天下布武 2
★ ★ ★
チーム明智とチーム風魔の面々は、休憩室へと移動した。
「お手」
と、幸人が真顔で手を差し伸べる。
風魔は苦悶の表情を浮かべながら、幸人にお手をする。すると幸人は爽やかな微笑を浮かべ、更に「おかわり」を要求する。風魔は肩をぷるぷる震わせながら、幸人の要求に応えた。
「くっ。真田、お前……」
「あれ? それが忠誠を誓っている相手への言葉かな?」
「ぐ。真田……さん」
「よしよし。じゃあ、次は三回廻ってワンと言ってごらん」
「そ、そんな事、する訳が……」
とか言いながら、風魔は三回廻り「ワン」と吠えてしまう。
「ううむ。魔法契約って凄いんだね」
幸人はやけに楽しそうに、風魔の頭をぽんぽん撫でる。風魔は怒り心頭な様子だが、逆らえずにいる。
「それよりも真田様。お手、お回りときたら、次はアレじゃないっすか?」
秀実が、妙に興奮した調子で言う。
「ん? アレ? あれって何かな」
「それは……アレっすよ。その、わんわんにやってもらう芸と言ったら、お手、おかわり、三回廻ってワンときたら、そのアレっす」
「ううん。ちょっと分らないな。はっきり言ってごらん?」
「それは、その……」
秀実は、顔を赤くして下を向く。幸人は秀実の顎に指先を伸ばし、くいっと視線を上げさせる。そして、耳元に口を寄せる。
「どうしてそんなに赤くなってるのかな? ほらほら。僕に解るように言ってごらん。命令だよ、秀実……」
幸人が囁くと、秀実は顔を真っ赤にして口を開く。
「ち、ちんちん……」
秀実の言葉を聞き、幸人は「ぷっ」っと、噴き出した。そして、意地悪な視線を風魔に向ける。
「ふふ。そうだね。いわれてみたら、僕も見たくなったかも……」
嗜虐的に言う肩を、光がバシッと引っ叩く。
「馬鹿ね。いつまでも遊んでないで本題に入りなさい!」
光も少々、顔を赤らめていた。
幸人は光に促され、コホン、と、咳ばらいを一つ。そして、厳しい表情を浮かべる。
「じゃあ、風魔小次郎君。正式に命令を下すよ。まず、君は今後二度と、悪事を働いてはいけない。法律が禁じていないからやって良いとか、その手のいい逃れはナシだ。道徳的に悪い事は全て禁止する。そして、善行は自ら率先してやる事。但し、自分や周囲の、守るべき人を守る為に勇を振るう事は許す」
「ぐ……それは……」
「返事は?」
「……はい。心得ました」
「よろしい。次に、風魔君がチームメイト下した命令を、この場で直ちに解除してもらう。文句はないね?」
「ぐ……承知、しました……」
「よろしい。では……」
と、幸人は、紋章を近くの鏡に映す。すると、鏡が仄かに光り、鏡面から霧隠才華が姿を現した。
才華は縄で縛られた状態で床に転がり、顔を真っ赤にして幸人を見上げる。
「え。これは……幸人。あんた、この娘に何をしたの?」
幸人に、光の嫌悪の眼差しが突き刺さる。幸人は幸人で、才華の状態を見て焦りを浮かべる。
「これは亀甲縛りですね……真田さんにこんな趣味があったなんて」
と、せんりも、半歩下がる。
そう。才華は何故か、亀甲縛りにされていたのである。
「ち、違う! 違うんだこれは! 誤解だ。僕はやってない!」
焦る幸人の瞳に、秀実の姿が映る。秀実は何故か、ゆっくりと視線を逸らした。そこで、幸人はピンと来る。
幸人は、ゆらりと秀実に歩み寄り、頬っぺたをキュッとつまむ。
「ひ・で・み、ちゃああああん。どうして目を逸らすのかな? 君の仕業だよね? どうして黙っているのかなあ?」
「しゅ、しゅみませんっす。だ、だってだって、その娘怖かったっす。自分、真田様の謎空間で、ずっと才華しゃんと二人きりだったんすよ? 縄の縛り方も甘くて今にも抜け出しそうな感じだったし。可哀しょうに思って猿轡を外したら、噛みつこうとしたっす。だから、才華しゃんをしっかり縄で縛っておかなきゃって……」
「だからって、こんな卑猥な縛り方する必要はないだろ?」
「だって、それはその……縛り始めたら楽しくて、つい、止まらなくなったっす。てへ」
「ぐ。まあ、事情は分かったよ。秀実には後でお仕置きだ」
「は、はい! お仕置き……はあはあ……。大歓迎っす……!」
秀実は余計に興奮して、陰鬱な吐息を漏らす。一方、幸人は頭を抱えながら、風魔に命令を下す。
「じゃあ、風魔君。命令を実行して」
「くっ……。承知。今、この時をもって、俺がこれまでにした命令を全て解除する」
風魔は苦し気に言う。すると、チーム風魔の眼に浮かんでいた、幸人たちへの敵意が薄れ、消えていった。
幸人はおもむろに屈み、霧隠才華の縄を解く。縄を解かれると、才華は懐から二振りのくないを取り出して、幸人に差し出した。
「真田幸人様。そして羽柴秀実様。私がやった事は、取り返しが付く事ではないの。どうぞ、切って下さいなの」
才華の声は震えていた。
「いや、切るとか物騒だよ。だいたい、君を傷つけて僕等に何の得があるのかな?」
