第3話 お家に帰りたいです
協力者は鬼降魔の人だと思っていたが、違ったようだ。
「義兄?」
日和が首を傾げると、丈が頷いた。
「俺の嫁が、壮太郎の妹なんだ」
(親友の妹と結婚とか、少女漫画みたいだ)
「学生の頃は、取り合ってたなぁー」
壮太郎が懐かしむ様に笑う。
(取り合い……)
壮太郎の家に遊びに行った丈が、妹と出会って恋に落ちた。妹を託せるか、丈を試す壮太郎。丈と妹は試練を乗り越え、壮太郎に祝福されながら結ばれた。……という、少女漫画の様な過去を日和は空想する。
「いやー、丈君を取り合って、よく流血しながら妹と喧嘩してたよ。懐かしいなぁ」
(まさかの丈さんがヒロインポジション!? そして、何故に流血!?)
ロマンチックどころか、流血沙汰の過去だった。
「それで、君の名前は?」
名乗り返していなかった事に気付いて、日和は慌てて口を開く。
「赤間日和です」
名前を聞いた壮太郎は「うーん」と唸りながら考えた後、思いついたようにニコリと笑った。
「じゃあ、ピヨ子ちゃんだね!」
(ぴ、ピヨ子……)
変な渾名を付けられた。
「久しぶりだね、チビノスケ! 随分と根暗っぽく育ったねぇ」
壮太郎は碧真を見て笑う。”チビノスケ”と呼ばれた碧真は、不快そうに眉を寄せた。
「壮太郎。荷物を載せて車に乗れ。出発するぞ」
丈が促すと、壮太郎は大きめの黒い鞄を持ち上げて車のトランクへ回った。
丈が運転席に、助手席に壮太郎が座ると、車が発進した。
壮太郎は後部座席に座る日和と碧真を見て楽しそうに笑う。
「チビノスケが一般人の子と仕事をしているって、丈君から聞いた時はどうかと思ったけど。二人とも相性良さそうだよね。夫婦役も問題なさそうだ。なんなら、本当に夫婦になっちゃえば?」
「はあ?」
碧真は不愉快を露わに、壮太郎を睨みつける。壮太郎は揶揄うように笑った。
「チビノスケ、このままだと一生独り身だろうし。ピヨ子ちゃんに結婚して貰えばいいよ」
「嫌ですよ。こんな女」
(こ、こんな女って!!)
日和も、碧真と結婚など御免だ。笑顔の結婚生活など想像出来ないし、早々に家庭崩壊しそうだ。むしろ、初めから家庭も何も成立しないだろう。
「私も嫌です」
二人から否定され、壮太郎は「うーん」と唸る。
「まあ、チビノスケと結婚したら、苦労しそうだもんね。チビノスケ、独占欲とか束縛とか強そうだからなぁ」
(一生独り身そうなのは同意するけど。この人は独占欲とか皆無じゃない?)
付き合いが短いので分からないが、日和から見た碧真は独占欲とは無縁で人間関係にドライだと感じる。
「まあ、父親と同じように独占欲の塊になってくれたら、僕には好都合かな。チビノスケ、良い材料になりそうだし」
(ざ、材料??)
壮太郎の言葉に、日和は戸惑って碧真を見る。
碧真は今まで見た事がないくらい怖い顔をしていた。
「壮太郎」
丈が咎める様に少し強めの口調で壮太郎の名を呼ぶ。壮太郎は「おっと」と呟き、手で口を押さえた。
「壮太郎。村の住人との連絡は取れたのか?」
話を変えるように、丈が壮太郎に尋ねる。
「勿論! 宿もバッチリ予約してるからねー」
壮太郎は丈に向けてピースしながら笑顔を見せた後、日和達を振り返った。
「チビノスケ、ピヨ子ちゃん。今回の村には、『村への移住を計画している家族』として行くからね」
「移住?」
日和は首を傾げる。
「そう! 今から行く村は、過疎化が進んでいて、数年前から積極的に外部からの移住を受け入れているんだ。まあ、成果は芳しくないみたいだけど。昨日、村長さんに電話したら、歓迎の返事をもらったよ。村の中も自由に見学してオッケーだって」
村長から許可を得ているのなら、調査もしやすいだろう。
日和と碧真が夫婦役をする理由も、『移住計画をしている家族』として、村の中で調査や行動をしやすくする為だったようだ。
「凄いですね」
日和が素直な感想を口にすると、壮太郎は嬉しそうに笑った。
「そう! 僕は凄いんだ! もっと褒めてくれていいよ! 天翔慈家にも負けない、優秀な結人間家でもトップクラスの実力者だし! 丈君も僕を褒めて!」
(結人間家?)
