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次の鬼は君

作者: しょうぐん

 それは幼い頃の他愛のない遊び。


「最初はお前の鬼からな!」


 あの子の名前をもう思い出せない。

 思い出したくない。

 忘れたいだけだ。


「十数えて、”もーいいよ”でスタートだからな!それまで顔上げちゃ駄目だ!動いちゃ駄目だ!そういう決まりだからな!決まりは守れよな!」



「ついに横山が結婚かぁ~」

「へっ!羨ましいか?」

「羨ましいねぇ~!コノヤロウ!」


 その日、俺は自分の結婚の報告を兼ねた独身最後になるであろう飲み会を地元の友人達と行っていた。

 式は親族だけで小さく行う事に決まっていたので、実質この飲み会が親友たちへの報告会みたいな物だ。

 集まったのは小学校の頃から付き合いのある奴等。

 小林、武田、佐藤、そして俺を含めた四人は今でも集まっては酒を飲む幼馴染達だ。


「嫁さん可愛い?写真見してくれよ!」

「仕方ねぇなぁ」


 就職で地元を離れたといえ、車を飛ばせば帰ってこれない距離ではない。

 今日は連休の初日だ。

 本来ならば休日は式へ向けたあれやこれやで動くべきなのだろうが今回は嫁に頼み込んで帰省をしていた。

 女が居れば許してくれなかっただろうが、ここに居るのは昔から馬鹿をやっていた男連中ばかりなので嫁には許してもらったのだ。


「「「くっそ~かわいいな!」」」


 少しだけ優越感に浸る。

 俺だってそんなにモテたわけじゃないが、こいつらは俺よりも更に女っ気が無い奴等ばかりだ。

 だから、誰かが結婚するなんて話題はもっと遠いと思っていたと皆が口をそろえる。

 結婚してしまっても付き合いを無くしたりはしたくない親友達と言って良い。

 だけど、実際に結婚したらどうなるかわからない。

 だから今日はとことん楽しむと決めてきていた。

 独身最後の大はしゃぎ。

 最後の祭りだと。



「お前は昔っから結構女の子に酷い事するのになぁ」


 唐突に小林から言われた言葉に眉をしかめる。

 俺は自慢じゃないが女の子に優しい。

 優しすぎると言って良いくらいだ。

 優しいだけが取り柄と言っても良いのだ。

 

「あぁ?俺がいつそんな事したよ?」


 俺は今まで片手で足りるくらいの女の子としか付き合った事はない。

 それも全部、最終的に俺が振られて終わるような形だ。

 女遊びなんていうのはしたことがないし、そんな事ができるほど器用じゃない事は自分が一番理解している。


「ほら、お前昔さ、転校生の女の子からかってたじゃん。かくれんぼの鬼であの娘が十数えてる時に時にスカート捲ったりさ」

「おいっ!お前それは!」


 小林が口に出した話題に俺達の表情が青ざめる。

 だが、そんな俺達を見回して小林は落ち着くように言う。


「いやいや、もうさ。俺らも良い歳になったし、横っちは結婚もする。だから、そろそろ向き合おうぜ」


 俺達が無意識に避け続けてきた問題。

 皆が共有するトラウマに無造作に触れた事に俺は驚いたが、小林は何も考えずにその話題を出したわけじゃなかった。

 俺達のトラウマであり、それがあったからこそ未だにこいつらとの付き合いを続けているのかもしれないと思える出来事。

 だけど、俺達の関係を純粋な友人ではなくしてしまった原因。


「あの時さ、たしかに俺らは横っちの提案であの子を置き去りにして家に帰ったけどさ、どう考えても行方不明になったのは別な原因あんだろ」


 小学生のある日、俺達は転校してきたばかりの女の子を誘ってかくれんぼをした。

 その子は都会から来た女の子で白いワンピースが良く似合っていて上品で、どうにも住む世界が違うようだった

 俺達はそれが気に入らなかったのか、それとも好きな子に意地悪をしてしまうというアレだったのかもしれない。

 だから、友達の居ないその娘と遊ぶという体でちょっとしたイタズラをした物だった。

 そしてあの日、あの子がかくれんぼの鬼をして数を数えてる隙にコッソリと家に帰ったのだ。

 鬼をやっている女の子を置き去りにして。

 それだけなら悪質だが子供のイタズラ程度の話だっただろう。

 しかし、問題はそれで終わらなかった。

 その子が家に帰ってこず、そのまま行方不明になったのだ。


「あそこは確かに山だったけどよ、だからって迷うような場所でもなかっただろ。ぜってぇ俺達のせいじゃないって」


 街は騒然となって捜索隊も出された。

 当然、俺達も事情を聞かれた。

 そこで俺達は嘘をついた。


”かくれんぼをして遊んでいて、解散した後は知らない”


