幕間の衝撃 2
池田せんりは、秀実の胸に耳を当て、神経を研ぎ澄ます。
「鼓動が弱っています。それに、この呼吸音……」
せんりは秀実の服を捲り、肌の状態を確認する。肌には青黒い発疹が浮かんでいた。
「かなり熱があるのに汗を一切かいていません。それにこの発疹。これはほぼ間違いなく、異界の猛毒によるものです。ナーロッパの、ヒトゴロシ草の症状と一致しています」
「毒……だって? せんりちゃんのスキルで治療できるかい?」
幸人は、静かに問う。
「ごめんなさい。私の医療・薬学スキルではランクが足りません……」
せんりが言うと、幸人はすぐに立ち上がった。
「幸人、何処に行くの?」
「回復魔法を使える人を探してくる。確か、水属性と無属性の回復魔法であれば、状態異常を治療出来た筈だよね」
「待ちなさい。無駄足になるわ」
「ど、どうしてさ?」
「水属性でも無属性でも、致死性の猛毒を消去するにはランクB以上の回復魔法が必要なの。でも、この学園に、ランクB以上の回復魔法を使える人はいないのよ」
「なんだって……?」
幸人は光と言い合って押し黙る。その顔には絶望が浮かんでいた。
パチパチパチパチ……。
突然、幸人の背後で拍手の音が鳴る。幸人が振り向くと、近くの壁際に、やせっぽちの男子生徒がいた。前髪で片目が隠れており、目にはクマが浮かんでいる。やけに陰気な印象の生徒である。
「風魔……」
光が、怒りを込めて言う。
風魔──。こいつが……。
幸人は風魔小次郎を見据え、棒をしかと構えた。幸人の傍らでは上杉と直江も肩を並べ、素早く武器を構える。
「おっと。やめとけよ真田。上杉たちも、な。これがなんだか分かるな?」
風魔が、懐から小瓶を取り出して見せつける。小瓶には、何かの液体が入っていた。
「そうだよ。解毒薬だよ。ここで争って、うっかり割れてしまったら大変だ。そうだよな?」
言い終わり、風魔はニヤケ顔を浮かべる。
「じゃあ、やっぱり、あんたが秀実ちゃんを……!」
光が、怒りを露に踏み込む。その瞬間──。
「おっと」
風魔は薬瓶を床に投げつけた。当然、薬瓶は割れ、中の液体が床に広がる。そこに、ボッ! と、小さな火球が打ち込まれ、解毒薬が焼却される。火球は風魔の掌から発生した。
忍術の類か──。
察すると共に、幸人は唇を噛む。
「だからやめとけと言ったのに。おかげで解毒薬はもう、一つしか無い。本当にな」
風魔に言われ、光は動きを止める。幸人もまた、動けなかった。
「まあ、そう怒るなよ明智。真田もな。せっかく解毒剤を持ってきてやったんだぜ?」
「そうか。じゃあ、解毒剤をくれないかな? 見ての通り、うちのメンバーが大変なんだ」
「あ? 何言ってるんだ真田。馬鹿なのか? タダで渡す訳がないだろ」
「そこをなんとか。頼むよ」
「だから馬鹿なのか? 羽柴秀実が毒を受けたのは俺の指示で起こった事なんだよ。少しは考えろ。間抜け!」
「そんな事はわかってるよ。だから、お願いしてあげてるんじゃないか。今ならまだ、引き返せる。僕も冷静でいられると思うんだ……」
幸人の視線が、鋭く風魔に突き刺さる。風魔は、ゾクリと悪寒が沸き上がり、少々後ずさった。
「渡してやっても良いぜ。但し、お前らが、これから言う条件を呑んだらな?」
「……条件? なにかな」
「対抗戦は、戦う人数が多いってだけで、基本的には決闘と同じだ。つまり、魔法契約を適用できる。お前達には、次の試合では「忠誠と服従」を賭けて試合をして貰う。当然、負けてくれるよな?」
「試合に負けたら、解毒剤をくれるのかな?」
「ああ。約束してやる」
「それまで、秀実が持つという保証は?」
「安心しろ。あと半日ぐらいは生きてるさ。試合の後で解毒剤を飲ませても、間に合うだろう」
「……」
「まあ、よおおおく、考える事だな。じゃあ、後でまた会おうぜ」
言い終わり、風魔小次郎は床に何かを投げつけた。何かは床で破裂して、濃い煙をまき散らす。その煙に紛れ、風魔は姿を消した……。
「……くそ」
幸人は悔し気に呟いた。
一方、直江兼倉と上杉謙鋼は小さく頷き合う。
「気に入らねえ。全く、気に入らねえよ大将」
「そうだな。俺も風魔には虫唾が走る」
