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ささくれ

作者: 知吹 海里

脚本です。ト書きで書いてあります。


○繁華街から少し離れた川べり。橋の上。(夜)

手すりに寄り掛かかる。水面に反射した街のネオンが揺れている様を見つめている■。

N ■ 夜のネオンが水面に浮かんでかき混ぜた絵の具のように溶けていく。

揺れる、風は感じない、ただ揺れているだけ。このまま世界を切り離して、ここから見ていたいと切に願った。


煙草に火をつける、■。

聞き慣れたラインの通知オンが鳴る。

画面をゆっくり眺めた。


T 一年前。


○某喫茶店。(午後3時ごろ)

店長「ねえ■君。明日の午後シフト、一人足りてないんだけど何か予定あったりする?もし空いてたら入って欲しいんだけど。」

■「あ、大丈夫ですよ。明日なら予定もないし。」

店長「本当に!それなら助かるよ。いつもよく働いてくれて助かってるよ、ありがとうね。」

■「全然っすよ。稼ぎたいし。あ、お客さん」

店長「じゃあ、よろしくね!」

そう言い残し、パタパタと厨房に入っていった。

N■ 毎日働くことは苦ではない。大学を卒業して特に就職する気になれなかった俺は、フラフラと実家に寄生しながらアルバイトをして生きている。俺の親は過保護なくらい心配性だが、実家に居て顔を合わせば何かと満足そうだ。別段、悩みもない。毎日の楽しみといえば、最近入ってきた新しいバイトの女の子に恋をしているくらいだ。

■、ちら、と目をやる。

▲、不思議そうに目を合わせる。

■、いそいそと来店者の元へ歩み寄る。

■「いらっしゃいませ、お煙草はお吸いになられますか?」

●「吸います。」

■「では、こちらのお席へどうぞ•••って、●?!」

●の名を強く呼びすぎたせいで近くに座っている他のお客が何事かと振り向いた。

視線を感じはっとした■、バツの悪そうな顔をして、小声で

■「ごめん、うるさくしちゃった。覚えてる?高校の時同じクラスだった。」

●「ああ、覚えてるよ。確か、■? あの頃から変わらず、その、元気だね。」

ふっと笑った。右端の口が少し上がる力のない笑顔。

■「まさか、覚えていてくれたとは!●、まだ絵描いてるの?俺、てっきりプロになったかと思って•••。」

こそこそとはしゃぎ気味に話しかける。店長が不思議そうにこちらを見ているのに気づきつつ、喫煙席へ案内する。

●「絵はもう描いてないかな。今は作家だよ。あと、コーヒーの、ブレンド、くれる?」

ゆっくりと腰をかけた。

■「作家!●は相変わらず、すごいなぁ。あ、コーヒーね!ゆっくりしていってよ、俺、毎日ここで働いてるからさ!」

●「ありがとう。実は毎日来てる。(ニヤとする)ここのコーヒーは美味しいよね。」

●は力なくふふっと笑った。

■、ニコッと笑顔で答えるとすぐに次の来店客へと、入り口に向かった。

■(回想) 高校 三限テスト終わり (昼)

席が前後の●と■。

プリント用紙を後ろに回す●。

裏にびっしり描かれた蓮の花に目をやる■。

驚いたように目を丸くし、動きを止める。

生徒a「おい、はやく回せよ。」

■「あ、ごめんごめん。」

動揺したようにプリントをまとめて後ろへ回す。

同• 休み時間

前の席にいる●の背中をポンポンと、叩く。

■「なあお前、画家になれるよー」

●「え?」

ゆっくりと振り向く。眠たそうに■を見る。

■「プリント!あれ、蓮だよね?めちゃくちゃうまいよ。驚いた。」

●「ああ、ありがとう。」

回想終了

N■ なんにも、変わってなかった。あの時と同じだった。あいつは、あの頃から変わらず、全くの天才だ。本はあまり読んだことないけど、きっとすごいんだろうな。かっこいいや。俺にはなんにもないし。


