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呪いの一族と一般人  作者: 守明香織
第九章 自分にかけた呪いの話
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第42話 巳と酉

 


 浮遊感が収まり、日和(ひより)は目を開ける。

 周りを見回せば、全員が鬼降魔(きごうま)の本家の和室に戻って来ていた。


 静音(しずね)(かける)は眠ったままだった。穏やかな寝顔だが、身じろぎ一つしない。


「静音さんと駆さんは大丈夫なんですか?」


改竄(かいざん)による脳内処理には時間が掛かります。暫く眠るでしょうが、体に害はありません。鬼降魔の病院に入院できるように手配するので安心してください」

 

 総一郎(そういちろう)に笑顔で答えられて、日和はホッと息を吐いた。

 

「日和、お願い。肩を貸して」


 咲良子(さくらこ)がよろめきながら近づいて来る。日和が勢いよく後ずさると、咲良子は怪訝な顔をした。


「本当に肩を借りるだけ。乳を触るのは我慢する」

「ごめん! 他の人に借りて!」


「何で? 私のことが嫌いなの?」


「貸したいのは山々だけど……。私、巨大猿さんの唾液を浴びたせいで全身から畳の匂いがしてるの!」


 碧真(あおし)が化け物の口内を爆破した時に浴びた唾液のせいで、日和の体から藺草(いぐさ)の匂いが漂っていた。不快な匂いではないが、唾液を浴びているという事実に地味に精神が(えぐ)られる。


「もしかして、異空間で静音ちゃん達の話を聞く時に俺達から距離をとったのは、それが理由?」


 大雅(たいが)の言葉に、日和は頷く。自分でも気になる程の匂いなのに、近くにいた人に『この人、めっちゃ畳の匂いがする』と思われるのは嫌だ。真面目な話が始まりそうだったこともあり、他の人達の邪魔にならないように離れたのだった。


「それで(へび)を隣に座らせたのね?」

「うん。碧真君も同じように唾液を浴びているから、匂いがしても大丈夫かなって思って」


 咲良子は満足そうに笑みを浮かべた後、小馬鹿にするような目で碧真を見る。碧真は不快そうに顔を(しか)めた。 


「一刻も早くお風呂に入りたい。服を洗濯したい」 

「今から風呂を用意させましょう。ついでに服も洗濯してもらえるようにします」

「助かります!」


 総一郎の言葉に、日和はパアッと笑顔になる。総一郎は諸々の手配をする為に部屋を出て行った。


「なんか、日和ちゃ……日和さんがいると、一気に緊張感が抜けますよね」


 大雅は日和を見て小さく笑う。日和は首を傾げた。

 

(どういう意味だろう? 褒め言葉なのかな?)


「”癒し系”じゃなくて、”馬鹿”って意味だからな。勘違いするなよ」

「そ、そんな勘違いしてないし! 碧真君、私の事を(けな)しすぎじゃない!?」

「用法と用量を守って正しく貶している」

「薬の処方箋みたいな言い方!? てか、貶すのに用いるべき方法と量って何!?」


 日和が碧真に言い返している間に、咲良子は尊大な顔で大雅に手を伸ばす。


「大雅。仕方ないから肩貸して」


 大雅は一瞬躊躇(ためら)ったが、諦めて咲良子へ腕を差し出した。


「肩まで手を持ち上げるのはキツイでしょ? (ここ)に掴まって」

「大雅、そこまで身長高くないじゃない」

「咲ちゃんより十センチ以上はあると思うけど」

「すぐに追い越すわ」

「もう十八だから成長止まってるでしょ?」

「私、三十歳まで成長期の予定だから」


 胸を張る咲良子と苦笑する大雅。咲良子へ向ける大雅の目は切なそうで優しい。


(やっぱり、大雅さんの好きな人は咲良子さんだろうな)


 罪の話をした時に大雅は親友や好きな人の名前を言わなかったが、日和はそう感じた。

 大雅の話から考えると、咲良子へ想いを伝えるのは簡単には出来ないだろう。


(罪悪感って、自分自身にかける一番厄介な呪いなのかもしれない)


 誰も責めていないのに、自分自身に罪を与えて、人生を雁字(がんじ)(がら)めにして生き辛くしてしまう。自分で自分を許さない限り、この呪いは続いていく。


(いつか、大雅さんが自分を許せたらいいな)


 咲良子との関係がどうなるかはわからないが、選ぶ道が幸せであって欲しい。

 日和が咲良子と大雅を見て微笑んでいると、急に視界が塞がれた。


「わぇっ!? 何!?」


 目の前に現れた手に驚いて、日和は後ずさる。手の先を見ると、隣に立つ碧真が不機嫌そうな顔をしていた。


「ジロジロと見過ぎだろう」

「いや、ちょっと見てただけだし」

「ちょっとじゃない。不審者レベルだった」

「そこまでじゃないでしょう!? ……いや、そうなのかな?」


 確かに、微笑ましくてジッと見つめていた。気分を害していないかと心配になって大雅を見ると、サッと顔を逸らされてしまった。


(不審者レベルだったっぽい!!)


「す、すみません。大雅さん。その、やましい気持ちとかは全く無くて」


「いや、それは大丈夫なんですけど。出来れば、距離を取ってもらえると助かるかなって……」


(匂いの方だったのか!!)


