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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織
第十章 呪いを返す話<鬼降魔編>
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第21話 広間の調査


 

 今回の呪いの黒幕として有力だった人物、数賀正道が十年前に死亡していた。


(しかも、死亡理由が『火災』とは……)

 

 (じょう)は眉を寄せる。


 屋敷の異変に気付いた時に碧真(あおし)が感じた火災臭。呪われた後に碧真と日和(ひより)が酷い火傷を負っていたこと。『かのえ』という少女の体が焼け焦げていたこと。

 確定ではないが、正道の死亡理由と今回の呪いは無関係ではなさそうだ。

 

「……一旦、今の状況を整理しましょう。まず、依頼人は術者ではない。術者を信頼していた、あるいは言葉巧みに利用された一般人でしょう」


 丈の言葉に、上総之介(かずさのすけ)と碧真は頷く。日和も理解できている様子だったため、丈は話を続けた。


「動機があることから、数賀正道が関係していると思っていましたが、既に死亡している。今回の呪いは、正道の縁者による()(ごう)()への復讐、もしくは正道とは無関係の動機を持った人物の仕業と考えられます。状況から見て、屋敷内にいた従業員の内の誰かが術者と関係があるか、術者本人であることも考えられます」 


 出来れば従業員を疑いたくはない。しかし、屋敷内にあらかじめ術を仕掛けることは難しく、現場の状況に即した動きがあった。屋敷にいた人間が関係している可能性が高いと見た方がいい。

 

「依頼人が呪い返しをしたことで、屋敷内に呪いが発現しました。術者が従業員達を操るために使った術は、性質が異なることから考えても、碧真と赤間さんにかけられた呪いとは別物です」


 術者には、屋敷にいた全員を呪い殺す意思はなかった。

 ただ単に従業員達の血が不要だったのかもしれないが、呪いの調査時に疑いの目を向けられることを回避する為とも考えられる。

 鬼降魔の内部にいる関係者か術者は、当然、呪いを受けないように行動する。屋敷にいた従業員まで呪いの対象に含めてしまうと、呪いを受けていない人間は良い意味でも悪い意味でも目立つからだ。


総一郎(そういちろう)は何かしらの理由で、術者が意図していなかったタイミングで意識を失ったと思われます。呪いを受けた碧真と赤間さん以外は目撃していないことから、『異形のモノを見ること』が進行性の致死の呪いを受ける条件である可能性が高いでしょう」


 日和は驚いた顔をする。碧真は従業員達の報告書を読んで見当をつけていたのか、特に何も言わなかった。


 突然、碧真がビクリと肩を揺らす。不思議に思った丈は、碧真の視線を追ってギョッと目を見開いた。


「上総之介様!? 何をなさっているんですか!?」


 碧真が座卓の上に置いていた手に、上総之介が自身の手を重ねていた。慌てる丈を尻目に、上総之介は碧真の手をペチペチと叩いた。


「接触によって呪いが伝染するか試したんだ。接触しても何も起こらないし、異変を感じない。『異形のモノを直接見ること』が条件で間違いなさそうだ」


「ご自身を危険に(さら)すような行動はおやめください! 今話したのは、あくまで可能性です!」


「丈も心配性だな。ただ恐れてばかりでは何も解決しない。呪いが伝染するものなのか、伝染するならどんな経路なのか、知ることは大事だろう?」


「それは大事ですが、そういうことではなく」

「俺が呪いを受けたとしても、元の呪いのように短時間で命を奪うことはないだろう。碧真達にかけられた呪いの力は、今はとても弱い。……いや、弱すぎるな」


 上総之介は笑顔を消して、碧真と日和をじっと見つめる。深く考えるような真剣な表情を浮かべたかと思いきや、すぐにまた明るい笑顔を浮かべた。


「まあ、伝染しないし、伝染しても弱いから大丈夫ってことだよ」


 言葉を返そうとした丈を視線で制し、上総之介は話を続ける。


「今回の呪いは特定の人物に絞ったものではなく、『場』に発生させるものだから、多人数を呪うことが出来る。異形のモノのどこを見れば呪われるのかはわからないけど、髪の毛を見ただけの俺と丈は呪われなかった」


 倒れている総一郎に駆け寄った際に、丈と上総之介は呪いの力を持った髪の毛の束を見た。攻撃されていたら違ったかもしれないが、呪われるのは異形のモノの姿をしっかりと見た時なのだろう。


「呪いを交渉に使う様子はないから、術者の目的は総一郎の殺害と血の回収だね。総一郎を呪い殺せなかったのは、術者にとっては大きな誤算だ」


 術者は依頼人に血の回収は命じたが、総一郎の殺害までは命じていなかった。人を殺すことに怯えて依頼人が拒否すれば、術者の計画は台無しになる。結果的に、総一郎は呪われず、刺殺されることもなかった。


