第3話 鬼降魔の一族
約一時間後、青年が運転する車が停車した。
日和は青年に車から引きずり出される。拘束されたままの状態で、再度引きずられるように歩かされた。
目の前にあるのは、一目で『お金持ちの家』と分かる大きくて立派な屋敷。
高い塀に囲まれた中にある日本庭園には紫陽花が咲き誇り、鹿威しの長閑な音が響いている。周囲に民家はなく、坂を登った場所にある広大な土地は、全て屋敷の敷地なのだろう。
母屋であろう家屋の玄関の引き戸を開け、青年は中に入った。
「靴脱げよ」
先に靴を脱いだ青年に言われて日和も靴を脱ごうとしたが、黒い影が絡まっているせいで上手く足を動かせず、よろけて転んだ。
「鈍臭」
青年はつまらなそうに言うと、倒れたままの日和の腕を掴んで、無理やり引きずって廊下を進む。
(こいつ、絶対あとで殴る!!)
日和は心の中で叫んだ。
青年は、ある一室の前で足を止めて襖に向かって口を開く。
「碧真です。戻りました」
「お入りなさい」
低く穏やかな男性の声が入室の許可をすると、青年は襖を開けた。
(へっ!?)
青年に強く腕を引かれた後、体に浮遊感を感じた。その後すぐに、お尻を強打する痛みが走る。
どうやら、日和は青年に部屋の中へ投げ入れられたようだ。
「碧真! 何てことをするんだ!」
低く渋い声が、焦ったように青年を叱る。
日和は目を開けて、室内を見た。
藺草の匂いに満ちた綺麗に片付いた部屋。飾られている調度品は高価な物だろうが、華美ではなく品が良く纏められていて、清らかで落ち着いた雰囲気を作り出していた。
室内には、和服姿の男性とスーツ姿の男性がいた。
近くにいたスーツ姿の男性が、日和が体を起こすのを手助けする。
前髪を掻き上げた爽やかな髪型に、男性的な顔立ち。寡黙な印象を与えるが、纏う雰囲気は安心感を与える人だった。
「大丈夫か?」
スーツ姿の男性は心配そうに日和に声をかけた後、青年を睨みつけた。
「乱暴すぎるぞ! 怪我をしたらどうする!?」
「だったら、こんな面倒臭い仕事、俺に与えなければ良いでしょう? 不適切な仕事を回した方が悪いんですよ」
青年の悪びれない様子に、スーツ姿の男性は眉間に皺を寄せた。
「碧真!」
「そこまで」
穏やかな静止の声が掛かる。
二人を制したのは、和服姿の男性だ。青年に入室を許可した人だろう。スーツ姿の男性は口を閉じ、部屋の隅にあった座布団を日和と青年の前に並べた。スーツ姿の男性は日和に気遣いながら、座布団の上に座れるように手を貸してくれた。
「碧真君も座りなさい」
青年は不機嫌そうな顔をしながらも日和の左隣に座った。右隣にはスーツ姿の男性が座る。日和は二人に挟まれる形となった。
「まずは、非礼をお詫びします。赤間日和さん」
日和から少し離れて向かい側に座る和服姿の男性が頭を下げる。
美しい所作だった。男性は日和より年上だろう。緩く癖のある長い髪を一つに纏めて、左胸の前に垂らしている。品の良い高級そうな和服と丸眼鏡を身につけている。穏やかな声からも、『優しそうな人』という印象だ。
(……あれ? なんで名前??)
聞き間違えでなければ、和服の男性は日和のフルネームを言った。日和はサアッと血の気が引く。和服姿の男性はニコリと笑った。
「失礼ながら、貴女のことを少し調べさせていただきました。こちらで得た貴女の個人情報は悪用はしませんので、ご安心を」
(いや、一ミリも安心できませんけどぉ!!?)