懐かしい気持ちに心を踊らせて、ぼんやりしている■。

そこへ▲がやってくる。

▲「■くん。あのお客さんと、友達?」

あ、と小さく声を漏らす■。

■「あ、うん。高校の時の同級生なんだ!久しぶりに会えたからテンション上がっちゃってさ。」

ははは、と笑いながら首の後ろに手をやった。

▲「そうなんだ。(じっと遠くの●を見つめる)」

さらと言い残し、去る。


1ルーム 室内 (夜)

小さな単行本をカバンから取り出し読む▲。

思いついたように壁の写真を眺める。

壁に貼られているのは、文学サークルのみんなとの写真。家族。愛犬。そこに埋もれるようにしてある、遠くから撮られた●らしき写真。

(回想)

N▲ 昔から女っ気がないと言われて育ってきた。全くもって、そんなことはどうでもいい。他人の見る私と、私の見る私に相違があるのは当たり前、それに、私の世界は完結している。女子の少ない理系の大学に進んだことも、将来のために真面目に勉強してきたことも、頑張れば認めてくれる親と、いつでも私を待つ愛犬、それから、本。人生の、楽しみだから。

○ 小さな本屋 (昼)

本屋に小一時間ぶらぶらする▲。

N▲ 有名な作家、映画化されるもの、そういったものには何故か惹かれない。タイトルに直感で手に取る。それが無二忘れることのない物語との出会いになったりするのだ。

“ ささくれ “

N▲ 幾つもの並べられたタイトルの隙間になぜか心が動かされるもの。滅多にない出会い。

抜き出し、手に取る▲。

公園 昼下がり ベンチ

買ったばかりの本のビニールを破いてページをめくる。作者のプロフィールに目をやる▲。

同じ大学の卒業生である一個上の先輩。新人賞受賞作品。作品欄にはこの”ささくれ”のみ。

同 夕方

静かに泣いている▲。

回想終了

●の写真を指でなぞる▲。(遠くを見つめるような表情)


○喫茶店内 (雨)

■「いらっしゃい●!(笑顔)今日もコーヒー?」

おしぼりと水を机に置きながら楽しそうに聞く■。

●「うん、お願い。」

机に広げた資料らしきものと、パソコン。外国産の見慣れない煙草と、脇に置かれた”向日葵の咲かない夏”

店長「あの子と友達なんだ?」

レジ付近にいた店長。手を動かしながら聞く。

■「はい。高校の時の同級生で。あっ、あいつすごいんすよ。作家らしくて、ここで毎日作業してるらしい。かっこいいっすよね。」

店長「へえ。今時珍しいね、若くして作家だなんて。あ、4卓行ってくれる?」

■「はい!」

ぱたぱた向かう。

▲「お待たせ致しました。こちらコーヒー失礼致します。」

机の端にゆっくり置いて、ちらと●を見る。

●「どうも。」

置かれたコーヒー見ながら返事をする●。

■くんの、と小さな声でつぶやく▲。

顔をあげてえ?と、▲を見る●。

▲「■くんの、お友達なんですよね。作家さんで。」

ああ、と力なく笑う●。

●「そうです。(軽い笑顔) ■くんは、明るくて、良いですよね。」

▲、しばらく静止、口を開く。

▲「わたし、あなたの小説、好きです。”ささくれ”」

●、前髪がかかった目を擦るようにして、

●「ありがとうございます。(軽い笑顔) あれは駄作なんですけど、次の作品も是非読んでくれると、嬉しいな。」

「••• もちろんです。」

小さく笑顔をつくってお辞儀をすると、トレーを持って去る▲。

その様子を遠くからぼんやりと眺めていた■。

分煙された自動ドアが開き、近くに立っていた■と鉢合わす▲。

また少し頭を下げてすぐに去る▲。

すぐに笑顔で接客に向かう■。


○冒頭のシーンと同じ 橋の上 (夜)

