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真夏のサイン  作者: 星海芽生
5/6

°○4話

「恋愛…?」


梶くんの言葉に

一度静寂が満たされた部屋で

私のか細い声が頼りなく響く。



「恋愛です」


「え……、それはやばくない?」



自慢じゃないけれど齢28になる私は

恋愛経験が皆無に等しい。


学生時代は勉強、部活、友人との時間を大事にしてきたし

社会人になってからはこの仕事を一心にやってきて

恋愛の影さえもなかった。


そんな私に、恋愛を書けというか。



「無謀だと思うけど?」


「なに開き直ってるんですか。

 悔しさとかないんですか」


「別に。誰かを好きって、思うことないし」


「…それ、感情が欠落してませんか」


「梶くんは、優しさってものが欠落してない?」


「溢れてると思うんですけど」


「…あ、そう」




梶くんの優しさが溢れているかどうかは、さておき。


本当に、どうしようか。

恋愛経験のないものが、恋愛小説を書いていいものなのか。

いや、その定義でいくと

殺人をしていないとミステリーは書けないことになってしまう。

というか、いいかどうかよりも、そもそも書けるのか、私。



「梶くん的にはどう思う?」


「そこは、あれですね。

 想像と資料と、根性でカバーしてください」


「カバーできるもんなの、これ」


「してください」


「……ってか、なんか仕事する流れになってない?」



思わぬ流れに真剣に悩んでいたが

まだ、話が来たと言っているだけで

ここで、私が大変申し訳ない事だけれど

受注さえしなければ…



「してもらいますよ。

 だってもう、これ受けちゃいましたし」


「はあ!?」


「いつもミステリーばかりの浅井渚先生の初の恋愛小説!

 話題性もばっちりで、大ヒット間違いなしでしょう!」


「そもそも、書けな」


「夏というテーマさえ守っていただければ

 ハッピーエンドだろうがバットエンドだろうが

 何でもいいんで、頑張ってくださいね!」


「ちょ、梶くん!!」



それじゃ、と綺麗な笑顔を絶やさないまま

玄関を出ていこうとする梶くん。



「これでも、僕は先生の腕を買ってるんですからね」



扉が閉まる前に、優しい声でそう呟いた彼に

私は頭を掻いた。



「…も~、ずるいよなぁ…」



そんな風に言われたら

いつも毒舌な人に、あんな優しい声で持ち上げられたら

断れないに決まってるじゃないか。



「やるしかないかぁ…」



とは言っても、普段、本当に触れないものだけに

何処から手をつけていいか困惑する。


うーん、と記憶の中から

殆ど顔を出さないレベルの経験を探す。



「……ぁ、そういえば」



皆無に等しい私の、唯一の恋。

それは、忘れられない、初恋のあの子。

今でも、ふとした時に思い出す、淡い淡い記憶。



毎年言っていた母方の祖母の家。

その土地で出会った、向日葵園の男の子。


夏の間にだけ会えるその子のことが

大好きで大好きで。


当時はそれが恋だなんて思わなかった。


でも、思い出すたびにあれは私の初恋だったのだろうと思う。


祖母がこの世を旅立ったのを境に

あの血を訪れることがなくなって

もう10年以上、会っていない。


だけど、忘れたことはない。


私のはじめての、好きな人。



「会いたいなぁ…」



私より、確か3つ下だった。

それでも、とっくに成人は過ぎている。


あの笑顔の可愛い男の子だった彼は

どんな大人になったのだろうか。


深く思い出すと

会いたくて堪らなくなってくる。




「…そーだ!」



良いことを思いついて

さっき帰っていったばかりの梶くんに電話をかける。


3コール目で、梶くんの声が聞こえた。

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