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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織
第三章 呪いを暴く話
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第1話 天翔慈家からの依頼

第3章開始です。



「いい天気だなー」

 ベランダに布団を干した日和(ひより)は、フニャリと笑って外の景色を眺めた。


 日差しが照りつけ、(せみ)の鳴き声が響き渡る夏。

 今日も一日、暑くなりそうだ。

 

 八月下旬。


 お盆の間も『自然庵 桃次(ももじ)』へ連日出勤した日和は、今日から世間より少しだけ遅い夏季休暇を過ごす。

 日和が働く『桃次』はシフト制勤務なので、完全週休二日といえども毎週連休ではない。


 久しぶりの四連休を、日和は存分に怠惰に過ごすつもりだった。 

 

 部屋の中に戻った日和は、室内を見渡す。

 鬼降魔(きごうま)と関わった事で、念願だった引越しが出来た。


 以前住んでいたのは、築四十八年のボロアパートだった。

 部屋を改装して綺麗になるという話だったので契約したが、実際は部屋の壁紙と床のクッションフロアを新しく張り替えただけだった。

 風呂場のタイルは割れているわ、隙間風が入りまくるわ、シンク下の床は穴が空いて害虫だらけだわ、隣室の住人のイビキが丸聞こえの防音性ゼロだわ、完全に閉めている窓から虫が侵入するわで大変だった。

 家賃が安い事には助けられていたが、二度と戻りたくはない。


「ああ、素敵!」

 新しい部屋に、日和は幸せの溜め息を吐く。


 虫が侵入しない窓。隣室のイビキも聞こえない、しっかりした防音性。お風呂の壁も美しい。隙間風も入らない。ポストもドアチェーンも設置してある。防犯もバッチリ。

 日和にとって、最高の新しいお城だ。


(お給料を貯めて、家具を買い揃えたいなー。キッチン道具も色々揃えて、オーブンを買って、大好物のクッキーを手作りしちゃうとか。あー、少し大きめの本棚を買って、大好きな漫画で埋め尽くすなんてのもいいなー)

 

 膨らむ夢に、日和はウットリした。

 日和はインドア派で、家に居て本を読んでいる時間が何よりの至福である。もし、一生働かなくていい程のお金があれば、速攻引きこもり読書人生を謳歌するだろう。


(今日は一日、引きこもるぞ!)

 今日の休みの為に、買い物も前日に済ませている。大好きな漫画も二十冊レンタルした。朝から家事も完璧に済ませている。

 机の上に漫画を置いて、お菓子とコーヒーも準備して、リクライニングチェアに座った日和はニマニマと笑った。

 日和にとって、完璧な休日の完成である。


「お家最高!!」

 日和はバンザイした。


 突如、着信音が鳴り響く。少し驚きながら、机の上に置いていた携帯を見る。

 画面に表示された名前を見た瞬間、日和は固まった。


 着信相手は、総一郎(そういちろう)だった。


(……どうしよう。すっご〜く、嫌な予感がする)


 日和は電話に出るのを躊躇(ためら)う。総一郎から連絡があるということは、呪いに関わる仕事だ。

 

  電話に出る

  無視する

 ▷一旦、現実逃避する


 頭の中でゲーム画面のような選択肢を並べて考える。

 日和が借りている素敵な部屋は、鬼降魔の仕事を受ける代わりに住めているようなものだ。


 日和が悩んでいる間にも、電話は鳴り続けている。

 自分のお城を守る為にも、仕事は受けなければならない。日和は項垂(うなだ)れながら、電話に出た。


「……はい。赤間(あかま)です」

『お久しぶりです。日和さん。お待ちかねのお仕事ですよ』

 朗らかに笑う総一郎の声に、日和は他人には見せれないくらい歪んだ顔になる。


(誰も待っていません。永久に来なくていいです)


『急なんですが、明日から二泊三日の出張をお願いします』

「え!? 出張!? しかも、泊まり!?」

 思い切り声が裏返る。泊まりがけで呪いの仕事とは想像もしていなかった。しかも、連休が丸潰れになるプランである。


「あの、私、今日から四連休の予定なんですが……」

(断りたい! めちゃくちゃ断りたい!!)


『お休みの事は、店主から聞いています。日和さんが連休中に特に予定がない事も知っていますよ。今回潰れてしまったお休みは、出張後に代休が取れるように手配済みですので、ご安心ください』


 日和は絶望した。

 予定があると言い逃れ出来る可能性があったというのに、自堕落な休日を過ごす宣言を職場の人達にしてしまっていた。それが自分の首を絞める事になるなど、夢にも思わなかった。


(き、昨日の自分を殴りたいっ!)


