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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織
第十章 呪いを返す話<鬼降魔編>
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第29話 狼は誰?



(火傷……いや、軽いからって、絶対に痛いじゃん! 目とかには血の結晶を入れてないだろうけど、部位によっては軽いでは済まされないんじゃないの!?)


 ()(より)は隣にいる(あお)()をチラリと見る。碧真の表情を見て、やはり(かず)()()(すけ)の行動はおかしいのだと思い、日和は安心してドン引きした。


「赤間さん。今までのところでわからないことはあるか?」


「大丈……あ。(じょう)さんがさっき血を使った呪法が二つあるって言ってましたけど、あと一つはどんなものがあるんですか?」

  

「もう一つは、『術者の血』を使う方法だ。術者の力は細胞から生まれ、体の中に常に存在する。術者はその力を意図して操ることで、外側に発揮することができる。術者が自分で制御するからということもあるが、体がエネルギー切れを起こさないように無意識に外に放出する力を抑える。血は全身を巡る中で、多くの細胞から生み出された力を集めている上に、制御がかけられていない状態だ。つまり、術者が持っている力の濃度が高いものが血なんだ」


(なるほど。血はカ○ピスの原液みたいな感じか。髪の毛は全身を巡るわけじゃないから、血の方が呪具的には強いってことなのかな?)


「血を使う術者には要注意だよ。気をつけていないと、知らぬ間に血を利用されることもあるから」


 上総之介は日和が横に置いていたビニール袋を指差す。手当てで使用した綿球には、碧真の血が含まれている。これを悪用されたら大変なことになるのではないか。


「丈さん! お屋敷に焼却炉はありますか!?」


 日和はビニール袋を引っ掴んで立ち上がる。丈は日和の勢いに()()されながらも首を横に振った。


「焼却炉はないが、じゅ」

「それなら、落ち葉を集めて焚き火をしていいですか!? マッチとバケツはありますか!? あ、落ち葉はなかったから、駐車場の隅に落ちてた松ぼっくりを拾い集めてきます!! あれならよく燃えるはず!!」


「待て。突っ走るなバカ」

 

 走り出そうとした時、碧真が日和の手首を掴んで止める。碧真は溜め息をつきながら、手を伸ばして日和の手から袋をとった。


「これは後で術を使って燃やす」


 上総之介が声を上げて笑ったことで、一人で空回りして騒いでいたのだと気づく。日和は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら静かに腰を下ろした。


 なかなか笑い終わらない上総之介に対して、日和は抗議の意味を込めたジト目で見る。上総之介はそれに気づいて、徐々に笑いを収めた。


「笑ってごめん。あまりに勢いが凄かったから。血の結晶については、もう大丈夫かな。次はこっちだね」


 上総之介が持ち上げた木製の皿には、底部分に盾のような枠と緩やかな曲線の紋様の術式が描かれている。裏返しの状態で置かれていたため気づかなかったが、上総之介がひっくり返した皿の表を見て、日和は「あ」と声を漏らす。