上杉は、直江と言い合って、せんりの傍で腰を屈めた。
「池田せんりさんと言ったね。君の医療・薬学スキルのランクは?」
「C、です」
「そうか。じゃあ、もしも、池田さんの医療・薬学スキルがランクBであったなら、羽柴秀実を救えるか?」
「え? はい。ランクBのスキルであれば対処できます。でも……」
言いかけたせんりの言葉を掌で制し、上杉は首元のネックレスを外す。
「では、今だけ、この首飾りを君に貸そう。このアイテムの名は【スキルブースター】。装備している間、任意のスキルを一ランクだけ、上昇させる効果がある」
上杉は言いながら、せんりの首にネックレスを付ける。
「スキルのランクを上げる……?」
「ああ。本来、俺のライトウェポンのランクはAだ。スキルブースターで水増ししていたのさ。あ。これは他の連中には秘密だぞ?」
「は、はい。はい! ありがとうございます」
「では、イメージして。池田さんの医療・薬学のランクはBだ。復唱してごらん」
「私の、医療・薬学のランクはB……」
せんりは上杉と言葉を交わし、目を閉じてイメージする。すると、首飾りの青い玉石が、淡く輝き始めた。
「……あ。あああ……見える。知恵が。知識が……」
呟いて、せんりは目を開ける。そして、すっと立ち上がる。
「すぐに治療に取り掛かります。それと、幸人さんと光さんにはお願いしたい事が……」
せんりは鞄を開き、様々な道具を取り出した。
★ ★ ★
一分後、光と幸人は、大急ぎで医務室へと向かっていた。
『解毒剤を調合するのに、材料が足りません。ここの医務室に、ゲマトリアの花が保管されている筈です。大至急、持ってきてくれますか?』
せんりの言葉を受けて、薬草を取りに向かったのである。
「あった。あそこよ!」
光が指を差す。そこには医務室の扉があった。幸人と光は医務室に駆け込んで、係の異界医師をまくし立てて、ゲマトリアの花を分けて貰った。
★
幸人と光は医務室を飛び出した。薬草を手に駆け出すと、通路の曲がり角付近で急に、幸人が光の後ろ襟を引っ掴んで引き戻した。
「う。ぐっ……急に何するのよ?」
光は、引き戻されて床に尻もちを衝く。それを尻目に、幸人は棒を伸ばし、通路前方の足元を探る。すると……。
ギ。ギギギ……。
何かが棒に触れ、軋むような音を放つ。光が目を凝らすと、とても細い、ワイヤーのような物が、壁から壁へと張られていた。そこに、幸人は懐からペンを取り出して投げる。ペンはワイヤーに当たって真っ二つに切断された。
「凄い切れ味だ。危うく足を切断されるところだったね。それよりも……」
幸人は言う。
「そうね。出て来なさい。居るのは解ってるのよ」
光も、事態を察して言う。すると、通路の曲がり角から、黒髪ポニーテールの女子生徒が歩み出た。通路沿いには大きな鏡がかけられており、少女の姿が映り込む。色白で、すっきりとした目元。小柄だが、程よく鍛えられた肢体……。
それは疑いようもなく、妖艶で、美しい少女だった。
「霧隠才華さん、よね。風魔に言われてあたし達を見張っていたのね」
「ええ。明智光さん。その薬草、こっちに渡してほしいの」
「断るわ。欲しければ、力ずくで奪い取りなさい!」
光は叫び、鞄からペットボトルを取り出した。が、幸人は手ぶりで光を制す。
「光、駄目だ。大会のルールを忘れたのかい? 失格になるよ」
「あ……」
「ここは僕がやる。光は薬草を持って戻って。遠回りになるけど、違うルートから薬草を届けてほしい」
「でも…………」
「さっき、僕を信じると言ったよね」
「……わかったわ。負けるんじゃないわよ?」
言い残し、光は、元来た通路へと走り出す。才華は追いかけようとしたが、その前に、幸人が立ちはだかる。
「霧隠才華さん、だっけ? 残念だけど、君には行方不明になって貰う事にしたよ」
言いながら、幸人は棒を構える。才華は懐からくないを取り出して、低い構えを作る。
「へえ。私に勝つつもりなの。真田君、貴方って、女を殴れる人なの?」
「殴る必要はないさ。そこに鏡があるからね」
「なにを言ってるか分からないの!」
言い合って、二人は踏み込んだ。




