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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織(呪ぱんの作者)
第四章 過去が呪いになる話
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第22話 お父さんと妹



 (じょう)は、逃げ惑う鬼降魔(きごうま)幸恵(ゆきえ)の進行方向の地面に向かって銀柱(ぎんちゅう)を投げる。

 地面に刺さった四本の銀柱が緑色の光を発して、拘束用の糸を生み出す。幸恵の両足に糸が絡みついて、体を地面に抑えつけた。

 

 母屋(おもや)に侵入される前に幸恵を捕獲出来た事に、美梅(みうめ)は安堵の息を吐く。


「いやあぁあぁあぁぁ!!」

 地面に膝をついた幸恵は、四つん這いになって錯乱する。奇声を上げて自分の体を爪で引っ掻く姿は狂気に満ちていた。丈は幸恵の周囲の地面に銀柱を追加で四本投げる。幸恵の両手が地面に拘束されて、体を傷つける事は無くなった。


「あああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 幸恵は絶叫を繰り返す。(よだれ)を地面に垂らしながら、獣のように血走った目で周囲を見回していた。


(恐ろしい……)

 穢れがここまで人の精神を蝕んで狂わせるのかと、美梅は恐怖で後ずさる。


「一旦、眠らせておいた方がいいな」

 丈は恐れる事もなく、幸恵の額に触れる。幸恵は糸が切れた人形のように動きを止めた後、穏やかな寝息を立てて眠った。


「丈さん。触っても大丈夫なのですか? 穢れは……」

「大丈夫だ。俺は穢れの影響を受けにくい性質らしい」

 いつもと変わらない様子の丈に、美梅はホッと胸を撫で下ろした。

 

(一時はどうなるかと思ったけど、『呪罰行き』の人間を捕獲出来た。これで、総一郎(そういちろう)様が責任を問われることも無くなったわね!)


 美梅は嬉々とした笑顔を浮かべる。


「丈さん。総一郎様に連絡しましょう!」

 丈は返事をしないまま、左手で美梅の腕を掴んで自分の方へ引き寄せる。そのまま流れる様に、右手で銀柱を投げた。


 複数の物が勢いよく衝突する音がして、美梅は驚いて振り返る。丈が生成した箱形の結界の向こう側に、複数の黒い手がびっしりと張り付いていた。黒い手は結界と相殺して消えて行く。

 

 気配無く行われた攻撃に、美梅はサッと血の気が引く。黒い手には、穢れが使われていた。丈が結界を張っていなければ、美梅は黒い手に捕まって、幸恵と同じ様に穢れに精神を狂わされていただろう。


 丈は即座に銀柱を取り出して構えると、黒い手が現れた方角を睨み付けた。


「あれ? 絶対に気づかれないと思ったのになぁ」

 間延びした幼い話し方。美梅達を追って来たのか、鬼降魔(きごうま)雪光(ゆきみつ)が姿を現す。


「お母さん、お昼寝?」

 眠っている幸恵を見て、雪光は首を傾げる。雪光の態度に苛立ち、美梅は顔を(しか)めた。


「その態度は何なの? その人が倒れているのは、あなたの加護が放った穢れのせいでしょ! それなのに、平気な顔をしているなんて理解出来ないわ!」

 非難する美梅に、雪光はキョトンとした顔で首を傾げた。


「お母さんなら、このくらい大丈夫だよ。お母さんは凄く優秀な術者。穢れなんて、どうってことないもん。忘れちゃったの?」

「え……?」


(一体、何を言っているの? この人……)

 まず、雪光は幸恵の子供では無いだろう。それに、幸恵は美梅より力の劣る術者だ。穢れを受けて平気な訳が無い。

 

「ああ! まだ小さかったから、わかってなかったんだよね。大丈夫だよ。僕がちゃんと教えてあげるから」

 雪光が一歩近づく。丈が美梅を背中に庇いながら、雪光を睨みつけた。


咲良子(さくらこ)はどうした?」

 丈の問いに、美梅もハッとする。

 咲良子は雪光と戦う為に離れの庭に残っていた筈だ。


(この人が此処にいるって事は……咲良子は!?)