 大人達に俺達はそう口裏を合わせて証言をした。

 置き去りにして家に帰った事は俺達だけの秘密になった。

 その秘密が俺達を大人になった今でも繋げてくれていたのかもしれない。


「変質者か何なのかわからねぇけど、よくわかんねぇ事になってさ。俺達ずっと何か後ろ暗かっただろ?でも、いい加減こんな気持ともオサラバしようぜ!」


 集まっても誰もその話題をするのを避けてきた。

 暗黙の了解でのタブー。

 友人ではなく共犯者としての関係が俺達にはあった。

 だけど、そんな荷物を抱えたままじゃなくて本当の意味での友人になろうと小林は言った。


「そうだなぁ~俺達が行方不明にしたわけじゃねぇしなぁ」

「よ~し……今日は俺だけじゃなくて全員の新しい出発だ!」


 そうして俺達は朝まで馬鹿騒ぎをした。

 後ろ暗い気持ちを捨てて、ただただ親しい友人として。



 帰省したあの日から数日が経っていた。

 俺は地元から今の家へと帰って日常に戻っていた。

 結婚をすれば今住んでいる部屋からも引っ越すことになると思えば、こんな何気ない日常も貴重な日だ。


 その日、俺は仕事も終わって帰宅していた。

 食事は外で済ませて来たのであとはダラダラと夜の時間を過ごして明日に備えて眠るだけ。

 しかし、明日は休日なので備える必要なんて物も無い。

 帰りにコンビニで買ってきたツマミでチビチビとビールを飲みながら映画でも見ようと思っていた時に俺のスマホが電子音を鳴らす。


「ん~……珍しいな。こんな時間に」


 それは地元の友人の小林だった。

 帰省をすれば確実に集まって飲むような間柄だが何もない時に連絡を取り合うような事を俺達はしていない。

 それに、この前帰省して朝まで語り明かしたばかりだ。

 日付が既に変わってしまった深夜にわざわざ電話をしてくるような事があるとは思えなかった。

 そんな違和感を覚えながらも俺はコール音がなり続けるスマホを手に取り電話に出た。


「うぃ~っす。どした?こんな時間に」


 軽口から入った俺。

 気の知れた間柄。

 特に、あの日を境に俺達は本当の友人関係になったという気持ちがあった。

 それが態度にも現れていたのかもしれない。

 一人で都会に出てしまって、こっちにも当然友人は居るがやはり地元の友達、あの三人は少し特別なんだと思う。


「どしたんだよ?もしもーし、もしもーし」


 あちらからかけてきたというのに電話口からの返答は無かった。

 訝しみながら何度か声をかけてみるも返事が帰ってくることはない。

 もしかしたら、何かの拍子に偶然俺へと電話が繋がってしまっただけで実際はペットとかがスマホを触っただけなんて事だろうかなんて考えてしまう。

 天文学的確率かもしれないが、そういう事が実際にあるとは話に聞いた事があるし。

 そう考えて電話を切ろうか迷っていた俺はこちらから声をかけずに耳を済ませてみた。


「……もー……い……かい」


 小さく何かが聞こえた。

 なんて言っているかなんてわからない。

 だけど、それは確かに聞き馴染みのあるあいつの声だった。


「もう……勘弁……して……もう……」

「おい!どうしたんだよ!何かあったのか!」

「助けて……助けてくれ……お願いだよ……もうい……」


 なにかに怯えたような声。

 襲われている?

 脅されている?

 追い詰められている?