 日和はショックを受ける。

 大雅は『碧真に睨まれるので距離を置きたい』という意味で言ったが、日和は『藺草(いぐさ)臭が酷いから近づかれたくない』と解釈した。


「……私、廊下に行きます」

「日和さん。廊下は寒いわよ。襖を開けていれば、匂いも大丈夫だから」


 美梅(みうめ)が気を遣って声を掛けてくれたが、日和は首を横に振る。


 皆に嫌な思いをさせたくないし、『臭い人』というイメージが定着するのも嫌だ。日和は落ち込みながら廊下へ出た。



***



 碧真は日和の後を追って廊下に出る。

 日和は「碧真君も匂い気になるよね」と的外れな事を言ってヘラリと笑った。

 

「罰ゲームの時、大雅(あいつ)と何を話していたんだ?」

 

 碧真が不機嫌な口調で問うと、日和はキョトンとした顔で首を傾げた。


「罰ゲーム? ……ああ、静音さん達と同じだよ。お互いに、人には言えない事を話してたの」

「言えない事って何だよ?」

「内緒! ……って、碧真君。何か顔怖いよ」


 面白くないという感情を全面に押し出した不機嫌顔に、日和がたじろぐ。


「碧真君の悪口じゃないから! ただ、自分達の秘密を共有しただけだから!」


 碧真が更に顔を顰めたのを見て、日和は戸惑いながら慌てる。後ろの襖が開き、大雅が廊下に出てきた。


「別に日和さんにおかしな事は言ってませんから、安心してください。碧真さんは俺より大人なんですから、余裕を持ってくださいよ」


 大雅は苦笑しながら碧真に近づく。


「それにしても、化け物を拘束した術は見事でした。あれは、(へび)の家特有の術ですか? 前当主様と保護者の方の調べでは、碧真さんは巳の家の術は継承していなかったようですが」


 碧真の頭の中に、前当主達から拷問された記憶が蘇る。碧真が父親から術を継承していると疑われ、複数の大人達から長期間に渡って脅しと暴力を受け続けた。過去の怒りと憎しみが再び蘇り、心が真っ黒に染まっていく。


「碧真君」


 袖を引っ張られ、碧真はハッとする。日和が心配そうな顔で碧真を見上げていた。碧真は深く息を吐き出した後、大雅を見据える。


「あの術は、他の鬼降魔の術者が使っているのを見て知ったものだ。『呪罰(じゅばつ)行き』になった人間からは、何も伝えられていない」


「あ、そうなんですね。じゃあ、俺は当主様を呼びに行きます。咲ちゃんと美梅ちゃんが言い合いを始めてしまったので」


 詰問(きつもん)するかと思いきや、大雅はあっさりと引き下がった。肩透かしを食らって微妙な顔をする碧真を見て、大雅はニコリと笑う。


「碧真さんが『呪罰行き』の人間から術を継承していないのは、前当主様と保護者の方が徹底的に調べて確認された事ですからね。何かあっても、前当主様の落ち度でしょう」

 

 (とり)の家に責任は無いと言って、大雅は去って行く。碧真は険しい表情で大雅の背中を睨みつけた。


(あいつ、何を(たくら)んでいるんだ?)


 (じょう)と総一郎を除いた一族の人間は、『呪罰行きの子』である碧真に対して敵意と悪意しか向けない。名前すら口にしようとしないのに、大雅は碧真に対して普通の人間のように接してきた。


 良い顔して近づいてきた後、どん底に突き落として嘲笑う人間がいる。それを身をもって体験していた碧真は、大雅の態度に疑いしか感じなかった。


 考え事をしていると、日和は何を思ったのか手を伸ばし、碧真の眉間に人差し指をグイッと押し当ててきた。


「……おい。何の真似だ?」


「眉間の(しわ)が凄かったから、(ほぐ)そうかと思って」

「は?」


「そんな顔してたら、ますます人が寄り付かなくなってボッチが加速しそうだからね。相棒としての優しさだよ……って、ちょっと待って! 何で頭を掴むの!?」


「これ以上バカが加速するのは哀れだから、頭に皺を寄せてやるよ。人としての優しさだ」


「優しさの欠片も見つからないんだけど!?」

「探し方が悪い」

「こっちが悪いの!? てか、優しさ探しって何!? 難易度高すぎでしょ!?」

「日和から色気を探し出すよりは簡単だろう」


「絶対に私の色気の方がありますぅっ! ……って、ちょっと! その全否定顔はやめてよ! こうなったら、大雅さんが言うように赤ちゃんの着ぐるみを着てやる! 碧真君を夜道で追いかけ回して、色気レベルを上げてやるんだから!」


「狂気レベルしか上がらないだろう。そんなことをしたら、警察に通報されて社会的に死ぬぞ」


「それはヤダ! ……なら、赤ちゃん人形を抱っこして、夜道で碧真君を追いかけ回す! 変な格好じゃないから大丈夫だよね!?」


「狂人街道を突き進むな。何でそれで大丈夫だと思ったんだよ」


 日和の迷走っぷりに何もかも馬鹿らしく感じて、碧真はそれ以上考える事をやめた。



日和も碧真も『ベビードール=赤ちゃん人形』という認識のままです。大雅が「下着だよ!」とツッコミを入れている間、

碧真:(こいつ煩いな)

日和:(赤ちゃんの着ぐるみってキュー◯ーちゃんしか思い浮かばないけど売ってるのかな?)

と思っていて、二人とも話を聞いていませんでした。

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