 咲良子は、一族でも優秀と評される術者。簡単に倒されるわけがない。


「ふふふ。あの子なら、夢の中で楽しく遊んでいるよ。おじさんも、一緒に遊ばせてあげるね」

 雪光は楽しげに笑いながら、丈に向けて(てのひら)(かざ)す。丈の足元に白い術式が一瞬で浮かび上がる。丈は術式を見下ろして眉を寄せた。


「精神操作系の術か」

 銀柱を指の間に挟んだまま、丈は右掌を足元の術式に翳した。雪光が生み出した術式が、複数の構築式にまで分解されていく。結合部分を切り離された後に構築式を壊されて機能しなくなった術式は、効力を失って消滅した。


(流石、丈さんだわ)

 精神操作系の術の解呪は難易度が高いと言われている。それを僅かに見ただけで解いてしまった事に、美梅は感心した。

 

 丈は両手に構えた八本の銀柱を投げる。

 銀柱が地面に落ち切る前に、ガラスが割れるような小さな音が連続で耳に届いた。


 地面に刺さった銀柱の側には、色付きの小さなガラスの破片が散らばっている。その破片には、白の光の残骸があった。


「呪具!?」

 美梅には気付けない高度な目眩しの術によって、呪具は地面と同化していた。


「恐らく、先程の攻撃の時に一緒にばら撒いたんだろう」

 結界に阻まれて消えた黒い手が、攻撃と合わせて呪具をばら撒いていたようだ。丈は壊れた呪具を嫌悪の表情で見下す。


「加護が嫌がる理由はコレだな。加護との縁を利用して、間接的に術者を攻撃する術か」


「すごい……」

 ポカンとした顔の雪光が丈を見つめて呟く。

 精神操作の術が破られる事も、呪具の在り処を見抜かれる事も想定外だったのだろう。雪光は俯くと、両拳を握りしめてプルプルと震え出す。


 丈は警戒して銀柱を構える。雪光がガバリと勢いよく顔を上げた。


「お父さん!」

「…………ん゛んっ!?」

 雪光のキラキラの笑顔と予想もしなかった言葉に、丈は戸惑いの声を上げた。


「え? 丈さんのお子さん?」

 言葉の威力の強さに、美梅も混乱する。丈は呆然とした後、何とも言えない複雑な表情で溜め息を吐いた。


「俺の子供は生まれていない。俺の年齢で、成人を過ぎた年齢の息子がいるのは流石に無理がある」

 丈は今年で三十八歳になる筈だ。雪光の年齢はわからないが、どう見ても二十歳は過ぎている。確かにと、美梅も我に返った。


「僕の術を簡単に破るなんて、お父さんしかいないよ! ようやく見つけた! ずっと探してたんだよ!」

 雪光は万歳をしながら弾んだ声を出す。鼻歌を歌いながら上下左右に体を動かして、全身で喜びを表した。

 話についていけない丈と美梅は渋い表情を浮かべる。雪光は正反対の満面の笑みを浮かべた。


「ああ、ようやく家族が揃ったんだね!! みんなで一緒にお家に帰ろう!」


 雪光が飛び跳ねながら、こちらに近づいて来る。丈は躊躇(ためら)う事なく、雪光の足元に銀柱を投げた。


(ばく)

 丈の言葉を合図に、地面に突き刺さった銀柱から緑色の光が放たれる。生成された糸が、雪光の腕と胴体を纏めて拘束する。動けなくなった雪光はキョトンとした。


「お父さん?」

「お父さんじゃない。暫く、大人しくしてもらおう。君には聞きたい事があるからな」

 丈が溜め息を吐くと、雪光はいじけた子供のように唇を尖らせた。


「お父さん。まだお仕事なの? すぐに終わらせてね。その間に……」

 雪光は美梅を見て、ニコリと優しい笑顔を浮かべた。


美雪(みゆき)、お兄ちゃんと遊ぼう」

「……美雪?」

 似ているが、異なる名前で呼ばれた美梅は戸惑う。

 

「私は美梅よ。鬼降魔美梅」

「違うよ。君は鬼降魔美雪。僕の妹だよ」


 その名前を聞いた時、美梅の心臓がドクリと大きく脈打った。


『おいで、美雪。お兄ちゃんと遊ぼう』

『ほら、泣かないで。お兄ちゃんがいるからね』


 頭の中を一瞬で駆け巡る遠い記憶。知っているようで、知らないような。何かを壊される感覚。脳の内側から突き刺すような痛みに襲われ、美梅は両手で頭を押さえて(うずくま)る。


「美……!」

 丈が美梅に向かって何かを言っているが、水中にいる時の様にボンヤリとしか聞こえない。


「……梅……!」


『お前にも会わせたい子がいるんだ』

『兄ちゃんに任せとけ! お前は、幸せになるんだ』


 先程とは違う声が頭の中に響き、懐かしい顔が浮かび上がる。


 淡い金色の光と白銀色の光が、美梅の体を包む。

 よく知っている二つの力が頭の痛みを和らげていく。浮かんだ映像も声も遠くに離れていった。


 美梅が現実へ意識を戻そうとした瞬間、淡い金と白銀の光の盾を突き破って、白の光が美梅の体に纏わりつく。

 心臓がギュッと絞られてしまうような息苦しさに、美梅の目に涙が滲む。息が吸えない苦しさに美梅は首へ手を伸ばし、爪で喉を掻きむしろうとした。


 丈の指先が、美梅の額に触れる。

 眠りに救いを求めて、美梅は意識を手放した。



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