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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織
第十章 呪いを返す話<鬼降魔編>
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第24話 動機



(じょう)碧真(あおし)達のことは俺が見ておくから、残って調査していいよ」


 丈が手当てのために碧真達を母屋に連れて行こうとした時、上総之介(かずさのすけ)がそう言った。躊躇(ためら)う丈に向かって、上総之介はニコリと笑う。


「俺を襲うような考え無しの人間は、ここにはいないだろう。丈が困るようなことは起きないよ」


 確かに、天翔慈(てんしょうじ)家現当主の子息である上総之介に手を出す人間は、()(ごう)()にはいないだろう。何かしらの目的があったのだとしても、敵に回すモノが大きすぎる。


 術者側は丈と上総之介が離れた時を狙ったかのように、碧真と日和(ひより)を襲撃した。二人に守りをつけないと危険だ。正直に言えば、上総之介の申し出はとても有り難かった。


「よろしくお願いします」

「うん。裕奈(ゆうな)も俺達と行こう」

 

 裕奈は緊張した面持ちで頷き、上総之介の後に続いた。

 

 離れに一人残った丈は、周囲を見回す。

 拘束して地面に抑えつけた状態の重通(しげみち)(おさむ)。炎によって焼け焦げた低木と庭草。離れは窓ガラスが割られ、爆発で畳が(えぐ)れている。室内には拘束術式で縛られている(りょう)の姿があった。


 丈は地面に落ちていた包丁を拾い上げる。数賀(すうが)家の術式が刻まれているかと思ったが、特に何もなく、普通の包丁だった。


(血を集めようとしたわけではなく、殺害することが目的だったというわけか。だが、一体何故?)


 強力な呪具を作り出すために、(へび)の家の血筋である碧真の血を求めていたのならまだわかる。屋敷に呪いが発現した時、菊理を操って血を回収する呪具のナイフで碧真を襲ったのも、それが狙いだったのだろう。だからこそ、この襲撃は丈が考えいていた術者側の目的とはズレている。


(それに、赤間さんまで狙った理由は何だ?)


 術者側は他の人間を操って、碧真を襲った。自分に繋がる証拠を目撃されているわけではない。日和まで殺害しようとした理由が分からなかった。


 碧真と日和の共通点は、致死の呪いを受けていることだ。『呪いにかかっている対象が死なない限り、次の対象を呪うことができない』という条件があるなら、わざわざ術者側が動いて二人を殺害する理由にはなるだろう。しかし、最初に呪われたであろう依頼人が屋敷から逃走している最中に碧真と日和も呪われているので、その条件は存在しない。


(術者の目的が他にもあるのか。……あるいは、突発的に行動したのか)


 顔を上げた丈は、木の幹に銀柱が三本刺さっているのを見つける。

 近づいてみれば、木の根元に生えている草の上に、もう一本銀柱が落ちていた。四本の銀柱を回収した丈は眉を寄せる。


 術の構築式から見て、草の上に落ちていた銀柱は丈の物だ。碧真に渡していた物で間違いないだろう。拘束術式が消えていたので、碧真が誰かを拘束する目的で使用したということだ。


(だが、銀柱が固定されていない。拘束術式を発動させた後に、何かしらの理由で銀柱が抜けたのか)

 

 丈は木に刺さっていた銀柱も確認する。丈の銀柱ではなかったが、こちらも三本とも拘束術式だけが消えていた。改めて丈の銀柱をよく見てみると、表面に細い物が巻き付いたような傷が入っていた。


(木に刺した銀柱の拘束術式を発動し、拘束の糸を収縮させて、碧真が刺した銀柱を引き抜いたのか)

 

 母屋の方から駆け寄ってくる足音が聞こえて振り向くと、君丸(きみまる)庵司(あんじ)律子(りつこ)が現れた。

 離れの惨状を見て、三人はギョッと目を見開く。唖然としていた君丸はハッとした後、丈に近づいた。


「丈さん。一体、何があったのですか?」

「術者が修さん達を操り、離れを襲撃した」

「! 依頼人が屋敷内に潜んでいたのですか!?」


 君丸が険しい顔で周囲に視線を走らせる。どう説明しようかと考えていると、庵司が重通に近づこうとした。


「庵司さん、少しだけ待ってくれ。拘束しているだけで、二人はまだ術者の操作から逃れたわけではないんだ。俺が二人を調べる」


 庵司は戸惑いながらも頷き、重通から離れた。

 丈は先に、倒れている修へ近づく。修のうなじから僅かに呪いの力を感じる。屈んで手を伸ばすと、白い光を纏った長い髪の毛が皮膚に突き刺さっていた。髪の毛は着物の襟の隙間に繋がっていたので、術者側があらかじめ修の服に仕込んでいたのだろう。


 術者側が力を流すことをやめたのか、髪の毛から光が消えた。丈は修のうなじから髪の毛を引き抜く。

 丈の手元に残されたのは、女性の物であろう長さの薄茶色の髪の毛だった。


(鬼降魔の術と力。何故、今このタイミングで鬼降魔の術を使ったんだ?)

