竹美ちゃん、ちゃんと食欲があるみたいでよかった。せっかく育ち盛りなんだから、モリモリ食べてナイスバディ目指しなよ」


 山本陸尉は軽口を叩きながら、竹美の向かいに勝手に座る。竹美は顔を上げ、不機嫌そうな眼差しを向ける。


「山本さん、その、私……」

「解ってる。部下から聞いたよ。色々と身体に変化があったらしいね。戸惑ってるだろうけど、今は目の前の課題に専念するんだ」

「はい。でも課題って……午後の遠距離狙撃の次は何があるんですか? まだ聞いていなくて不安なんですけど」

「その事だけど、丁度良かった。竹美ちゃんのバディを紹介するよ。入っておいで」


 と、山本陸尉は食堂の入口へと声をかける。

 すると、食堂の隅に控えていた見知らぬ少女がやって来て、竹美にぺこりと頭を上げる。竹美も、反射的にぺこりと返す。


「ま、立ち話もなんだから座って」


 山本陸尉に促され、竹美の目の前に真っ白な女の子が座った。例えではない。その女の子は、頭のてっぺんから指先に至るまで、真っ白だったのだ。

 よく手入れされた髪は長く、雪のように白い。眉も睫毛も真っ白で、肌も驚く程に白い。顔立ちはとても優し気で、瞳は桜色に近い色彩をしている。童顔で、小柄で、その割には物腰は穏やかで落ち着きがある。

 少女を目にして、竹美は思わず呼吸を止めた。あまりにも美しかったのだ。純白の少女は、これまで竹美が目にしたどんな女性よりも遥かに美しく、可愛らしかった。そこはかとなく漂っているスッキリとした品性を含めると、テレビや映画で目にする女優やアイドルでさえ、比べ物にならない。まるで品性の塊だった。たった一目で、竹美は純白の少女に言いようのない親しみを覚えた。


「このはの名は、三木みきりんごちゃん。竹美ちゃんのバディだよ」

「バディ?」

「ああ。竹美ちゃんの仲間、さ」


 山本陸尉はそう言うが、竹美は意図を読みきれず、少々首を傾げる。


「この演習場にはね、竹美ちゃんの他にも五人、カウンセラーシティへの転入を希望する子がいるんだよ。で、午後の狙撃訓練を終えたら、このりんごちゃんと実践訓練をやってもらう。明日のバディ戦を戦う、君の相棒だからね」

「バディ戦? なんですかそれ」

「六人の転入希望者が、全員転入できる訳じゃない。六人の内、二人は落とされることになる。済まないが、大人の事情でね。君たち六人にはそれぞれ、色々な勢力が背後にいて後押しをしているんだ。まあそんな訳で、竹美ちゃんはこのりんごちゃんと日本チームを組んで、バディ戦を勝ち抜いて貰う必要があるのさ」

「日本チームって……転校する人を戦いの結果で決めるってことですか?」

「ああ。そうだ。帝都学園は普通の学校とは違うからね、どうしても、学力以外の力が必要になって来るんだよ」


 山本陸尉に言われ、竹美は言葉を失ってしまう。その視線の先では、三木りんごが、ぽわんとした柔らかな微笑を浮かべている。


「えっと、私は大谷竹美、一六歳です。よろしくね」


 と、竹美はりんごちゃんに手を伸ばす。


「はい。よろしくお願いします。私は三木みきりんごと申します。年齢は……見ての通りです。私のことは気軽に〝りんごちゃん〟とお呼びくださいね」

「あ。うん。よろしくね、りんごちゃん」


 竹美は、りんごちゃんと言い合って握手を交わす。りんごちゃんの手はとても華奢で、でも暖かく、驚く程に柔らかだった。


 ★


 午後になり、竹美とりんごちゃんは、共に遠距離射撃のテストを受けることとなった。竹美はL─九六狙撃銃を担ぎ、開始の合図を待つばかりである。


「では、始める。まずは依託射撃(窓枠や三脚等に銃を託し、安定させた状態で狙う)。次は片膝での射撃。最後は、移動から匍匐ほふくに移行しての射撃だ。合格、不合格については試験終了後に発表する」


