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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織
第四章 過去が呪いになる話
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第24話 記憶に作用する術


 

 (りゅう)の歯が硬い物にぶつかる鈍い音が響く。


 緑色に煌めく光の箱型の結界が、辰と一緒に雪光(ゆきみつ)幸恵(ゆきえ)を囲んで閉じ込めていた。


 雪光は目を見開いたまま周囲に視線を走らせる。

 結界の周囲の地面には八本以上の銀柱が刺さっており、(じょう)の加護である(ねずみ)が側にいた。

 

(うまくいったか……)

 丈は安堵の息を吐く。


 加護を妨害する呪具を破壊する時に投げていた銀柱を、隠密で動かしていた(ねずみ)達に移動させて張った結界だった。


 丈は離れた場所で着地した白い(とら)へ目を向ける。丈が結界を張るタイミングで自ら顕現した寅が、体勢を崩して地面に叩きつけられようとしていた咲良子(さくらこ)を背中で受け止めて救出していた。


 雪光を警戒して体勢を低くする寅。咲良子は背中から降りると、寅を鋭い目で睨みつけた。


「消えなさい! こいつの前では出てくるなって、あれほど言ったでしょう!?」

 咲良子に怒鳴られ、寅はシュンと首を垂らして姿を消した。


 辰は結界を破壊しようとして、噛み付いたままの顎に力を込める。八重にした結界はギシギシと音を立てて軋んでいた。


(急(ごしら)えだから、弱いか……)

 穢れを持つ存在を閉じ込めるのならば、もっと強固な結界を張らなければならない。


「丈! 結界を解除して! こいつを殺せない!」

 咲良子が丈に向かって叫ぶ。仮面から覗く目は、怒りに支配されていた。


「咲良子……」

 雪光の起こした事件で、咲良子が大切な存在を失った事は知っている。血の滲む努力をして、力を手にした事も知っている。


 温かい存在に守られて、花のように笑っていた咲良子を苦しめる過去。


 自分の体が傷つくのも構わずに、ただ相手の命を奪おうと向かっていく。

 何かを犠牲にして、ただ相手を害する。


(まるで、呪いのようだ……)


 結界を解除しない丈に、咲良子は歯軋りをすると、大太刀(おおだち)を力いっぱいに振るった。

 内側からの辰の攻撃と、外側からの咲良子の攻撃に、ピシリっという嫌な音を立てて、結界に亀裂が入る。


「咲良子!!」

 止める間も無く、咲良子は大太刀を手に跳躍する。亀裂が入って壊れかけた結界の上部を足場にして、咲良子は雪光の頭上から斬りかかろうとする。辰は鋭い爪を使って、咲良子の攻撃を防いだ。


「ああ! もう、邪魔だよ!!」

 次々と攻撃を繰り出す咲良子に苛立ったのか、雪光は地団駄を踏む。


 雪光はズボンのポケットから取り出したものを地面にばら撒く。色とりどりのガラスで作られた『おはじき』から白の術式が浮かび上がった。

 

 加護の縁を利用して術者を攻撃する術式を見て、(ねずみ)達が一斉に姿を消した。


 雪光が新たに作り出した攻撃術式から生まれた無数の針が、咲良子に向かって飛んで行く。

 大太刀で針を薙ぎ払った咲良子の足に、地面から伸びてきた拘束の糸が絡みつく。伸びてきた糸が一気に縮み、咲良子の体が仰向けの状態で地面に叩きつけられた。鈍い音がして、咲良子が動かなくなる。


「お片付けしないと」

 雪光は空に向かって手を翳す。簡易攻撃術式で生み出された複数の矢が出現した。


「バイバイ」

 咲良子に向けて矢が降り注ぐ。寅が姿を現し、咲良子に覆い被さる。寅の体の上を黒い刺青(いれずみ)のようなモノが這って、加護が纏う赤い光が徐々に弱まっていく。


 ガラスが割れるような音が複数回、周囲に響いた。


 矢より先に咲良子の周りの地面に突き刺さった銀柱が、箱型の結界を生成して咲良子と寅を守った。結界に弾かれた白の矢は、音を立てて砕けていく。


「……どうして?」

 雪光は咲良子を守る結界を見つめた後、泣き出しそうな表情で丈を見つめた。


「どうして? その子は僕を傷つけるのに。怖い人なのに。どうして、その子を守るの? お父さんは、僕のお父さんでしょう?」

 雪光は途端に狂ったような笑い声を上げた後、(くら)い目で丈を見つめた。


「お父さんも忘れちゃってるんだよね。僕が思い出させてあげるよ」


「っ!」

 美梅の体を伝って、丈の左腕に赤黒い糸が絡む。美梅の額から次々と生み出される赤黒い糸は、徐々に侵食するように丈の体の上を這い進む。


 雪光の頭上にある巨大な術式が、怪しい色を放つ。

 チクリと刺すような痛みと共に、丈の額に張り付いた赤黒い糸。その瞬間、丈の頭に何かの映像が流れ込んできた。


『雪光。美雪(みゆき)

 丈の頭に、耳慣れない声が響く。目の前には、幼い二人の子供。名前を呼ばれた子供は嬉しそうに、こちらに抱きついてくる。幸せそうに笑い合う家族の光景だ。


(これは……記憶に作用するのか!)