 

 屋敷に邪気と穢れが広まった時に従業員達を操っていたのは数賀家の術だった。しかし、今、修達を操っていたのは鬼降魔の術だ。鬼降魔の内部に怪しい人間がいることを周囲に知らせることになる。

 

「丈さん。今のは、鬼降魔の力ではありませんか?」


 律子が不安に揺れる声で問う。君丸と庵司も驚いた顔で、鬼降魔の力が込められていた髪の毛を見ていた。


「まさか、依頼人は鬼降魔の人間だったのですか!?」


 君丸の疑問に嘘の肯定をすることもできる。しかし、それだと従業員達が依頼人のことを調べ出し、屋敷外にいる一族の人間に情報が漏れる恐れがある。総一郎(そういちろう)のいない今、問題を大きくするのは良くない。

 

 どう回答するか丈が考えていると、君丸が罪悪感いっぱいの表情で頭を下げた。


「丈さん、何もかも私の不手際です。依頼人が術者と見抜けず、屋敷内に潜んでいたことも、従業員達に術が仕掛けられていたことにも気づけませんでした。私が責任を持って依頼人を探し出します。依頼人の情報を教えていただけませんか?」


 思い詰めた君丸の様子に、今度は丈が罪悪感を抱く。これ以上隠すのは良くないだろう。


「三人を操ったのは依頼人ではない。君丸君が思っていたように、依頼人は一般人だ。依頼人は今回の呪いを引き起こした術者に利用されて、既に死亡している」


 君丸が息を呑む。恐らく、上総之介に言われて依頼人の免許証の確認はしたが、死亡したことは聞かされていなかったのだろう。


「今回の呪いを引き起こした人物が、本家の内部にいる。だが、まだ誰かは確定していない。皆も不安だろうが、疑心暗鬼から他者を攻撃しないように、冷静に対処してほしい」


 君丸は苦い顔をしながらも頷いてくれた。言葉が届いていなかったのか、律子と庵司は強張った表情で、丈の手にある髪の毛を凝視していた。律子は意を決したように口を開く。


「丈さん、その髪の毛は菊理ちゃんのものではないですか?」

 

 男性従業員の中に、髪の長い人はいない。今日出勤している女性従業員達の髪色は、律子と裕奈は黒、菊理(きくり)は薄茶色だ。


「菊理ちゃんの力の色は白だし、これは確定じゃないか!」

 

 真犯人を突き止めたように、庵司が少し興奮気味に同意する。

 力の色が白なのは、君丸、菊理、律子、涼の四人だ。髪の毛と力の色を考えれば、該当するのは菊理になる。


「それはまだわからない」

「丈君! ここまで証拠があるのに、何を言っているんだ!?」


「庵司さん、どうか落ち着いてくれ。髪の毛は本人の物ではなくても呪具にできる。それに、鬼降魔で力の色が白の人間は他にもいる」


「だけど、重ちゃん達三人を同時に操れる力を持っているのは、君丸君か菊理ちゃんしかいない! 菊理ちゃんが犯人で決まりだろう!?」


 呪いに耐性のある術者を操るには、相手より強い力が必要になる。相手より力が弱い場合は、血や特殊な道具を使って日数をかけて術をかければ可能だが、今回は該当しないだろう。


 律子は気まずそうな顔で君丸を見る。庵司も君丸を見て眉を寄せた。

 屋敷で働く従業員の中で、一番力が強いのは君丸だった。疑いの視線を向けられ、君丸は慌てる。


「俺ではないからな! 俺は総一郎様を第一に考えている! 総一郎様と、その所有物に危害を加えることはしない! それに、俺が先程まで業者と電話でやり取りをしていたのを見ていただろう!?」


 君丸の訴えに、庵司は「確かに」と頷く。三人を同時に操るのなら、集中していないと難しい。


「丈さん、『呪罰行きの子』は? あの者が鬼降魔に危害を加えようとしたのではないですか?」


 確かに『呪罰行きの子』ならば、鬼降魔に対して相当な恨みがある筈。君丸がその考えに及ぶのはわかるが、碧真は違う。


「碧真の力は青色。それに、かけられた呪いの影響で、今は力を使えない状態だ。操られた三人に襲われて、今は別室で裕奈から手当てを受けている」


「それなら、やっぱり菊理ちゃんじゃないか!」

「菊理は絶対に違う。あの面倒臭がりが、こんな手間のかかることをするわけがない。第一、あいつが総一郎様に危害を加える動機もない」

 

 君丸がキッパリと否定したからか、庵司は納得していない顔をしつつも黙った。話が落ち着いたかと思いきや、律子が何か思い出したようにハッと口元を手で押さえる。


「もしかしたら、総一郎様に選ばれなかったからかも……」



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