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永劫の竜と月の眼【月の眼の少年】

光徒歴程第八章第二節 月の眼の少年

私はアリスタルコスに渡り、永劫の竜と民の物語を書くために数百年間滞在した。以下は、覡王イーロスとその弟にまつわる物語である。

 覡王イーロスは、盲目かつ耳の聞こえない弟のガニメデスの世話に忙しく、(かんなぎ)であることも、王であることも忘れてしまいそうでした。星の子戦争から覡王の座にあった両親は三千年ほど前に光に焼かれ灰に。若くして覡王の座についたイーロスは、残されたたった一人の弟を育てるのに必死で、覡王らしいことはあまり出来ずにいました。幼い弟がこの先何不自由なく過ごせるよう、イーロスは彼に魔法文字を教え、筆談で意思の疎通ができるようにしました。魔法文字は魂と直接語ることができる高位魔法でしたが、ガニメデスは難なくそれを覚え、師である自分よりも使いこなしたために、イーロスはとても驚きました。

しかし、ガニメデスはあまり会話をしませんでした。四六時中、眠らずに彫像を作っていたのです。彼は視力のない月のような白い眼で、感情のない無機質な顔のまま真っ直ぐに石と向き合っておりました。まるで意志を持ったかのように、蒼石英の塊が刻々と姿を変えてゆく様を、イーロスや民達はただ息を呑んで見守る他ありませんでした。その幼い小さな手のしなやかな動きは、石を叩く金属の音や時間すら、彼の作品であるかのように感じさせるほど。

二十年の時を経て、ガニメデスが作り上げた彫像は全部で十二体。美しい人魚から、半身魚の老山羊、逞しい一角の馬など、見たこともない獣達の姿をした彫像が、ほの暗い蔵の中に整然と並べられておりました。ある日イーロスが古代人であり光徒歴程の著者、シャルル・メシエを呼んでそれを見せると、

「なんと懐かしい。これはかの聖獣の姿そのものだ。」

 と言い、長生きのイグの民の中にも、一部の彫像に手を合わせ懐かしそうに涙を流す者がおりました。星の子戦争が終結して十万と数年、ガニメデスが生まれたのはつい最近、ほんの五十数年前のこと。生まれた時代の一致もなく、そもそも盲目である彼が、如何にして聖獣の御姿を知ったのか、と、イーロスとイグの民は不思議に思い彼に問いただしました。しかし、ガニメデスは何も答えず、真っ白な眼球を虚に泳がせるばかり。シャルルの進言で、イーロスはその像をテオフィルスにある星の王の神殿へ寄贈することにしました。ガニメデスにそう伝えると、彼は無感情な顔のまま、

「ぜひそうしなければならない。星の声がそれを望んでいる。」

 と、紙に書き出しました。星の声が何なのかよく分かりませんでしたが、その筆跡の踊り具合から、彼が一応喜んでいることを感じ取り、イーロスは十二体の像をテオフィルスの光王クル・エルス・バーシァの元に贈りました。


それからというもの、ガニメデスは水で像を作るようになりました。魔法で水を押し固めては、それを崩す。それを起きている間、ずっと繰り返すのです。

「どうしたんだい、やっぱり像を手放すのが嫌だったのかい。」

 イーロスは心配になって彼に聞きました。しかし、ガニメデスは首を振り、

「時が来るまで待たなくてはならないので、暇を持て余している。」

 と、書いて見せました。何を待っているのかと尋ねても、ガニメデスはそれ以上何も返してくれません。イーロスはそんな彼に、民達と話をして暇を紛らわせてはどうかと勧めました。イグの民達はガニメデスとどうしても会話をしたいと言って、たまにアリスタルコスに訪れる古代人、フリードリヒという男から魔法文字を習っていたので、ガニメデスはすんなり民達の輪に入ることができました。イーロスは最初彼に付き添って一緒に村を歩いておりましたが、ガニメデスが書き置きを残して出かけていくようになると、すっかり安心して覡王の仕事に取り掛かれるようになりました。


 ある日、フリードリヒが「いやあ驚いた、驚いた」と言いながらガニメデスの手を引いて城に帰ってきたので、イーロスは何事かと思い彼の話を聞きました。

「覡王、弟君は神の寵愛を受けておられる。俺は旅の道すがら、占星術などを少々嗜んでおったから、暇つぶしにと、弟君に教えたんじゃ。すると弟君は、俺が教えた術を立ち所に理解し、使いこなしたばかりか、予知すら出来るようになったんじゃよ。」

 さらに聞くと、ガニメデスはあるイグの民に、「娘が水に呑まれる」と書いて見せたそうです。民は血相を変え海の方へ走りました。聞けばその民の娘は今朝海へ行くと言って出かけたとのこと。自分もガニメデスの手を引いて急ぎ浜辺へ行くと、娘が海で溺れたと騒ぎが起きていた、と、フリードリヒは興奮気味に語ります。

「弟君が急いで水を繰り、娘御は助かった。もう民達は大変な騒ぎで、弟君を預言者などと呼び出してしまってのう。いやあ、本当に素晴らしい才を持っておられる。」

「そ、そうですか。」

 ガニメデスは二人が話している間、立ったまま眠っていました。イーロスはフリードリヒにお礼を言って、ガニメデスを寝室に運びました。イグの民は力を持つものにはあまり固執しない民性なので、きっと明日もその次の日も、普段と変わりなく接してくれるでしょう。

「それでも、きっとキミは疲れてしまうかもしれないね。」

 イーロスはそう言って、小さな寝息を立てるガニメデスに毛布をかけました。


ここ最近、イーロスはアル・ルグの体調があまり良くないことを気にかけており、宵刻も眠らずに彼の足元で魔力を送っておりました。そんな日々を送っていたある日の宵刻のこと、彼が疲れてガニメデスの隣でうたた寝をしていると、それまで眠っていたガニメデスがカッと目を開いて起き上がりました。

「どうしたんだい、何か怖い夢でも見たのかい。」

 ガニメデスは慌ててスケッチブックとペンを探して両手を泳がせました。イーロスがそれらを渡すと、彼は暴れ狂ったような字でこう書きました。

「時が来る。永劫の竜が死ぬ。」

 これを見たイーロスは血相を変えてガニメデスを抱き抱え、城の者を叩き起こしてアル・ルグの元に向かいました。


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