第5話 理不尽にも程がある
「殺すって……そんな」
日和は狼狽える。
殺す、殺されるなど殺伐としたものは、別世界のものだと思っていた。それが、突然目の前にやってきたのだ。実感は無いが、嫌な気持ちになる。
「変質した呪いは、我々でも解呪が出来ません。術者が何を取り替えようとしたかはわかりませんが、被害者の状態を見ると、小さな物ではないでしょう。代償は大きい筈です」
総一郎は目を細める。
「貴女は、あの神社で何を見ましたか?」
尋ねてはいるが、確信を持って聞いているのだとわかる。日和は重たい溜め息を吐き出した後、観念して口を開く。
「……木に括り付けられた二体の人形と、地面に描かれた魔法陣みたいなものを見ました」
「しかし、何故その場所に? 参道からは外れていたと聞いていますが」
「……お社の近くで見つけたミニカーを拾おうとしたら静電気が起きて、驚いて足を踏み外して転がり落ちてしまったんです」
「ダッサ」
「うざいです。いちいち突っかかってこないでください陰険黒づくめ」
馬鹿にしてきた碧真を見ずに、サラリと馬鹿にし返す。丈が引き攣った顔をする。日和に言い返そうと口を開いた碧真を制するように、総一郎が口を開く。
「貴女が触ったものは恐らく、呪いを隠蔽する為の術を施した媒体です。日数をかける呪いは、他人に邪魔されないように目眩しの術をかける。貴女が媒体に触れたことで、術が破れてしまったのでしょう」
「隠蔽していた術を破った上に呪いを見てダメにした。殺されるな」
碧真は感情のこもらない平坦な口調で言う。
日和は呪いをかけた人に対して、されたくないことを『フルコンボだドン☆』してしまったらしい。
「あんた、何でまだ生きてんの? 俺ならとっくに殺してる」
「ちょっとぉ!! ……ん? 待って! 呪いを見たのは、あなたも同じじゃない!?」
日和の後に呪いを見た碧真も、術者にとっては”殺さなければならない対象”になるのではないか。
「呪いは、あんたが見た瞬間に変質した。変質した後の呪いを見ただけの俺は殺される対象ではない。狙われるのは、あんただけだ」
(うわー。嫌なボッチ……)
「術者は自分を守り、呪いを成就させる為に目撃者を殺す。タイムリミットは今夜でしょう。一刻も早く、貴女の命を奪いたい筈です。狙われるのは、呪いの力が高まる夜の間でしょうね」
今はまだ午前中。夜が来るまで、あと数時間だ。
「貴女の体には、呪いの残滓があります。呪いが変質した際に、目撃者を追えるように目印を付ける術も施していたのでしょう」
(知らない内にマーキングされてた。というか、そんなに呪いに労力を割けるのなら、もっと良心的なことに使おうよ……)
「貴女は力のない一般人。目印をつけられたのなら、昨夜の内に手を出されていた筈です。我々も、昨夜は貴女の家を見張っていたのですが、術者は姿を現さなかった。何か手を出せない理由があったのか、もしくは動けない理由があったのか……」
(見張っていたって……呪いかけた人より、この人達の方が危ないんじゃない?)
名前だけではなく、家まで特定されていた事に、日和は恐怖を感じた。
「赤間さん。何か他に、あの神社で見なかったか?」
丈に尋ねられ、日和は記憶を探る。呪いの現場は、碧真も見ているだろう。日和は、ふと思い出す。
「馬の嘶き」
いない筈なのに、確かに聞こえた馬の嘶き。日和が説明すると、総一郎達は眉を寄せた。
「午憑きですかね」
碧真がボソリと呟く。
「可能性は高いでしょう。丈、調べて頂けますか?」
総一郎の言葉に、丈は頷く。
「午憑きは多いから、時間が掛かるぞ」
丈の周りに不自然な風が起こり、日和の肌が粟立つ。
無数の小さな黒い影が丈の周囲に現れて、四方八方に駆け出す。黒い影の一部が日和の前を横切って、宙へ消えていった。
「な、何!?」
日和は慌てて周囲を見回すが、何事もなかったかのように室内は静まり返っていた。
総一郎はニコリと笑みを浮かべる。
「さて、今お話したように、貴女は命を狙われています。私達は、一般人である貴女を守る責務がある。今日は、この屋敷に滞在して頂けますか?」
「え。お家帰りたい……」
呪い殺されるなど御免だが、この人達と一緒に居たくない。丈はまともな人だろうが、それ以外の二人は日和の精神をゴリゴリと削ってきそうだ。
「明日の朝には帰れますよ」
キラッキラの笑顔で総一郎は言う。
「拒否権は……」
「”全てが終わったら安全に家に帰す”とお約束しました。私は、貴女との約束を守ろうとしているだけですよ?」
総一郎は先程の約束を持ち出した。拒否権は存在しないらしいと、日和は項垂れる。
「どうせ、大学なんて遊びでしかないんだろう? それなら、行かなくても問題ないだろうが」
碧真にバカにするように言われ、日和はキョトンと首を傾げた。
「大学?」
大学に進学していないから知らないが、碧真の発言は全国の大学生や関係者に失礼ではないだろうか。
碧真が何故急に大学の話をしたのかを理解して、日和は苦い表情を浮かべた。
「私は大学生じゃない。三十一歳だよ」
「は? 嘘だろ。年上?」
碧真は驚いた顔をした後、マジマジと日和の顔を見る。
日和はよく大学生と間違われる。仕事でスーツ着ていても『就活中の学生』と思われるし、年齢を言うと『意外と歳がいってる』と驚かれる。日和は声や行動が幼いらしい。また、借りているアパートは大学の近くにあるので、碧真は日和を大学生だと判断したのだろう。
「本当ですよ。日和さんは、碧真君より四つ上です。私より今は二つ下ですね」
総一郎が答える。年齢まで知られていたらしい。どこまで情報が漏れているのだろうか。
「それにしては、ガキっぽいな」
碧真の言葉に、日和はショックを受ける。”年相応の大人のお姉さん”に憧れている日和にとって、幼く見られることは嬉しくない。大人っぽい色気と落ち着きが切実に欲しい。
「仕事は?」
日和は、またグサリと心を抉られる。
「……今は無職」
「うわー」
日和を可哀想な目で見た後、碧真は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「じゃあ、断る必要ないだろう。ひ・ま・じ・ん・ニ・ー・ト」
「好きでニートじゃない!! 仕事あるなら働きたいわ! お金欲しいわ!! てか、何で初対面の私にそんなに突っかかってくるの!?」
喚く日和に、碧真は溜め息を吐く。
「あんたが先に呪いを見つけたせいで、俺の仕事が面倒になったんだ。あんな田舎まで二回も出向いたり、拘束して連れてきたり、護衛だったり……嫌味言うのは当然だろ」
「理不尽すぎる!」
確かに仕事は増やしたのだろうが、好きで見つけたわけではない。誘拐されるわ、雑に扱われるわ、暴言吐かれるわ、命を狙われるわ。理不尽以外の何物でもない。
悔しがる日和に、丈が申し訳なさそうな顔で謝る。
「本当にすまない。君が無事に家に帰る為にも、協力して欲しい」
日和は投げやりになって頷いた。
「お分かり頂けたようで何よりです!」
日和はジト目で総一郎を睨む。満面の笑みが腹立たしくて堪らなかった。