°○5話
『はい、もしもし』
梶くんが電話に出るや否や
私は嬉々とした声で
あのね、と切り出した。
「夏特集のことで、相談があるんだけど!」
『なんですか?
あ、さっきも言いましたけど
やりたくない、は無理ですからね』
電話の向こうから、盛大なため息が聞こえてきた。
ほんっとうに、信用がないのね…
別に、いいけど…
出ていくときに
優しい言葉をかけてくれた人とは思えない。
「わかってるよぉ…、そうじゃなくてさ
取材、というか、材料集めに
ちょっと遠出したいと思ってるんだけど」
『遠出?』
「そう。
昔、よく言ってた祖母の家の近くに
ちょっと、良い感じの場所があって…」
『いいんじゃないですか?
仕事してくれるなら、僕は何も言いませんよ』
「さっすが!
話の分かる短父さんで幸せだなぁ~!」
『煽てても休みは増やしませんからね』
「…鬼」
『なんとでも』
ずばりと、言い返されながらも
直ぐに許可を出してくれた梶くんにお礼を言って、電話を切った。
「よし…。これで会えるかも」
取材に行くのは嘘じゃない。
でも、それとは別に目的がある。
本当の目的。
それは、初恋の子に会うこと。
こんなこと梶くんに言ったら
公私混同で怒られちゃいそうだけど
それでも、会いたい。
思い出せば思い出すほど、会いたくなる。
「…そういえば、約束してたな」
祖母のお葬式が終わって
もうここには来ないと知った最後の日。
夕暮れの向日葵園の中で、指切りをした。
─僕、渚ちゃんのこと、忘れないよ
─航くん…
─だから、大人になったらまた会おうね
─……うんっ!
「航くん…」
そうだ、思い出した。
彼の名前は、航くんだ。
航くんも覚えてるかな。
約束を、忘れないでいてくれてるかな。
覚えててくれたら…、嬉しいな。
「…準備しよ!」
幼い頃のドキドキと、今のワクワクが重なって
これ以上ないってくらい、ワクワクしてる。
まるで遠足前の小学生みたいに
1人ではしゃぎながら
ネットで新幹線のチケットを購入し
お泊りの準備を始めた。