下天の夢 2
鏡から、ズズズ。と、霧隠才華が姿を現した。
「今回、私の出番はなかったの。少し物足りないの……」
と、才華はちょっぴり唇を尖らせる。
「まあ、霧隠さんはうちの切り札だからね。寧ろ、切り札を切らずに済んで良かったよ」
幸人は才華に微笑を向ける。
「でも、少しは真田君のお役に立ちたかったのに。残念です」
「霧隠さん。また、敬語になってるよ?」
「あ、ごめんなさい。なの。真田君……」
「うん。次の決勝戦ではかなり頑張って貰う事になるから、戦う準備はしておいて」
幸人は才華を労って、どっとソファーに腰を下ろす。試合で、全力で緋碧の魚を使ったから、かなり精神力を削られてしまったのだ。暫く、何も考えたくない程に。
「そう。次はいよいよ決勝戦ね。やっとここまで来た。みんなありがとう」
光は込み上げる物を押さえ、静かに微笑する。
「ううん。僕は僕で目的があっての戦いだ。光が礼を言うことじゃないよ」
「そ、そうっす。真田様の言う通りっす。自分はどうしても決勝に来たかったっすから」
「それなら、私もですよ。優勝賞品の【マーメイド・タブレット】を狙ってますから。お肌つるつるになってやるんです!」
なんて、幸人と秀実とせんりが笑い合う。ちなみに、マーメイド・タブレットは、一粒食べたら忽ち理想的な体形になり、お肌がつるつるになって美白効果も期待できる魔法の丸薬である。
一方、才華は少しだけ、顔を曇らせる。幸人は才華が何か言いたげにしているのに目を留めて、口を開く。
「霧隠さん、その、何か心配事でもあるのかな?」
「心配事というか、チーム織田は、まだ切り札を一度も切っていませ……いないの。その事が気になって……」
「チーム織田の切り札? 霧隠さんは何か知ってるのかな?」
「ええ。チーム織田、と、いうよりも徳川家理亜さんの切り札の事なの。徳川さんは、先週、決闘でとある魔法道具を手に入れた。手に入れたアイテムは使いきりの呪符で、知り合いや、精霊なんかを召喚する事が出来る物なの。家理亜さんはその召喚呪符を二枚持っているのだけど、まだ、一度も使っていない。その事が気になってるの」
才華の話を聞いて、幸人は暫し、考えを巡らせる。
「成程。もし、家理亜が呪符で誰かを呼び出すとしたら、近接戦闘特化型か、もしくは、攻撃的ではないシャングリラ能力者だろうね」
「え? それってなんでっすか?」
秀実が問う。
「精霊や魔導士や強力な超能力者を呼び出せるなら、迷宮で危機に陥った時に切り札を使った筈だ。でも、使わなかった。あの、無限再生ミノタウルスを相手にするには有効じゃなかったからだ。だとしたら、呪符で呼び出す相手は物理戦闘に優れたタイプだと考えるべきだ」
「わ、私もそう思うの」
才華も、幸人に同意する。
「と、いう事は、霧隠さんにも心当たりがあるんだね? 家理亜が呼び出すとしたら、それは何者なんだろう?」
「心当たりは二人なの。徳川さんに忠誠を誓っている人が二人いる。一人は本田忠克。もう一人は、服部半菜。二人とも、柴田勝奈子と同等か、それ以上の手練れなの」
「柴田さんに匹敵する程の手練れ……か。本田忠克と服部半菜の能力については?」
「本田忠克君はシャングリラ能力者なの。物理戦闘に特化した能力の持ち主で、しかも、古流槍術四段の腕前の持ち主なの。服部半菜ちゃんはナーロッパ能力者で、私と同じ忍者なの。水遁の術のスペシャリストで、剣術も得意としているの」
「成程。どっちもとても厄介そうだね。次のチーム武田戦で、家理亜が切り札を一つでも切ってくれればいいのだけど」
「それなら、多分、一つは切り札を切る事になると思うの」
「どうして?」
「チーム武田は物凄く強いから。いくらチーム織田でも簡単には勝てないの」
幸人は才華の話を聞いて、明智光へと視線を移す。光は、記憶喪失の幸人に、説明を開始する。
「幸人にはまだ話していなかったけど、チーム対抗戦の最有力優勝候補はチーム武田なのよ。あたしの見立てでは、チーム織田が勝つ確率は二○パーセントって所ね」
