永劫の竜は座して標となる
光徒歴程(原典)第七章第十二節『al lug』より
観測者は語る
偉大なる者 アル・ルグの伝承
偉大なる者 聖獣を導き
理の先で彼らを待つ
【永劫の竜】
いつからそこに居たのか、アル・ルグは暗闇の中で静かに眠っておりました。そうして途方もない時間眠り続けていましたが、やがて世界が晴れ上がった時、眩しさと身が焼ける痛みに目を覚ましました。
突然の光にも、彼は驚きませんでした。眠っている間に、ずっと星の声を聞いていたからです。ですからアル・ルグは、鳥が天幕を破ったことも、白い子供達のほとんどが光に焼かれ死んでしまったことも、全て知っていました。アル・ルグは焼け爛れた鱗をパリパリとひび割れさせながら大きな身体をゆっくりと起こすと、運よく生き延びた数十人にも満たない子供達を連れ、自分が座れるほどの広く平らな島に腰を下ろしました。そうして島全体を六枚の翼で覆い、強い光から白い子供達を守りました。けれども彼の翼は徐々に焼け落ち、影は日に日に面積を失い、火傷を負った子供達は次々に命を落としていきます。
ふと、歌声が聞こえてきました。透き通っていて優しく、極彩色の輝きを持つ歌声。それは雑音の中を駆け上り、天幕を揺らして雲を呼び、雨を降らせました。その雨は子供達の傷を癒やし、アル・ルグの焼けた背中を冷やしました。
アル・ルグは歌声の主である人魚に、この島で暮らすよう勧めました。初めは追われた身であることを哀れんでいましたが、いつしかアル・ルグは心の優しい人魚に惹かれ、人魚もまた自分を受け入れ守ってくれる彼のことを愛するようになりました。彼と人魚は白い子供達と共に歌い、語らい、笑い合うなどして、幸せな日々を過ごしておりました。
そうして幾万年か経ったある年、大きな戦争が起きました。アル・ルグは星の王の命令で、他の聖獣達の司令塔になりました。島を覆うほどの巨体を持ち、世界を、戦場を、誰よりも俯瞰で見ることが出来る彼にとって、それはいくらか酷い役目でした。仲間を、愛する者を、アル・ルグは嵐の海に隔てられた島から遠目で眺めておりました。時には咆哮で黒き炎を退け、時には傷ついた仲間に魔力を送り、眠ることも忘れて戦い続けました。
最初に、愛する者が死にました。アル・ルグは一晩中叫び続けました。絶望の咆哮は大気を揺らし、その夜はアストロロジカ全土で氷の槍が降ったと伝えられています。
次に、また次にと、仲間達が死んでいきました。戦中民のために聖躯を捧げた者、戦後民のために尽力した者、幾万の時の中でその全てが死にました。アル・ルグはその度に、悲しみの咆哮でアストロロジカ全土に柔らかな雪を降らせました。
……声が聞こえる。さんざめく星々の声が。
……わたくしたちは何度でも、貴方に会いに参ります
……永遠など無いと、私は言った
……しかし、それを誰が観測したか
……たとえこの身が幾度砕かれようとも
……魂は死なず、青き炎を灯し続ける
……信じるとも、キミが待っているのなら
……どんな過酷な道でも構わない
……絶えず征く川の流れを見よ、観測者
……さんざめく星々の声を聞け、観測者
……貴殿は我々が辿り着くべき座標
……どうか全ての魂が、光の中で道に迷いませぬよう
アル・ルグは聖獣全てと約束を交わし、彼らの魂を観測し続けることを誓いました。すると、白い子供の一人が突然、彼にこう言いました。
「貴方の聖躯を私たちの住処にし、私の身体を貴方の新たな聖躯としてはいかがでしょうか。」
その白い子供は覡王の弟であり、神に愛されし者、預言者として子供達に慕われていた少年でした。盲目であり、耳が聞こえなかったその少年は、これまで言葉を発したことがなかったため、子供達は彼の恐ろしく透き通った透明な声に思わずゾッとしました。
「我と魂を融合すれば、もう貴様は貴様としてこの世に存在することはできぬぞ。」
アル・ルグがそう言っても、少年は身じろぎ一つせず、真っ白な瞳で彼を見上げておりました。
「私はそのために生まれてきました。私には魂が無く、このがらんどうの身体にあるのは神の名のみ。かの名を隠し遂せるならば、私は喜んで貴方の器になりましょう。」
白い子供達は皆彼を止めようとしましたが、少年は頑として言うことを聞かず、ついに根負けしたアル・ルグは彼と魂を融合させ、新たな肉体を得ました。そうして自分の意思か、あるいは何らかの意思で、自身の右目を世界機構に捧げ、彼は最初の観測者、十二宮の礎になりました。
我は永劫、即ち眼である
願わくば、再び相見えんことを
……待っているぞ、理の先で。