「で、ですが。それでは筋が通らないの。そうでもしなければ真田様に受けた御恩、どう返したら良いのかも……」
「筋とか御恩とか、まるで時代劇みたいだね。まあ、そういう姿勢は嫌いじゃないよ。でも、急にいわれても思いつかないな」
言い合う幸人と才華に、秀実が割って入る。
「だったら、こういうのはどうっすか? 自分、さっきはご飯を買いに行列に並んでいたっす。でも、買い物を終えてすぐに毒針を刺されたから、ご飯が台無しになったっす。才華さんにはご飯を弁償してもらうっすよ」
「あ。それは良い案だね。秀実は優しいね」
「あっ……。えへへ。褒められたっす。あたま撫で撫でされてみたいっす」
幸人は秀実の頭をぽんぽん撫でてやる。いざ頭を撫でられると、秀実は赤面して、下を向いてもじもじとして、言葉を失ってしまう。
「そんな事で良いんですか? 弁償するのは当然の事なの。それではあまりにも……やはり、この腹、掻っ捌いてお詫びを……!」
言いかけた才華の肩に、幸人がどし、と、手を置く。
「そこまでだよ。僕は、命を大事にしない人は嫌いだ。わかったね」
真剣な視線を才華に向ける。すると才華は俯いて、肩を震わせて嗚咽した。
★
才華は泣き止むと、すぐに食事を買って来てくれた。こうして、幸人たちは、やっと昼食にありついた。
「それにしても、どのチームも一筋縄ではいかないわね」
光が愚痴を零す。
光の話によると、対抗戦で優勝候補とされるチームは全部で六つ。
チーム武田、チーム上杉、チーム今川、チーム毛利、チーム北条、チーム織田である。
だが、幸人たちがチーム上杉に勝った事により、番狂わせが起こった。そして、幸人たちの次の対戦相手はチーム北条だ。再び、優勝候補との対戦になるらしい。
「ここまでは、主にナーロッパ能力者との戦いだったけど、次で当たるチーム北条は、全員がシャングリラ能力者よ。シャングリラの超能力は、相手がどれだけ強くても関係がないの。ナーロッパのチート能力以上に反則的よ。だから、次の戦いは、敵の能力をどれだけ正確に予想して、どう攻略するか? という戦いになる。幸人の作戦で、勝敗が決定するわよ」
と、光は、幸人に視線を向ける。
幸人は、光が言った意味を痛い程に理解していた。これまで、幸人が出会ったシャングリラ能力者は全部で六人。明智光と羽柴秀実、せんりを虐めていた二人の不良少女、本願寺と、チーム風魔のバックアッパーである。
シャングリラ能力者は、肉体的には普通の人間と変わらない。だから、秀実の衝撃波でも倒せてしまう。その一方で、シャングリラの超能力は反則的に強い。まともに攻撃を受けてしまったら、ほぼ間違いなく負けるだろう。ほんの一瞬で勝負が決まる。そして、たった一つのミスが、負けに繋がる。
次の戦いは、一瞬で終わるだろう。
そんな確信が、幸人を満たしていた。
「もっと情報が欲しいな……」
幸人は呟いた。
その時、突然、休憩所に風魔小次郎が飛び込んで来た。
「言われた通り、二階の窓から三回、頭からダイブしてきたぞ。ちゃんと受け身も取らなかったからな……」
と、風魔は悔しさを滲ませる。その制服は埃塗れで、手や顔面は、擦りむいて傷だらけだった。
「ふふ。ナーロッパ帰りは頑丈だね。それにやはり、魔法契約は凄いね」
幸人は、風魔に爽やかな微笑を向ける。
すると、せんりが懐から回復薬を取り出して、風魔に手渡した。
「こんなにあちこち擦りむいて。まったく、あんな命令をするなんて、真田さんは酷い人ですね。さあ。これを飲んで回復してください」
風魔は、せんりから奪い取るようにして、ポーションを飲み干した。すると、風魔の擦り傷が仄かに光り、消えてゆく。
「ふふ。そんなに慌てて飲まなくても、ポーションは逃げませんよ? でも、これで完全回復しましたし。また、二階からダイブできますね」
「な? 鬼畜か貴様! 何をいってるんだ?」
「また、二階からダイブできますね?」
せんりにが、再び、にこやかに言う。
「だ、そうだ。もう一回行っておいで」
幸人が、やけに悪い顔で命じる。
「ぐ。承知……」
風魔は半泣きで、再び、駆け足で休憩所を出て行った。それから二分程で戻って来たが、今度は、秀実がポーションを飲ませて、
「完全回復して良かったっすね。これでまた、二階からダイブできるっすよ」
なんて言う。すると、風魔は再び休憩所を飛び出して、二階の窓から水泳選手のように地面にダイブする。それを三回繰り返し、ボロボロになって戻って来ると、今度は光が、
「わあ酷い。まったく、幸人はろくでもないわね。さあ。これを飲んで回復しなさい」
とか言いながら、以下略。
ちなみに、風魔は先程の命令に加え、二つの事を命じられた。
一つ。 これまで風魔が魔法契約を交わした相手に対して、二度と命令しない事。
二つ。 今日中に、風魔が魔法契約を結んだ全ての相手と決闘して、破れる事。そうして、魔法契約を解除する事。
以上、二つの命令をもって、幸人の、風魔へのお仕置きは終了した。




