明智光討伐令! 3
幸人は慌てて部屋を飛び出した。
寮を出ようとエントランスを通りかかると、丁度、織田の姿があった。幸人は織田に駆け寄って、緊急クエストの詳細について問いただした。
「明智光は、蚕の回廊の門を破ったのだ」
織田が苦い顔で言う。
「光が門を破壊した? だとしても、どうしてこんなクエストを。織田君はこの島の全権を掌握しているんだろ。どうして、クエストを止めなかったのさ!」
幸人の抗議を受けて、織田は溜息を一つ吐く。
「真田。お前は勘違いしていないか? 俺は確かに島の全権を握ってはいるが、無法者という訳ではないのだぞ。俺が志すのは一応、真っ当な法治だ。そして今回の騒動は、俺がこの島の法を定め直す前に起こった。クエストの内容については俺も気に入らんが、法は法だ。ある程度柔軟に法を定め直すことについてはやぶさかではないが、現行法を曲げる訳にもいくまい。お前も馬鹿ではないのだから、それぐらい解るだろう」
「解るけど。それじゃあ、織田君は、光がどんな目にあってもいいのか?」
「そうは言っていない。俺にも考えはある」
「考え? どうするつもりなのさ」
「真田。クエストを受けろ。俺はもう受けたぞ。クエストの達成目標は『明智光の捕獲、又は討伐』だ。誰かが討伐する前に、捕獲するより外に方法があるまい?」
織田の言葉を聞いて、幸人も心を決めた。直ちに、携帯端末でクエスト受領の手続きをして、織田と共に寮を飛び出した。
★
幸人は織田と肩を並べ、島を貫くメインストリートを駆け抜ける。走りながら、ずっと頭を巡らせていた。もしも情報が事実で、光が本当に蚕の回廊の門を破ったのであれば、目的は……。
脳裏に浮かんだのは、光の妹の写真と、グレイスエリクサーの二つだった。きっと、光は妹の目を治療するために、力ずくで脱走を図ったのだろう。だとしたら、全く予想できない事態ではなかった。
と、幸人は沈痛な面持ちで唇を噛み締める。
走る二人の傍らに、小柄な少女が追い付いた。うさぎ耳に、忍び装束──。服部半菜である。
「織田ッち、家理亜っちから伝令ですぴょん。緊急クエストに今川義正と、島津義広が参戦しましたぴょん。どっちも光っちを殺す気満々だから、先を越されないように。って言ってましたぴょん」
半菜の伝令に、織田が軽く舌打ちをする。
「今川は兎も角、島津は面倒だな。能力相性の問題で、本当に光を殺しかねん。真田と服部は先に行け」
織田に促され、幸人は迷わず妖精の翅を広げた。
★
幸人は高速で空を飛び、あっという間に蚕の回廊の大門へと辿り着いた。鋼鉄製の分厚い門は無残に破壊され、周囲に破片が散らばっている。門の前には何人もの治安維持局員と、能力者と思しき人々の姿があった。
「状況は?」
幸人は地上に降り立って、近くの治安維持局員に声をかける。
「第一防衛線は突破されたそうです。それ以上の情報はまだ。実際は、もっと突破されているかもしれません」
「第一防衛線?」
「あ、蚕の回廊は、二人のシャングリラ能力と、マジックアイテムの効果で関門や障壁が設けられているんです。防衛線は全部で四つ。と、いうか、なんで君がそんな事を聞く? 君、真田君だよね。前に第三防衛線までを一人で突破したじゃないか」
「あ。それは……」
幸人は治安維持局員に問われ、言葉に詰まる。
「兎に角、今回、僕は脱走しに来たわけじゃないから安心してください。クエストに参加してるんです。このまま光の後を追うけど、問題無いですよね?」
「あ、ああ。本当に脱走しないでよ? 各、防衛線には連絡しておくから」
「はい。頼みます」
幸人は言い残し、蚕の回廊へと飛び込んだ。
★
幸人は長い階段を駆け下りて、新幹線の発着駅へと辿り着く。この時、駅に新幹線の姿はなく、長い線路だけが、何処までも続いていた。
キイ。と、音がして、鉄の扉が開く。扉は、線路を挟んだトンネルの壁に設置してあった。
「君。こっち。明智光はこの通路を進んで行ったんだ」
扉の奥から治安維持局員が顔を出し、幸人に手招きする。幸人が浮遊して扉に飛び込むと、そこには、自動車がすれ違えるぐらいの道路があった。
線路に並走して、地下トンネルもあったのか……。
幸人はトンネルの先を見据えるが、通路はあまりにも長い。光の姿も見えなかった。
「君より先に、今川君が明智光を追っていった。今回のクエストは早い者勝ちみたいな内容になってるが、他の能力者と遭遇しても、なるべく喧嘩しないでくれよ? 君達に本気で暴れられたらトンネルが持たないからね」
「さあ。それは約束できませんよ。先行した人たちは血の気が多いらしいですから」
幸人は言い残し、再び、妖精の翅を広げた。
瞬時に飛び上がり、ぐっと加速する。風が頬に当たり、トンネルの灯りが尾を引いて流れてゆく。途中、通路には能力者と思しきの集団の姿があった。能力者たちは一○人程で隊列を組み、徒歩で、通路の奥を目指している。
今川君じゃない。さっき織田君が話していた島津って能力者の血盟か? あの人数を説得するのは難しそうだな。関わり合いになるよりも、今は、誰よりも先に光を見つけなきゃ。
幸人は判断して、隊列を追い抜いて飛び去った。
光、光……どうしてこんな真似を。君の判断は間違ってるよ。もっと上手くやる方法もあった筈なのに!
