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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織
第十章 呪いを返す話<鬼降魔編>
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第48話 『殰ーとくー』



「あなたも人を呪う力をお持ちなのでしょう?」


 数賀正道と名乗った男は、尋ねているようで確信を持った口調で言う。

 (ゆう)()が何も答えない間にも、正道は話を続けた。


「数賀家は、血を使って人を呪います。血液の流れを妨げて細胞を壊死させる術、相手の体から全ての血を抜き取る術など様々です。あなたが受けた以上の苦しみを相手に与えて殺すことができます」


「……相手を一瞬で呪い殺せる術はある?」


「いいえ。どれも基本的に進行する呪いなので、数日かけてじっくりと殺していきます。憎い相手をすぐに楽にしてしまうのは勿体無いでしょう?」


 正道は裏で糸を引く悪役のように、傲慢な残虐さを滲ませた笑みを浮かべる。正道が頭に思い描いているであろうワンシーンに、裕奈は溜め息を吐いた。


「それならいらないわ」


 裕奈が欲しいのは、自分の身の安全を確保しながらも、相手をすぐに殺せる術だ。


 (ゆい)(ひと)()(そう)()(ろう)に対処できる時間を与えずに、(ゆい)(ひと)()(しの)を殺さなければならない。


(他家の術は確かにとても魅力的だけど、結人間壮太郎から呪い返しをされたら不味い。この男に依頼して結人間篠を呪わせても、結人間壮太郎が依頼主を探して、私まで辿り着いてしまう。結人間篠を殺して、(じょう)さんにかけられた呪いが解けたのなら、話は別だけど……)


 壮太郎は、丈を害する人間は絶対に許さないと聞いたことがある。それは、妹とて例外ではないだろう。

 篠を殺して丈の目を覚ますことができたのなら、壮太郎も自分の妹が魔女だったのだと気づくだろう。それなら、壮太郎が裕奈を害することはない。むしろ妹の過ちを正し、親友を守ったことに感謝するだろう。そうして、壮太郎は生涯、裕奈達を守る騎士となる。


 しかし、失敗すれば、篠の悪事は暴かれず、丈の目は覚めず、壮太郎も妹の正体に気付かない。全員を敵に回してしまえば、裕奈は残酷な結末を迎えてしまうだろう。


(結人間篠を殺せたら、丈さんが私を助けに来てくれる。悪魔の旦那と息子から離れられて、ハッピーエンドになるのに)


 予想外の返答に正道は面を食らったような顔をしていたが、「ふむ」と口元に手を当てて、考える仕草をした。


「……一瞬とは言えませんが、短時間で呪い殺せる術はありますよ」


 正道は数賀家の『(とく)』という術について説明した。

 対象を苦しめながら焼き殺す術。正道が携帯を取り出し、術を使って呪い殺した人間の写真を見せた。普段なら目を逸らしたくなるが、裕奈は食い入るように見つめる。


 血と無関係の殺し方ではないかと思ったが、正道の話によれば、呪い殺すまでにかかる時間や与える苦しみは、術に使用する血によって異なるという。

 一般人の血を使用した場合でも、三十分以内には呪い殺せる。力のある術者の血を使えば、対象に強烈な痛みを与え、五分もかからずに呪い殺せるだろうと言われた。


(つまり、力のある術者の血を手に入れることができたのなら、私の願いは成就するということね)


 思い浮かぶのは、(そう)(いち)(ろう)だった。裕奈が再び本家の女中になれば、総一郎に接触することは可能だ。総一郎には三家の頂点である天翔慈家の血が混じっているのだから、かなり強力な呪具になるだろう。


 先ほど見た画像と同じような姿となった篠を想像すれば、ゾクリとした悦びが心臓から首筋まで走った。


(悪くない術ね。素晴らしいけれど……)


「あなたの目的は何?」


 困っている相手に善意の手を差し伸べる。

 そんな心が綺麗な人間は、この世に丈くらいしか存在しないと裕奈は知っている。もし、綺麗な言葉を吐くようなら、この男は詐欺師だ。


 正道は裕奈の目を見た後、肩をすくめて困ったように笑う。


「実は、今お話しした『殰』の術を強化したいと考えております。『殰』は一度使って終わりではなく、成長を続ける術。そのための贄が必要なのです。しかし、無差別に人を殺すのは、私も心が痛みます。人を死に追いやるようなクズな人間ならば、誰の心も痛まない。それに、殺す行為も正義となる。だから、あなたに声をかけました」


