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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織
第一章 呪いを見つけてしまった話
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第7話 加護と呪い



(き、気まずい……)

 日和(ひより)は視線を彷徨(さまよ)わせる。


 碧真(あおし)美梅(みうめ)が去った方向へ顔を向けている為、日和からは表情が見えない。美梅と碧真はお互いに相手を嫌っているのか、険悪な雰囲気だった。


「おい」

 碧真が振り返り、日和に声をかける。

 感情がこもらない瞳と何を考えているかわからない真顔に、日和は身構えた。


 碧真は日和の目線に合わせて(かが)むと、躊躇(ためら)いもなく額を鷲掴みにする。


「な、何!?」

 脈絡の無い行動に、日和は戸惑う。


(もしかして、このまま私の頭を畳にめり込ませる気なの!?)

 この男ならやりかねないと、日和は怯える。周りの空気が何かにジワリと侵食されるような気配がした。


「大人しくしろ」

 ブワリと鳥肌が立つ。


(な、何!? これ嫌だ!!)

 昨日、神社で感じたものと同じ嫌な感じがした。本能的な恐怖心が日和の体を駆け巡る。怖くなった日和は、碧真の腕を掴んで額から退けようとするが、力が強くて離す事が出来ない。


『危ない!』

 警告するような声が、日和の頭の中に響く。


「っ!?」

 弾かれたように、碧真の手が日和の額から離れた。


「ちっ!」

 碧真が舌打ちと共に日和の頭を掴む。強い力と駆け巡る恐怖感に、日和は肩を震わせた。


 日和の耳に馬の(いなな)きが聞こえると同時に、碧真が日和の頭を目の前から払い除けるように手を離す。畳の上に倒れた日和を見下ろす碧真の顔は冷酷だった。


「術者が確実にあんたを見つけられるように、呪いの残滓が持つ力を増幅させた。せいぜい、餌としての役割を果たせ」



***



「そう、見つけられたのね。ありがとう」


 額を撫でてやると、黒い(うま)は嬉しそうに目を細める。

 呪いを破った人間を加護の午に追わせようとしたが、あと一歩の所で何かに邪魔をされて辿り着けずに歯噛みしていた。

 午の額と自分の額を合わせれば、呪いを破った人間の居場所や情報が頭の中に流れ込んで来る。


「……本家が動いたのね。厄介だわ」

 人数や能力的にも、圧倒的に不利だった。


「けれど、もう引き返せない」

 見つからなければ、呪いは昨夜には完成していた。


(あと一歩だったのに邪魔をされた。本当に、腹立たしい)

 苛立ちから唇を噛むと、ザワリと鳥肌が立つ。


 変質した呪いが、自分へ矛先を変えつつある気配を感じる。奪う側の自分が奪われる側に回るかどうかが、今夜で決まる。


 呪いを変質させた原因である人間を始末して、呪いを元に戻す。本家の人間を撒いて、人形を破壊し、呪いを完成させなければならない。


「私は、絶対に……幸せに……」



***



 離れから母屋(おもや)へ戻ってきた碧真は、一階の廊下を歩いていた。

 