苦悩しながら飛び続けると、前方に、半透明に輝く幕のような物が見えた。幸人は幕の直前まで飛び、止まる。
「これは、バリアー、かな?」
呟くと、次の瞬間、近くのスピーカーから、ガガガ。と、ノイズが聞こえた。
「クエストを受けた能力者ですね。確認しました。通って下さい」
スピーカーから声がして、直後、目の前のバリアーが、ふっと消える。幸人は第一防衛線と思しき場所を通り抜け、再び飛び始める。
「ちょ、ちょっと待つぴょん。真田っち、めちゃくちゃ速いぴょんね」
背後からの声に振り返ると、服部半菜が凄い速さで追いかけて来た。
「もしかして、君もクエストを受けたのかな? まさか走って追って来るなんて。服部さん、凄く足が速いんだね」
「そりゃあ、早いに決まってるぴょん。私は忍者ぴょんよ。素早さのパラメーターは三○○超えてるぴょん!」
「そう。でも、ごめん。君を待ってはいられない。先に行くよ」
と、幸人は再び飛び始める。なんと、服部半菜は引き離されず、走って幸人に追従し続けた。
そのまま二分程飛ぶと、幸人は飛びつかれ、一度道路に降り立った。服部半菜も汗を掻き、肩を揺らしている。
「光は何処まで進んだのかな」
「もう、近いと思うぴょんよ」
服部半菜は指を差す。指し示す道路には、水に濡れた形跡があった。それを見て、幸人も理解する。光は大量の水を連れて、その水に乗って移動している筈。移動する際に、多少、水滴が落ちる事もあるだろう。その水滴がまだ乾いていないということは、かなり近い!
幸人は顔を上げ、再び飛び始めた。それから間もなく、微かな振動が頬に伝わって来る。
衝撃波、か?
幸人は風雲急を察し、加速する。衝撃の音はどんどん近づいて、やがて、爆風のような物が視界に入る。
「見えた。もう戦ってる。あの感じは……今川君か?」
いくつもの小爆発がアスファルトに炸裂し、粉塵が巻き上がる。水干の、大柄の男子生徒が弓を引き、水の塊を攻撃しまくっている。そしてその水の塊は──。
「光!」
幸人は叫び、今川の眼前に着地して立ちはだかる。幸人の背後では、光が水のバリアーを張り、泣き出しそうな顔をしていた。
「来ないで!」
「ど、どうしてさ。どうしてこんな事を?」
「幸人。どうして、追って来たの」
「君を連れ戻しに来たに決まってるだろ。光、僕と帰ろう」
「行けないよ。あたしがどんな気持ちで来たのかは、わかるでしょ」
言葉を交わした直後、幸人に、魔法の矢が飛んで来る。幸人は咄嗟に緋碧の魚をバリアーに変形させて攻撃を防ぐ。矢は、盾に塞がれはしたが、当たった瞬間に爆発が起こり、衝撃波で、少々アスファルトが抉れた。
「お主、真田と申したな。麻呂を差し置いて獲物を横取りするとは良い覚悟でおじゃるな」
攻撃したのは今川だった。対して、幸人の瞳に怒りが浮かぶ。
「今川君、光を攻撃したね。許さないよ」
幸人は冷徹な怒りを滲ませる。だが、
「どうして、そんなことを言うの?」
背後で、光が呟いた。
「え? どうしてって、怒るに決まってるじゃないか」
「バカ。その優しさが、人を傷つけるのよ……それなのに、どうしてそんな」
「光?」
言い合う二人に、再び魔法矢が放たれる。光は瞬時にバリアーを拡大して、幸人を守った。
「麻呂を無視とは良い度胸でおじゃる。本気を出さねば分からぬか?」
今川は怒りを滲ませて、ぐっと弓を引き絞る。
「秘技、豪連射!」
必殺の、弓の攻撃が放たれた。
轟音と爆風が荒れ狂う! 強烈な魔法矢が打ち出され、次々と水のバリアーに突き刺さる。今川のこの技は、強力な魔法矢を超高速で連射しまくる技である。一矢、一矢の攻撃力が五倍程に跳ね上がり、一度発動すると、七、八秒程は連射を止めることが出来ない。
魔法矢が、水のバリアーに猛烈な一点集中の攻撃を繰り返す。やがて、バチリと、バリアーが弾けた。
幸人は咄嗟に光の眼前に飛び出して、緋碧の魚の盾で魔法矢を受け止める。爆炎が上がり、轟音が絶え間なく繰り返される。アスファルトの欠片が飛び散って、幸人の頬を掠める。服も、衝撃波でボロボロにされた。