紅葉(もみじ)に調べてもらったけど、依頼人の遺留品の中にナイフの呪具は無かった。既に術者の手に渡った後だ」


 上総之介の言葉を聞いて、碧真は丈を見る。


「丈さん。従業員達の持ち物の確認だけでもした方がいいんじゃないですか? もしかしたら、ナイフが見つかるかもしれません。精神操作をするわけじゃないなら、あいつらも了承するでしょう?」


 従業員の中に協力者がいるのなら、屋敷内で依頼人からナイフを受け取ることが出来る。外出していた従業員二人も屋敷外で受け渡しすることが可能だ。

 しかし、屋敷内に放った(ねずみ)からは呪具が見つかったという報告はなかった。屋敷から離れた場所に保管してあるか、血を取り出して呪具を破壊している可能性がある。


「広間の調査がまだ残っている。その後で考えよう」


 先に従業員達を調べることもできるが、それには納得させられる理由がいる。

 正直に「総一郎を呪い殺そうとした人間がいるので調査する」と言えば、従業員間で疑心暗鬼に陥ってしまう。最悪の場合、相手を刺激したことで再び術を使われて被害が広がる恐れがあった。呪いが発現した広間に何か重要な手掛かりが残されている可能性もあるため、そちらを先に調査した方がいいと丈は判断する。


「赤間さん。今までの話の中で、わからないところはあるか?」

「え? あ、だ、大丈夫です!」


 日和は完全には理解できていないのか、分かりやすく目を泳がせた。自分の理解不足で時間を割くのは申し訳ないと考えているのだろう。詳しく説明しようにも、本人が大丈夫と言っているのなら何も言えない。


 広間の調査に行こうと思って丈が立ち上がると、上総之介もすぐに立ち上がった。


「丈。広間の調査なら、俺も一緒に行く。じっとしているのは退屈だ」


 断ってもついてきそうだと思い、丈は頷く。


「碧真と赤間さんは休んでいてくれ」


 丈は立ち上がろうとした二人を制した後、碧真が術を使えないことを思い出す。術者側が再び二人を襲うとは思えないが、用心はしておいた方がいいだろう。


 丈はジャケットの裏地から銀柱(ぎんちゅう)を八本引き抜き、力を注いでから碧真に差し出した。


「碧真。念の為だが持っていてくれ。発動の仕方はわかるな?」


 術者によって発動に関する構築の仕方が若干異なるが、碧真に鬼降魔の基礎的な術を教えたのは丈だ。丈の作った構築式は、碧真に術を教えた時からほぼ変わっていないので理解できる筈だ。


 碧真は頷き、銀柱を受け取る。丈は加護の(ねずみ)を一匹顕現した。


「何かあれば、こいつに知らせてくれ」

 

 連絡役の(ねずみ)を残し、丈は上総之介と共に離れを出た。


 庭を歩き、母屋を正面に見て一番左端にある通用口のドアから屋内に入る。廊下を進んでいくと、広間の前に律子(りつこ)が佇んでいた。


「律子さん。何かあったのか?」

「掃除をしようと思って」

 

 律子の手には箒が握られていた。室内が荒れている為、早く元通りにしたいのだろう。


「すまない。この部屋は、まだ調査していないんだ。掃除は後にしてもらってもいいか?」

「……はい」

 

 律子は渋々と頷いて去っていった。

 

 丈は結界を解除し、広間に足を踏み入れる。

 部屋の手前と奥に銀柱が散乱していた。手前側に落ちていた銀柱を一本拾い上げると、僅かに白い光を纏っていた。


(何故、銀柱に力が残っているんだ?)


 結界が破壊されたのなら、銀柱に力は残らない。結界は本来の役目を果たせないまま、発動途中で消えたことになる。


君丸(きみまる)君が聞いた小さな爆発音が関係しているのか?)


 部屋の奥に転がっていた銀柱の側には、土台に使われていたと思われる木板がひっくり返っていた。

 鬼降魔の結界を発動している間は、銀柱を固定していなければならない。銀柱を挿す土台がひっくり返ってしまえば、結界は消失してしまう。土台は総一郎側に置かれるはずなので、依頼人がひっくり返したわけではないだろう。


 敷居にある銀柱を挿す穴を見るが、特に大きな傷はなかった。

 丈は訝しみながらも、入口側に転がる銀柱を全て回収する。その時、五本の銀柱の中に、一本だけ術式が全く描かれていないものを見つけた。


(四本の銀柱には、結界と拘束と爆発術式が刻まれている。君丸君が一本だけ術を仕込み忘れていたのか? いや、彼の性格上、そんなことはありえない)


 もし仮に、銀柱に術を仕込むのを忘れていたとしても、君丸なら発動した際に気づくだろう。


 銀柱に結界の術式を刻んでいたのなら、破壊されない限り消えない。同様に、爆発術式や拘束術式も発動させない限りは消えない。


(解呪されたことで術式が消された可能性もあるが、今の鬼降魔には解呪できる人間は少ない。出来たとしても、時間がかかるだろう)