「お菓子が載っていたお皿?」


 黒地に小さな金色の梅一輪が描かれていた皿は、離れで菓子を出された時の物と同じだった。


「そう。そして、これに描かれているのは()(ごう)()の『耳』の術式だ。これは盗聴などに使われる」


「ですが、それは」


 碧真が何か言いかけた時、襖の向こうから「失礼します」と声がかかり、(ゆう)()が現れた。


「上総之介様。遅くなってしまい、誠に申し訳ありません。皆様の分のお茶をお持ちしました」

「大丈夫だよ。ありがとう」


 座卓の上に四人分のお茶を並べていた裕奈に、丈が声をかける。


「裕奈。(りつ)()さんと会ったか?」

「はい。着物の襟に呪具があることを教えていただきました」


 裕奈は眉を下げ、緊張した面持ちで帯に挟んでいた紙を取り出した。


「私も操られる可能性があったのですね」


 裕奈は丈に紙を手渡しながら心細そうな声で言い、肩を震わせて俯く。見ていて心が痛くなる程の弱々しさだった。


「……ねえ、丈。離れにいた時にお菓子を持ってきたのは、丈だったよね?」


 上総之介が急に声のトーンを落として尋ねると、裕奈がバッと顔を上げ、慌てて口を開いた。


「菓子皿を用意したのは丈さんではありません!」

「じゃあ、誰?」

「それを用意したのは…………(きく)()ちゃんです」


 裕奈は苦渋の表情で告げる。その表情を見て、菓子皿を用意した人が『耳』の術式を仕込んだ人である可能性が高いことに日和は遅れて気づいた。

 鬼降魔で菓子を出される時、皿の種類は毎回違っていた。屋敷で保有している数が多いのだろう。術者以外の人が術式の描かれた皿を意図せず選ぶ可能性は低い。


(あれ? でも、お皿って)


「それなら、今の時点で一番怪しいのは菊理ということだね。依頼人にお茶を運んだ上に、菓子皿を用意しているのだから」


 考えを中断して、日和は首を傾げる。お茶を運んだだけで何故怪しいのか。


「俺と丈が広間を調べた時に、(すう)()家の術式が描かれた(ちゃ)(たく)を見つけたんだ。茶托は爆発したように砕けていた」


 裕奈が口元に手を当てて驚く。碧真は表情を一気に険しくした。


「まさか、それで当主を攻撃したということですか?」


「攻撃が目的ではなかったと思う。術者は(そう)(いち)(ろう)に致死の呪いをかけるつもりだっただろうし。どちらかというと、(きみ)(まる)が張った結界を無効化するか、総一郎を動けなくする為だろうね」


「どちらしろ、危害を加えるつもりじゃないですか」


 碧真が立ち上がって部屋を出て行こうとする。日和は慌てて碧真の袖を掴んで止めた。


「碧真君、どこ行くの?」

「怪しい奴を捕まえてくる」

「碧真、待ちなよ。どうやって捕まえるつもり? 今は力を使えないだろう?」


 忘れていたのか、碧真は舌打ちして元の場所に座る。上総之介は苦笑しながら話を続けた。


「ねえ、裕奈。君から見て、最近菊理に変わった様子はなかった?」


「……いえ、……その……」


 何か思い当たることがあるのか、裕奈は青ざめた顔で言い淀む。碧真は剣呑な目で裕奈を睨みつけた。


「何かあるなら、さっさと答えろよ」

「碧真君、態度悪すぎだよ!」

「日和は頭悪すぎだ」

「今そういう話じゃない気がするんだけど!? 何で、すぐ(けな)す方向に話を持っていくの!?」


「あ、あの……。菊理ちゃんは、総一郎様の婚約者になりたかったようなんです」

「へ?」


 裕奈の言葉に、日和はポカンとする。

 総一郎の婚約者候補は()(うめ)(さく)()()だけだと思っていたが、もしかして三人目がいたのだろうか。


(婚約者候補が三人もいるなんて、総一郎さんはどんだけ贅沢者なの!?)


「総一郎様の婚約が白紙になった時期は、鬼降魔家次期当主の婚約者の座を求める女性が一族内外問わず多かったようです。菊理ちゃんも総一郎様に近づくために女中になったと聞きました。菊理ちゃんが本家で働き始めて間もなく、美梅様と咲良子様が婚約者候補に決まったので、叶わなかったことではありますが……」


「総一郎の婚約者候補が選ばれたのは二年くらい前だったよね。何故、このタイミングで?」


「菊理ちゃんは、先月末に実家に帰った際に結婚についてご両親と言い合いになったようです。総一郎様に選ばれていればと考えたのかもしれません」


「……そうか。丈、菊理は屋敷に住み込みで働いていたよね?」

「はい」

「女性従業員が生活している部屋は隈なく調べた?」


 丈は上総之介の目をじっと見つめて少し沈黙した後、首を横に振った。


「いいえ。その場所に怪しい物は感知しなかったので」

 

