第3話 新たな仕事
「呪いの調査?」
日和は首を傾げる。
「術者は特定出来ているのですが、何の術を使っているのかが分からないのです。お二人には、術の特定をして頂き、可能ならば解呪をお願いします」
総一郎の説明に、碧真が眉を寄せる。
「どういう事です? 術者が特定出来ているのなら、本人に聞けば良い話じゃないですか」
総一郎は困った顔で首を横に振った。
「聞く事は出来ません。術者自身が、自分に術をかけて眠っているのですよ」
「自分に術を?」
日和は戸惑う。碧真も訝しげに眉を寄せた。
「術者は鬼降魔愛美さん。十八歳の女性です。先程、彼女の母親から連絡があり、愛美さんが術を使用している事がわかりました。愛美さんは、三日前から眠り続けているそうです」
母親の話では、三日前の朝に愛美がいつまで経っても起きて来なかったと言う。
部屋へ向かい、愛美の姿を見た母親は、何かしらの術が使われているのだとわかった。母親がいくら起こそうとしても、愛美は目を覚さない。何の術を使ったのか、部屋の中を調べても術に関する物は見つからなかった。
母親は目を覚さない愛美を病院に連れて行ったが、『異常は無く、ただ眠っているだけの状態』と診断された。
「眠り続ける呪いがあるんですか?」
日和の問いに、総一郎は首を横に振る。
「いえ、鬼降魔家の術にはありません。愛美さんが新たに術を作ったと言うのなら話は別ですが、彼女の家はそこまで呪術に詳しく無い。愛美さんも鬼降魔の力を持っていますが、あまり術を使った事が無く、力は弱い方だと彼女の母親が言っていました」
「……他の家の術を使っている可能性は?」
碧真が眉を寄せて尋ねる。総一郎は首を横に振った。
「”無い”とは言い切れませんが、末端の家である彼女は他家との縁は無い筈。可能性は低いでしょう」
「丈さんはどうしたんです? 調査なら、丈さんの専門でしょ? 何か掴んでないんですか?」
「丈は上総之介様に連れられて、一週間ほど前からアフリカ旅行に出掛けています。電波が届かない場所にいるのか、連絡がつきません。まあ、流石に海外からでは遠すぎて力は使えませんね」
「……何やってんですか。あの人達」
碧真は呆れ顔で溜め息を吐く。総一郎も困ったように笑った。
「で? 何も手がかりが無い状態で、戦力外の赤間と俺だけで調査をしろと?」
碧真が苛立ったような声で問う。悔しいが、戦力外である事は事実だ。
「いえ、流石に二人だけではありません。助っ人を呼んでいます」
総一郎が女中の一人に「二人を呼んで来きてください」と声を掛ける。総一郎から指示を受けた女中がお辞儀をして、部屋を出て行った。
暫くして、襖の向こう側で小さな足音が聞こえて、部屋の前に人の気配がした。
「総一郎様。美梅です」
「咲良子。参りました」
「お入りなさい」
総一郎が入室の許可を出すと、襖が開かれた。
美梅と一緒に、咲良子と名乗った見知らぬ美少女が入室する。女中に用意された座布団の上に、二人は美しい所作で座った。
「日和さん。こちらは鬼降魔咲良子さん。美梅さんと同い年です。咲良子さん。こちらが赤間日和さんです」
咲良子は日和に向かって優雅にお辞儀をした。日和も慌ててお辞儀を返す。
咲良子は、美梅とはまた違うタイプの美少女だった。
腰くらいの長さのサラサラと指通りの良さそうな真っ直ぐな髪。柔らかな茶色の瞳。珊瑚色に色づく唇と頬。儚げで大人しそうな雰囲気は、庇護欲を抱かせる。身につけている白のワンピースがよく似合う、桜の妖精のような女の子だ。
あまりの可愛さに日和が見惚れていると、咲良子は小さく笑みを浮かべた。
(か、可愛さの暴力ぅ!)
同性から見ても、魅力的な女の子だ。男性ならイチコロだろう。
横目で見ると、碧真は美少女に一ミリも興味が無さそうにお茶を飲んでいた。
(せっかく、美少女二人が近くにいるのにノーリアクションとは……残念な人なんだな)
「……なんだよ?」
「イエ゛、なんでも無いデスヨ」
碧真にジロリと睨まれ、日和はカタコトになりながら慌てて視線を逸らした。
総一郎は懐から取り出した紙を、近くに控えていた女中に渡した。女中を経由して、碧真に紙が手渡される。
「今回は、美梅さんと咲良子さんにも協力していただきます。四人で呪いの調査と解呪をしてください」
碧真が受け取った紙には、二つの住所が書かれていた。
「愛美さんの自宅と、入院している病院の住所です。まずは病院へ向かい、愛美さんの状態を確認してください。呪いが特定出来ない場合は、愛美さんの自宅の調査もお願いします」
碧真は『嫌だ』『面倒くさい』と言いたげに顔を顰めながら、盛大な溜め息を吐いた。
「……わかりましたよ。やりゃいいんでしょ」
碧真は”仕事だから”と割り切ったようである。
「日和さん」
総一郎に手招きをされ、日和は首を傾げながらも近づいた。
「少しだけ、眼鏡を貸してください」
不思議に思いながらも掛けていた眼鏡を外して、総一郎が差し出した掌の上に載せる。
総一郎は懐から、折り畳んである懐紙を取り出した。開かれた懐紙の上には、透き通った薄緑色の丸い石があった。
(マスカットみたいで美味しそうだな)
日和が石を見つめていると、総一郎が何か呟く。日和が見ている前で、石が粉々に砕け散った。
「!?」
一瞬の出来事に、日和は驚いて固まる。総一郎は平然とした顔で、砕け散った石の粉を日和の眼鏡に振りかけた。
近視で見えにくい為、日和は眼鏡に顔を近づけて見る。キラキラと光る石の粉は、日和の眼鏡に吸い込まれて消えていった。
「はい。もう大丈夫ですよ」
総一郎がニッコリ笑って、日和に眼鏡を返した。
「一体、何をしたんですか?」
日和は、手にした眼鏡を角度を変えながら眺める。特に変化はないように見えた。
「眼鏡をかけてみてください」
総一郎に言われた通りに、眼鏡をかけた日和はギョッとした。
「な!? 何で馬が!?」
総一郎の傍らに、淡い金色の光を纏った栗毛色の大きな馬がいた。
「貴女が今見ているものは、私の加護の『午』です。貴女の眼鏡に術をかけました。これで、呪術に関連するものが見える筈ですよ」
眼鏡を外してみると、午の姿は無い。眼鏡をかけ直すと、再び午の姿が見えた。
総一郎の術により、日和の眼鏡が『リーズナブルな良品質眼鏡』から『不思議眼鏡』へと進化した。
「では、皆さん。いってらっしゃい」
総一郎は四人を笑顔で送り出した。
総一郎が取り出したのは、『ぶどう石』という名前の石です。プレナイトとも呼ぶそうです。