 丈は立ち上がり、部屋の奥へ向かう。そこに散らばっていた銀柱も一本だけが何の術式も刻まれていなかった。

 爆発術式が発動していたのなら、土台となった木の板は粉々に砕けている筈だが、傷一つ見当たらなかった。

 もう少しよく見てみようと、丈は土台の木の板を持ち上げる。持ち上げた際、黒く小さな微量の粉が畳の上に落ちた。丈は人差し指の先でそれを(すく)いとり、確認する。


「丈。これを見て」


 上総之介に視線を向ければ、総一郎が座っていたであろう座布団の前に屈んでいた。近づいてみれば、座布団の前に粉々に砕けた木片が散らばっていた。


「これは……」

茶托(ちゃたく)の破片だと思う」


 座布団から十五センチ程前の畳に焼け焦げたような黒い跡があった。湯呑みは少し離れた畳の上に真っ二つに割れて転がっている。状況から見て、術者によって茶托が爆発させられたのだろう。


 丈が座布団を捲り上げてみると、茶托の底部分の破片を見つけた。丈が拾い上げた破片を、上総之介が横から覗き込む。

 

「これは数賀家の術?」

「はい」


 破片には、特徴的な『血』の崩し文字の一部と、力を流すための紋様が描かれていた。


「依頼人が持参した茶托とすり替えた訳はないよね」

「ええ。恐らく、茶托は鬼降魔のものでしょう」


 本家所有の茶托を全て把握しているわけではないので、鬼降魔の物か、すり替えられた物か判断はできない。だが、状況的に鬼降魔の物と考えていいだろう。


「これで鬼降魔の内部に協力者か主犯がいることは確実になったね」

「……はい」


 外部の人間ならば、茶を出されるかもわからないのに、『茶托をすり替える』という発想は生まれない。依頼人に茶托を持参させてすり替えさせようにも、君丸が総一郎を呼びに行くまでの間でこなさなければならない。


 総一郎の仕事部屋から広間までの距離は近い。君丸が部屋を二分する結界を張っていたのなら、室内から総一郎が座る場所へ移動するのは無理だ。一旦、廊下か窓の外に出なければならない。移動している間に、君丸と総一郎が来てしまうだろう。


 鬼降魔の内部にいる者が、術を仕込んだ茶托を用意したと考える方が自然だ。


「あらかじめ茶托に術式と血を仕込んでいれば、数賀家の術を利用して遠隔で力を流すことが可能だよね」


 力を流していなければ、術式が書かれただけの(ただ)の物で、呪具とは認識されない。総一郎も出された茶托の裏など見ないだろう。

 依頼人が呪い返しを発動するのに合わせて、茶托に仕掛けていた鬼降魔の爆発術式に数賀家の術で力を注げば、遠隔で茶托を爆発させることができる。


(だが、茶托を爆発させた理由は何だ?)


 茶托を使って結界を消失させたとは考えにくい。

 遠隔で術式を発動させる場合、あるべき場所に物が配置されていないと術が思う通りに作動しない。結界を消失させることは、術者にとって重要な筈。それならば、”固定された物”に仕掛ける方が確実だ。


 現に、調理場で会った時に菊理(きくり)が、”総一郎の分の茶は座布団から離して置いている”と言っていたが、茶托が爆発した跡は座布団の前。依頼人や術者が移動させることはないだろうから、総一郎が茶を飲むために目の前まで引き寄せた可能性が高い。


(もしかして、総一郎の(あご)にあった赤黒い(あざ)は、爆発で吹き飛んだ湯呑みや茶托の破片が当たって出来たものなのか?)


 総一郎が『異形のモノ達』を見ずに済んだのは、顎に勢いよく物がぶつかったことで(のう)(しん)(とう)を起こしたためかもしれない。


(茶托は術者が予定した配置からズレていたが、結界は消失している。やはり、茶托の爆発には別の狙いがあったのか)


「怪しく見えるのは、結界を張った君丸とお茶を運んだ菊理だね」


 上総之介はそう言って、窓の前に移動する。

 窓枠に手をかけると、鍵はかけられていなかったのかスムーズに開いた。

 

「地面にヒールのある靴で歩いたような跡がある。依頼人は(ここ)から逃したということで間違いなさそうだ。加護を使って依頼人の靴を運ばせて、そこでナイフを受け取ったんだろう」


 窓を閉めた後、上総之介が振り返って丈を見た。


「ねえ、丈は誰が裏切り者だと思う?」

「現段階では判断出来ません」

「既に目星はつけているんだろう?」


 丈は沈黙する。不審点がある人物はいるが、確信的な要素が集まっていない。判断を誤れば、罪なき人間が裁かれ、真犯人によって更に大きな被害が生まれる。


「丈は慎重だね。まあ、今はまだそれでいいか」


 上総之介は肩を竦めた。


 異常を知らせる鳴き声が聞こえて、丈はハッとする。

 離れに残した加護の(ねずみ)に意識を合わせてみれば、破壊された離れの様子が目に映った。



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