「え? 武田君はそんなに強いのか……」
「ええ。武田君は学園最強とまで言われてる。いくら織田でも、なんの策も無しに勝てる相手じゃないわ」
光の話を聞いて、幸人は少し、胸が高鳴った。学園最強とまで言われる能力者がどんな戦いをするのか、見てみたい。そう、思ってしまったのである。
「もう。なによ。そんなにワクワクした顔しちゃって。いいわ。どうせ敵情視察は必要だから、チーム織田対チーム武田の試合を見に行きましょう」
光は溜息を吐いて、腰をあげた。
★ ★ ★
一方その頃、徳川家理亜はチーム武田の資料を前に、頭を抱えていた。
ブリーフィングルームのテーブルには、豪華な手作りお菓子やお弁当が並んでいる。
「どうぞ信秋様。次は、レアチーズケーキでございます」
柴田勝奈子が皿を差し出して、織田の顔色を窺う。織田はケーキをフォークで切り分けて、口に運ぶ。
「うむ。悪くない。薄くレモンの風味がするのはレアチーズケーキにありがちな工夫だが、それだけではない。微かにアーモンドの香りがするな。時折触れるアーモンドの歯ごたえも良し。褒めてやるぞ」
「は、はい。ありがとうございます!」
勝奈子は織田に褒められて、顔を赤くしてモジモジ照れまくる。その様子を、斎藤道三が、死んだ魚のような目で眺めている。
「ところで家理亜、今回はかなり悩んでいるようだな。流石のお前でも、武田を破る方法は思い浮かばんか?」
織田が、家理亜に視線を送る。
家理亜は織田に目を向けて、小さく溜息を一つ。
「戦術は魔法じゃないからね。出来る事しかできないよ。まして相手は武田君だよ? ボクか織田君、どちらかが、切り札を切る必要がありそうだ」
「ふむ。武田が相手となると、俺も本気を出さねばな」
「ダメだよ。織田君の切り札は温存してもらう。次の試合では、ボクの召喚呪符を使うよ」
「……興味深い。家理亜の隠し玉がどんな奴なのか、楽しみにさせて貰おう」
織田は不敵に微笑して、むしゃりと、チーズケーキを手づかみで齧った。
★ ★ ★
チームの明智の面々は、観客席へと向かっていた。道中、チーム武田のブリーフィングルームの前を通りかかると、丁度作戦会議を終えて、チーム武田が姿を現した。
ふと、幸人は武田信一と目が合って動きを止める。
気まずい──。
幸人は目を逸らし、そそくさと歩き出す。
光やカレンの証言によれば、幸人と武田はかなり仲が良かったらしい。にもかかわらず、幸人はチーム武田に属さずに、明智光とチームを組んだ。幸人自身、何故、光を選んだのかを思い出せないでいる。もしかしたら、武田はその事を好ましく思っていない、かもしれない……。
「真田」
背後から、武田が呼び止める。
幸人は仕方なく足を止め、じわりと振り返る。すると武田は少し淋し気な微笑を浮かべた。
「一度だけ聞くぞ。どうして、私のチームを選ばなかった?」
武田が問う。その答えについて、幸人自身、思い当たらないでいる。だが、記憶喪失を悟られる訳にはいかない。決勝で、武田と戦う可能性は十分にあるのだから。
「武田君から離れてどれぐらいやれるのか、試してみたかったのさ」
幸人は、なんとなく答えた。何故だか、そう答えるのが最も自然で、正直な気がしていた。
「そうか……」
「うん。武田君の次の相手は織田君だね。試合、観戦させてもらうよ」
「私は必ず勝つだろう。真田。決勝で待っているぞ」
武田は言い残し、歩き出す。その背中を、幸人はじっと見送った。
★
数分後、チーム明智の面々は、闘技場の観客席で肩を並べていた。
幸人の膝の上にはカレンが陣取って、上機嫌で足をぷらぷらやっている。
舞台の上には既に、チーム織田とチーム武田が出そろって、互いの陣地で、試合開始の合図を待っている。
「はい! 準決勝第二試合目の時間となりました! チーム武田とチーム織田、勝つのは、いったいどちらなのか? 激闘必死の予感しかしません」