 上総之介は「そうか」と頷き、再び裕奈へ視線を向けた。


「裕奈、君を信頼して頼みたいことがある。菊理が使っている部屋の中に怪しい物がないか調べてきて欲しいんだ」


 裕奈は驚いた顔をして、伺いを立てるように丈を見る。丈が頷くと、裕奈は上総之介に視線を戻して丁寧な一礼をする。


「はい。承りました」


「ありがとう。大丈夫だとは思うけど、念の為、これを預けておくよ」


 上総之介はズボンのポケットから何か取り出す。その手には、白い光を纏った親指サイズの木彫りのゾウがあった。裕奈はゾウを受け取った後、表面に描かれた術式を見つめる。


「これは?」


「結界の呪具だよ。持ち主を傷つけようとする悪意を感知して、自動的に箱型の結界を生成する。万が一、攻撃されそうになっても安心できると思う。まあ、使わない方がいいだろうけど」


「ありがとうございます」


「丈。呪具を保管する箱を作ってくれる?」

「……かしこまりました」


 丈は再び術を使って緑色の箱を生成した。 

 裕奈は木彫りのゾウを帯の間に挟み、丈から箱を受け取って部屋を出ていった。日和はこっそりと碧真に尋ねる。


「ねえ、菊理さんって誰?」

「俺達が屋敷に来た時に襲ってきた女だろうな」


「え? でも、あの人も操られてたよね?」

「演技でもしてたんだろう」

「そんな風には見えなかったけど……。それに、あの人は良い人だよ!」

「は? 何でそう思うんだよ?」


「だって、お菓子くれるから!」


 日和が仕事で鬼降魔の屋敷に来た時には、総一郎の配慮なのか大抵は菓子が出る。菊理は何度か菓子を出してくれていた。

 それに、一般人相手の呪いの仕事で屋敷を訪れて帰る際、「お土産に」と言って小箱に入った可愛らしい和三盆の干菓子をくれたこともあった。


 綺麗で色とりどりの花の形をした干菓子。口の中でホロリとほどけて、じんわりと優しい甘さが口に広がる。思い出しただけで頬が緩むくらいに美味しかった。


 碧真は心底呆れたような溜め息を吐く。


「食い物くれる人間に懐くとか、動物かよ。いや、動物の方がまだ警戒心があるか……。本当に残念な生き物だな」


「だって、すっごく美味しかったんだよ!? 私なんて、すぐに一人で食べきっちゃったし! あんな美味しい物を食べずに人に譲れるとか、優しくなきゃできないでしょ!?」


「言い返すところ、そこなのか?」

「とにかく、絶対に良い人だよ!」

「簡単に他人を信じるな。騙されて痛い目に遭うだけだ」

「でも……」


「碧真の言う通りだよ。簡単に人を信じるのは良くない。日和さん、(じん)(ろう)ゲームは知ってる?」


 上総之介の言葉に、日和は頷く。


 人狼ゲームは、村の中に人間に扮して村人を食べてしまう『人狼』という化け物が紛れ込んでいる。村人達は自分が殺されないために、人狼が誰か特定して処刑しなければならない。人狼は言葉を巧みに使って欺き、処刑を免れながら村人を食べ続ける。所謂(いわゆる)、心理戦だ。


「今、鬼降魔の中には、自分の目的の為に誰かを害する人狼が潜んでいる状態だ。見つけ出さないと犠牲者が増える。碧真と日和さんの呪いも解けない」


「……上総之介さんは、菊理さんが人狼だと思っているんですか?」


 上総之介は返事の代わりにニコリと笑った。



あけましておめでとうございます!

皆様にとって今年一年が良い年でありますように!!

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