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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織(呪ぱんの作者)
第四章 過去が呪いになる話
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第16話 総一郎の憎むべき相手



「……繋がりませんね」


 総一郎(そういちろう)は、自分の携帯の画面を見つめて溜め息を吐く。

 状況の確認をする為に(じょう)咲良子(さくらこ)へ電話をかけているが、一向に繋がらなかった。


碧真(あおし)君の側に、鬼降魔(きごうま)幸恵(ゆきえ)がいない。……ならば、向かう先は何処だ? 碧真君をこの場所に放置した理由は何だ?)

 

 廃屋の表札に書かれていた苗字は、鬼降魔ではなかった。

 以前、丈が調べた幸恵の情報から考えても無関係な場所の筈。しかし、よく知らない場所に、攫った人間を放置するとは考えにくい。


 総一郎は碧真の足元に浮かぶ白い術式を見つめる。


 鬼降魔家の力である光の色は、術者によって異なる。色が異なる理由は、力量ではなく、魂の性質によるものだと言われているが、定かではない。一族の中でも多いのは白と黄色。力の色は邪気を利用した場合や禁呪を使用する時には変色することもあるが、基本は本来持つ一色のみだ。


(あの術式が放つ力の色からしても、術者は鬼降魔幸恵の可能性が高いが……。鬼降魔幸恵に、既存のモノでは無い術を作れる能力があるのか?)

 

 今の鬼降魔に、自分で新しい術を作り出せる者は少ない。

 呪術を使える者が減少している事や、今の世の中で呪術に重きを置く必要が無い事から、鬼降魔の力は衰退しているのが現状だ。


 幸恵の呪罰牢(じゅばつろう)の脱走について、丈は”外部の者が手引きした可能性が高い”と考えている。しかし、総一郎は、幸恵が何かしらの手段で逃走した可能性が高いと踏んでいた。


 呪罰牢の結界は特殊で、牢を管理している家の術者達が許可した人間しか入れない。侵入者がいれば、即座に千以上の攻撃術式が発動し、呪罰牢を管理する家の責任者と当主である総一郎に知らせが入るようになっていた。


 しかし、今回その知らせは入らなかった。事態が発覚したのは、呪罰牢の見張りを交代しようとした者が現場を訪れ、責任者に連絡した後だ。攻撃術式は発動しておらず、外部から無理やり侵入した形跡は無い。

 

 ならば、呪罰牢を管理している家が幸恵を逃したとも考えられるが、それは無いだろう。

 総一郎を貶めたいと考えて画策したとしても、幸恵を逃した彼らも罰を受ける。彼らが幸恵の逃亡に手を貸す理由は無い。


(それなら……狙いは)


「うっ……」


 『夢逢(ゆめあ)イ』を使う為に眠らせていた日和(ひより)が身じろぎをした。日和の瞼がピクリと動き、ゆっくりと開かれる。


「日和さん……」


 解呪をしていないにもかかわらず、日和が目を覚ました。総一郎は驚いて、碧真へと視線を向ける。


 俯いていた碧真がゆっくりと顔を上げて周囲を見回す。

 総一郎と碧真の目が合う。碧真は総一郎に何か伝えようと口を開いて、椅子から立ち上がろうとした。上手く立ち上がれなかったのか、碧真は床の上に膝をついた。


「碧真君!」


 総一郎は碧真に駆け寄ろうとしたが、リビングに入る一歩手前で足を止めた。

 

(まだ敵の罠が残っているかもしれない。それに、碧真君が術で操られている場合も……)


 悪い想像が頭の中に次々と浮かび上がり、総一郎は碧真に近づく事を躊躇した。


「碧真君!」

「日和さん!?」


 起き上がった日和は、碧真に一直線に向かっていく。先ほど攻撃を受けた事すら頭にないようだ。


「大丈夫? 怪我は? 立てる?」


 日和は心配そうに碧真に声を掛ける。碧真は深い溜め息を吐いて、日和を見上げた。


「あんたって、本当に馬鹿だよな」

「突然の罵倒アゲイン。何故に??」


 碧真の口の悪さに、日和は苦い顔をしながら首を傾げる。碧真は日和に支えられながら立ち上がった。何を思ったのか、碧真は隣に立つ日和の右肩に肘をついた。


「……ちょっと、碧真さん。重いんですが?」


「こっちは怪我人なんだから、肩くらい貸せ。ほら、さっさと歩け」


「そんな尊大な態度の怪我人を労われる程の慈悲深さは、私には標準装備されて無いんですけど? って、重い重い! 全体重をかけてこないで! わかりましたよ! てか、これ歩きにくいから、もう少しなんとかしよう」