「くっ。何を考えてるんだ。これは決闘じゃないんだ。光を殺す気か!」
「何を甘いことを。これだからシャングリラ帰りは。良いか。この世は強い者が弱い者から搾取するのが当たり前。弱者は何をされても文句は言えぬのじゃ。それが現世の真実。平和ボケも大概にするでおじゃる」
「そうか。本当に、その考えで良いんだね?」
幸人は言い放ち、紋章を、足元の水溜りに映す。水溜りからはにょっきりと、基幹棒ボクサツ君が生えて来た。
幸人は棒を手に、今川と睨み合う。すると今川は、ニヤリと余裕の笑みを浮かべる。
「愚かな。能力相性も計れぬか」
今川は更に、弓を番える。そしておもむろに、無数の矢を放つ。その矢は、鋭く幸人を襲う。かに思われたが、何故か大きくカーブして、今川の背後へと降り注ぐ。
「わ。わわわ! バレてたぴょん。今川ッち、鋭いぴょんね」
服部半菜が今川の陰から飛び出して、必死で魔法矢を切り落とす。だが、刃が触れた瞬間に小爆発が起こり、小柄な身体が弾き飛ばされる。
「流石。腐ってもチーム対抗戦の優勝候補ぴょんね。手強いぴょん」
半菜がよろめきながら、警戒を滲ませる。その口元には血が滲んでいた。
「今川が手強いだと? 寝言を抜かすな」
ふいに、聴き覚えのある声が木霊する。
今川は焦って振り返る。が、その瞬間に、大柄な肩を、赤い閃光が貫いた。赤熱刀だ。
ズ。と、赤熱刀が縮み、今川が崩れ落ちて苦悶の声を上げる。その様子を、織田信秋が、不敵に見下ろしていた。
「ピーピー喚くな。まあ、鳴かぬホトトギスもつまらんが、な」
織田は言い放ち、幸人へと視線を向ける。
「……織田君」
「真田。クエスト内容を理解しておらんようだな。いちいち馬鹿正直に戦ってどうする。光を連れ帰りさえすればお前の勝ちなのだ。とっとと光を連れて行け」
「あ、ああ。光、行くよ」
幸人は織田と言い合って、光の腕を掴む。
「ちょっと、二人共勝手に決めないでよ。あたしがどんな覚悟で──」
「──解ってる。妹の玉ちゃんを助けたいんだよね? だったら僕にプランがある。光、また、僕を信じて欲しい。僕に時間をくれないか?」
「それだけじゃ、ないの」
「え?」
「辛い。これ以上幸人といるのは、辛い、から……」
光の言葉を聞いて、やっと幸人は全てを理解した。
光の脱走の目的は、確かに、妹を助ける為だったのだろう。でも、それだけじゃなかった。僕は決して、光の気持ちには答えられない。そのことが光を苦しめていたのだとしたら、どうしたら良い?
と、幸人は自問して、それでも言葉を絞り出す。
「光、ごめん。自意識過剰って思われるかもしれないけど、僕は君の気持には──」
「──言わないで。解ってる。解ってるからこうしてここまで来たんでしょ。なのに」
「ごめん。でも、このまま見過ごすなんて出来ないよ。こんな時、僕がどうするかだって、光は解ってる筈だろ?」
「……そうだけど」
「じゃあ、頼むよ。一緒に戻ろう。残酷なのは分かってる。でも、光だって分かってるだろ。僕がこのまま君を見捨てられる訳がないじゃないか! 妹に薬を届ける方法なら、あるから」
幸人の真剣な眼差しに、光は顔を赤くして、眼を逸らす。
「ズルい……」
呟いた光の腕を取り、幸人は妖精の翅を広げた。
忽ち二人は飛び上がり、元来た道へと加速する。
「く。行かせるものか!」
今川が咄嗟に弓を引き絞り、幸人の背に魔法矢を放つ。幸人は緋碧の魚を盾にしていくつかの矢を防ぎ、残りの矢も、棒を振り抜いて弾き落とした。
矢が、棒に触れた瞬間に小さな爆発が起こり、ドオン。と、音を立てる。幸人は光を抱きしめて、爆風から庇う。
「ゆ、幸人!」
「大丈夫、だよ」
幸人は額から血を滲ませて、笑顔を向ける。光は涙を滲ませて、もう、もう。と、幸人の胸をポカポカ叩いた。
飛び去る二人を見送って、今川の肩が震えていた。その首筋に、ぐっと赤熱刀が伸びて動きを封じる。
「さて、今川。お仕置きの時間だぞ?」
織田が、怒り交じりの薄笑いを浮かべる。直後、地下通路に、今川の悲鳴が響き渡った。




