迷宮防衛戦線 1
三好長安は、辺りをぐるりと見渡した。
地下迷宮の広大な空洞には大岩がゴロゴロしている。その大岩の影に、冒険者たちが潜んで長安を包囲していた。
「他の連中はどうした? あんた一人って訳じゃないだろ?」
長安は言う。
「さあな。言うと思うか? それよりも長安。馬鹿な事をやってないで戻って来い。先生は、お前の将来が心配だぞ」
清原凪子は惚けて言い返す。
「はっ。政府の片棒を担いで、俺達をカウンセラーシティに縛り付けている奴が教師面か?」
「私は私なりに信念があって、教師の道を選んだ。政府の思惑や政治的な話なんぞ知るか」
「だったら、ごちゃごちゃ邪魔しに来てるんじゃねえぞ」
「それが教師に向かって言う言葉か? 長安。お前を捕獲する緊急クエストが出たんだ。放ってはおけない。取り返しが付かない事になる前に、私と戻ろう」
「くだらねえ。あんたは俺よりも弱い。そして俺達には力が全て。異世界に転移した時からそうだろ? 弱いあんたをどうして教師と認めるんだ? ナーロッパ能力者さんよお」
長安に言われ、凪子先生は言葉を失う。
暫しの沈黙を破るように、岩陰から、徳川家理亜が歩み出た。
「ねえ。話が逸れたみたいだから、ボクが代わりに話すよ」
言いながら、家理亜が凪子先生と肩を並べる。
「ねえ。三好長安君。キミはどうしてマジックアイテムなんか盗んだの? だって、長安君は仮にもシャングリラ能力者でしょ。世界を壊そうと思えば、たった一人でもできる筈だ。モンスターの力なんか借りなくてもね、ボクにはそこが解らないんだよね」
家理亜は問う。
「ああ。一人でもぶっ壊せるさ。相手がただの国や人間ならな。けど、どうせ邪魔するんだろ? 正義ずらした能力者連中がよ。だったら、お前らの相手を用意してやる必要がある」
「ふうん。それでダークボールを盗んだのか。で、長安君は結局、どうしたいのさ? モンスターを解き放って世界を滅ぼしたいの?」
「そんな事してどうする。俺が欲しいのは自由。それだけだ」
「つまり、自由に好き勝手やる権力が欲しいのかな? 目的は破壊じゃなくて、力による支配とか、統治とか、既得権益って訳だね。もしも上手くいったら、皆を支配して、言う事を聞かせてどんな世界を作るの?」
「あ? 何を言ってるんだ」
「あれ。もしかして、何も考えていなかったの? なんのビジョンも無しに、ただ、支配者の椅子に座りたいだけなの?」
家理亜は長安と言葉を交わし、急に、クスクス笑い出した。
「……何がおかしい?」
「だっておかしいじゃないか。キミたち不良にだって、不良なりのプライドとか矜持があると思ってたのに。統治? 既得権益だって? おまけに、なんのビジョンも信念もない。それじゃあ、キミたちが一番嫌ってる汚い大人達と一緒じゃないか。あはは。長安君。キミも結局はそっち側だったんだね。くっだらない!」
「そろそろ黙れよ。徳川。殺すぞ」
長安の目に、鋭い物が宿る。
「徳川。そこまでだ。長安との話し合いは無理だ。力づくで連れ帰って、再教育してやる事にする」
凪子先生が、ずい、と踏み出して、長刀を構える。
「俺を殺さず捉えるつもりか? 舐めやがって。やってみろよ」
長安は言いながら、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
三好長安の能力は【金属を爆弾に変える】能力である。従って、長安は服のポケットというポケットに、大量のパチンコ玉を忍ばせている。そのパチンコ玉に、長安の指が触れた──。
「させるかよ!」
岩陰から、直江兼倉が魔法矢を放つ。矢は、一瞬で長安の身体を貫いた。
だが……。
ドスリと、矢が、地面に突き刺さる。その瞬間に、貫かれた筈の長安が、煙のように消えてしまった。
「こっちだよ。間抜け」
直江の側の岩陰から、長安が姿を現して無数のパチンコ玉を放る。パチンコ玉は、直江へと襲い掛かる。
「う。やば。うおおお!」
直江は対抗して、魔法矢を高速連射する。しかし、投げられたパチンコ玉が多過ぎた。二つの鉄球が魔法矢の迎撃を抜け、直江の目の前の岩にぶち当たる。
ドゴオオオオンッ!