 とにかく普通ではない事が起きているのが電話越しでも伝わってきた。


「やめて……俺が……やめて……もう……あぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!」

「おぃ!どうしたんだよ!マジでなんなんだよ!」


 スマホを耳に当てて叫ぶ。

 尋常ではない叫びが電話口から続いている。

 狂乱状態の小林の声。

 そして響いてくるのは何か重たい物が叩きつけられるような音。

 何度も断続的に続く打撃音がスマホから漏れている。

 それが唐突にブツリと途切れた。

 脳裏に焼き付くほどに上げていた悲鳴が聞こえなくなる。

 だが、それは通話を切ったからというわけじゃない。

 まだ俺とあいつの通話は繋がっている。


「なんだよ!誰かいんのか!てめぇ!何してんだよ!お前そいつに何かしたらまじでぶっこr」


 電話の先から響いてきていた音は尋常ではなかった。

 声を荒げながらも恐怖が体を覆い尽くしていく。 

 小林の悲鳴も何かを叩く音も聞こえなくなり、残ったのはピチャピチャという何かの水が滴るような音だけ。

 それが一体なんなのか考えたくもない。


「みぃつけた」


 耳に当てていたスマホから少女の声がした。



 興奮していた頭から熱が逃げていく。

 一瞬で体の全てが動かなくなった。


「ひっ!な……っ……に……」


 部屋の空気が一瞬で変わったのがわかった。

 見慣れた俺の自室。

 ここが今では全くの異世界のように感じる。


 急に俺のスマホから響いたのは少女の声だった。

 まだ幼い可憐な声でありながら、そこに込められた情念が感じ取れてしまような声。

 聞きたくない声。

 忘れようとしていた声。

 聞いてしまったら、もう戻れなくなる声。

 

「見つけたから……次は君が鬼だよ」


 慌ててスマホを耳から話して前を見ると、そこには異質な存在感を出す少女が居た。

 低めの身長、華奢な体。

 ずっと昔の記憶が蘇る。

 長く伸ばした黒髪。

 上品な白いワンピース。

 赤い靴。

 何度も忘れようとしたゾットするほど綺麗な顔立ち。

 それは大人になった今見てもこの世の物ではないかと思えるくらい綺麗で怪しく恐ろしい。


「十数えてね……私が”もう良いよ”って言うまで……顔を上げちゃ駄目だよ……動いちゃ駄目だよ……駄目だよね……決まりは守らないと……君は……守ってくれるよね?」


 この少女が言っている事を俺は理解してしまっていた。

 かくれんぼをしようと言っているのだ。

 子供の時に行っていたように。

 あの頃のように。


 錆びついた体がギギギっと下を向く。

 本当は叫んでここから逃げ出したかった。

 大人の俺が殴りかかれば容易く倒せそうでもあった。

 でも、そんな事が不可能である事もわかっていた。

 何が起こったかわからないが小林は恐らくこいつに殺された。

 逆らえば俺も殺されると直感的に理解できた。


「はっ……はっ……」


 呼吸が乱れる。

 息が上手に吸えない。

 ここで俺がこの娘のルールに逆らったとしたら、その時に辿る末路が小林と同様の物だと言うことがわかる。

 嫌でも何でも付き合うしか無いという事を。


「じゅ……じゅう~きゅ~」


 ゆっくりと数を数え始める。

 俯いて下を向いている俺の視界にはテーブルが映るだけ。

 なんでこんな事になったのだろうと自問自答する。

 この少女があの日、行方不明になった子だとしたら何で今更になって来たのかと。

 俺はこれから結婚して幸せな家庭を築くはずだった。

 小林だってそうだ。

 まだまだやりたい事があったはずだった。


「は~ち、な~な……」


 息を短く吐く。

 小林はなんで殺された?

 俺に連絡をしてきたのは何故だ?

 あの電話のせいで俺はこいつに見つかったのか?

 わからない。

 何もわからない。

 俺の次は誰だ?

 佐藤か武田か?

 俺が生き残れば、この連鎖は止まるのか?


「さ~ん、に~」


 このカウントが終わった時。

 そこが俺の終わりになってしまうのか?

 俺が鬼という事は隠れているであろうこの娘を見つければ助かるのか?