 碧真が日和の肩に手を回す。日和は碧真を支えて歩き出した。

 目の前の光景が信じられずに、総一郎はポカンとする。


(あの碧真君が、自ら人に触れるなんて……)


 総一郎が人と関わる事を勧めても、碧真は突っぱね続けた。

 碧真が人と関わる事を望んではいたが、まさか実現するとは思っていなかった。


「総一郎」


 碧真に声を掛けられ、総一郎はハッとする。

 いつの間にか、碧真と日和はリビングを出て、総一郎の目の前に立っていた。碧真の目はいつも通りで、精神に異常は見られない。


「碧真君。本当に無事で良かった」


 無事な再会を喜びたい気持ちはあるが、解決しなければならない事がある。幸恵の事を尋ねようとした時、碧真が口を開いた。


鬼降魔(きごうま)雪光(ゆきみつ)


 総一郎は目を見開く。一瞬で、周囲の音が消えた。


「鬼降魔雪光が、俺の所に来ました。何が目的かわかりませんが……総一郎?」

 

 グニャリと視界が揺れて、総一郎は床に膝をついた。


「総一郎さん!?」


 日和が驚いて声を上げる。


「何故……」


 震える唇が紡ぎ出した声は(かす)れていた。心臓が忙しなく脈を打つ。


 鬼降魔雪光。

 総一郎の罪であり、憎むべき相手。

 

 日和は戸惑いの表情を浮かべて、碧真を見上げる。


「碧真君を攫ったのは、幸恵さんじゃないってこと?」

「幸恵? 鬼降魔幸恵か? そいつは『呪罰行き』になっているだろう?」


 碧真は訝しげな顔で日和を見下ろした。


「昨夜、呪罰牢を管理している者達が殺害され、鬼降魔幸恵が姿を消しました」


 総一郎の言葉に、碧真が驚きで目を見開く。幸恵の事は全く知らないのだろう。


(碧真君が攫われた事に、鬼降魔幸恵は関与していない。しかし、このタイミングで、何年も姿を現していなかった鬼降魔雪光が動いた。無関係ではない筈だ)


 総一郎は拳を握りしめる。


 何故、碧真君を攫った?

 何故、邪気を増幅させる術を仕掛けた?

 何故、この場所に碧真君を放置した?

 何故、今この場にいない?


 総一郎の頭の中を疑問が駆け巡る。

 

(あの子の思考は理解出来ない。一体、何を考えて……)

 

(そう)兄ちゃん。僕ね、家族が大好きなんだ。だからさ』


 無邪気に笑う雪光の顔が浮かび、総一郎はハッとする。


(そうだ。あの子は……)


 総一郎は自分の携帯を取り出した。

 丈、咲良子、美梅へ連絡を試みる。無事な声を聞いて不安を打ち消したいのに、呼び出し音だけが虚しく響く。

 総一郎は苛立ち、携帯を持った右手で床を殴りつける。静かな室内に重い打撃音が響いた。


「……屋敷に戻りましょう」


 低い声でそう言って、総一郎は立ち上がる。(きびす)を返して進む総一郎に、日和が慌てて声を掛ける。


「待ってください! 碧真君は裸足だから、進めないです!」


 廊下には、ガラス片や石ころが散乱していた。裸足で進めば、確実に怪我をする。


 総一郎は無言のまま振り返り、日和に支えられて立っている碧真の前で腰を落とす。

 総一郎は右腕を碧真の太ももの間に差し入れ、左手で碧真の左手首をつかむ。総一郎の首の後ろに碧真の腹部が来るように横たわらせて、肩の上に担ぎ上げた。


「は?」


 一瞬の出来事に理解が追いつかず、碧真は呆気に取られる。隣にいる日和も呆けた顔で「すごい」と呟いた。


「これで大丈夫でしょう。行きますよ」

「総一郎!」

「急ぐので黙っていてください!」


 苛立った総一郎の声に、碧真は困惑しながらも黙った。


 戸惑う日和や碧真に構わずに、総一郎は廊下を急ぎ足で進んで外に出る。車の後部座席のドアを開けると、本を読んでいた運転手は驚いた顔で総一郎を凝視した。


「今すぐ屋敷に戻ります」


 総一郎は運転手に告げ、碧真を後部座席に押し込む。遅れて廃屋から出てきた日和に碧真の隣に座るように命じて、総一郎は助手席に乗り込んだ。


 全員が乗り込むと、車は発進した。

 総一郎は自身が想像する最悪が起きない事を祈りながら、目の前の景色を睨みつけた。

 

 

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