轟音を響かせて、パチンコ玉が爆発する。爆炎で、直江兼倉の姿は見当たらなくなった。
それと前後して、長安の背後には霧隠才華が駆け込んでいた。
「やっ!」
と、才華はくないを突き出す。その切っ先は、長安の胸のど真ん中に突き刺さった。が、またしても、くないが腕ごと長安の身体を突き抜けて、長安が消えてしまった。
ふいに、才華は危険を察知して、素早く後方に飛ぶ。
その瞬間、長安がいた地点が、ドオオオン! と、爆炎を上げる。
「皆、聴いてほしいの。多分、これは幻術の類なの。本願寺は変身能力者の力を借りて蚕の回廊を突破したと思われていたけど、違う。きっと幻術の使い手が協力していたの。だから、三好長安の本体を探し出して仕留めなければ意味がないの!」
才華が叫ぶ。そこに、ふわりとパチンコ玉が降り注ぐ。
「え……?」
才華の顔が青ざめる。
爆炎と閃光。そして、仲間たちの叫び声。それを嘲笑うかのように、少し離れた岩の上に、長安が駆け上がる。
やがて、じわじわと煙が晴れる。すると、そこには傘ぐらいの大きさの、円形の盾があった。才華は盾に守られて、ほぼ無傷だった。
「なんだと……?」
呟いた長安に、盾の影から才華のワイヤーが伸びる。ワイヤーは、長安を切断した。しかし、それもまた、超能力によって作られた長安の幻だった。
ふわりと、盾が変形して、魚の形へと戻る。魚は、真っ暗な天井へと泳いでいった。
「くそ。本体は何処に居やがるんだよ?」
斎藤道三が、苛立ちを露に叫ぶ。
その瞬間、ドオオオン! と、斎藤の足元が爆炎を上げる。
「さ、斎藤君!」
才華が顔を青くして振り返る。
「心配するな。俺に超能力は効かねえ……」
炎の中から声がして、斎藤がゆらりと歩み出る。
斎藤は、爆発の直撃を受けても全くの無傷だった。【魔法耐性S】のスキルが機能したのだ。だが、その斎藤でさえ、三好長安の本当の居場所を察知できずにいる。
「だったらなんだ? 斉藤。やろうと思えば大陸ぐらいならぶっ飛ばせる爆弾なんだぜ? このダンジョンを崩落させれば、お前は助からねえ」
斎藤の背後から声がする。斎藤は、咄嗟に裏拳を振り抜くが、その攻撃もまた、空を切る。またしても、三好長安の幻がかき消えただけだった。
長安の幻は、広場の至る所に、一斉に現れた。
「本物どーれだ?」
沢山の長安が、ニヤケ顔を浮かべる。
そして一斉に、戦いが始まる。霧隠才華が、斎藤道三が、周囲の幻影に攻撃を仕掛けまくる。暫く戦闘不能だった直江兼倉も、徳川家理亜の回復魔法を受けて戦線に復帰。魔法矢で仲間を援護する。
だが、冒険者たちがどれだけ攻撃を仕掛けても、本物の三好長安には攻撃が当たらない。幻影がかき消えて、すぐに新しい幻影が生み出され続ける。
それだけではない。
幻影の長安の攻撃には、たまに本物の爆弾攻撃が混ざっているのだ。
「これは……流石に気持ち悪いな。増えるのが女ならともかく、むっさい野郎じゃテンション下がるぜ」
斎藤が、冷や汗と共に愚痴る。
「今頃ビビっても遅いぜ。お前らは全員死ぬ。誰も生かして返さねえ」
長安が勝ち誇る。
「いいや。三好長安君。勝負ありだよ。ボクたちの勝ちだ!」
ふいに、家理亜が言い放つ。
次の瞬間、大勢いた三好長安の姿が、一斉にかき消えた。たった一つの本体だけを残して……。
「な……にが?」
長安は状況を呑み込めず、困惑する。
「長安! いつの間にか私の姿が無かった事に、気が付かなかったのか?」
凪子先生の声が響く。
長安が目をやると、凪子先生は、とある女子生徒を肩に担いでいた。
長安は、目を見開いて驚きを露にする。女子生徒は、縄で縛られて藻掻いていた。その女子生徒こそが、三好長安の仲間で、幻覚能力の使い手だったのである。
「こいつの超能力の発動条件は、幻覚を見せる相手を目視しておく事。なんだろ? 目隠しをして縛り上げれば、能力を封じる事が出来る」
凪子先生が不敵に髪をかき上げる。
「どうして、そいつの居場所が分かった? 幻術で身を隠していた筈だ」
「忘れたのか? 私には【敵性生物感知】のスキルがある。ナーロッパ能力者だからと侮ったお前の負けだ! 潔く投降しろ」
「ふざ、けるな……」
「長安!」
「ふざけるなよおおおっ!」
長安は怒声を放ち、手をポケットへと突っ込んだ。
刹那──。
真上から、緋碧の魚が放たれて、長安の手を貫通する。
「ぐ、あっ……!」
長安がよろめいた隙に、緋碧の魚は形状を網状に変化させ、一瞬で、長安を包み込んで拘束してしまった。
「どうやら、頭脳戦ではこちらに軍配が上がったみたいだね……」
穏やかで、冷徹な声が響く。
長安の真上、空洞の暗がりから、真田幸人がふわりと舞い降りた。