声が出せない為、日和は内心でツッコミを入れる。
「まずは自己紹介させてください。私は鬼降魔総一郎と申します。貴女を連れてきた男性は鬼降魔碧真。その反対に座る男性は鬼降魔丈。二人共、私の部下です」
『きごうま』という耳慣れない苗字に首を傾げると、丈と呼ばれたスーツ姿の男性が小声で漢字の書き方を教えてくれた。そんな名字があるのかと感心して現実逃避する。
(全員同じ名字ってことは兄弟かな?)
兄弟ということもあるかもしれないが、顔立ちや雰囲気が異なりすぎている気がした。
「お連れしたのは、昨日貴女が目撃したものについて、お話があるからです」
総一郎が真面目な表情を浮かべ、射抜くような目で日和を捉える。
「碧真君」
総一郎が声を掛けると、胡座で頬杖をついていた碧真が空いていた右手で宙を払う仕草をする。その瞬間、日和の口元を覆っていたモノが外れた。体の拘束は解けていないが、喋る事が出来るようになったのだとわかる。
「貴女は何の為に神社を訪れたのですか?」
「……普通に参拝です。毎月行っているので」
「貴女は、そこで人形を見たんですね?」
日和は総一郎の目を真っ直ぐに見返す。
(もしかして、この人が人形の持ち主なのかな? だとしたら、どう対処すべきか……)
日和を攫った理由が『人形を見た』という事なら、素直に答えていいものだろうか。答えによっては、自分の身が危ないかもしれない。
日和が答えないでいると、体に絡みついている黒い影の拘束が強くなった。締め付けられた体に痛みが走り、日和の顔が歪む。
「さっさと答えろよ。面倒臭い」
(こいつ!!)
不機嫌そうに睨んでくる碧真を日和も睨み返す。体を拘束する力がまた強くなる。痛みで呻く日和を見て、碧真は勝ち誇るような笑みを浮かべた。
「やめなさい、碧真君。日和さん、どうか正直に答えていただけますか? これは貴女を守る為でもあります」
(……守るって、既にこの人に害されてるんですけど!?)
拘束が緩み、息を吐き出した日和は碧真を睨む。
人のことを攫うわ、引きずるわ、本当に酷すぎる。日和の体を拘束している黒いモノも、碧真が何かしているのだろう。
「あなた達は人を攫っている。意味のわからない力が使えるみたいですし……。そんな人達を相手に、目的もわからずに話すのは、私にとってリスクが高いです」
日和は真っ直ぐに総一郎を見据える。
「……では、どうすればいいのでしょう?」
総一郎は穏やかな笑みの中に、面白がっているような挑発を含ませた。日和は少し考えた後、口を開く。
「私をここに連れてきた目的や理由を話してください。その後、あなた達の質問に答えます。私が答え終わったら、私の一切を害さず、安全に家に帰すと約束してください」
平常では行わないやり取りに、日和は緊張する。漫画だと、交渉の穴を突かれて殺されることがあるが、自分がその場合に当てはまらないか不安になりながらも紡いだ言葉だ。心臓が煩く音を立てるのを感じながら、総一郎の言葉を待つ。
「貴女が嘘を吐く可能性は?」
総一郎は笑う。弱い獲物をわざと泳がせて、追い詰めるのを楽しんでいるように見えた。
「私が思うに、あなた達はこういう事に手慣れているんでしょ? なら、一般人の私が吐いた嘘くらい見破れますよね?」
嘘が見破れないのなら、そちらの力量が不足しているのだという意味を言葉に潜ませる。
総一郎は愉快そうに笑った後、頷いた。
「貴女の要求はわかりました。全てが終わったら、貴女を安全に家に帰しましょう」
日和は安堵の息を吐く。相当緊張していたのか、手に汗をかいていた。
(何とかうまくいったのかな?)
やり込めた気はしないが、ひとまず相手は要求を飲んでくれたようだ。
「それでは、私達の目的を話しましょう」
総一郎が穏やかに微笑み、口を開く。
「私たちは呪いをかけた術者を探しています」