 侵食される記憶と人格。『鬼降魔丈』という存在を消し去ろうとするように、違う人間の記憶を見せられ、脳に刷り込まれていくような感覚。

 抵抗しようと体を動かそうとするが、既に両手足に赤黒い糸が絡み付いて動かせなくなっていた。


「ふふふ。お父さん。いっぱい僕達と遊んでね。もうお仕事なんかに行かないで。ずっと家にいて」

 雪光が幸せそうな笑みを浮かべるのが見えた。丈の視界を、赤い糸が覆っていく。


「何をしているの?」


 聞き慣れた声は低く冷たさを帯びて、丈の耳に届く。


 巻き起こる風と共に、ガラスが割れるような甲高い音が次々と響きわたる。同時に、丈の視界を覆っていた赤黒い糸が、するりと解けるように肌から滑り落ちた。


 開けた視界。

 禍々しい巨大な術式がヒビ割れ、空気に溶けるように消えていく。白銀色の光が周囲に煌めいていた。


(術式が破壊された……)

 丈はハッとして美梅を見る。美梅に纏わりついていた赤黒い糸も、解けるように地面に落ちて消えていく。美梅は穏やかな寝息を立てて眠っていた。


(術式の破壊による影響は無いか……)

 安堵の息を吐く丈の前には、羽の生えた白い二匹の犬がいた。


羽犬(はいぬ)……)

 白銀色の力で作られた羽の生えた犬の妖。羽犬の口には、白銀色に輝く脇差(わきざし)が咥えられていた。


 丈は、声がした方へ視線を向ける。


 屋敷を取り囲む塀の上に立って、こちらを見下ろしているのは、丈が最も信頼する親友の姿だった。


壮太郎(そうたろう)

「やあ、丈君。昨日ぶりだね」

 丈に向けて、ヒラヒラと手を振る壮太郎。壮太郎の横には、もう一匹の羽犬が座っている。壮太郎は丈から雪光へと視線を移した。

 

「あ……あぁ……」

 壮太郎を見上げた雪光は、怯えた声を出してカタカタと震え出す。雪光を見下ろした壮太郎は、意地の悪い笑みを浮かべた。


「どうしたの? 言葉、忘れちゃった? それにしても、随分とお粗末な術式だったね。ただの見様見真似の不完全さ。呪術の理解も出来ていないのに、禁呪を使っちゃうなんてね。そんなんだから、君も加護もおかしくなるんだよ」

 

 壮太郎が雪光へ向かって右手を伸ばす。

 合図に応えるように、三匹の羽犬が雪光に飛びかかった。


「ひぃ!!」

 雪光が悲鳴を上げる。黒の辰が守るように雪光の体を覆った。


 風が巻き起こり、斬撃の音が響き渡る。

 風で閉じていた目を開けると、羽犬の咥えた脇差によって、辰の体が三つに斬られて宙を舞っていた。辰の体は空気に溶けるように消えていく。


「僕の大切な人達を傷つけたんだ。報いを受けてもらうよ」

 壮太郎が右手首に着けているブレスレットに白銀色の光が集まる。ブレスレットが、『天狗(てんぐ)羽団扇(はうちわ)』へと姿を変えた。


「嫌だぁ!!! 来ないでぇ!!!」

 雪光は怯えた顔で絶叫した。


 雪光の頭上に、複数の術式が浮かぶ。攻撃の術式から生まれた刃が、壮太郎に向かって振り下される。


 壮太郎が無表情のまま『天狗の羽団扇』を一振りすると、雪光の生み出した刃は一瞬で跡形も無く消滅した。


「この程度の術で、僕を害せると?」

「っ!」

 壮太郎の無感情な冷たい声に、雪光は後ずさる。


「お母さん! 助けて!」

 雪光は意識を失って倒れていた幸恵の体を盾にして、壮太郎の前に出す。壮太郎は呆れて溜め息を吐いた。


「やっぱり……僕は君の事、本当に好きになれないよ」


 壮太郎は『天狗の羽団扇』を下から上へと振り上げる。

 同時に、結界の術式を組み込んだ呪具の指輪を雪光の足元へと投げつけた。指輪の呪具から生まれた筒状の結界は、雪光と幸恵を閉じ込めて高く聳え立つ。


 『天狗の羽団扇』から生み出された竜巻が雪光と幸恵の体を一気に宙へと押し上げた。竜巻を結界が包んでいるお陰で、周囲に被害は無い。


「うわぁぁあああ!!」

 

 雪光が叫び声を上げながら、上空へと昇っていく。

 十五メートルほど上昇した後、二人の体が空中でピタリと留まった。雪光は地上を凝視する。上空で手を離してしまった幸恵の事など眼中に無いようだ。

 

 結界が解かれ、壮太郎の近くにいた羽犬が空を駆ける。羽犬は幸恵の体を背中に乗せて避難させた。


 壮太郎が指を鳴らすと、雪光の体が落下を始めた。車が走る速度で、雪光の体が地上へと落ちて行く。


「助けて!!」

 雪光の体から白の光が溢れると共に、辰が姿を現す。辰の出現に雪光が安堵したのも束の間。『天狗の羽団扇』で作り出された風の刃に切り刻まれて、辰は一瞬で消滅した。


「させないよ」

 壮太郎の声に、雪光の目に絶望の色が浮かんだ。


 守るものがなくなった雪光の体が、地面に叩き潰される。


「!」

 何かに気づいた壮太郎が、結界を再生させて雪光を包み込む。

 その瞬間、雪光の背中にあったランドセルから強烈な閃光が放たれ、耳をつん裂くような破裂音が鳴り響いた。


「一体、何が」

 閃光で目が眩んだ丈が再び目を開けると、壮太郎が嫌悪感を滲ませた表情で結界を睨みつけていた。


「本当、嫌になるよね」

 

 結界の中。

 焼け焦げたような黒い跡を地面に残して、鬼降魔雪光は姿を消した。



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