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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織
第一章 呪いを見つけてしまった話
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第6話 呪罰行きの子


 

 ようやく、日和(ひより)の拘束が解けた。

 逃げる事も考えたが、拘束を外す際に「逃げたら木に吊るす」と碧真(あおし)から言われたので、叶わないだろうと諦めた。


(あれは本気の目だった。あの人は確実にやる。その上、鼻で笑う。絶対に)

 

 鬼降魔(きごうま)の屋敷内には、同じような紅梅色の着物を着た女性が数名いた。彼女達は、屋敷で働く女中(じょちゅう)らしい。


 女中の一人に連れられて、日和は屋敷の中にある離れを訪れた。


 案内された部屋は、まるで旅館の一室のようだった。冷蔵庫があり、中の飲み物は自由に飲んでいいと言われた。トイレもある。風呂は備えられていないので、母屋で入ることになる事と、夜着も布団も用意する旨を告げられた。今着ている服は、お風呂の間に洗濯と乾燥をして、明日には着て帰る事が出来るようにしてくれるらしい。

 昼食も部屋に運ばれてきた。手の込んだ上品で美味しいご馳走に緊張が緩む。至れり尽せりだ。


 食事が終わると膳を下げられ、「しばらくお待ちください」と一人にされた。

 時間を潰すものを探そうと、日和は部屋の中を見渡す。拘束を解かれる時に、外部に連絡を取られては面倒だと碧真に携帯を没収されていた。


 部屋の中は清潔で品が良く好感が持てるが、娯楽となりそうなものはない。

 仕方ないので、開け放たれた窓から見える景色を眺めた。


 太陽の日差しを和らげるように木々が揺れている。少し先に色とりどりの紫陽花が咲き乱れていた。昨日の雨で残っていた雫がキラキラと太陽の光を反射させて、宝石のように光っている。美しい庭だった。


「何だか、本当に変なことになっちゃったなー」

 部屋にある座卓に頬杖をつきながら呟く。


「ねえ、入ってもいいかしら?」

 突然聞こえた人の声に、日和はビクリと肩を揺らす。反射で「はい!」と返事をすると、襖がスラリと開き、声を掛けてきた人物が姿を現した。


 鮮やかな真紅の着物を纏う女性。後ろで一つに纏め上げられた黒く艶やかな髪に、金色の(かんざし)を二本挿している。肌は白く、唇は紅色。少し気の強そうに見える顔立ちの色気がある美女だった。

 

 女性は入室すると、日和の前に座った。


「初めまして。私は鬼降魔(きごうま)美梅(みうめ)。歳は十七、高校三年生よ。美梅と呼んで頂戴。総一郎(そういちろう)様から、あなたの話し相手をするように言われて来たの。あなたは、日和さんでいいかしら?」


 凛とした声で、美梅は名乗る。日和は頷いた後、首を傾げた。


「話し相手?」

「そう。あなたは警戒しているのか、あまりこちらの事情に踏み込んでこなかったから。わからないことだらけで不安ではないかと総一郎様が仰ったの。同性で年下の私なら話を聞きやすいでしょう?」

 図星だった日和は苦い顔をする。


「いや、だって踏み込みすぎたら消されるのかと思って」

 個人情報も特定されている上、呪いの力を持っているのだ。漫画でよくある『お前は知りすぎた』と言って口封じに殺されるのではないかと日和は考えていた。


「ええ、消されるわね」

「うぇぇ!? もしかして既にアウト!?」

 あっさりと消される発言をされ、日和はあたふたする。美梅は苦笑した。


「大丈夫。消すのは記憶よ。この件が片付き次第、あなたが知った呪いや鬼降魔家に関する記憶を消すだけ。あなたは普段通りの日常を生きていたということになる。痛みもないし、怖くもないわ」


(人の記憶を操作出来る力がある時点で、十分怖いです)


「だから、私達のことを知っても何も問題ないわ。襲撃の時に疑心暗鬼になって、下手な動きをされるのは困るから。答えられる範囲で答えるわ」


「でも、美梅さんは忙しくないの? 学校は?」

 室内にあった壁掛け時計に目をやる。時刻は午後二時。通常なら、学校にいる時間だろう。


「学校は、期末テストの最終日で午前中に終わったわ。それに、総一郎様のお願いですもの」

 美梅は目をキラキラとさせ、頬を赤く染めた恋する乙女の顔になる。

 心配ないということなので、日和は疑問に思っていることを聞くことにした。


「みんな同じ苗字だけど、親戚?」

「……一番最初に聞きたいことがそれなの?」

 美梅に呆れられたが、地味に気になっていたし、いきなりハードな質問をするよりワンクッション置きたい。


「まあ、いいわ。私達は親戚よ。鬼降魔は、日本各地に分家があるの。総一郎様は、一族で一番偉い当主様で、この屋敷の主。あなたが会った他の二人と私は分家の者よ」

(思った以上の返事だな)


「そして、私は総一郎様の婚約者候補よ!」

(思った以上の返事が過ぎる!!)