バイト終わりの■、トボトボ歩く。

同じくバイト終わりの▲を遠目で見かける。

■「▲ちゃん!」

駆け寄って▲の肩をポンと軽くたたく。

▲「あ、■くん。おつかれさまです(軽い会釈)」

先ほどまでの早歩きのスピードがかなり落ちる▲。

■、軽く息があがっている。

■「せっかくだし駅まで一緒に帰ろうよ。」

▲「いいですよ。」

不思議そうに■を見る。

じっと見る▲に■はすっと目を逸らす。

歩き出す二人。

■「ここ、静かで好きなんだよね。バイト帰りはいっつもこの道を通る。」

▲「•••奇遇ですね。わたしもここ、好きです。」

ね、■はそういうと▲の方をまるで懐いた犬のように振り向いた。

そして暫く無言になる二人。

あー、といい話し始める■。こないだうちのお母さんがーなどの日常的なもの。一人でずっと喋っているような■。

▲はどこか心ここに在らずのような状態で相槌を打ち続ける。

■「それでね。あっ。ごめん喋り過ぎちゃった(眉毛を下げた笑顔で笑う)。」

▲「大丈夫ですよ。」

■「ふふ(どこか嬉しそうな表情)。▲ちゃん、最近雰囲気変わったよね。可愛くなったっていうか•••。彼氏でもできたの?」

普通を装いながら軽く聞く。

少しの沈黙の後に▲口を開く。

▲「■くんは、”こころ”読んだことありますか。」

■「ええと、心は読めたことないよさすがに。」

戸惑いながら答える■。

吹き出す▲。そのままツボに入ったように笑い転げる。

▲「ちょ、その心じゃないです。漱石の。教科書にも、載っていたでしょ?」

不思議そうに▲を見るが、笑っているところを見るのが嬉しくてすぐに笑顔になる■。

■「あ、そっちかぁ。覚えてないや、本はあまり読まないし。」

▲「ふふふ。気が向いたら、読んでみてください。恋愛ってああいう感じ。」

「それから、彼氏はいません。」

■「そっかじゃあ、」嬉しそうに目を輝かせた■。

▲「(遮るように) 好きな人。います。」

▲の横顔をぱっと見た。軽く俯く■。

思いついたように、

■「そ、そうなんだ。今度、その人の話ゆっくり聞かせてよ。」

前を向きながら話す。平然を装う。が、少し悲しそうに笑う。

▲「じゃあ、今度3人で会いませんか。」

■「えっ。」

足を止めて▲を見る。

その■をじっと見る▲。

▲「わたしの好きな人、●さん、なんです。」


喫茶店 (夜)

仕事中の■。何か言いたそうに、ちらちら●をみる■。

そしてわかりやすくため息をつき、また●をみる。

気にも留めない●。煙草に火をつけ一吸いし顔を上げて漸く■の存在に気づく。

●「ん?」

■「ねえ●は彼女とかいたりするの?」

店は暇。席に座る●に話しかける。

●「どうしたの、急に。」

■「いやね、」

「••••好きな人に、好きな人がいた。」

だらんとする■。

●「••••■がそれでも好きなら、いいんじゃない。」

■「割と頑固な人だから、それじゃ振り向いてもらえないんだよ。」

「それに•••。」

何か言いたそうに●を見る。

●「ん、なに?」

■口を開くがやめる。そのまま尖らし息を漏らす。

■「別に〜。」

●「なんだよ。(軽く笑う)」

「元気ない■とか、レアだな。」

黙る■。

■「••••今度、飲まない? あの、●のファンだっていう▲も連れていきたくて、その、3人でさ。」

●「いいね。あ、今週末に行きつけのバーでパーティーがあるから行こうよ。」

●の口から聞きなれない単語が出てきて戸惑う■。

■「じゃあ、決まりな。」

店の仕事に戻る■。

彼の背中を追う●。視界から消えてもなおぼんやりと何処かを眺めている様子。

▲「■くん。」

■「わっ。▲ちゃん。」

▲「どうでした。」

■、オッケーサインを出しながら、

■「今週末、パーティーだって。」

▲「〇〇のバーですね!」

目を輝かせる▲に、うっとりして、何か気づくように、

■「え、なんで知ってるの?」

▲「リサーチ済みです。」

■「色々話聞いてて思ったけど▲ちゃんってストー•••」

遮るように、

▲「仕事戻ります。」

ぱたぱたと去る▲。ニコニコする■。


〇 バー 週末 パーティ フロア付近 テーブル (夜)

