月の花 2
光は、水を硬質化させたサーフボードに乗る。せんりも光にしがみ付き、二人は静かに上昇する。夜空に水の河が伸びて、少女たちを乗せて唸り、流れてゆく。光は軽快にサーフボードを駆り、目的地へと急いだ。
バチリ!
突然、彼方で雷光が光る。だが、それはどうやら雷ではない。自然公園の一点から、四散するように、放電が広がったからだ。
誰かが戦っているのか?
疑問に答えが出る前に、光とせんりは自然公園へと辿り着いた。
そっと地面に降り立って、光は林の奥に視線をやる。すると、木々の隙間から、眩い電光と、火炎の光とが迸っていた。
ふいに、長大な刀身が振り抜かれる。赤熱した刃が、木々を薙ぎ払う。
これは、ナーロッパ魔法のファイアウェポンみたいね? だとしたら……。
光は瞬時に理解する。
木々が倒れて視界が一気に広がる。そこに居たのは織田信秋と、浅井長代だった。長代は確か、NSJとかいう政府の機関と繋がっている筈……。
光が記憶を掘り起こす一方で、織田が鋭くファイアウェポンを振り抜き、長代が電磁バリアーごと弾き飛ばされる。
「くっ。あんたって本当に面倒くさいわねえ。いつまでも逝かない男は嫌われるわよお?」
長い黒髪を振り乱しながら、浅井長代が叫ぶ。長代は体内から電光を迸らせ、腕を振る。
ピシャーンッ! と、音を立て、織田を強烈な落雷を襲う。織田は命中寸前で腰の大刀を抜き、地面に突き立てて避雷針がわりにする。命中直前で、雷撃が大刀に落ちてバチバチと音を立てる。
「チッ……」
舌打ちする長代に、織田が反撃のファイアーボールを放つ。
紅蓮の火球が長代に直撃して、ドゴオッ! と、巨大な火柱が上がる。
なんて激しい戦いなの。織田も浅井さんも見境ないわね……。
光は内心呟いて、無意識に後退る。
「あはははっ! 無駄よおっ。そんな攻撃が、シャングリラの超能力に通用する訳がないでしょお?」
火柱の中から嘲笑の声が響き、長代がゆるりと歩み出る。長代は、球状の電磁バリアーで身を包んでおり、完全に無傷だった。
「お返しよ。織田くうんっ!」
長代がつい、と、指を振る。すると上空に強烈な電光が集まって、どおん、と、織田を襲う。
「くっ」
織田は咄嗟に、球状の、炎のバリアーを形成して落雷を防ぐ。業火のバリアーに電撃が纏わり付き、バチバチと烈光が迸る。
「あはは。何それぇ。またファイアウォール? その程度の魔法で、私の攻撃が防げるとでも思ってるのお?」
浅井長代は片腕を上空にかざす。すると次の瞬間、天空に、無数の雷が迸る。雷は上空の一点に集まり、落ちる!
ドゴオオンッ! と、音を響かせて、轟雷が織田のファイアウォールに直撃する。それだけではない。雷は消えず、炎のバリアーをエグり続けている。
「世界を滅ぼす落雷なのよお。ナーロッパ魔法ごときで防げると思ったあ? 潰れちゃえ!」
長代が叫ぶと同時、雷が強さを増す。追い打ちに、更に三つの巨大な雷がファイアウォールを直撃する。その瞬間、バチン。と、音を立て、ファイアウォールが消し飛んだ。
雷光が止み、辺りは一転して静寂に満たされる。
薄い電気の光が、浅井長代の身体を青く這いまわっている。その淡い光で照らされた落雷跡には、もう、織田の姿はなかった。
「あはっ。跡形もなく消し飛んじゃったあ。織田君、可愛そう」
狂気混じりに言いながら、長代は光に視線を移す。
「ねえ。貴女も他人事じゃないのよお。明智光さん。ついでに死んじゃってくれる?」
くっと、長代の口角が上がる。そうして再び、身体に電撃を帯びる。
言葉を失っている光の腕を、ぐっと、せんりが引っ張った。
「逃げましょう! 属性相性が悪すぎます。あの人は光さんの天敵です」
せんりが半狂乱で叫ぶ。
「で、でも、織田君が……」
「しっかりして! 走って下さい!」
せんりに言われ、光はやっと走り出す。
「あはっ。だあめ。逃がさないんだからぁ」
長代は、嗜虐的な笑みを浮かべ、光の背中に掌を向ける。掌に強い電光が集まり、それが放たれる!
