4.海喰い
港を出港してから早くも6日が経過した。今のところ異常はない。ワルドは掃除を終えて釣りをしていた。しかし、何も釣れないし、話し相手もいない。
「風丸の捌いた魚うまかった。刺身だったか?また食いて~」
独り言をぼやきながら、魚を待つ。いっそ、泳いで捕ってこようかと思い始めたとき、
「こちら、風丸、1000m東方向に人影を発見しました!」
見張りをしていた風丸から、漂流者がいるという声が響いた。彼のもとへ駆けつけると確かに遠くに何かがいるとワルドは確認した。
「船長、あれは回収してきた方がいいのか?俺なら泳いで戻ってこられるが。」
ワルドがカノンに尋ねる。
「まあ、あれが人なら助けた方がいいけど、、」
カノンは少し考え込んだ。それを見てワルドは
「じゃあ、俺行ってくるわ。」
ワルドはカノンが考えてる内に全身を黒い鱗を纏って船を飛び出した。手足は一回り大きくなっている。指の爪は長く鋭くなり、全身からは棘が生えている。正しく怪物のようであった。
ワルドは水面を駆けた。走りにくいが、目的までは後数秒で到達しそうだ。その時、船から、アルマスの声が響く。
「戻れ!!罠だ!」
ワルドが声を聞いたと同時に彼の真下から、龍が飛び出てきて、ワルドを飲み込んで再び潜っていった。いや、行こうとした。突然、龍の首から上が破裂した。もちろん、やったのはワルドだ。彼は龍の死体の上で声を上げて笑っている。しかし、海で龍が死んだのなら、もたもたしてはいけない。
「カノン!強引でもいい。あいつを早く船に!海喰いが来る!」
アルマスは忠告を忘れていたことを後悔しつつ、カノンに風でワルドを船にふっ飛ばしてほしく、カノンに指示したが、
「その必要はございません。」
風丸がそう言い残してその場から消えた。正しくは空間を捻じ曲げ移動した。数秒して彼は元に戻ったワルドを連れて船に帰還した。カノンは風丸らの帰還を確認して、最大出力の風を用いて船を龍の死骸から遠ざけている。
「三十八頁、陣をカノンに固定、対象カノン、実体化、疲労回復、起動」
現在、死骸と船の距離は3㎞、死骸にはサメがたかっている。アルマスもカノンに魔法を掛け、彼女が最大限に力を発揮させれる状態をキープさせている。
「風丸、四人同時に17㎞移動させることはできるか?」
「今の俺では、最大2㎞動かすのがやっとです。」
風丸は悔しそうに語った。そこにワルドが
「アルマス、ここの奴らを生かせればいいんだな?海面と垂直に結界を張って、俺を最大限強化しろ。合図と共に船を収納して、お前ら俺に掴まれ。原因作ったからな、責任とってやる」
ワルドがアルマスに命令する。アルマスは迷わずに決断する。
「わかった。お前に託す。あと、掴まってると落ちそうだからデカい袋を用意する。生き残ったら説教な!」
ワルドはいい判断力だと思い、体を鱗で覆い巨大化させる。アルマスは既に結界を張って、ワルドに身体強化を施していた。カノン、風丸が袋に入り、ワルドは袋を持っている。
「ワルド、これ殺せるか?」
アルマスが尋ねる。ワルドは首を振って反応した。そして、
「収納しろ。」
瞬間、船が消える。ワルドはアルマスを袋に入れ、結界を足場にして、跳んだ。それはいとも容易く音速を超えた。腕は四本、怪物は空を駆ける。彼の手足は空間を掴む。怪物はどんどん加速していく。それは正に黒い流星の様であった。しかし、海面には黒い影がは、タイムリミットはずっと向こうまで映っている。そして、海面が上昇してきた。間に合わなかったかとワルドは悟る。刹那、海面に叩き付けられた。目の前が黒く染まっていく。彼らは海ごと飲まれた。
「転移」
突如、ワルドたちは荒れ狂う海に放り出された。風丸の転移でなんとか海喰い本体から逃げ切れる範囲まで来ていたのだワルドは思った。
今回、彼らを襲ったのは海帝ハルル。別名海喰いとも呼ばれる。全身を見た、という記録は無く頭は龍の様であることから巨大な龍であると考えられる。生息数は分かっておらず、ある記録では8体存在しているという記載があった。普段は海底で暮らしているが海で龍が死んだ時に現れ、そこを中心に半径約20㎞丸呑みする怪物である。海では恐れるだけ無駄だという扱いを受けており、ハルル諸島の名の由来はこの諸島の近海で比較的多く出没しているからであった。