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凍てつく寒さの中で

少し一緒に歩いても構わないかというユリシスに、リリーシュは頷いた。彼は本当に、ルシフォールとは正反対らしい。


「フランクベルトから聞きましたよ。貴女はここに来てから、随分と酷い扱いを受けているにも関わらず全く不満を口にしないと」


国王と王妃への謁見も叶わないまま部屋に居るようにと命じられ、やっと結婚相手に会えたと思えば辛辣な態度を取られる。これだけの侮辱を受けてなお、リリーシュは特に文句も言わない。


側から見れば、世間知らずで従順な公爵令嬢。もしくは、借金がある所為で表には出せないが、本当ははらわたが煮え繰り返っているか、毎晩枕を濡らしているかのどちらかなのだろうと。


なんにせよ、弱みのあるリリーシュは王家にとって好都合。多少雑な扱いをしようとも、文句を言える立場にない。


リリーシュが現在宮殿で暮らしていることは、もう既に他の貴族達に知られているだろう。きっと彼らの間では、そんな風に噂されているに違いないのだ。


「今こうして外の空気を肺いっぱいに吸うことができているのですから、私はそれで満足です」


リリーシュの澄んだヘーゼルアッシュの瞳を見つめながら、ユリシスは不思議な気分になった。このお嬢さんの言葉は本心のように見えると、彼は思う。ユリシスの立場は国王の甥であり、その権力に擦り寄ってきた女性達など山程相手にしてきた。


しかし目の前の哀れな生贄には、その素振りが全くと言っていい程見られない。ともすれば彼女の興味は、自分よりもただの雪まみれの枯れた庭園にあるようにも見えたのだ。


「では、この間のルシフォールにの態度についてはいかがですか?あんな男の妻になるなど、私は貴女が憐れでなりません」


「お二人は、とても仲が宜しいのですね。私のようなものが殿下にそんな感情を向けることなど、有り得ません」


リリーシュはきっぱりと言い放った。ここで有耶無耶にして、後で悪口を言っていたなどと言われたら堪らない。彼女は突然目の前に現れたユリシスを、信頼していない。


「殿下とまたお話ができるなら光栄な事ですし、あのお方が私を気に入らないとおっしゃるのなら、それも仕方のない事です。殿下とて一人の人間なのですから、様々な感情を持つのは当然かと」


「では、例え酷い仕打ちを受けようとも構わないと?」


「そういう意味ではないのですが…あっ、ユリシス様は女が体を鍛えるにはどうすれば良いのかご存知ですか?私乗馬は少しだけ経験したことがあるのですが、それ以外はさっぱりで。やはり、基本はまず走ることからでしょうか」


「はい?」


ユリシスは、彼女の言っていることが本気で理解できなかった。


「体を鍛えておけば、今後何があっても安心なのではないかと思ったのです」


「…それはまさか、万が一ルシフォールに殴られても耐えられる様にという意味ですか?」


「いいえ。ですが、備えるというのは悪い事ではありませんから。いつか、何かの役に立つかもしれませんし」


「貴女はそれを、嫌味でもなんでもなく本心で口にしているのですよね?」


「私、失礼な事を申してしまいましたか?そうであれば、謝罪します。ユリシス様は武芸事に精通していらっしゃるようにお見受けしたので、つい尋ねてしまったのです」


困った様子で眉根を寄せるリリーシュを見て、ユリシスは思わず笑ってしまった。


ルシフォールの非常に不名誉な噂は、ユリシスも知っている。目の前のこの女性も、当然耳にしているだろう。


リリーシュは怯えるでもユリシスにあの噂は本当かと事実確認するでもなく、体の鍛え方を聞いてきた。


成る程これは相当、変わった女性だ。全く貴族らしくないというか、そもそも思考が普通ではない。


この城に長年仕える遣り手執事であるフランクベルトから話を聞き、興味があったから偶然を装ってここにやって来た。


もしかすると彼女ならば、あの曲者王子とも上手くやれるのではないかと、ユリシスは思った。


「いいえ、何も失礼な事などありませんよ。宜しければ今度ぜひ一度、ルシフォールの住まう塔にある訓練場にお越しください。普段は僕も、そこに居ますので」


「ですが私は…」


「大丈夫。ルシフォールには私から話を通しておきます」


ユリシスの笑みには何故か有無を言わせない圧力があると、リリーシュは内心苦笑いした。

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