かに思われた瞬間──。
とす。と、音がして、長代の動きが止まる。
「どう……して……」
呟く長代の胸を、背後から、赤熱した刀身が貫いていた。織田の【ファイアウェポン】だ。長大な刃は長代の後方、二○メートル程の木陰から伸びていた。
そう。織田はファイアウォールを目隠しにして場を離れ、木々の合間を縫って浅井長代の背後へと回り込んでいたのである。
すっ。と、刃が縮み、同時に、長代が崩れ落ちて吐血する。そうして、木陰からは織田が姿を現し、ゆっくりと歩み寄る。
「どれだけ強い力を持っていても、兵法を知らん奴は敵にもならん。たわけ者が……」
織田は吐き捨てながら、止めとばかり、ファイアウェポンを振り上げる。
刹那──。
「やめなさい!」
光が、織田の前に飛び出した。
「何故庇う? 浅井長代はお前の事も殺すつもりだったのだぞ?」
「で、でも、人殺しなんて見過ごせない」
「光は優しいな。だが、その優しさは、いずれお前自身の命を奪うぞ」
「……構わない。あたしはあたしとして、やりたいようにやって死ぬんだ」
光の目に強い物が宿る。すると、織田は「ふっ」と、微笑して、刃を収めた。
「好きにしろ。どうせその女は助からん。その代わり、光の端末を貸せ」
「ど、どうしてよ?」
「電話をかける。俺の端末は、長代の電磁パルスのせいで壊れたからな」
織田に言われて、光は携帯端末を差し出した。織田は端末を受け取ると、ビュン。と、背後に向けてファイアウェポンを振り抜いた。
直後、三百メートル程離れた丘の上で、白灯台が斜めにずれて滑り落ちた。まるで幹竹を切るように、織田が一刀で切り捨てたのだ。
ずずずうんっ! と、音を立てて、白灯台の上部が落下する。
「どうして。何をやってるの?」
織田は光の問いかけには答えず、すぐに何処かへと電話をかけた。
ぷるる。と、発信音がして、何者かが電話を取る音がする。
「俺の名は織田信秋。解ってるな? そちらが舐めた真似をしたから、監視塔は切り捨てておいたぞ。お前の自慢の殺し屋もな。意外だったか? だが覚悟しろ。これからそっちに行って、何もかも焼き尽くしてやろう。誰一人、何処にも逃がさん。それが嫌ならば落とし前を付けろ。どうするかはそちらの勝手だが、舐めた提案をしてきたら、その時点で宣戦布告とみなす。返事は慎重に選べ。猶予は三時間だ」
いうだけ言って、織田は電話を切った。
「織田、あんた一体、誰に電話を掛けたのよ?」
「総理大臣だ」
「……は?」
「日本国総理大臣に電話をかけた。録音した音声は……」
言いながら、織田は端末を操作する。
「たった今、ネットに流しておいた。これで隠蔽はできない。ま、俺は脅しはかけない。やると言った事はやる。隠蔽するのは勝手だが、取り返しが付かない事が起こった後で、隠蔽しようとした事実が発覚するだけの事だ」
織田は冷たく微笑して、光に携帯端末を突っ返す。
「織田、あんた、あんた……あたしの端末で何してくれてるのよおおおっ!」
ぷんぷん怒る光の頭を、織田はポンポン撫でる。
「まあ、そう機嫌を損ねるな。これは明智の為でもあるのだぞ?」
「ど、どういう意味よ?」
「明智光。お前も暗殺対象だったからな」
言い残し、織田は踵を返す。そうして、ゆるりと歩き去ってしまった。
★
光は織田を見送ると、すぐに、浅井長代の容態を確認した。
「どう?」
せんりに目をやると、せんりは既にポーションを取り出して、長代の口に含ませていた。長代が飲み込むと、胸の傷が、微かに光り始める。
「火傷が酷いです。ポーションだけでは助からないかもしれません」
「ど、どうしたら?」
「回復魔法の使い手を探しましょう」
「そ、そうね。行きましょう!」
言い合った次の瞬間、シュ。と、光とせんりの目の前に、幸人が現れた。幸人は霧隠才華と、松永久枝を伴っていた。
「幸人、どうして……って、その娘、松永久枝じゃない!」
光が警戒を露にする。そう。幸人は久枝の瞬間移動能力で、姿を現したのだ。
