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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織(呪ぱんの作者)
第三章 呪いを暴く話
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第15話 三日月の紋様



「良い天気だな……」

 箒を片手に見上げた空の青さが眩しくて、月人(つきひと)は目を細める。


 長い前髪の隙間から見える景色は、いつも通りの平和な日常を感じさせた。


 夜には、この平和は崩れる。

 繰り返された惨劇の夜。村人の憎悪の目。責め立てる声。


 月人は俯いて、軍手に包まれた自分の右手の甲を見つめる。

 右手が赤黒い血で染まっている様に見えて、月人は息を呑む。瞬きをすれば、血は消え、いつもの薄汚れた軍手が見えるだけだった。


 月人は止めていた息を吐き出す。

 嫌な汗が背筋を伝い、夏だというのに体の奥から冷えたような心地がした。


(また、繰り返す。一体、いつまで僕は……)

 

「あ。いたいた。おーい、月人君」 

 顔を上げた月人は、驚きで目を丸くする。


「き、昨日の」

 昨日、富持(とみじ)と共にいた移住希望者の内の二人が、こちらに向かって歩いてきていた。


 左右非対称の髪型の茶髪の男性が、ニコニコと笑いながら月人に向かって手を振っている。その後ろには、昨日優しく声をかけてくれた黒髪の男性がいた。


 二人の他に誰かいないか辺りを見回して確認した後、月人はホッと息を吐く。


(良かった。富持さんはいない)

 村の人達の大半は、月人を嫌っている。中でも、富持は月人を一層嫌悪している。会えば辛く当たられるので、出来れば会わずに過ごしたい。


「ど、どうされたんですか?」

 神社に連日訪れた理由がわからず、月人は尋ねる。


(もしかして、昨日の僕の態度に文句を?)

 初めて会う人達に緊張して、いつも以上に言葉が出ずに、神社の説明も(ろく)に出来なかった。

 男性達は、何一つ上手く出来ない月人に対して文句を言いに来たのだろう。月人は怯えて身構えた。


「うーん。面倒だから、単刀直入に聞いていい?」

 目の前にやってきた茶髪の男性は、(かが)んで月人の目を覗き込んだ後、スッと目を細めた。


「君、天翔慈(てんしょうじ)家の術を知っているんでしょう?」


 月人は目を見開く。頭が真っ白になったまま、怯えた顔で震える唇を開いた。


「ど、どうして、天翔慈さんの事を……」

 

 男性は背筋を伸ばして自分の胸に右手を当てると、堂々と自信に満ちた笑みを浮かべた。

 

「僕は結人間(ゆいひとま)壮太郎(そうたろう)。天翔慈家に引けを取らない、優秀な一族の人間だよ。こっちは、僕の大親友の鬼降魔(きごうま)(じょう)。彼も優秀な人だよ。僕も彼も、天翔慈家の親戚なんだ。よろしくね」


 月人は理解した。

 彼らに感じた懐かしくも不思議な雰囲気の正体。

 彼らは『月人』の始まりに関わった人の縁者。月人と同じような存在だろう。

 

 月人は震える唇をキュッと引き締めた後、ゆっくりと開く。


「……僕は平坂(ひらさか)月人(つきひと)。この神社の管理を任されている者です」

 月人は手に持っていた箒を握りしめ、丈と壮太郎を見つめた。


「そして、『神隠シ』の儀を行う役目を負った、三代目の『月人』です」


 壮太郎は納得したように頷く。


「やっぱり、『月人』は君個人の名前だけではなく、別の意味もあったんだね」

 月人は頷いて、軍手を外す。右手の甲には、淡い光を放つ三日月の紋様があった。


「『神隠シ』の儀式を行えるのは、天翔慈(てんしょうじ)晴信(はるのぶ)さんより術を授かった初代『月人』の魂を持つ者。この月の紋が、『月人』の証です。生まれた時から、この印は体に刻まれています」


 丈と壮太郎が顔を近づけて、月人の右手の甲に描かれた紋様を見る。

 

 細かい線で描かれている美しい紋様。

 壮太郎が感嘆の息を吐き、月人の右手を両手で力強く掴んだ。その目はキラキラと輝いている。魅力的な玩具を見つけた子供のような表情だ。


「さっっすが、晴信! 凄い! 天才的すぎる!! ああ! 本当に素敵だなぁ!! この術式、頂戴!!」

 壮太郎はズボンのポケットから何かを取り出して、月人の右手首に向かって勢いよく手を振り下ろす。


 キィイイインと、甲高い金属音が鳴り響く。

 何が起こったのか理解出来なかった月人は、目の前の光景を呆然と眺める。


 月人の右手首の上で、(きら)めく二つの銀色。

 一つは、壮太郎が手にしている白銀色のナイフ。もう一つは、丈が持つ緑色の光を纏った銀色の細い棒。

 壮太郎が月人の右手首に振り下ろしたナイフの刃先を、丈が手にしている銀色の棒が受け止めていた。

 状況を理解した月人の体から血の気が引く。


「……壮太郎」

 丈が咎めるような低い声を出す。壮太郎は気まずそうにナイフを下ろした。手にしていたナイフは、白銀色の光を放つと、ブレスレットへと形を変えた。


「ごめん。丈君。つい……」

 叱られた子供のように視線を泳がせる壮太郎に、丈は溜め息を吐く。


「謝る相手は、俺じゃないだろう?」

「……うん。ごめんね。月人君」

 壮太郎は素直に謝った後、月人の右手をジッと見つめた。


「ああ、でも本当に凄いな! いいな! それ、 僕も欲しい!! 皮を剥ぐのも、手首を切り落とすのもダメなら、どうすればいいの!?」

 