首を傾げる日和を見て、壮太郎も首を傾げる。
「ピヨ子ちゃん、三家の事を知らないの? 鬼降魔と関わるなら、知っておいた方がいいよ」
壮太郎は指を一本ずつ立てて説明していく。
「天翔慈家、結人間家、鬼降魔家。この三家は、元は一つの家に生まれた三兄弟が、それぞれ作り上げたんだ。神に関わる術を持った天翔慈家。呪具を作り出す天才の結人間家。人の欲望を叶える呪術を行使する鬼降魔家」
説明をした後、壮太郎は皮肉げな笑みを浮かべる。
「三家の中で、鬼降魔家は一番脆弱で不完全な一族だよ。丈君以外は全然ダメ。ヘタレな男が当主とかさー、将来破滅するのは目に見えているよね。ねえ、丈君。やっぱり、結人間に改名しなよー。君は、あの家にはもったいないんだから」
「しない」
壮太郎の誘いを、丈はバッサリと切り捨てた。
どうやら、三家の中でも色々とあるらしい。
面倒そうな関係だなと、日和は思った。
高速道路を利用しながら進み、二時間ほど経った頃。
向かう先は自然豊かな場所なのか、建物やすれ違う車がどんどん減っていく。
峠道を越えて、また次の山道を登る。アスファルトで舗装されていない凸凹道へ入った。車体が大きく揺れて、ちょっとしたジェットコースター気分だ。
車が揺れた事で窓に頭をぶつけたのか、眠っていた碧真が目を覚ます。
「?」
碧真は眠そうな目で周囲を見回した。寝ぼけていて状況が理解出来ないのだろう。ミラー越しに碧真を見た丈が呆れ顔になった。
「碧真。起きたか? もう十時だぞ?」
「……あー、うん。はい……」
碧真は前髪を掻き上げて、ずれた眼鏡を掛け直した。
「チビノスケは相変わらず寝坊助だなー」
壮太郎に笑われ、碧真は不機嫌そうな顔をした。
「あと、どれくらいで着きますか?」
碧真の問いに、丈がカーナビを確認する。
「もう十分も掛からないだろうな。村に着いたら、まずは宿に向かう」
丈の言葉通り、十分も経たない内に宿に辿り着いた。
宿は古めかしく、時代を感じる造りだった。この村で唯一の宿らしい。
「ようこそ、おいでくださいました」
ロビーのカウンターにいた、宿の女将らしきエプロン姿の中年女性が笑顔で出迎える。
丈と壮太郎が受付をしている間、日和は宿の中を見回す。
宿の内装は、古民家を改装したような物だった。
生まれて初めて生で見る囲炉裏に、日和は感動する。流石に夏だから使われていないようだが、趣が感じられた。
ロビーの隅には、愛嬌のある招き猫や蛙の置物が数多く飾られていた。
大きな窓から見える景色は、一面の向日葵畑だ。窓辺に飾られた風鈴が、心地よい涼やかな音を鳴らして揺れる。窓の側には、椅子やソファも置かれていた。
どこか懐かしさを感じる日本の夏といった光景だ。
(すごく綺麗だし、良い所だな!)
日和はテンションが上がった。
出張など嫌だと思っていたが、こんな素敵な宿に泊まれるのなら悪くはないかもしれない。
受付を終えた壮太郎が振り返り、日和と碧真へ近づく。壮太郎は楽しそうに笑いながら、部屋の鍵を碧真に渡した。
「はい、これ。今夜、二人が仲良くお泊まりする部屋の鍵だよー」
(……?? 二人が泊まる部屋??)
日和は固まった。碧真が物凄く嫌そうな顔をしている。
「じゃ、荷物置いたら、またここに集合だからねー」
「え!? あの!!」
丈は申し訳なさそうに日和を見ていたが、壮太郎に手を引っ張られて去っていった。
(あー、……これって、もしかして)
日和と碧真は夫婦役。
つまり、泊まる部屋も同じという事になる。
先程まで上がっていた日和のテンションが、一気に急降下する。
(お家帰りたいーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!)
日和は心の中で絶叫した。