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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織
第十章 呪いを返す話<鬼降魔編>
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第9話 代わりのカード



 (じょう)は加護の(ねずみ)を顕現する。


 碧真(あおし)日和(ひより)を救うには、呪いや術者の手がかりを集めなければならない。

 丈が屋敷に到着した時、依頼人の車はなかった。すでに屋敷から逃げ去った後だろう。

 君丸(きみまる)の話では、依頼人は軽度の呪いを受けていると判断できるほどの邪気を纏っているようだ。今もその状態なら、邪気を頼りに依頼人を追える可能性がある。


 (ねずみ)五匹を一部隊として五部隊を編成し、三部隊を外へ放つ。二部隊は屋敷内に放ち、依頼人が何かしらの手がかりを残していないか探らせることにした。


(小さなことでもいい。何か見つかれば……)


「ねえ、碧真。その呪具は何?」


 上総之介(かずさのすけ)が畳の上に転がっていた小さめのリュックを指差す。リュックの側面に何かが突き刺さっていた。碧真が思い出したように、それを引き抜く。

 

 碧真の手にある刃渡り八センチ程のナイフを見て、君丸が一気に表情を険しくした。


「お前が当主様を刺したのか!?」

「は? バカか? ナイフを刺されている時点で、襲われた側だとわかるだろうが。少しは頭を使えよ」


 君丸は悔しげな顔で押し黙る。リュックの持ち主は日和だろう。総一郎(そういちろう)を刺すために使ったとして、わざわざ一緒にいる人間のリュックにナイフを突き刺して運ぶ人間はいない。


「襲ってきた女は」

「碧真、話すのは待ってくれ。まず、二人にかけられた呪いがどういうものか調べる必要がある。君丸君、紙とペンを三組持ってきてくれないか?」


「かしこまりました」


 丈に一礼した後、君丸は碧真をひと睨みして離れから出ていった。


「とりあえず、呪具を保管しよう。碧真、そのナイフを畳の上に置いてくれ」

  

 碧真は言われた通りにナイフを置く。


 丈は銀柱を一本取り出し、術式を(ほど)いて宙に浮かべる。境界を作り出す構築式と攻撃を防ぐ構築式を分解して、一部を組み替えながら再構築する。


 術式に力を流せば、緑色の光を纏った両掌サイズの箱が宙に浮かんだ。


 作り出したのは、この離れに仕掛けられたものと似たような術だ。現実世界に在りながら、この箱の中は異空間となる。ナイフの呪具によって起こる呪いの影響が現実世界に及ぶのを防いでくれる。


 丈はナイフの上に箱を(かざ)す。ナイフが一瞬で吸い込まれ、箱の中に収まった。

 

「丈。見せて」


 丈がナイフを調べる前に、上総之介が横から現れて箱を手に取った。くるくると箱を回し見た後、上総之介は眉を寄せる。


「俺も見たことがない術だ。術者の力量がわかれば、呪い返しが出来るけど」


 上総之介の言葉を聞いて、日和は気まずそうな顔で隣にいる碧真に小声で話しかける。


「ねえ、碧真君。呪い返しって何?」


「そのままの意味だ。呪いを術者に返す。呪い返しをするには、呪いをかけた術者よりも強い力が必要になる。相手の術者より力が弱い場合は失敗し、呪い返しに使った力も上乗せされて自分に返ってくる」


 日和は納得したように頷いた後、解決策を見つけたと言わんばかりに笑みを浮かべた。


壮太郎(そうたろう)さんに呪いについて聞いてみるのはどうですか? 壮太郎さんなら、何か知っているかも」


「ダメ」


 日和の提案を、上総之介が即座に切り捨てる。


「この呪いは、個人ではなく多数を狙った呪いだ。しかも、呪いの発動条件がわかっていない。口伝で伝染する呪いもある。迂闊に話してしまったら、彼にまで被害が及びかねない」


 軽率な発言だとわかり、日和は可哀想に思える程にシュンと落ち込んだ。


「俺が『身代わり守り』をもう一体作れたら良かったんだけど。今は作れる時期じゃないからなあ」


 上総之介が溜め息を吐いたのを見て、日和はキョトンとした顔で首を傾げた。


「『身代わり守り』って、作れる時期と作れない時期があるんですか?」

「うん。ただ、季節とかの話ではないよ。説明するには見せた方がいいか」


 上総之介は自分の左肩の上に右手を翳す。上総之介の肩の上に白い光がキラキラと雪のように降り注ぎ、手毬サイズの小さな存在が姿を現した。


「……え?」

 

 日和が困惑した顔をする。小さな存在を見て、丈も碧真も微妙な顔をした。

 

 上総之介の肩の上にいたのは、渋茶色の着物と白いステテコ姿で、ツルツルとした頭と頑固そうな顔が特徴的な中年男性だった。

 