■「な、なんか、緊張しちゃうね。」

▲「はい。いろんな意味で。」

■「•••• 。」

「●の行きつけって、パリピだな!(空笑顔)」

●「ははは(笑顔)。昼は執筆、夜は酒。ってだけだよ。」

「飲むんじゃないの?」

首をクイッと動かしバーの方向を指す●。

ああ、と■。

■「買ってくるよ。▲ちゃん、お酒飲める?」

▲「なんでも、飲めます。」

おお、っと驚いたような顔でバーへ向かう。人が並ぶ。

●「・・・君たちは、素面に依存してる?」

急な視線に▲は戸惑う。膝に置いた自分の指を上下に動かす。

「••• ってくらい、陽気だよね。」

軽い笑顔でははと笑い、テーブルに置いてある他の客の飲み終わったグラスをどかす。

▲「私は毎晩、ワインを飲みます。それだけです。依存はしていません、あまり多くのものを愛せないのです。依存しているとしたら、たったひとつだけです。」

●、▲を黙って見ている。▲、目を凝らす。すぐに逸らす●、煙草を巻いた。今時巻きタバコを吸う人は珍しく、▲はその様をじっと見ていた。

●「 •••• なに?」

紙の端を舐めて綺麗に整えながら、目線はそのままにして興味なさそうに聞く。

しばらくぼーっと見つめる▲。火をつけて一吸いする●。

二人の様子が気になってちらちら後ろを確認するが人が多くてよく見えない■。

ようやく口を開く▲。

「 ● 。 」

苦笑い。暫く煙草を吸い続ける。じっと黙って見ている▲。

「▲ちゃんが、ずっと前から僕の周りにいたことは知っていたよ。ほら、作家は人間観察が趣味だから。」

▲「••••”ささくれ”を初めて読んだ時に、気づいたんです。同じ大学の一つ上の先輩が、本当の芸術を教えてくれたって。なに不自由ない筈なのに、どこか空っぽな毎日の隙間が、埋め尽くされていくんです。」

両手にグッと力が入る▲。話を聞いているのか聞いていないのかわからない態度で何やら手を動かす●。

▲「わたしにとって、芸術は●•••」

●、遮るようにして指を口元に持っていき、シーのサイン。

腕を伸ばし、手の甲を▲に向ける。小さな結晶がひとつまみ乗っている。

●「舐めてみる?」

▲、●の手の甲にある、岩塩のような集合体を数秒見つめ、颯爽と舌を出しゆっくりと舐めた。

●、片端だけあげてにやと笑い、立ち上がる。

バーで他の客に絡まれていた■の元へ行く。肩をトンと叩く。バーで水を持ちだすと、二人で▲の元へ。

すっと▲の前へお水を突き出す。それから小声で、飲みな。と促した。

何を頼めばいいのかわからなかった■はとりあえずウイスキーソーダ割りを3つテーブルに並べ、何話してたのかと二人に尋ねる。

●「世間話。」

と言って●は笑った。■はなんだか、自分がいない数分が何時間にも感じて、少し寂しくなっていた。お酒が進んだ。

▲はニコニコしていた。少し雰囲気が変わったようにも見える。

■「▲ちゃん、もう酔ったの?」

▲「ふふ。■くん。ここ楽しいね。」

終始ニコニコしている。額に汗が滲んでいるのが見える。

●「トイレ。二人とも好きに楽しんで。」

さらっと言うと、人々が踊るフロアを抜けて行ってしまった。

▲「ちょっと、踊ってくる。」

ガタガタッと▲が立ち上がるときに机が揺れた。ちょ、大丈夫、と声をかけようと■が上体を起こすが、はしゃぐ様にしてフロアへ飛びこむ▲。

■「今日はすごく、テンション高めだなぁ•••。」

N■ まあ、あんなに好きな人と会えるなら、そうなるわな。俺だって内心は•••。けど、一方通行で自分が何をやっているのかももうわからない。だったらヤケになって、この楽しい空間に埋もれながらお酒を飲んで、この一時に身を委ねてみるのも悪くないだろう。音楽と、▲ちゃん、それだけで十分だ。

