【短編版】トラブル体質令嬢は、完璧専属執事の溺愛に気づかない~聖女の力を持つことは、専属執事とだけの内緒です~
聖女がもう数百年存在していないゆえに、その姿は伝説の存在となってしまっている王国で、今日もひたすら美しく上品なレディのように優雅にお茶をする侯爵令嬢がいた。
『白百合の君』──
彼女の美しい黄金色の髪が太陽によって輝き白く見え、そしてその佇まいの美しさからそう呼ばれた。
白い肌に長く美しい髪、そして全てを見通すサファイアのような瞳は、社交界の憧れの的であった。
そんな彼女の名は、リュミエット・ミラード。
「お嬢様、本日の紅茶は深い味わいとほのかなローズの香りが特徴の茶葉でございます」
「うん、確かにいい香りね。今日の心地よい春日和にぴったりだわ」
紅茶を楽しむ彼女の少し後ろに控えているのは、彼専属の執事であるギルバート。
彼もまた端正な顔立ちで一言で言えば有能な執事である。
リュミエットが7歳の時が彼が父親から引き継ぐ形で彼女の専属執事になったのだが、当時15歳であり、非常に若くて珍しい事であった。
最初は彼の仕事に対して不安視する声もあったのだが、リュミエットを誘拐しようという輩を一人で一網打尽にして見せてからは誰も何も言わなくなった。
『白百合には黒い薔薇が潜んでいる』と社交界では噂となり、彼女の品の良さから高嶺の花として近づけない者もいれば、その黒薔薇を恐れて近づけないものもいた。
そんな彼女ゆえに、慕われはするものの本音を打ち明けられる、そんな友人はおらず少し寂しい思いをしているのも事実であった──
「きゃー!!!」
そんな優雅にお茶を楽しんでいたリュミエットに甲高い女性の声が届く。
彼女は急いで声のしたほうへ向かって行くと、そこはミラード邸のキッチンの前だった。
「ギルバート」
「はい」
二人は目を合わせて合図をすると、声がしたキッチンのドアをギルバートが開ける。
日の光がわずかに入る薄暗い様子、カーテンが少し閉まり気味で、中からは何も音はしない。
リュミエットは、注意深くキッチンに足を踏み入れると、何かぬるっとしたものを感じて足元をよく見る。
「──っ!!!」
それは血のような赤黒い液体であり、思わずリュミエットは口元を覆って後ずさる。
「お嬢様、お下がりください」
そこには誰かが倒れており、よく見るとミラード邸の料理長だった。
「料理長っ!!」
リュミエットは駆け寄って彼の意識を確認すると、彼は額から血を流しながらも命に別状はないようだった。
よかった、といった様子で顔をあげたその向こうに、涙をぼろぼろと流しながら声も出ないほどショックを受けているメイドがいた。
彼女は床に尻餅をついて料理長から少し離れたところにおり、その身体は恐怖からだろうか、わなわなと震えていた。
「ギルバート、料理長をお願い」
「かしこまりました」
リュミエットは料理長の介抱を執事のギルバートに託すと、自らは震えて動けなくなっているメイドのもとへと近寄る。
大丈夫よ、落ち着いて、もう大丈夫だから、と声をかけながら近寄る。
「お嬢……さま……?」
「メイリン、何があったの?」
「料理長がっ! 料理長がっ!!」
「ええ、落ち着いてちょうだい、料理長は無事よ。安心して」
「……よかった……」
落ち着く様に背中をさすると、メイリンは段々呼吸が整ってきて正常な判断や行動ができるようになった。
そして、彼女に詳しい事情を聞くことになった──
◇◆◇
「つまり、この厨房に忘れ物を取りに来た時に怪我をしている料理長を見つけたと」
「はい、倒れているのが見えて、それで、叫んでしまい……」
「ええ、それは確かに私たちも聞いているわ。ね、ギルバート」
「はい、確かに聞いております」
幸いにも料理長は出血はひどかったものの、命に別状はなかった。
ひとまず、今日はここの主人であるミラード侯爵と侯爵夫人がダンスパーティーで遠征しているため、皆安全を確保しつつ二人組で寝ることになった……のだが。
「……なんであんたが私と寝るの?」
「専属執事でございますから、当たり前でございます」
「いや、私とあなた何歳だと思ってるの」
「お嬢様が17歳、わたくしが25歳ですね」
「だれが詳しい年齢を言えっていったのよっ!!!」
ひとまず事情聴取を一通り屋敷の人間にしてみたのだが、怪しい人間は誰もいない。
料理長も突然何かに殴られた、という記憶しかなく、犯人はわからずじまい……。
こうなってしまっては、使用人を含めて犯人がいつなんの目的で襲ってくるかもわからない状態で眠らなければならない。
リュミエットは一人で寝るといったのだが、ギルバートがどうしても一緒に寝ると譲らずに、二時間討論をした結果、深夜1時に同じ部屋にいることは許可するが、ベッドとソファで分かれて寝ることを決定した。
「いい? 一歩でもこの線から入ったらダメだからね?」
「ええ、わかっております」
床に簡易的に敷かれた線引きによって自分の領地を確保したリュミエットは、彼の存在が気になりながらも目を閉じた。
カタンッ
「──?」
リュミエットは夜中に何か物音がしたような気がして、目をきょろきょろさせるも、ソファでは目を閉じて眠るギルバートの姿、窓の外はまだ暗く月が見えており、風がよく吹いている。
カーテンがひらひらと風に揺れており、冷たい夜風が自身に当たっており、脳が覚醒していく。
(今日は少し肌寒いわね…………ん?……夜風?)
