カレンちゃん登場! 3
★
妖精の名は【カレン】と、いうらしい。
幸人は軽くシャワーを浴びて、妖精から話を聞いた。
とりあえず聞いたのは、幸人が襲撃された日の事である。
「わからない? わからないってどういう事?」
幸人は怪訝な面持ちで、妖精を見やる。
カレンは妖精サイズのカップを手に、妖精サイズの小さな皿に置かれたビスケットを齧っていた。それは、カレンが自分で勝手に戸棚から引っ張り出したものだ。つまり、これまで幸人とカレンはこの部屋で生活していた。カレンの言う事は本当である。と、いう事実を指し示していた。
「幸人しゃまが襲われた日、幸人しゃまは決闘を終えてこの部屋に戻って来たでしゅ。そして部屋に残されていた書き置きを見て、顔色を変えたんでしゅ。こうも言ったでしゅ。カレンも狙われているから、紋章に隠れろって」
「じゃあ、君が鏡から飛び出して来たのは……」
「そうでしゅ。カレンは鏡ではなく、幸人しゃまの左腕の紋章の中にいたのでしゅ。幸人しゃまが鏡像反転の儀式を行ったから、出て来れたんでしゅ」
話を聞いて、幸人は暫し、頭を巡らせる。やがて、
「つまりこういう事か。僕には敵がいる。そしてその敵が僕を襲撃した。敵の狙いには、カレンも含まれている。だとしたら、敵は何故、カレンを狙ったんだろう……」
「そんなのわかんないでしゅ。幸人しゃまはとっても頭が良いんでしゅから幸人しゃまが考えてくだしゃい。あ……!」
「どうしたの?」
「そういえば、書き置きにはこうも書かれていたでしゅ。月の花の腕輪と、ましろの槍を持ってこいって」
「月の……何?」
「【月の花の腕輪】と【ましろの槍】でしゅ! 二つとも、マジックアイテムで幸人しゃまの切り札なんでしゅよ! 特にましろの槍は、魔を祓い、意志を持つ伝説の武器なんでしゅ」
「つまり、敵の狙いは僕の魔法の道具だった。そして敵はまだ、カレンを狙ってる。そういう事か」
「そ、そうなのでしゅ! カレンちゃんは事件の鍵を握る最重要人物なのでしゅ。こうして無事に生きている事を、誰にも知られない方が良いのでしゅ!」
「あはは。自分で鍵とか言っちゃうんだね」
幸人はクスリと微笑する。カレンは、ちょっぴり頬を膨らまし、妖精の翅をパタパタやった。
「とにかく、僕がカレンを隠したのだとすると、僕は敵を知っていた可能性が高い。だとしたら……」
幸人は腰をあげ、部屋をぐるりと見まわした。そして、ベッドの下やテーブル下、ベッドシーツの下を捲って、何かを探し始める。
「何してるでしゅか?」
「ちょっと部屋中、家探しするのさ」
「どうしてでしゅ?」
「もしも僕の記憶喪失の原因が、外傷性記憶健忘ではなく、敵の能力によるものだとしたら? 例えば【他人の記憶を消す能力】とかね。そして、僕は敵を知っていた可能性が高い。その恐ろしさについても。だからカレンを紋章に隠したんだろう? だとしたら、敵の能力についても知っていた可能性が高い。そんな敵と事を構えるとしたら、記憶を奪われた時の為に、自分自身に何かヒントを残すと思うんだよね。カレンは、それっぽい心当たりはないかな?」
「う……ないでしゅ」
「だったら、一緒に探してくれるかい?」
「も、もちろんでしゅ!」
そうして、幸人がベッドの下に顔を突っ込んだ時だった。
突然、ドアがノックされた。そして、間もなくドアが開く。
「幸人。迎えに来たわよ。準備は出来てる?」
光が、ドアから顔を出す。。
カレンは慌てて、ベッドの下に飛び込んだ。ギリギリ、光に見られずに済んだ。
「ん。どうしたのよ幸人。なんか慌ててるけど」
「えっと、何でもないよ。あはは」
「ふうん。それよりも、あたしが渡した資料には目を通してくれた?」
「まだ全部は。さらっと、異世界の概要に目を通したぐらいかな」
「何よ。幸人らしくないわね。まあいいわ。ナーロッパとシャングリラの違いぐらいは解ったのね?」
「ああ。ナーロッパはRPG的世界だから、帰還者は魔法やスキルを使える。シャングリラ帰還者は肉体は一般人と変わらないけど、強力な超能力を使える」
「ええ。あたしはシャングリラ。あんたが決闘した足利はナーロッパ能力者。なんとなくでも良いから、見分けられるようになりなさい」