いつのまにか氷が見えるくらいに減ったお酒を見つめながらぼんやりと音楽を聞く■。

少し興奮気味の●が帰ってくる。どかっと隣に座る。鼻をすする●。

■「おかえり。二人ともお酒弱いんだな。(へらへら笑う)」

●、にこり笑ってフロアの方を指す。

●「▲ちゃん。」

ふと、見るとしなやかに動き踊る▲の姿。

●「あいつ、いけるよ。」

ははっと鼻で笑い、そわそわと足を動かす●。

■、しばらく黙る。意味を理解すると、そのままキリと●を見る。

■「お前、やめろよ。」

諭すようにつぶやき、

「酒買ってくる。」

言い捨てバーへ行く■。

深く座りながらまた煙草に火をつけ煙を吐き出し、浮いていく様を眺めた●。

フロアを横切る途中に踊っている▲をじっと見つめる■。

小さめの箱のバーが週末のみ人で溢れかえる。人が十分に踊れるスペースはあるので皆気持ち良さそうに踊っている。



▲の目がキラキラとしている。涼しい目の中に星を詰めたような輝きに、■は胸を打たれる。

▲の元へ行く。あまり得意ではない踊りを一緒に踊ってみる■。楽しそうに笑い転げながら踊り続ける▲。汗でこめかみに張り付く髪と、いつもより大きく見える黒目がちな目に■は戸惑う。

■「▲ちゃん、大丈夫?」

▲「ん?なにが??さいっこうだよ!」

■「それならいいけど•••」

▲「ねえ、」

思いっきり■にハグをする▲。そしてニコッと笑う。

嬉しさと複雑さが交わり混乱する■は一言、戻るねと▲の耳元でつぶやくと、●の元へと帰る。

眠たそうな目でだらんと座る●の隣に座る■。

■「俺は、▲ちゃんのことが、好きなんだ。」

●「へえ。」

■「何もない毎日が、わくわくするのは、それは、▲ちゃんのおかげなんだ。」

●「うん。」

■「・・・お前は、天才だよ。」

●は黙ったまま。

■「次の作品、出来たら読んでみたい。」

「それから、今日はもう帰るよ。▲のこと、宜しく。」

●はじっと■を見つめたまま。■は●の方を見ずに言いすてると颯爽と出て行く。

遠くで何も気にせずに踊るがままな▲。

音だけが篭り、3人を包むように流れ続けた。



○帰宅途中 横断歩道の見えるネオン街 (夜中)

一人とぼとぼと歩く■。

歩きながら煙草に火をつけて、吸うっと一息、大きくついた。

■は泣いていた。嗚咽。


T 三ヶ月後



○喫茶店 (昼)

N■ あの日から彼らを見なくなった。▲ちゃんは徐々にバイトを無断欠席するようになったし、●はお店自体来なくなった。あのバーには行っていない。何をしているのかわからないけど、煙草を一日にワンカートン吸うようになった。バイトはなんとか続けている。それも、支払わなければならない国民の義務のため。政治家が変わってしまえば、きっともう、何もしないだろう。毎日の楽しみは、もうない。振り出しに、戻っただけだ。




店長 「■くん。悲しい話、聞く?」

■「もう何が悲しいのか、わかんないっすよ。(苦笑)」

店長「はは。(優しい笑顔)だいぶ病んでるなぁ。」

まあまあ、と言いながら笑う■。

店長「いや、だいぶ前に働いてた▲ちゃん、覚えてる?仲良かったっけ?」

■「 いや、まあ。」

店長「ゆうべ、心中自殺したらしい。」

■、息がとまった。

店長「相手の方はまだ身元不明らしいんだけど、恋人同士だったのかなぁ。▲ちゃん、おとなしい子だったけど••••」

話の途中で、■はトイレに駆け寄った。

嘔吐。嘔吐。息切れ。

N■ 銀縁の、眼鏡。涼しい、奥二重。目を伏せる。表情。笑うと大きく上がる頰。いつの日か、前髪を切りそろえて、眼鏡はなくなって。目元が華やかになった。静かに笑うところも、ゆったりした動作も何も変わらなかったけれど。あの頃から一度も、忘れたことは、あ、目眩。


X X X


バーへ向かう途中 路上 (夜)