そんなわけはない、だって──
「なんで窓が開いてるの……?」
その瞬間、リュミエットに向かって閃光のような影が敵意を向けておそってくる。
「きゃっ!」
その瞬間にリュミエットを守るようにギルバートが立ちはだかり、向かってきた攻撃を受け流して相手を弾く。
「ギルバートっ!!」
「たくっ、相変わらずトラブル体質ですね、あなたはっ!!!」
キラリと光るナイフのようなものがリュミエットを狙うも、そのナイフを高く上げたギルバートの長い足が薙ぎ払う。
カランと音を立てて床にナイフが転がると、その隙を見逃さずにギルバートは黒い影の懐に入って手刀で相手のみぞおちを狙った。
「ぐはっ!」
床に突っ伏して伸びた彼をふうと一息ついて見つめるギルバート。
リュミエットも安心したように彼の元に近寄ろうとした瞬間、”それ”に気づいた。
「危ないっ! ギルバート!!」
「──っ!!」
突っ伏したように見せて下からギルバートの急所を狙っていた彼は、隠し武器でギルバートの顔を狙ってきたのだが、それを寸でのところでかわす。
しかし、少し遅かったようでギルバートの頬にはうっすらと切り傷のようなものが入り、血が流れ出る。
「──っ!!」
その瞬間、リュミエットの鼓動がドクンと跳ねて目が赤色へと変化する。
「お嬢様っ! いけませんっ!!」
「よくもうちのギルバートを傷つけてくれたわね?」
リュミエットの真紅の目は敵を真っすぐに見据える。
彼女は胸の前で祈るように指を絡めると、目を閉じて祈って唱えた。
「汝、我が命に従え。神聖なる力よ、悪に裁きをっ!」
その言霊を唱えた瞬間にリュミエットから白い光が放たれ、敵一直線に向かって攻撃が放たれる。
「ぐあああああーー」
身体に直接的な影響はないにしても、敵は意識を手放して攻撃の意思を失くす。
ふっと目を閉じて開いた時にはもとのサファイア色の目に戻っており、その瞳はギルバートを映し出した。
「ギルバート!!」
「たくっ、聖女の力はむやみに使ったらお嬢様の命をおびやかすから控えるようにと約束したでしょう」
「でも、だって、ギルバートが……」
少し涙目になるリュミエットに呆れながらも優しい手つきで頭をなでるギルバート。
そして人差し指を口元に持っていきながら、彼はこう言った。
「その力は俺だけにしか見せちゃいけませんからね?」
「──っ!!」
今までに見たことない色気が漂う表情に思わずドキリとしてしまうリュミエットであった。
その後、リュミエットの部屋に忍び込んだ賊が料理長を襲った犯人であったことがわかった。
金庫を探していたところ、料理長に見られたと思い込み、犯行に及んだのだという。
リュミエットを狙ったのは、彼女が犯行現場に駆け付けた際に窓の外にいたのだが、それを見られたと勘違いしたからであった。
とにかく、賊は王国警備隊によってとらえられて裁きを受けることになるだろうとのことだった。
帰ってきたミラード侯爵と侯爵夫人からはそれはそれは心配されたそうだ。
そして、リュミエットはいつものように優雅に自室で紅茶を嗜んでいた。
「ギルバート」
「はい」
「ありがとう」
「なにがですか?」
「私を助けてくれたこと」
「執事ですからね」
リュミエットはその言葉を聞いて少し悲しい表情を浮かべて、つい口を突いて出てしまった。
「執事だから守るの?」
「え?」
「ただの女の子だったら守ってくれない?」
ギルバートの目をみていうそんな彼女の顎をくいっと持ち上げながら、彼は言った。
「ふふ、私はずっと昔から、あなたしか見ていませんよ」
「え?」
「さ、紅茶のおかわりを入れましょうか」
「え?! え?! 今、なんかさらっとすごいこと言ったよね?! え?! もう一度言って?!」
「言いません」
「えええー!!!」
そんな声が今日も響き渡っていた──
読んでくださり、ありがとうございます!!
アニメイトバディ企画に応募しました!
また連載作品が第一部完結しましたので、ぜひ見てみてください!
評価などいただけますと大変喜びます!!
『力を失ったことで虐げられて感情が欠けた聖女は、秘密を抱えた公爵様に甘々に溺愛される』