 子供が隠れれる場所なんて俺の部屋にはそこまで多くありはしないぞ。


「ぜ……ゼロっ!」


 カウントが終わった。

 俺の人生の中で最も長い十秒だった。

 理解できない事ばかりだ。

 何が起きているのか全くわからない。

 だけど、少しだけ頭の中に落ち着きが戻ってきていた。


 わかっているのは小林がこの少女の指示に従わなかったから殺されたという事。

 きっと助けを求めるために俺へスマホで電話をしてきたのが原因だ。

 あの娘に付き合わずにかくれんぼを放棄しようとしてはいけないんだ。

 だったら俺はルールを守る。

 ルールを守った上で隠れているあの娘を見つける。

 見つければ殺されないかどうかはわからないが、やってみる価値はあるはずだ。


「も~いいかい?」


 最後の問いかけをする。

 かくれんぼをするなんて言うのはあの日以来だ。

 今の俺は子供じゃなくて大人だ。

 それなりに予測を立てて動く事ができる。

 頭の中であらゆる可能性を検討する。


 少女が隠れるような場所が俺の部屋にあるとは思えない。

 テーブルの下、ベッドの中、クローゼットの中。

 せいぜいそれくらい。

 そんな簡単な場所に隠れたのならば小林だって見つける事ができていたはずだ。

 だけど、小林はゲームに負けたのか俺に助けを求める事になり、そして最後には殺されてしまっている。

 つまりは人間が隠れるような場所には居ないという事じゃないだろうか?

 人間ではないのだから予想もしない所に隠れていると考えられる。

 いや、そもそもこの家だけが範囲とは決まっていない。

 家の外に出て行っている可能性もある。

 もしも、この少女が俺達が置き去りにした少女だったとしたら、あの行方不明になった場所へと戻って彼女を見つければ助かるなんていう事もあるかもしれない。

 とにかく、かくれんぼが開始をしたら俺は全力であの娘を探す。

 かくれんぼで勝利をする事が生き残るための手段だと信じるしか無い。


「ま~だだよ」


 色々な可能性を検討し、かくれんぼに命をかけようとした俺。

 しかし、帰ってきた返答はスタートの合図では無かった。

 鬼が数え終わったとしてもまだ隠れられていない子供のための猶予時間。

 隠れられていない?

 人間じゃないのに?

 そんな事があるのか?

 あたまを疑問符が埋め尽くす。

 

「…………も~いいかい?」

「クスクス……ま~だだよ」


 再度、問いかけた俺の声に返答するのは全く同じ返答。

 腹を括っていたはずの俺の頭が混乱していく。

 これはどういう事だ?

 かくれんぼが始まらない。


「ふふっ……ま~だだよ」


 少女の声がすぐ耳元から聞こえてくる。

 息遣いが聞こえてきそうな程の至近距離。

 幼い声の中にありったけの悪意が込められている気がする。


(あぁ……そうか……そういう事……かよ……)


 背中を小さな手がなでるのを感じる。

 こいつは隠れる気なんて無い。

 その証拠に下を向いた俺の視線に小さな手が入ってきて俺の顔を覆う。

 青白い手が汚れている。

 指先に赤黒い染み。

 既に人の物では無くなっている子供の手が顔面に食い込む。

 凄い力で締め付けられ、突き立てられた爪が皮膚に食い込む。

 それでも俺は動く事ができない。


(あぁ…………そういう……こと……)


「まぁぁぁぁぁだだよ……まぁぁぁぁぁだだよ……」

 

 小林はゲームに負けたわけじゃなかったんだ。

 そもそも勝つ事なんてできはしない。

 だって、始まらないんだから。

 遊びが始まらなければ終わることもできない。

 かくれんぼは子が開始を許してくれないと始まらない。

 鬼はいつまでも待つだけだ。


 あいつは耐えきれなくなって俺に助けを求めたのかもしれない。

 いつまでも始まらないかくれんぼに。

 横から聞こえてくるこの邪悪な笑い声に、じわじわと傷つけられる体と迫りくる恐怖に耐えられる事などできはしなかっただろう。


「ちきしょぉ……なんで……どうして……あぁ……」


 顔の横から声が聞こえる。

 それは既に少女の物でもない声で……


「まぁぁぁだぁぁぁだぁぁよぉぉぉぉ」



「私がみんなを見つけちゃうからさ」


 それは幼い頃に投げかけられた言葉。


「ぜ~ったい見つけるからね、私からは逃げられないよ」


 誰に言われたのだったか、もう思い出せない。


「だから、次は君が鬼だよ」


夏はホラー。

女の子のイメージは完全に映画「来る」のあの娘。

「来る」は凄い良いエンタメホラーで面白いですよ。

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