■「ねえ、▲ちゃん。俺、●の書いた”ささくれ”読んだんだけど、やっぱすげーな、あいつ。まじ天才。」

▲、目を輝かせて■の方をみる。

▲「本読まない人でも、良さ、わかりますよね!」

ま、まあ。と小声でつぶやく■。

N■ この笑顔を前に、よくわからなかったなんて、言えない••••。

■「あ、そうそう。こころも、読んだよ。」

▲「 •••• 誰の? (クスッと笑う)」

■「おい。(吹き出す)」

▲■ くすくす笑う。

▲「然し••••然し君、恋は罪悪ですよ。」

■は一瞬どきりとする。それから、ぽかんとしたが、直ぐに引用だと気づいた。

何か•••、と考える。恐る恐る唯一思い出せた一節、

■「君は、人間らしいのだ。」

ちらと▲を見る■。▲嬉しそうに頷いた。


XXX



ドンドン。壁を叩く音。うっすらと聞こえる店長の声に耳を傾ける■。

店長「大丈夫?!■くん!!」

■、よろよろと扉を開ける。

■「•••すみません。••••早退させてください。」

店長「か、顔真っ青だよ。なにかお水でも飲んで。直ぐに帰るんだよ。」

「それから、ごめんね、聞かせなきゃ良かったな。(寂しく笑う)」

■、だまって首を振り、やんわり口角を上げる。

お疲れ様です、と小さく呟き店を出た。


同 喫茶店 更衣室

店長「 人は、見えているものが全てじゃないね。よくわかったよ。」

バイトa「どうしたんですか、いきなり。」

店長「見えないものを見ようとすることが、大事なんだ。」

バイトa「はあ。」


○繁華街から少し離れた川べり。橋の上。(夜)

未だにむかつく胃をさすりながら、画面を眺めた。

2日前のライン、▲からだった。

“ 久しぶり。しばらくだね。元気?おかしい話なんだけど、もう会えなくなると思うから、最後に。

私たちは、みんな違くて、みんな同じだよ。さよなら。”


嗚咽する■。声が、でないまま、涙を流す。


■「俺にとっての、天才で、いいじゃん。自分と同じように恋されるのも、いいじゃん。」

息が、うまくできずに、煙草に火をつける■。泣きながら、しばらく目の前の川を見つめた。両足に力が入る。地面を踏んづけ、歩き出した。

N■ どこに向かっているのか、わからない。誰もいない。どうしようもない。この世界のせいにしよう。芸術?思想?夢?愛?全部いらない、人間の生み出した希望で、人は、かんたんに、死ぬのだ。



XXX


○喫茶店 喫煙席 (夕方)

■、仕事をしながら●に話しかける。

■「なあ、●はなんで作家になったの?俺、夢とかなんもなくてさ。何者にもなれないっていうか。」

むくりと■を見て、

●「••• 現実逃避。僕はできないことが、多すぎるから。」

■「そうかなあ。絵だって得意だし、若くして新人賞受賞だし、俺なんかに比べたら。」

●「はは(寂しそうに笑う)。何にもないのは、何でもできるってことだよ。」

■「俺はお前になりたいよ。」

ちらと、▲の方を横目見た。

●「■は、■だよ。」


XXX


街のネオンがきらびやかに光る。

その中心を颯爽と歩いてく■。




XXX


○バー パーティー (夜中)

▲「なんだか、最高な気分です。何時間でも、踊れるような。ってあれ?■くんは?」

踊り終えた▲が●の元へやってくる。

●「帰ったよ。」

虚ろな目で▲をみる●。

●の持っていた煙草を手に取り一吸い、▲。

▲「踊らないんですか?」

●「疲れちゃったからね。そろそろ帰るよ。▲ちゃんは?」

▲「私も行きます。」

煙草を取り返し、徐に消す●。荷物をまとめながら思いついたように、あ、と声を漏らすと、

●「▲ちゃん。」

回るライトを眺めていた▲が振り向く。

●「あいつ、■に言っておいてよ。僕は、天才なんかじゃないって。」

▲「ふふ。(嬉しそうに) ・・・みんな同じだから。」

●、▲の顔をじっくりと見る。汗で顔に張り付いた髪をどかす。

そのまま肩にポンと、手を置き、行こうか。と、▲にだけ聞こえる大きさで、呟いた。



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