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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織
第十章 呪いを返す話<鬼降魔編>
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第14話 道標


 

 (わたる)(じょう)の父親にかけられた呪いを解いた日から七日後の夕方。


 渉は自分の部屋で煙草を吸いながら、ニヤニヤと締まりのない顔で外国人美女のグラマラスな写真集を眺めていた。


 部屋のドアがバタンと派手な音を立てて開く。

 驚いて口から落ちた煙草が美女の顔の上に落ちて、渉は情けない悲鳴を上げる。慌てて煙草を拾って写真を叩くが、お気に入りの写真にポッカリと穴が空いてしまった。


「おい! 息子の部屋に入るならノックしろよ!!」

「うっさい子だね。コンコンコココン。はいノック」


「口で言うな! せめて手でドアを叩けえっ! 常識を学び直して来いやクソババア!!」


 母は眉を吊り上げる。ズカズカと部屋の中に入ってきたかと思ったら、渉の胸ぐらを掴み上げた。


「ドアじゃなくて、あんたの頭をノックしてあげた方が良さそうだね。この際、物事の通りってやつも一緒に叩き込んでやろう」


「それは叩くじゃなくて、殴る構えだろう!?」

 

 母の握りしめられた右拳に、渉はたじろぐ。母はフンと鼻を鳴らして手を離した。


「お客さんが来てるよ。下りといで」

「客?」


 母が『友達』ではなく『客』という呼ぶ人物。思いつくのは晋作(しんさく)だ。

 昨日も律儀に解呪のお礼だと言って野菜や米を届けてくれたのに、また来たのだろうか。

 

 渉が母の後に続いて階段を下りて一階の居間に行くと、ちゃぶ台の前に丈が座っていた。

 両手でコップを持って飲み物を飲んでいた丈は、渉を見てハッと口を離す。ココアでできたヒゲに気づかないまま、丈は立ち上がって駆け寄ってきた。


「渉お兄ちゃん!」

 

 弾むような声を上げて、丈が渉の足に抱きつく。ズボンにベッタリとココアの跡をつけられて、渉は思わず「うへぇ」と情けない声を上げた。丈は気づいていないのか、満面の笑みで渉を見上げた。


「お父さんを助けてくれて、ありがとう!」


 丈は興奮した様子で、父親が目を覚ましたことを身振り手振り使いながら、一生懸命に舌ったらずな口で話す。

 

 丈の父親の容態については、昨日の内に晋作から聞かされていた。衰弱している以外に異常はなく、暫く入院して少しずつ体を動かしていけば、元の生活を送れるようになるだろうと医者から言われたそうだ。


「ありがとう! いっぱい、いっぱい、ありがとう!」

「はいはい。もうわかったから落ち着けよ」

「”はい”は一回だよ?」

「そこで説教すんのかよ。それなら、お前の”ありがとう”も一回でいいんじゃねえの?」


 小さな頭に手を置いて雑に撫でると、丈は無邪気な笑顔を浮かべて喜ぶ。

 嬉しさではしゃぐ丈を落ち着かせながら、渉は居間のちゃぶ台の前に座った。丈の口の周りに残っていたココアひげをティッシュで拭ってやっていると、母が頂き物の高級クッキーを載せた皿をちゃぶ台の上に置く。いつもなら、渉には絶対に食べさせないが、丈がいるから出したのだろう。


「丈君、ココアのおかわりいる?」

 

 丈が頷くと、母は聖母のような笑みを浮かべた。 

 自分の子供には塩水を出したこともある癖に、他人の子供にはデロデロに甘い。外面だけはいいなと半目で睨むが、母には当然のように効果はなく、機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら台所へ戻っていった。


「お父さん、もうちょっと元気になったら家に帰れるって! 渉お兄ちゃんが言ってた通りだね!」


「は? 俺、何か言ったか?」


「うん。呪いを解いた時、”かえりな”って言ってたでしょ?」


(聞かれてたのかよ)