(そうか。私が自殺しようとしていると思って声をかけてきたものね。親身に話を聞くふりをして、私を苦しめている相手の情報を手に入れて、その人間を贄にしようとしたというわけか)


 正道の考えを極端だと言う人もいるかもしれない。しかし、世間を見てみれば、悪だとみなした相手に対して、人はどこまでも残虐だ。


 悪を見つけた瞬間に、無関係な人間が群がり、寄ってたかって誹謗中傷する。

 それが真実か嘘かなんて関係ない。見知らぬ誰かが切り取った一部が全部だと信じ、情報を与えた人物の思惑のままに踊らされる。

 人を傷つける快楽を得たいがために、正義の鉄槌だと自分や周りに言い聞かせて、ターゲットにした人間と、その周りの人間の人生を滅茶苦茶に破壊する。

 自分の中にある残虐性に気づかずに、自身の言動の責任も取らずに、エンターテイメントのように他者へ暴力を振るう。横暴で権利なき断罪者達が集い、好き勝手に私刑を行うのが、この世界だ。


(だからこそ、私が幸せになる舞台が整えられるというわけね)


 幼い頃から虐げられ、唯一の運命の人を奪われた裕奈には、多くの人間が同情するだろう。


(私は、こんなに可哀想なのよ!! 何もかも恵まれて苦しみなんて味わったことのない女が、幸せであり続けるなんておかしい。不幸を味わい続けた私こそが、幸せになるべき存在なのだから!!)


 数多の物語や世間の出来事が証明しているではないか。被害者になれば、一気に周りの同情と応援を得て、主役として輝ける。


(これが、神様が私に用意してくれたシナリオなんだ)


 シンデレラで例えるなら、この男は魔法使いだ。

 裕奈に用意されたのは、『不遇な扱いを受けていたヒロインが、魔法使いの力を借りて悪者を退治し、運命の人と結ばれて幸せになる物語』だったのだ。


(私は人生の不幸を先払いしていた。これからは、一生幸せしか残っていない)


「……詳しい話を聞かせてもらえる?」


 裕奈は久しぶりに心からの笑みを浮かべる。正道は嬉しそうに頷き、手を差し出した。握手のために正道の手を掴む。裕奈とは違って、正道の手は死人のように冷たかった。


「あなたのことは、何とお呼びしたらよろしいでしょうか?」


 もちろん本名は言わなくても構いませんと、正道は付け加える。裕奈は偽名を使うか少し考えた末、口を開く。


「鬼降魔裕奈よ」


 結婚して変わった姓ではなく、鬼降魔の姓を名乗る。

 裕奈が鬼降魔と名乗ったのは、呪術師として他家にも家の名が知られていることが多いからだ。舐められないように、家の強大さをアピールする。


 効果があったのか、正道は目を見開いた。


「鬼降魔……」


 正道はガクリと俯き、肩を小刻みに振るわせる。何事かと戸惑う裕奈の前で、正道は声を上げて大仰に笑い出した。


「まさか、こんなことが起こるとは!! ずっと待ち続けていました! 鬼降魔と(あい)(まみ)える、この瞬間を!!」


 正道は更に芝居がかった口調で昔語りを始める。


 正道は昔、鬼降魔と縁があったようだ。

 鬼降魔家の術者を呪おうとしたが、圧倒的な力で返り討ちにされた。正道が抱いた感情は恨みではなく、畏敬の念だという。


「鬼降魔の美しき毒牙を持った呪術師のこと。そして、鬼降魔の術について知りたかったのです。ですが、()(かつ)には近づけませんでした。だから、この出会いは運命だと思ったのです。裕奈さんと縁ができて、私は本当に幸せ者です!」


 感激したような表情と声は今まで向けられたことがなく、裕奈は居心地の悪さを感じた。しかし、正道が裕奈に対して敬意を持っているのは都合が良い。


(扱いやすい人間ということだものね)


 裕奈は表面上は恥ずかしげに微笑みながらも、心の中では口角が頬肉を押し上げるくらいに笑う。


 裕奈は思い描いた幸せへの階段を上り始めた。


 仕事に行くふりをして、旦那には内緒で有給を使い、職場や家から離れた場所で正道と会った。鬼降魔や数賀家の術について情報を交換し、二人で悪者退治の計画を立てていった。


 

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