「うん」
「じゃあ、スカウトに行くわよ! アナライザーを持って来なさい」
「アナライザー?」
「一昨日、幸人が決闘で手に入れた魔法の眼鏡よ。この部屋にあるはずだから」
光に言われて、幸人は部屋を見回す。ふと、ベッドの下に目をやると、カレンがそっと、冷蔵庫を指差した。
幸人が冷蔵庫を開けると、野菜室の底に古めかしい金縁眼鏡が入っていた。
「もしかして、これかな?」
幸人は金縁眼鏡を光に見せる。
「ええ。それよ。じゃあ、行くわよ!」
光は幸人の腕を引っ張る。
こうして、二人は部屋を後にした。
★ ★ ★
幸人と光はとりあえず、男子寮の娯楽室を訪れた。
娯楽室は大勢の生徒達で賑わっていた。沢山のソファーとテーブルが置かれ、部屋の隅にはダーツやカラオケ、ビリヤード台もあり、かなり広い。
「とりあえず説明するから、金縁眼鏡をかけなさい」
光は言って、自分も金縁眼鏡を装着した。
幸人は光に言われ、魔法の金縁眼鏡をかけてみる。すると、部屋にいる生徒達の顔の横に、何か文字のような物が浮かび上がる。
「あ。あそこに足利君がいるわ。とりあえず足利君を見てみなさい」
光が指をさす。
幸人が足利に目をやると、足利の顔の横にパラメーターが浮かび上がった。
◇
名前 足利義孝 年齢16 レベル26
職業 拳闘士
HP 126 MP 0
筋力 49
耐久値 46
早さ 39
知性 17
精神 38
運 16
魅力 12
スキル
聴覚、味覚、嗅覚強化 E
非武装闘争術 (剛) D
病気、寄生虫耐性 B
備考
株式会社足利ハウスクリーニングの御曹司。家の外では偉そうにしているが、両親には頭が上がらない甘えん坊さん。両親をパパ、ママ。と呼ぶ。何事も腕力で解決できると信じている。好物は胸の大きな美少女。最近は明智光にぞっこんだが、高慢な性格が災いしてフラれた。それならばと、対抗戦の足利チームにスカウトするが断られる。真田幸人に決闘を申し込んで光をチームに引き入れようとするが、ワンパンで敗れた。
口癖は「俺強えええ!」
◇
幸人は足利のパラメーターを目にして、なんかモヤッとしていた。特に備考の欄である。
「スキルを見てみなさい。ナーロッパ能力者は、魔法以外だと三つまで、スキルを獲得する事が出来るのよ」
光が言う。
「へえ。足利君って自信満々だったけど、非武装闘争術のランクはDなんだね」
「あら。もしかして、低いって思ってる?」
「え? 低くないの?」
「馬鹿言いなさい。戦ってみて分かったでしょ。足利はそこらの人間なら、ワンパンで殺すぐらいの力はあるわよ」
「確かに、分厚いコンクリートタイルを砕いてたけど」
「説明してあげる。ナーロッパには「高速移動」ってスキルがあるらしいんだけど、効果は想像出来るわね?」
「うん。早く移動できるようになるんだよね」
「ええ。ランクFの高速移動術を覚えたら、オリンピック金メダリストとどっこいぐらいの速さで動けるようになるわ。ランクEだと、人類始まって以来最速の人とどっこいくらい。ランクDぐらいから、人間の限界を超えた速さで動くようになる。C、B、A、Sになると想像も出来ないわ」
「……つまり、足利君は結構強いんだね」
「ええ。あたしも超能力を使わなければ勝ち目がないぐらいにはね。それなのに……」
「ん?」
「どうして幸人は足利君に勝てたのかしらね?」
そう言って、光はじっと幸人の眼を覗き込む。幸人には、その疑問の真意が今一つ、解らなかった。
「幸人ってアンノウンなのよね。つまり、アナライザーで能力を見れない人なの。って事は、あたしと同じでシャングリラ帰還者って事になるんだけど……だとしたら、超能力を使わずに足利に勝つのは、まず不可能なの」
「ん。シャングリラ能力者ってアナライザーでは能力を見れないの? なら、確かに妙だね」
幸人は、自分の両手を見つめる。でも、答えが出る筈もなかった。
「それと、あの人を見なさい」
光は、談話室の隅を指差した。
「あの人は、最強の能力者の一人。チーム対抗戦の優勝候補の一人よ」
光に言われ、幸人は目を向ける。そこには、目つきの鋭い生徒の姿があった。その生徒を見た瞬間、幸人の首筋に、ぞわりと冷や汗が込み上げた。