 総一郎は日和の二つ上と言っていたので、現在三十三歳だろう。美梅は十七歳。ほぼ倍の歳の差だ。


「総一郎様と結婚できるのは、(うま)年生まれの(とら)憑きの女だけですもの。これは運命よ!」

 美梅は嬉しそうに笑う。恋する乙女モードは可愛らしく思うが、分からない部分が多い。


「”寅憑き”?」


「鬼降魔一族で呪術の力を持っている者には、干支の動物の加護がついているの。加護を使役して術を使ったり、身を守る事が出来る。本人の生まれ年とは関係なくて、将来結婚する人の生まれの干支の動物が憑くわ。総一郎様の干支は寅で、加護は午。私の干支は午で、加護は寅。……まあ、あと一人婚約者候補がいるけど、私が勝つわ! 総一郎様と結婚するのは私よ!」

 美梅が闘志に燃えながら宣言する。婚約者がいることにも驚きだが、婚約者争いまであるようだ。


「……あれ? 呪いをかけた人が”午憑き”って言ってたけど……。もしかして、同じ一族の人が呪いをかけたってこと?」

 日和の問いに、美梅はスッと真顔になる。


「ええ、そうよ。鬼降魔の術は、一族特有の呪術の知識と力が無ければ使えない。術者も依頼主も鬼降魔の人間なの」

 一族内で呪い呪われるとは、なんとも穏やかではない話だ。


「総一郎様は、呪い関係の仕事だけではなく、一族の管理もしているの。禁呪が使われていないか監視し、使用した者には罰を与える。まあ、今は本家と一部の分家のみが表向きの仕事と並行して、呪い関係の仕事をしているだけだから、仕事も多くないわ。……他に何か聞きたいことは?」


 鬼降魔については、思った以上に美梅から話が聞けた。ならば、考えるのは今夜のことだ。


「今夜、私は何をすればいいの?」

「ただ私達に守られているだけでいいわ。安心して! 明日の朝には、あなたは無事に日常に戻る事が出来る」

 任せなさいと、美梅は自信満々な笑みを浮かべた。頼もしい限りだ。


「入るぞ」

 襖越しに声が掛けられ、こちらが返事をする間も無く開かれる。

 現れたのは碧真だった。思い切り「げっ」と顔を(しか)めた日和を、碧真が不機嫌顔で睨む。


「なんだよ。その顔」

「何でもない」

 日和がプイッと顔を逸らすと、碧真がボソリと「ガキ」と(けな)した。碧真を睨もうとした日和は動きを止める。立ち上がった美梅が、不快そうな顔で碧真と対峙した。


「女性が居る部屋に、許可なく入るなんて無礼ね。(へび)憑き」

(この人の加護は巳なのか。じゃあ、私を拘束したのも巳だったのかな?)

 日和が呑気に考えている間に、空気がピリッと張り詰めたものに変わる。碧真も不快そうな顔で美梅を睨みつけた。


「……なんで、お前がここにいるんだよ?」

「私は、総一郎様の(めい)で、日和さんに説明をしていたのよ。どうせ、何も説明しないまま連れてきたんでしょ。その上、日和さんを乱暴に扱ったそうじゃない。全く、人の心が無いんだから」


「俺が説明する義理はない。第一、知らなくても問題ないだろう。逃げ出さないように、木に(くく)り付ければいい」

(この人、本当に人の心があるのかな?)

 日和は冷めた目で碧真を見る。美梅は不愉快そうに眉を吊り上げた。


「あんたみたいな人間がいたら、鬼降魔の質が落ちてしまうわ! 総一郎様にも迷惑がかかるのよ!! いい加減、態度を改めなさい!!」


「……お前、本当にウザい。総一郎様、総一郎様。嫁入りするために必死だなぁ。そいつの面倒を見ているのも、どうせ点数稼ぎだろう? 総一郎に嫁入り出来なければ、惨めだもんな」

「っ!?」


「お前より、あの女の方が術者として優秀だから、内心相当焦っているんだろ? 『捨てないで〜』って必死な姿、無様だからやめれば?」

 美梅の目に涙が滲むのを見て、碧真が勝ち誇った顔をする。美梅は鋭い目で碧真を睨みつけた。


「あんたなんか、『呪罰(じゅばつ)行きの子』のくせに!! 早く死んじゃえ馬鹿!!」


 美梅が大声で吐き捨てて部屋を去っていくのを、日和は座り込んだまま呆然と見送った。



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