 独り言を聞かれていたことに小っ恥ずかしさを感じ、渉は顔を歪めた。キラキラとした丈の目に耐えきれず、渉は渋々と口を開く。


「……あれは、お前のとーちゃんにじゃなくて、呪いに言ったんだよ」

「?? 呪い返ししたの?」

「違う。あるべき場所……って、難しいか? 自分の元いた場所に還りなって意味だ」


 丈は首を傾げた後、小さな両手で渉の腕を掴んで揺らす。


「ねえ、どうやってお父さんの呪いを解いたの? ねえ、あの瓶なんだったの? ねえ」


 丈が好奇心いっぱいの問いかけをしているのを見て、盆を持って戻ってきた母はカラカラと笑った。


「懐かしいねぇ。渉も小さい頃は”ねえねえ、何で何で”ばっかり言ってたわー」

「かーちゃん。懐かしがってねえで、この坊主をどうにかしてくれよ。そろそろ煙草吸いに行きてえ」

「煙草は吸わなくても問題ないだろう? 丈君の相手をしてやんな」

「はあ!? なんで俺が!?」


「かーちゃんは今から夕飯作りで忙しいの。あんたは暇だろう? 丈君のお迎えが来るまで相手しないなら、夕飯抜きにするからね」


 渉に拒否権はないようだ。仕方なく、丈と向き合って考える。


(といっても、なんて説明したらいいんだ?)


 複雑なことはまだ難しいだろうが、子供は大人が思っている以上に言葉や物事を理解できている。

 幼い子供が理解できるような上手い説明ができなくても、自分にできる限りの説明はしようと思った。


「呪いを解くには、呪いをかけた人間のことや使われた術について調べることが大事だ。術の作り方がわかれば、解き方もわかる」


 呪いを『問題』と捉えるならば、必ず何処かに『答え』として解呪法がある。それを見つける為には、相手のことを知らなければならない。


 渉は丈の父親に呪いをかけた人物について調べた。

 今回の呪いをかけた犯人は、鬼降魔が一般人からの依頼で呪い殺した青年の父親だった。


 犯人の男は、自分の息子が変死したことについて独自に調べていた。息子を殺すように依頼した人間を突き止めて監禁し、鬼降魔家の事を吐かせた後に殺害した。

 その後、鬼降魔家のことや呪いのことを執念深く調べ、他家の呪術師に大金を払って呪具を作らせた。


 犯人が呪いをかけた後に自死したのは、呪いのことをよく理解していなかったからだろう。

 本来なら、自分の命を生贄にして呪具に力を与えるものだ。しかし、生贄にするより先に呪具を発動させてしまったことで、不完全なまま呪いが放たれ、威力が中途半端になってしまった。


 正しい呪具の使い方をしていれば、対象は気が狂う幻覚を見せ続けられながら、一ヶ月に渡って骨が変形して内臓や皮膚を貫かれる痛みに苦しみ、死亡していただろう。ただ、不完全ながらも元の呪いが強力であった為に、丈の父親は長い期間苦しむことになる。


 丈の父親は、いつ自死してもおかしくなかった。

 身体中を何かが這い回るような痛みや精神が狂うような幻覚を見せられ続けるのは、死ぬより辛い時間だっただろう。


 丈の父親が呪いに耐性があったということもあるだろうが、それ以上に、守るべき家族がいることが精神の砦となって命を繋いだのだ。


「呪いをかけた人間を見つけ、そいつの家の中に、接触した術者の痕跡が残っていないか探した」


「せっそく、こん?」

「あー、なんて言えばいいか。……そうだな、術者が誰かわかるようなものを探したんだ」

「どうやって見つけたの?」

 

 丈に問われ、渉は加護の(ねずみ)を顕現する。丈は驚いた顔をした。


(ねずみ)! 一緒!」


 どうやら、丈も同じ(ねずみ)憑きだったようだ。丈は首を傾げる。


(ねずみ)は弱いのに?」


「確かに弱いが、それは加護同士で戦うならって話だ。向き不向きを理解して、向いている方に力を活かしたらいいだけだ」


 (ねずみ)は力が弱い。だから、(ねずみ)憑きは弱いと、渉もよく鬼降魔の人間から馬鹿にされた。だが、力が弱いだけで、その存在の全てが弱いというわけではない。弱さがあるということは、同時に強さも持ち合わせていると、渉は思う。


 (ねずみ)は力が弱い故に、相手の術者に気取られずに潜伏調査できる。顕現する為に使う力の消費も少ないので、やろうと思えば複数同時に使役できる上に、攻撃によって消されてもすぐに復活できる。 