 言い終わり、教官がホイッスルを吹き鳴らす。その瞬間に、竹美は地面に這いつくばった。

 まず、三脚を立てて狙撃銃を設置する。次に安全装置を外し、コッキングレバーを引いて弾丸を装填。そして落ち着いて……でも素早く正確に、的に狙いを定める。

 銃口が、火花を散らす。

 発砲音から間もなく、四〇〇メートル先の的に弾痕が刻まれる。五発装填可能の弾倉分、竹美は弾丸を撃ち切った。


「次!」


 教官が叫び、ホイッスルが鳴る。竹美は素早く片膝の姿勢へと移行して、弾倉を取り換えて発砲する。弾丸は、いくつもの的を順番に射抜いてゆく。


「次。駆け足!」


 再びホイッスルが鳴り、竹美は大急ぎでライフルを担ぎ、走り出す。そして三〇メートル走った辺りで、ピッ。と、ホイッスルが鳴る。その瞬間、竹美は素早く匍匐ほふくして的を探す。

 的は三〇〇メートル先と四〇〇メートル先、五〇〇メートル先の三か所に、バラバラに配置されていた。その的に順番に狙いを定め、引き金に指を触れる。

 焦るな。落ち着いて狙わなきゃ──。

 自分に言い聞かせながら、そっと引き金を引き絞る。一連の動作は、闇夜に霜が降りるが如く静かに繊細に行われ、ライフルが弾丸を吐き出した。

 三〇〇メートル先、四○○メートル先の的には命中した。だが、五〇〇メートル先の的は、僅かに外してしまった。

 くっ。と、悔し気に息を吐き出した直後、終了の合図がかかる。

 竹美はライフルを手に、沈んだ面持ちで身を起こした。


「一つ、的を外しちゃいました」


 泣きそうな顔で言う竹美を、教官がポンポン撫でる。

 間もなく、竹美に続き、りんごちゃんのテストも始まった。

 だが──。


「またか。どうして君は学ばない? 一〇〇メートル先の的にさえ命中していないじゃないか!」


 テストを終え、教官が、怒り心頭で叫ぶ。

 なんと、りんごちゃんは全ての的を外してしまったのである。教官にどやされて渋々、また発砲するのだが、撃っても撃っても当たらない。これには竹美も驚きを隠せなかった。


「えっと。りんごちゃんも、一応、何日も訓練を受けてたんだよね?」

 と、竹美。


「はい」

 と、りんごちゃん。


「その……銃の扱いは苦手なの? 目が悪いとか、そういうのがあったら言っておいた方がいいと思うんだけど」

「いいえ。目は悪くないですよ。両目とも、視力は一・五はあります」

「じゃあ、銃の調子が悪かった、とか?」

「いいえ。そういう訳ではありません」

「じゃあ、どうして?」

「だって、狙ってませんから」


 りんごちゃんは涼しい顔で言い放つ。竹美は、開いた口が塞がらなくなった。つまり、りんごちゃんはわざと的を外していたのか。それに気付くと同時、不安が襲ってくる。

 私、りんごちゃんと組んで、バディ戦に勝てるのかな?──。

 竹美の不安な表情を見て、りんごちゃんは口を開く。


「大丈夫ですよ。私、結果がどうでも最初から、このテストは合格が決まってますから」

「最初から合格が決まっている?」

「ええ」


 りんごちゃんの言葉を聞き、竹美は教官に目を向ける。すると教官はきまり悪そうに、頭を掻きながら視線を逸らす。


「どういう事ですか? なんかズルくないですか?」

「まあ、そう怒るな。三木りんごは宗教上の理由とやらで、人に向けて発砲しないと決めているらしいんだよ。その換わり、居合と合気道の腕前は飛びぬけている。バディとしては悪くない組み合わせだよ」


 竹美は教官と言い合って、再び言葉を失った。黙り込む竹美と教官に向け、りんごちゃんが再び微笑を浮かべる。


「あの、りんごではなく、りんごちゃんとお呼びくださいね?」

「気にするの、そこ?」


 竹美は思わず、ツッコまずにはいられなかった。




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