「ああ。事情があってね。それよりも、何があったのかな? かなりの爆発と電光が見えたんだけど」
幸人に問われ、光は浅井長代に視線を移す。
「説明は後よ。大至急、回復魔法の使い手が必要なの。お願いできる?」
光に言われ、幸人は浅井長代の様子に目をやる。そしてなんとなく事情を察する。
こうして、幸人一行は、松永久枝の瞬間移動能力で、寮へと瞬間移動した。
★
シュッと音がして、徳川家理亜の目の前に、幸人一行が姿を現した。
「ゆ、幸人君? どうしたのさ」
家理亜は驚いて、食べていた鯛焼きを落としてしまう。
「やあ家理亜。急で悪いんだけど、回復魔法を使って貰えないかな?」
幸人に言われ、家理亜は幸人の視線を追う。だが……。
「わっ。その娘、NSJの浅井長代じゃないか。その娘は織田君の命を狙ってるんだよ。どうしてボクが助けなきゃいけないのさ」
「言うと思ったよ。けど、家理亜しか頼れる人がいなくてね」
「だ、駄目だよ。いくら幸人君の頼みでも、流石に無理だよ」
「そう。君には確か、貸しがあったと思うんだけどなあ」
「う。それを言われると……。で、でも無理だ。その娘はとても危険なんだよ。キミ達はわかってないよ」
ごねる家理亜の耳元に、そっと、光が口を寄せる。そして、ごにょごにょと何かを囁いた。
すると……。
「や、やる!」
家理亜は急に態度を変えて、回復魔法を唱え始めた。
「天に星あり地に陣列あり。水の理は次元の境界を揺るがしたり。那由他の時空を超えて聴け。徳川家理亜の名において命じる。盟約の鎖もて領界の狭間より力を示せ! 清涼なる水の軟膏よ、この者を癒し清めたまえ。ウォーターヒール!」
家理亜が呪文を詠唱する一方、幸人は光の耳元に口を寄せる。
「ねえ光。さっき家理亜に何を言ったの? 急に態度が急変したから少し不安なんだけど?」
「ううん。大した事は言ってないわよ? ただ『織田君への忠義には反するかもしれないけど、幸人と共犯者になれるわよ?』って言っただけだから」
「光……。なんて事を」
「あれ? 不味かったかしら」
幸人と光がごにょごにょ言い合う。その間に、家理亜の魔法が機能して、浅井長代の傷を完治させてしまった。
「う……」
浅井長代が目を開ける。長代は周囲の顔ぶれに気が付くと、咄嗟に身を起こして警戒を露にする。
「こ、これは何のつもり? 私に貸しを作った気になってるんじゃないでしょうね?」
「落ち着きなさい。もう、あたしたちが戦う理由はないわ。さっき、織田君が総理大臣に電話をかけた。この場合、貴女はトカゲの尻尾切りで、織田君襲撃の罪を被せられて政府から命を狙われる事になるでしょうね。貴女のクライアントはもう、貴女の敵になったのよ」
「…………」
長代は光と言い合って、暫し言葉を失った。
「そう。あはは。そうねえ。如何にも大人が考えそうな事だわ。せっかくの好条件のバイトがパア。ね……」
「光から聞いたよ。君はアルバイトで人を殺すんだね」
「真田……。それが何? 説教でもするつもり?」
「ああ。僕は君みたいな人は嫌いだ。これまで、何人殺したのかな?」
長代と幸人は言い合って、睨み合う。
「何人、殺した?」
「誰も殺してないわよ。NSJからの依頼は、今回が初めてよ。これで満足……?」
「そう。じゃあ、引き返せるね。今後は真っ当に生きる事をお勧めするよ」
「余計なお世話よ!」
長代はソファーから腰を上げ、幸人たちに背を向ける。
「真田幸人。借りを作るのは気に入らないから、一つだけ教えておいてあげる」
「……何かな?」
「NSJには、私以外にも危険度極大能力者が属している。そいつは本当にヤバいわよお。確か、学校配布の資料には、病死したテレパシー能力者がいる。と、記されているわよね?」
「ああ」
「病死じゃない。殺されたのよお。貴方たちも、せいぜい気を付けなさい……」
長代は幸人に言い残し、部屋を後にした。