「拒否権は……」

 ダメ元で言ってみると、総一郎は電話の向こうでハハハと笑った。


『お仕事、しっかり励んでくださいね』

 日和はガクリと項垂れる。

 

 至福の自堕落四連休は、開始早々に崩れ去ってしまった。



***



 翌朝の七時。


 日和のマンションに、(じょう)が車で迎えに来た。

 鬼降魔の本家と日和が今住んでいるマンションは割と近い。歩いて行こうと思えば行ける距離だが、屋敷に行くには坂道を登らなければいけない。迎えに来たのは、丈と総一郎の配慮だろう。

 

「丈さん。お久しぶりです」

「久しぶりだな。赤間さん。元気にしていたか?」

 日和が挨拶をすると、丈が柔らかい笑みを返してくれた。


「元気でしたよ。丈さんは? 確か、先月アフリカに旅行に行かれたと聞いたんですが……」

 旅行の感想を聞こうとした日和は言葉を飲み込む。

 ”アフリカ”という単語を出した瞬間、丈の目が虚ろになった。


「あー、まあ。アフリカは良かったんだが、散々振り回され……いや、色々あったからな」

 丈は疲れた表情で言葉を濁しながら、「ハハハ」と力の無い乾いた笑いをする。


「あ、あー、そうなんですね〜。ハハハ」

 日和もぎこちなく笑う。この話に首を突っ込んではいけない気がした。


 本家に向かう道中、日和は丈と和やかに世間話をした。


 丈は見た目は硬派で無口な印象だが、笑うと表情が柔らかく、相手に対して優しい配慮が感じられる。日和が会った事のある鬼降魔の人達の中で、一番人当たりが良いのは丈だろう。


 あっという間に、本家に到着した。


 総一郎が居る部屋を訪れる。

 部屋の中には、にこやかな笑みを浮かべた総一郎と気怠そうな碧真(あおし)がいた。


「おはようございます。日和さん。今回の出張の件を快く引き受けてくださり、ありがとうございます」

「おはようございます……」

(快く引き受けた覚えはないんですが)

 日和は引きつった笑みを浮かべた。家と収入がかかっていなければ、絶対に呪いの仕事を引き受けたりはしない。


 丈に促されて、日和は碧真の隣に敷いてあった座布団の上に座る。

 横目でチラリと碧真を見ると、明らかに寝ぼけている様子だった。いつもの刺のある雰囲気ではなく、少し幼さを感じさせる顔をしている。やはり、朝が苦手らしい。


「さて、今回の依頼についてお話しましょうか」

 全員が座ったのを見て、総一郎が口を開いた。


「今回の依頼は、天翔慈(てんしょうじ)家からの依頼です」

(てんしょうじ家? 苗字なの?)

 日和が首を傾げたのを見て、丈が漢字を教えてくれる。鬼降魔に引き続き、聞いた事の無い珍しい苗字だった。


「天翔慈家は、日和さんも関わりがある家です」

「へ?」

 日和は間の抜けた声を上げる。

 天翔慈という珍しい苗字の人など、日和の知り合いにはいない筈だ。どういう事だろうと、日和は更に首を傾げた。


「以前、君に『身代わり守り』を渡した上総之介(かずさのすけ)様。あの御方の家が天翔慈家なんだ」

 丈に言われて、上総之介のことを思い出す。


 鬼降魔家では作れない『身代わり守り』を作った、不思議な力を持った人。


(天翔慈上総之介さん。………凄い名前だな)


「依頼内容は、天翔慈家の失われた術についての調査と記録です。時期は定かではありませんが、とある村で天翔慈家の術を用いた儀式が行われるそうです。その術式、必要な道具、起こる事象などを調査し、記録してきてください」


(儀式とか失われた術とか、怪しさ満載すぎる! だ、大丈夫なのかな? すっごく不安になってきた)


「今回は、丈と碧真君と日和さんの三人にお任せします。丈の指示に従ってくださいね」

 総一郎の言葉に、日和は少し安堵する。


(丈さんと一緒なら安心かも。精神的に)

 

 碧真と二人だけで二泊三日も仕事するのは、精神的にキツイ。

 碧真と関わる場合、コミュニケーションが息をしない。不機嫌が通常運転。かつ、人を追い込む時に楽しそうに笑う人だ。

 こちらが近づこうものなら、息の根を止めにかかってくるのが碧真のコミュニケーションである。


「あ、そうです。碧真君と日和さん」

 総一郎がニッコリと良い笑顔を浮かべた。


「お二人には、夫婦になって貰います」



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