寧々ちゃんが、いつも通り、マイクを手に前口上を述べる。
そして、否応なく、緊張が高まってゆく。騒めいていた観客たちは静まって、今か今かと、試合開始の合図を待ちわびる。
織田は、既に鋭い威圧感を放ち続けている。ピリピリとした気当たりが、観客席の幸人にまで、届いていた。
「では、両チームとも見合って。いざ、尋常に……試合開始いっ!」
寧々ちゃんが叫ぶ。
次の瞬間、織田が、ファイアーボールを撃ち放つ! 凶悪な火球が武田陣営に着弾。ドオオオンッと、爆炎が広がる。
だが──。
斬。
爆炎が広がるとほぼ同時、織田の眼前で、鋭く白刃が閃いた。武田が、一瞬で織田へと間合いを詰め、鋭い一刀を放ったのだ。
「ぐおっ……!」
織田が受けきれず、後方へと切り飛ばされる。倒れこそしなかったが、手にした日本刀は折れ、肩口からは、血が噴き出していた。
「よくぞ我が一刀を受けた。織田の【剣、刀、双剣、盾使用術】スキルはランクCだと思っていたのだが……」
武田が、至極穏やかに言う。
「ふん。昨日ランクアップしたからな。今はランクBだ」
織田が不敵に言い返す。
「成程。だが、それでも私を相手にするには足りないな」
「ふざけるな。それは俺の台詞だ!」
織田は憤怒を発し、赤熱した大刀を出現させる。それとほぼ同時、柴田勝奈子と斎藤道三が怒りを発し、武田へと襲い掛かる。
「よくも信秋様を!」
「うおおおっ! 武田、俺を無視してんじゃねえ」
勝奈子の大長刀が唸りを上げ、斎藤の蹴りが鋭く放たれる。その攻撃は武田を捉えた。かに思われたが、次の瞬間、勝奈子と斎藤は、どっと後方へと吹き飛ばされた。
どさりと、勝奈子と斎藤は落下する。その眼前には、武田の後ろ姿があった。
攻撃が見えなかった。あまりにも速すぎる……!
心中に呟く勝奈子の肩や脇腹から、血が噴き出していた。三か所も切られており、かなりの重症だ。斎藤も腕と肩を切られ、血を滴らせている。徳川家理亜は、大急ぎで回復魔法の詠唱を開始する。
一方、ファイアーボールが着弾した武田陣営では、じわじわ爆炎と粉塵が晴れる。着弾地点には、大きな壁のような物が出現していた。壁の後方には、チーム武田三人の姿がある。正体不明の壁が、チーム武田のメンバーを、ファイアーボールから守ったのである。
「速きこと風の如し……」
武田が穏やかに呟いて、傍らの織田へと襲い掛かる。
斬撃は、プロペラの回転のように素早く、そして絶え間ない。織田は無数の攻撃を受け、いなし、反撃を試みる。だが……。
パッと、血しぶきが上がる。織田が連撃を受けきれず、斬撃を食らってしまった。
「信秋様!」
身を起こそうとする勝奈子の肩を、斎藤が掴んで引き戻す。
「落ち着け。今は回復が先だ!」
叫ぶ斎藤の傍らで、家理亜が呪文の詠唱を完了させる。
「天に星あり地に陣列あり。水の理は次元の境界を揺るがしたり。那由他の時空を超えて聴け。徳川家理亜の名において命じる。盟約の鎖もて領界の狭間より力を示せ! 清涼なる水の精霊よ、傷ついた勇敢なる戦士たちに、癒しを与えたまえ。ウォーターヒール!」
魔法が発動し、爽やかな光が仲間たちを包む。魔法の効果範囲には、織田信秋も収まっていた。
「させないよ」
シュン。と、武田が家理亜の眼前に現れて一刀を振り下ろす。それをガシリと、織田が弾く。
「貴様の相手は俺だ。勝奈子も斎藤も、手を出すな!」
「ですが、信秋様……」勝奈子が絞り出すように言う。
「何度も言わせるな! お前達は、俺に構わず武田のチームメンバーを仕留めて見せろ」
織田は怒声を発し、必殺の攻撃を繰り出した。
「剣舞。敦盛……!」
すうっと、織田が舞台を滑るように距離を詰め、赤熱刀を振る。織田の複数の残像が、初太刀を追うようにして、武田へと襲い掛かる。まるで日本舞踊を舞うような華麗な連撃が、徐々に武田を追い詰めて行く。流石の武田も連撃を受けきれず、下がりながら回避に徹し始めた。
この必殺の剣舞は、織田の切り札の一つだった。