 碧真は痛む右手を押さえて舌打ちする。

 右(てのひら)を見れば、赤く腫れ上がっていた。手の痺れもなかなか取れない。


「いつにも増して、機嫌が悪そうですね。碧真君」

 名前を呼ばれて顔を上げると、縁側に座った総一郎(そういちろう)がこちらを見ていた。いつもと同じく、何を考えているのかわからない笑みだ。


「言われた通りの事はやりましたよ」

 赤間日和を連れてきた理由を、総一郎は”守る為”と説明したが、”術者を誘き出す為の餌”にする事も目的の一つだ。

 術者が確実に赤間日和を見つけられるように、呪いの残滓の力を増幅させる事を碧真に命じたのも総一郎だ。


「ご苦労様です。一緒にお茶などいかがです?」

 総一郎の手元には、茶と和菓子が載った盆が置いてあった。二人分あるところを見ると、初めから碧真と茶を飲む気だったのだろう。

 碧真は溜め息を吐くと、茶器が載った盆を挟んで、総一郎の隣に腰掛けた。


 目の前にあるのは、植物や池のある庭。

 ここを見た人間は『見事な庭だ』と感動するが、景色を()でるという趣味が無い碧真は何も思わない。湿気で風が気持ち悪いと感じるだけだ。


「右手、日和さんに叩かれでもしましたか?」

 総一郎は楽しそうに笑いながら尋ねてきた。


「違いますよ。何かは分かりませんが、術をかけている最中に邪魔されました」

 赤間日和の額を掴んだ際に、右手に痺れるような痛みが走った。頭を掴んでいる間も、邪魔をするように碧真を攻撃してきた。暫くすれば痺れも収まるだろうが、気分は最悪だ。


「一体、何なんですか? あいつ」

「そうですね……。もしかしたら、彼女の加護によるものではないでしょうか?」

「は? 加護?」

 総一郎は茶を一口飲むと、再び口を開いた。


「加護の強弱、種類は様々ですが、人間皆誰しも加護を持っているのですよ。私達のように分かりやすい形ではないだけです」


 碧真は右手を見下ろす。赤く腫れ上がった手を気遣うように巻きつく黒い(へび)

 一族が ”加護” と呼ぶそれは、碧真にとっては ”呪い” でしかないモノだ。


「私は加護については専門ではないので詳しくは分かりませんが、日和さんは神社に通っていると仰っていましたし、神の加護でもあったのではないでしょうか? 昨夜、術者が日和さんを見つけられなかったのは、加護が働いたからかもしれませんね」


(……どうせ働くなら、呪いを見つけないようにすればいいものを。……まあ、あんな残念そうな奴についているんだから、残念な加護なんだろうな)


 碧真は既に、赤間日和を”残念な人間”と認識していた。


(仕事の邪魔をするし、人に文句を言うガキ、無職。ダメ人間の見本市だな)


「それにしても残念です。日和さんなら、碧真君の頬に綺麗な紅葉を(こしら)えてくれるのではないかと思ったのですが」


「はあ? それって、俺があいつに叩かれるって事ですか? 何の期待をしているんですか」

(部下が暴力を受けるのを期待するとか、どんな上司だよ)


 碧真は眉を寄せながら総一郎を見る。ニコリと微笑んだ総一郎の笑みが少し黒い気がした。碧真は総一郎から少し体を反らす。


「なんか怒ってます?」

「……別に怒っていませんよ。ただ、私のか弱い婚約者候補を(いじ)めてくれたようですからね。少し痛い目に遭ってくれたら、胸が()くと思っただけです」

(怒ってるじゃねぇか)


 だったら鉢合わせさせるような真似をするなと文句を言いたかったが、何も言わない方がいいだろう。言葉の空白を埋めるように、碧真は黒地の湯飲みを手に取り、茶を口に含む。程よいぬるさの茶が喉を通っていった。


「美梅さんにも悪い所がありますが、それは彼女自身ではなく、一族の認識が影響している部分もあります。”許せ”、とは言いません。碧真君が怒るのも当然でしょう。ただ、碧真君も、人に嫌われるように振る舞うのはよくありません。それで傷つくのは、最終的に碧真君自身なのですから」


 総一郎の言葉に、碧真の心に怒りが湧く。苛つくままに、湯飲みを盆の上に置けば、盆の上の茶器がガチャリと音を立てて浮き上がった。


「嫌われたって構いません。俺は周りの奴らも、何もかも全部嫌いですから」


 一族の人間も、他人も、自分も。この世界に存在する全てが、嫌いで、不快だ。壊れて無くなればいいと思っている。


 盆の上の湯呑みが倒れて転がる。

 碧真は立ち上がり、総一郎の元を去った。



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