「俺の守り神の冴煉(ごれん)だよ。『身代わり守り』は、冴煉の髪の毛を(むし)……回収して使うんだ。生えても十本くらいだし、今は……まだ生える時期じゃないから」


 髪の毛が一本も残っていないツルツルの頭部を見て、丈達は何とも言えない顔をする。上総之介の守り神は不貞腐れた顔で姿を消した。


 君丸が紙とペンを持って再び離れに顔を出す。丈は君丸と一緒に、部屋の隅に脚を畳んで置いてあった座卓を運んで設置し、座布団を四人分用意する。座卓の上に、君丸が持ってきた紙とペンを二組ずつ置いた。


「碧真、赤間さん。この紙に、本家に来た時に起きたこと、見たこと、聞いたことを箇条書きでいいから書いてくれ。気づいたことなら、どんな些細なことでもいい」


 碧真と日和は頷き、紙に文字を書き始める。


「君丸君。屋敷にいる従業員達から当時の状況を聞き取って、用意したもう一枚の紙に情報をまとめて書いてきてくれないか?」


「かしこまりました。丈さん、屋敷の者達には、今の状況を何処まで説明した方がよろしいでしょうか?」


「そうだな……。依頼人が持ち込んだ呪具によって、屋敷に邪気と穢れが広まった。依頼人は逃亡し、行方については現在調査中であること。総一郎も無事だが、邪気と穢れの影響で意識を失っていたから、念の為に病院に運んだとだけ伝えてくれ」


 不安から起こる混乱を与えないように、総一郎が刺されていたことは他の従業員達には隠した方がいい。誤魔化せない部分は正直に伝えてもらうことにした。


「かしこまりました。病院からの連絡は私宛に来るように手配しておきます」

「ありがとう。頼む」


 君丸が離れを出ていった後、丈は加護の(ねずみ)に意識を合わせる。


 屋敷内に放った二部隊は、広間の外の廊下から空室、玄関前を調べている。特に何か発見した様子はない。外の三部隊の内、二部隊は屋敷外に出て、別々の道に分かれて邪気の気配を探っていた。一部隊は屋敷の門外から駐車場の捜索を終えたのか、他の二部隊を追って坂を下っていくところだった。


「丈。二人とも書き終わったようだよ」


 上総之介に呼ばれて、丈は意識を目の前に戻す。碧真と日和は紙を裏返しにしてペンを置いていた。


 丈は二人に礼を言った後、ナイフの呪具を入れた箱と同じ術を紙に施す。

 これで、紙の上に書かれた文字によって周囲に被害が出ることはない。また、呪いによって文章を改竄(かいざん)されることを防ぐことが出来る。


 呪いの影響がそこまで大きくなるとは思いたくないが、強い呪いだと、本人または周囲の人達の記憶や記憶媒体の改竄まで行われることがある。

 それに、記憶に呪いの影響が生じないとしても、見ていない部分や忘れた部分を脳が補完しようとして、誤った情報が混じる場合がある。覚えている内に、事実に近い記録を残しておきたい。

 

 丈は術を施した二枚の紙を手に取る。念の為、隣にいる上総之介の目に触れないように距離をとって目を通した。

 

 二人が書いた文書を読んでわかったのは、人外の存在を目撃していることだった。

 碧真は子供と女性の異形を、日和は子供の異形とツインテールの少女をそれぞれ見ていた。


 恋百(こもも)が言っていた『お姉ちゃん』と『お母さん』の存在。それが、二人が見た異形の正体なのかもしれない。


(母娘の呪いというわけか……)


 恋百に詳しく話を聞きたいが、姿が見えない。恋百が現れる時は、『お姉ちゃん』がいる間か『お母さん』が人を殺す時だと言っていたから、現れない方がいいのだろうが。


「丈。俺にも見せてくれる?」

「上総之介様。これは……」


「俺も協力するよ。俺の力があれば、邪気と穢れを祓える上に、発生場所を予測できる。君の相棒の代わりになれるほど、俺は良い手札(カード)だと思うけど?」


「確かに、そうでしょうが……」


「丈。この中で君が一番大事にしているのは碧真だろう。そして、本来なら巻き込まれる筈のなかった一般人の日和さんを助けるべきだ」


 上総之介が味方になれば、心強いのは確かだ。丈の心が揺らぐのを見て、上総之介はニヤリと笑った。


「安心して。俺は自分の身は自分で守れる。それに、穢れが発生する呪いなら、天翔慈(てんしょうじ)も無関係じゃない」


 丈は言葉を飲み込んで頷く。紙を渡すと、上総之介は笑みを深めて文書に目を通し始めた。丈は、上総之介の側にあるナイフが入った箱を見て、呪具を渡したままだったことを思い出す。


「上総之介様。呪具はこちらで預かります」


 丈が手を差し出すと、上総之介は「はい」と素直に渡した。呪具を受け取った丈は、箱の天地をくるりと回転させる。


 ナイフの柄の中央に施された甲骨文字と篆文(てんぶん)と独自の紋様を見て、丈はハッとする。


「丈さん。どうしたんですか?」


 呪具を手にして固まった丈を見て、碧真が声をかける。丈は呪具を凝視したまま口を開いた。


「……俺は、この術を知っている」



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