(皮を剥ぐ……手首を切り落とす……)

 物騒な言葉に、月人は再び青ざめる。

 壮太郎は、玩具(おもちゃ)を欲しがる子供のような勢いで人の体を傷つけようとした。人を傷つける事に躊躇(ためら)いが無いらしい。


(あ、危ない人かも……!)

 月人はジリジリと後ずさる。


「写真を撮ればいいだろう。何で、お前はそんなに極端なんだ」

 丈が呆れたように言うと、壮太郎がパッと笑顔になる。


「そっか! いつもは剥いで持ち帰るから思いつかなかったよ! んじゃ、写真撮影させて」


 壮太郎はブレスレットの代わりに、ズボンのポケットから小さな板を取り出した。壮太郎は左手で月人の右手を掴むと、右手に持っている板を(かざ)す。「カシャン」と聴き慣れない小さな音が鳴る。壮太郎は小さな板の角度を変えながら、月人の右手の上に翳すという謎の動作を繰り返した。


「よし。これで良いかな」

 壮太郎は月人の手を離すと、満足そうな笑みを浮かべて板を見つめた。


「申し訳ない。月人さん。壮太郎は、天翔慈晴信様の事を尊敬しているんだ。晴信様は、天翔慈家の稀代の天才として語り継がれている御方だから」


「そう! 晴信は天才なんだ! 天才の僕より、もっと天才! ああ、本当にいいなー。この構築式、今まで見た事がない!」

 壮太郎は板を見て目を輝かせる。はしゃいでいた壮太郎は、ふと首を傾げた。


「あれ?」 


「どうした?」

 丈が不思議そうな顔で問う。壮太郎は板を凝視しながら眉を寄せていた。


「変だ」

 呟いた壮太郎は、再び月人の右手を掴む。紋様を凝視する壮太郎の眉間の皺がどんどん深くなっていった。


「術式を構成する構築式として、『神隠シ』の術と魂の記憶を継承出来る術を組み込んでいるみたいだけど、その部分が不自然に途切れている。それに、穢れを祓う術式も取り除かれて不完全なものになっている」


 僅かな時間で事実に気づいた壮太郎に、月人は驚く。


「はい。二代目は記憶を継承して、穢れを祓う術も正しく使えていたようです……。だけど、僕は出来損ないの『月人』で……記憶の大半が失われています。術の使い方も、儀式で何が起こるのかも、詳しく覚えていないんです。二十年前の儀式でも、術が不完全な為か発動しませんでした」


 月人は地面に視線を落とす。


「僕が出来損ないだったせいで、二十年前に村人が十人以上死にました」


 邪神化した待宵月(まつよいづき)之玉姫(のたまひめ)に怯える村の人達は、長い間不在だった『月人』の誕生を喜んだ。

 生贄を差し出さずに邪神化を止める事が出来るのだと、村の人達全員が月人に期待していた。


 月人が八歳の頃、初めて行った儀式は失敗した。

 術は発動せず、月人は儀式の途中で気絶した。目を覚ました時、血に塗れていた儀式の場と自分の体を見て、ただ恐怖し、己の罪を悟った。


 いつも綺麗で優しい神様が、殺戮をしたという事。

 出来損ないの自分のせいで、村の人達が死んだ事。 

 その日から、月人は村の人達から『出来損ない』と罵られるようになった。


 壮太郎の視線が、月人の背後へ向けられる。

 月人が振り返ると、そこには待宵(まつよい)が居た。


 波打つ茶色の髪。幾重にも重ねられた橙色と真紅が溶け合う色の着物。天女の羽衣を纏う、神々しい姿。長い睫毛に囲まれた瞳は、黄昏時の空の色を映す。誰もが見惚れてしまう程の凛とした美しさを持った女神。


 待宵は月人の前に移動して、壮太郎と対峙した。


「君が、待宵月之玉姫だね?」

 壮太郎には待宵の姿が見えているようだ。丈には見えないのか、視線が少し違う方へ向いていた。


「君は、月人君が術を完全に継承出来なかった理由を知っているんでしょう? どうして、月人君に教えないの?」


 壮太郎の問いに、待宵は視線を落とす。月人は驚きで目を見開いた。

 少しだけ沈黙をした後、待宵は綺麗な唇を開く。


『好きな人に、知られたくない事もあるでしょう?』


 泣き笑いのような表情で、待宵は答えた。



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