(ねずみ)の目を通して、たくさんの情報を集めた。そうして、呪具に使われた物や呪いの解き方がわかったんだ」


 今回の呪いは、犯人の息子の遺骨が使われていた。人体、特に骨を使う術だということを手がかりに、犯人が複数接触していた術者の中から、呪いに使われた家の術を特定した。


「お前のとーちゃんの体の中には、バラバラになった呪具が撒き散らされていた。小さな欠片だから、それを全部見つけて集めなくちゃいけなかったんだ」


 遺骨に術式を刻んだ後に粉状に砕き、対象の体内に強い邪気と共に撒き散らして苦しめる呪い。

 解呪するには、対象の体内に撒き散らされた骨の粉を一気に集めて取り除き、遺骨にかけられた術式の核となる部分を見つけ出して破壊しなければならなかった。


「お前のとーちゃんに飲ませたのは、呪いが作られた土地で育った桃の果汁だ。桃は邪気を祓う力を持っている。その力が働いている場所を見つけることで、体の何処に呪具の欠片があるかわかるようにした」


 丈の父親の体の中に呪具と邪気があるのはわかるが、細かい欠片となったそれらを全て見つけることは難しい。

 呪具となった骨の粉は邪気を纏っているので、邪気に反応する桃の果汁に、あらかじめ力を可視化できるように術をかけて目印とした。


「そして、次に使ったのは、その桃を育てた水だ。水に俺の力を流して、体内を巡らせながら呪具の欠片を一箇所に集めた」


 渉は今回の解呪で、『引き合う力』を利用した。

 水が持つ性質である『水同士が引き合う力』。その力を活かすために、術を構築する際に『より近い性質のモノ同士が引き合うこと』を条件にした。


 桃は水分含有量が多い。その桃の内部にある水と育てるために使われた水ならば、『より近い性質のモノ同士が引き合う力』が十分に発揮される。水に流していた力を操作し、丈の父親の体に散らばっていた呪具の欠片を集めて一気に引き剥がした。


 だが、呪いが発動している呪具を対象から引き剥がしたままにしておくのは難しい。呪いは対象を求めて、丈の父親の体に戻ろうとする。


「投げた布玉は依代(よりしろ)……はまだわかんねえな。お前の父ちゃんの代わりに、布玉に一旦呪いを引き受けてもらったんだ」


 布玉の中には、犯人の息子の遺骨を入れていた。呪いに使われなかった遺骨は犯人の家の仏壇の前に置かれていたので、そこから少し拝借した。


 本来なら対象に向かう筈だった呪いは、渉が術の構築条件にした『より近い性質のモノ同士が引き合う力』を持った水に包まれていたことによって、同じ性質の遺骨の方に強く引き合った。そうして、丈の父親の体から完全に呪具と邪気を引き剥がした。


「あとは、核となる術式を見つけて、銀柱(ぎんちゅう)で破壊した。それで呪いが解けた」


 ヘドロの中にあった核の術式に向かって銀柱を刺す。銀柱に刻んでいた水の術式に一気に力を送って渦を起こして破壊し、邪気もろとも呪いを世界に還した。


 全部は理解できないだろうが、丈は自分なりに咀嚼して受け止めているようだ。


「坊主。呪いは怖かっただろう?」

 

 渉が問うと、丈はゆるゆると頷いた。


「それでいい。呪いは怖いものだ。よく覚えとけ」

「うん。わかった」

 

 これでもう、丈が安易に呪いに手を出すことはないだろう。ひと段落したと思っていると、丈が再び渉の腕を掴んできた。


「だから、もっと教えて」

「んあ?」


「渉お兄ちゃんが言ったんだよ? 今のうちに怖いものを知っておけって。だから、俺に呪いの解き方を教えて」

 

 丈はニコリと笑う。腕を掴んだのは、渉を逃さない為だろう。簡単には折れなそうな芯の強さのある丈の目を見て、渉は顔を歪める。


(こいつ、絶対に引き下がる気がねえな)

 

 予想通り、何度断っても丈は諦めず、渉の家を頻繁に訪れるようになる。


 後日。丈の父親と晋作からも頼まれ、渉の母がそれを快諾したことにより、渉は丈の師匠となるのであった。



【蛇足】

丈と壮太郎が出会った過去編では、話が長くなると思って渉は出せずにいました。丈と壮太郎が出会った時、渉は母親の命令で遠縁の親戚の畑仕事の手伝いに出かけてもらっています。

渉は、丈と壮太郎、そして、間接的に碧真にも影響を与えています。短編か、丈と壮太郎の過去編を本格的に書く日が来たら、また登場するかもしれません。

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